中途失明学生の英語読書力改善の試み 一般教育等 青木 和子 要旨:高等教育機関入学前後に視力を失った、いわゆる中途失明学生は学習手段の再構築(主として点字の習得)とそれぞれのコースの課題に直面することとなる。特に点字の習得は実用レベルに達するには多くの時間を要する。英語学習の場合はさらに英語点字の習得も必要となり学生にとって大きな負担となる。 英語点字読速度の伸び悩みに苦しむ中途失明学生Sに対し、2年余に渡って盲人用英語読書器カーツワイル・パーソナル・リーダー(KPR)の活用を軸として英語読書力・読速度の向上を目指して実践研究を行った。KPRの活用はSに自己学習への道を開き、英語総合力として英検3級から2級合格へと導いた。また、この実践を通してKPRの英語学習への活用法の示唆を得た。 キー・ワード:中途失明 英語読速度 盲人用英語読書器 1.はじめに  先天性または幼児期から全盲の障害を持つ視覚障害者は、早くから感覚訓練を含めた生活自立訓練を受け、また盲学校などの教育専門機関の指導のもとに点字学習を基本とした学習訓練をうける。従って大学などの高等教育機関に入学する時点では自己学習の方法はそれぞれに確立されている。一方、高等教育機関に入学してから、あるいは入学前に視力を完全に失った者は全く新たな学習手段を身につけなければならない。筑波技術短期大学(以下TCT)に入学してくる視覚障害学生の中には、上述のような中途失明の学生が少なからず含まれる。彼らはまず、学習手段の確立(点字の習得)と、それと平行して各コースの課題とを同時に課せられる。一般に中途失明の点字の習得は多くの時間と本人の努力を必要とし、本人に強い動機がないと成功しないといわれる。(Truman,&Trent,1997)(10) 現在高等教育機関のほとんどで英語をはじめとした外国語が必修科目として課せられる。中途失明学生にとっては外国語の点字も新たに習得しなければならない。さらに、日本語による科目の場合にはパソコンの読み上げソフトを使って教科書や文献を音声で聞いたり、ボランティアによるリーディングサービスを利用することができるが、英語などの外国語の場合、特にその学習手段においては、「読む」という行為を全く介さない形の音声で代換えすることに困難を感ずる学生は多い。リスニング学習も通常は、文字や絵などの何らかの視覚情報とともに行われるため視覚情報を得る手段がない学生は自力では学習が困難となる。このような大きなハンディを抱えた中途失明学生の英語学習を支援する一つの方法として盲人用英語読書器カーツワイル・パーソナル・リーダー(以下KPR)の利用が考えられる。TCTにも全盲学生のためにKPRが図書室、LL教室等に設置されていたが、事実上使用されていなかった。これは本来英語を母国語とする盲人のために開発されたものであり、英語学習用にどう利用できるかについての検討が十分なされていなかったため指導者側も学生も活用できなかったというのが実状である。今回一人の中途失明学生の協力を得て、KPRの利用を軸に英語点字読書能力改善のためのプログラムを組み実践した2年間の経過をここに報告する。 2.仮説  視覚障害者に限らず、一般に日本人英語学習者の持つ大きな課題の一つは読みの遅さであると言われている。 Fry(1975)(6)によると平均的なアメリカ人の読速度は200~500wpm(words per minute1分間に読む単語数)といわれているが、日本人の場合大学生でも100wpmにみたないものが多い。谷口(1992)(8)は、日本の高校生の目標としてアメリカ人の平均的な話す速度である150wpmが一つの指標になるであろうと述べている。視覚障害者の場合はさらにハンディキャップが大きい。青木(1997)(3)によるとTCTの1年生に対して過去2年間に実践した読速度調査の結果は次のようになっている。(表1)  KPR(今回使用したものはXEROX KURZWEIL Personal Reader 7315でKurzweil Computer Productsが開発したシリーズ5番目の製品である)は、テキスト文書をスキャナーにかけ読みとった文章を合成音声装置で読み上げる。図や表、写真などを含む文書、雑誌などの段組みが複雑なもの、印刷が不鮮明な文書などは使用に適さない。一定条件を踏まえたものであれば認識精度は非常に高く、15~40頁を記憶装置に蓄えることができる。読み上げの音声については自分の聞きやすい声を選択でき、また読み上げ速度を120wpmから350wpmまで調節できる。さらには各単語のスペルの読み上げ、文章の読み上げの中断、単語、文章、頁ごとの戻り読み、句読点の読み上げの選択など様々な機能を持っている。Sの読書力改善のためのプログラムとしてこのKPRを軸として使用することを決め、次のような仮説をたてた。 (仮説)カーツワイル・パーソナル・リーダー(KPR)を利用したリーディング練習は同時にリスニング練習も兼ね、英語読解力および聴解力を向上させ、結果的に点字読速度を向上させる。  第二言語習得に関する研究の中で、リーディングとリスニングの関連性を説くものは非常に多い(Anderson&Lynch,1988)(1)。 従来はこの両者はいわゆる言語の4技能の中で、受動的な技能(Receptive Skills)と言われてきたが、最近の理論では個人の積極的で技能的な言語活動であるとされる。(G. Brown,1990(5).Anderson & Person,1984(2).天満,1991(9)など)すなわち、情報収集するにあたって、聞き手、あるいは読み手ほ自分の持つ知識を積極的に使い、予測し、話題を把握しようとする。この意味でのリーディングは訳読とは基本的に異なる活動である。日本人の学習の読書能力の改善のためには、このような能動的な活動としてのリーディングを習得させる必要があり、同じ過程を多くもつリスニング練習とオーバーラップさせることは有意義であると考えられる。視覚障害の補完と第2言語習得理論に基づく新しいリーディング練習として、KPRの効果的な利用法を実践を通して検討することもプログラムの課題となる。 表1 TCT学生の英語読速度 3.方法・経過 3.1中途失明学生Sのプロフィール  S(男子)の視覚障害は網膜色素変性症によるもので、TCT入学時点(19才)ではほとんど失明状態であったが、それ以前はある程度の視力を保持していたため、小学校、中学校とも普通枝に通った。しかし徐々に視力が落ち始めたことと、精神的不安定から一時登校拒否に陥った。高校は東京都内の定時制に入ったが、視力の低下は続いた。精神的には徐々に安定し勉学への意欲も高まり、担任の指導もあってTCTへの入学を決意した。情報処理学科への入学は果たしたものの、今まで視覚障害者としてのいかなる訓練も受けていなかったため、このままでは寄宿舎生活も、勉学も難しいと判断され1年間休学して失明者更正施設に入所した。この間白杖による歩行を含めた生活自立訓練と、点字指導を受けた。平成7年に復学し、改めて大学での学習を点字使用者としてスタートした。 3.2英語学力と学習状況  初年度(平成7年度)は一般教養の英語Iの授業を通してSとの接点を持つこととなった。英語Iの最初の授業では、実力判定テストとして過去の英検準2級のテストを点字問題、拡大文字問題にアレンジして実施しているが、Sはこの時点ではまだ点字習得が不十分でテストにはほとんど対応できなかった。英語点字は一応指導を受けてきていたが、2級点字の習得はまだ途中の段階であった。大きな問題は読みのスピードであった。平成7年5月の結果は19wpmであった。テキストを一定時間内に自力で読むことは不可能な状態であったため、授業中は教師が常に音声で読み上げることで彼の理解を助ける必要があった。授業ごとに200語の文章を読みこなす練習を続けたがこの年度最終段階の2月になっても読速度は32,25,28と伸び悩んだ。英語学習への意欲は高く、将来は留学も考えたいという夢をもつSにとっては苦しい状況であった。さらに自己学習環境として最も重要な英語辞書の利用に関しても問題があった。TCTでは図書館とLL教室に点字辞書を備え、また図書館の一部である電子図書閲覧室には合成音声装置によって音声でひけるCD-ROM辞書が学生に開放されていたが、この時点ではSはそのどちらも自力で使いこなすことはできず、やむを得ず自宅に電話をして家人に辞書をひいてもらうという状況であった。平成8年度に入り、読書力向上のために個別のプログラムを組む必要性を痛感し、KPRの利用を軸とした個別レッスンを実施することとした。6月に行われた第1回の英検3級に初挑戦したが、不合格であった。 3.3プログラムと経過 1)事前読速度調査(H8.5)  プログラム開始にあたって英語と日本語の点字読速度調査を行った。英語の測定用素材はBeatrice. Mikulecky 他READING POWER(1986 Addison-Wesley)から、英語初級レベルの学習者用100語文3本をとり、それを点訳したもので読速度を測定した。日本語の点字触読材料は、小学校高学年用の科学読み物を8分割し、それぞれ点字で80から130文節になるよう編集した。これらの読材料を4試行した。それぞれの読速度は英語が平均28.333wpm(sd3.512)、日本語は平均30.485(sd 0.797)であった。(wpmは英語は1分間に読む単語数、日本語は文節数を表わす) 2)経過  プログラムの内容についてはSと話し合いながら構築する方法をとることとした。実際のKPRによる学習は平成8年10月から平成9年12月まで、計28回、各1時間から2時間行った。プログラムの進行に従って次の4ステージに分けて報告する。なおこのステージは、あらかじめ設定したものではないため後述するステージごとの読速度については若干時期的なずれがある。 (1)第一ステージ(H8.10~12 計6回) <1回目>KPRの基本操作の導入。スピード調整。はじめ120wpmから入ったが、ゆっくりすぎるということで150wpmに調整した。課題文(150語、英検3級レベル)。1回目を聞き、日本語で要約させる。理解度は約60%。2回目を聞き、内容理解チェックの質問に答えさせる。正答率60%。音声に慣れるために、同じスピードでシャドウイング練習を数回行う。シャドウイングとは「流れてくるスピーチを聞きながら聴解した同じ言語でほぼ同時にそのスピーチと同じ発話を行うこと」(八島、1988)(2)と定義され、従来通訳訓練などに用いられていたが、一般の英語学習にも有効な手段として認知されてきている(柳原、1995)(13)。 <2回目>基本操作はあまり援助を受けずにできる。スピード150wpm。課題文(150語)を2回聞き、内容理解チェック。正答率100%。シャドウイング練習では少し慣れてきたが、まだスピードについていけず、途中で止まってしまう。 <3回目>課題文読み上げまでもっていくのにすべて自力で行う(2分)。課題文(190語)。本人が納得いくまで何回聞いてもよいという指示を出す。3回目でOKサイン、内容理解チェックに答える。正答率100%。シャドウイングは150wpmでは早すぎてきついというので130wpmに落とす。その結果正確さを増す。  当初は音声だけ、しかもコンピュータ音声ということでかなり違和感をもち、かつ緊張して聞いている状態であったが、このころからリラックスした状態で使えるようになった。 <4回目>課題文(210語)。150wpm。日本語要約では前半は理解度が高いが、後半になるに従って暖昧になる傾向がある。音声の場合は文字情報よりも集中力を保つ必要が高く、後半は疲れてしまって理解度が落ちることが考えられる。概要読み(スキミング)的な聞き取りの訓練として、余り詳細な部分にこだわらず、トピック、メインアイディア、そして論理の組み立てを掴むことに集中するように指示する。一方、内容理解チェックの聞き方は質問の答えを探す読み、すなわちスキャニングの練習として、2回目、3回目などにある部分だけを繰り返して聞くという方法で使うと効果的なように思われた。150wpmのスピードに大分慣れ、シャドウイングも80%位の正確さになってきた。 <5回目>英検準2級用面接カードの文章を利用(平均110語)。1牧目はl50wpm、2牧目は180wpmにスピードをあげる。これに対してSの反応は180wpmでも聞く上では早すぎるとは感じない。分からないところはゆっくりでも分からないとのことであった。 <6回目>第1ステージ終了として、点字読速度測定を行った。前回と同じ100語文では平均45.333wpm(sd 4041)であった。しかしこれは内容が同じであるため読みやすくなっていることが考えられたので、同レベルの英文200語でも測定した。読読度は44wpmで理解度は87.5%であった。また、別の200語文をKPRで250wpmのスピードで聞き、理解度を測定した。通常の練習に従い1回目はスキミングとして、2回目はスキャニングとして質問項目を先に与えた。理解度は75%であった。Sの反応としては、やはり点字を読むほうが安心感がある。音声だけのほうは自信がないとのことであった。 第一ステージのまとめ  機械の操作は3回目にはほとんどマスターし、必要な箇所へ戻ることもかなり自由にできるようになった。はじめはやはり、音声だけで文字情報が全く与えられないということに不安を覚えていたが、次第に英文の内容そのものに集中できる様子がみられてきた。1回ずつのレッスンの組み立てがほぼ確立され、聞き取りの1回目はスキミングとして概要をつかみ、2回目以降はスキャニングとして個別の情報をつかむ。さらにスピードに慣れ、かつ正確な英語の聞き取り練習としてのシャドウイングもかなり効果的であることがわかった。問題としてあげられることは、特殊な固有名詞など明らかにKPRが読みとれていない場合は本人だけでは確認の方法がないということである。余り重要でない場合には読み飛ばしができるが、重要な場合には何らかの援助が必要である。  最後の測定結果をみると、点字の読速度は学習前と比べて大きな伸びを示した。一方、同時に行った音声情報だけでの理解度チェックに対する反応はまだ不安が大きいことを示した。しかし、ここでの一番の成果は、Sの理解度内の英文であれば150wpmのスピードで内容が把握できるということであり、これはこの時点での点字読速度の3倍強の速さである。 (2)第二ステージ(H9.1~3 計10回)  使用英文のレベルアップを図った。ハワイに関する内容で、全10ユニット。各ユニットの長さは約500語(Beatrice S. Mikulecky 他 More Reading Power, 1996 Anderson & Wesleyより)。  練習方法は第一ステージでの最終的な組み立て、すなわち1回目はスキミングで日本語要約、2,3回目はスキャニングで内容理解問題に答えるという方法をとった。ただし、内容的に高度になっている上に、Sにとっての未知語がかなり含まれている場合には1回目と2回目の間に内容の背景的説明や語彙の説明を行った。また、時間の関係でシャドウインヅは省略した。  練習3回目位までは、課題文の長さと内容の難しさに対する不安がかなりあり、援助を求めることが多かった。日本語要約では前半部の理解は高いが、中間から後半部にかけて集中力が落ちてしまう傾向が見られた。内容理解チェック問題については何度か聞き直しをさせると60から70%の正解率であった。この問題の読み上げスピードは基本的には150wpmであったが、聞き直しのときなどにはややスピードを落とすなど本人が調整をしていた。  練習4~6回目ではだいぶテキストに慣れ、内容がおもしろいと積極的な興味を示すようになった。スキミングのときはスピードが遅い方がわかりやすいということで1回目は120wpm程度できくことが多くなった。内容理解は70から80%程度にやや上昇し、すぐ援助を求めずになんとか自分で解答を見つけようとする粘りがみられるようになった。  練習7~10回目は春休みに入ったこともあり、ハワイシリーズを読み終わるために集中的に練習を行った。7回目の課題文は内容が特に高度であったためSは取り組みに非常に苦しんだ。日本語要約においては聞き取った内容(特に部分的にでも理解できたこと)を終わりまで記憶しておくことが難しいということが考えられたので、次回からはメモをとりながら聞く方法を取り入れてみることにした。このノートテイキングを取り入れた新しい練習法は以下の要領で行った。 1回目 途中ストップせずに大筋を掴む読み:スキミング120~150wpm 2回目 メモをとりながらの読み:精読 部分的な戻り読み 3回目 内容理解問題に答える読み:スキャンニング  この方法を取り入れてからは、より自主学習体制に近づいた。日本語要約はメモを見ながら行い、需要なポイントを落とすことはなくなった。しかしやはり内容によっては50から60%程度の理解にとどまることもあった。点字でのメモの取り方に充分慣れていないという面がみられた。  練習9,10回目の最終段階ではこの練習方法にかなり習熟した様子がみられ、要点だけをおさえたメモの取り方も学習していったようで、当初よりメモの量は減っていった。理解度チェックの正答率はほぼ90%となった。 また、Sの提案で最後にシャドウイングで一緒に声を出してみることで、細かい内容の確認もできるということで時間が許す限り、この活動を取り入れることにした。 さらに、内容が理解できた上では180wpmのスピードで充分聞き取り可能であった。 第二ステージのまとめ  この段階ではより長く、レベルの高い英文に挑戦するということが課題であった。Sの不安は最初非常に大きかった。sの音声言語にたいする聞き取り能力と短期の記|意能力は、他の視覚障害者同様大変優れており、理解度チェックの問題はすべて4肢問題であったが選択肢を一度聞くだけでほとんど解答ができた。しかし500語のテキスト文を、その内容を聞き取りながら記憶することは大変な課題であった。途中から取り入れたノートテイキングはこの問題をほぼ解決してくれた。通常の音声テープと違って、スピード調整や繰り返し、戻り読みがしやすいことがこの方法をやりやすくした。点字でメモをとるということはSにとっては、余り経験がないことであったが、徐々に自分なりのメモの取り方を習得していった。  KPRは本来、個人の学習用として開発されたもので、第二段階での活用法はその目的により近づいたといえる。  この期間中、10月の第2回英検3級に再挑戦、合格した。 (3)第三ステージ(H9.4~9 計6回)  Sの将来へ希望として英語圏への留学希望があったため、このステージではTOEFL対策を取り入れることとした。TOEFLの読解問題を課題文として使用すると同時に、リスニング問題(ここではテープを使用)にも若干取り組んだ。練習方法は、前シリーズとほぼ同じである。ただし、要約を可能な限り英語で行うようにさせた。理解度は課題文の内容によって大きく差があった。全般に彼の能力を越えるものが多く、この間の練習を通して特に語彙不足を本人が痛感したようである。未知語に出会うたびに、その語をスペルアウトし、辞書を使って調べるという作業を今後は自分でしなければならないという自覚をもつようになった。(この時点では、Sは自分用のパソコンとそれに組み込んだ辞書を使えるようになっていた)  第二ステージからここに至るまで、点字読みは全く行っていなかったが、KPRによる読解練習が読速度にどの程度影響しているかをみるために、5月に再び、最初に行った100語文3本による読速度測定をおこなった。結果は3回の平均が53.7wpm(sd3.5)で10ポイント近く上昇していた。  全般に自己学習の方法は少しずつ身につけつつあったが、まだ、課題が難しくなると援助を求める場面が多かった。6月の英検準2級初挑戦は失敗に終わった。 (4)第四ステージ(H9.9~12 計4回)  難易度の高い英文の取り組み方法として、音声情報だけでは充分でないことが第三ステージで明らかになった。構文理解や未知語を確認するためには、何らかの形で文字情報に転換する必要がある。そこでこのステージでは、KPRで読み上げる英文をSが点字で書き取る、すなわちデイクテーションを試みることとした。デイクテーシヨンの英語学習上の利点は数多くあげられる。語彙、文法知識など英語の総合力を判定、または評価する際に有効な方法とされているが、自己学習法としても効果的なものである。最近はCALL(Computer Assisted Language Learding)の分野でも多くこの方法が取り入れられている。  KPRを用いたデイクテーションの方法として、以下の手順をモデルとしてSに提示した。 ①全体を通して聞き、概要を捉える(スキミング) ②意味のとりにくい箇所を繰り返し聞く ③1文ずつ書き取る。長い文の場合は適宜切る ④書き取ったものを読み直し、不明な点、文法的な誤りなどを自己チェックする ⑤最終的な聞き直しを行い、再度チェックする  練習初日は、上述の手順に従って行おうとしたが、2回目ではキーワード、概要ともつかめず書き出せない。 3回目でようやく前半部は理解できたと言って書く体制に入った。(課題文は前述のMore Rearding Powerより、100~120語の文章を抜粋した)読み上げスピードは120wpmで句読点読みは入れずに行った。Sによると、文の終わりはポーズが入るので100%解るということであった。初めてであったのでかなり時間がかかったが、90%以上書き取れた。読み直しの段階で本人が誤りに気づき、修正した箇所が数カ所あった。最終的に筆者がチェックした誤りは、語句のsが抜けた部分2箇所とknowをnoした部分の3箇所だけであった。これはSにおおいに自信になったようで、このやりかたの学習なら一人でやれるという感触を掴んだようであった。次回からは課題文を先に渡し、自習の形で書き取ってきたものをチェックすることとした。  2回目以降の正確さはやはり90%強で、単語の誤り、複数のsの欠落が若干あった。自己学習のやり方をSに確認したところ、必要に応じてword-by-wordやletter-by-letterの機能を使ってスペルチェックしたとのことであった。さらにピリオドは解るが、カンマなどの記号は暖昧なので句読点読み(punctuation)を使ったとのことであった。全部で6回の練習であったが、Sに感想を求めるとデイクテーション練習の一番いいところは自分のペースでできるということであった。さらに書き取った文を読み直すことで英文の誤りや不自然さに気づくようになった。また複数形のSや比較級のer、動詞の時制など細かい部分に意識がいくようになり、実践的な文法力が高まったように思うと述べていた。  KPRを使った学習はこの時点で一応終了とした。10月に行われた英検の2階級(準2級、2級)に挑戦し、両級とも合格した。 6)最終読速度測定  平成10年1月に英語と日本語文について最終の点字読速度測定を行った。内容はプログラム開始当初に行ったものと同じである。その結果と学習前のものとの比較を行ったものを次に示す。(表2) 4.考察  本研究の目的は大きく二つにあった。一つは中途失明者であるSの点字読速度が伸び悩み、英語学習が思うように行えない状況を打開するために、KPRを活用することによって英文を「音声で読む」ことを通して読解力および聴解力を高め、読速度および総合的な英語学力を伸ばそうというものであった。二つ目はKPRを英語学習にどのように有効に活用できるかを探ることであった。  一つ目に関しては、約2年に及ぶプログラム実施のなかで、英検3級から準2級、2級合格という結果を得、総合的英語力は確実に向上した。読速度に関しては学習前と学習後における日本語と英語との点字読速度の変化を調べてみた(表2)。日本語の読速度の平均値は、学習前が30485で、学習後が35.283であった。t検定を行ったところ、統計的に有意な差がみられた(t=8.048,df=3,p<0.01)。一方英語の点字読速度は学習前が28.333で学習後が54.333であった。4つのセッション間の違いを、1要因の分散分析で検討したところ有意な結果が得られた(F=40.562,df=3/8,p<0.01)。図1は両者の向上の度合いを示したものであるが、日本語に比べ英語の読速度の上昇、特に第三ステージまでの上昇が大きいことが解る。最終的に英語の伸び率は192%であったのに対し、日本語は116%であった(表2)。英語点字の触読訓練はプログラムの中では全く行わなかったことから、この間の彼の読解力の向上がこの上昇に寄与していると考えられる。速読訓練の方法はいくつかあるが、一番重要なことは直読直解である。このためにはフレーズごとに英語を理解し、また次にくるべき内容を予測することが必要となる(松村 1984)(11)。 その意味では聞き取りと速読の練習はほぼ同じプロセスをたどる。また、あるまとまった内容の英文の理解にはトピックをいち早くとらえ、全体の流れを掴む読み(スキミング)と重要なポイントを正確に把握する読み(スキヤニング)が重要である。KPRを活用した練習はこれらの要素を含んだものであった。一般の音声教材(テープやCD-ROM)とKPRを使った場合との大きな違いは、KPRがもつ機能を充分働かせると(単語読み、スペルアウト、フレーズ読み、またそれぞれの単位の戻り、読み上げ速度の調整など)、それはかなりな程度「文字」を読むプロセスに近づけるということである。Sの場合英語点字読速度は点字を読むことだけでは向上する見込みは非常に少なかったといえるであろう。単語一つずつの認識に多くの時間がかかる状況では、英語としての速読訓練にはとても入れない。音声情報で代換えすることによってはじめて実質的な速読訓練が行えたと言える。KPRの活用学習はSに対し自己学習の可能性を示唆し、それが-つの自信に繋がったことも英検2級突破の背景にはあるであろう。  二つ目はKPRの英語学習活用法であるが、これについてもこの実践を通して多くの示唆が得られた。プログラムの第一ステージから第四ステージへの進行はS自身の学習の進行状況をみながら設定した。大きくは学習目的によって以下のような内容に分けられる。 *速読:この練習では原則的に途中でのストップや戻り読みはさせずに、バリエーションをつけた練習、スキミング・スキャニング・シャドウイングなどを行う。読み上げスピードは学習者のレベルに合わせるべきであるが、150wpm以上を目標とする。 *精読:難易度の高い教材への対応練習として、戻り読みやメモ(ノートテイキング)を取り入れる。 *デイクテーション:単語のスペルアウト・句読点読みなどの機能を活用し、正確な書き取り練習を行う。  さらにそれぞれのニーズに合わせた活用法は考えられるであろう。またKRPに習熟すれば、本来の目的であるすぐに点字化できない教材、文献を自力で読むことが可能になる。  最後に問題点として考えられることを整理してみよう。まず第一は価格の面で個人が所有することは難しいという点である。しかし最近は大学などが視覚障害者を受け入れるにあたって学習サポート用に設置してくれるケースも多くなっているのでこれらを大いに活用すべきである。携帯ができないというのも問題点であるが、KPRさえあれば、点字情報は必要ないということはなく(KPRに適した教材自体が限られている)、何ができるかを考えて活用すべきである。この意味では活用法習得のための指導は必要となるであろう。 図1,点字触読速度の向上 5.おわりに  教育実践研究および事例研究という性格上、ここで得られたデータ(特に数値上の)客観性、妥当性の面で信頼性の低いものと言わざるを得ない。しかしながら、今回の研究は大規模な実験などでは得られない佃に着目し、その個の変容を通して普遍化への一助となる貴重なデータを得られたと考える。特に2年余に渡ってねばり強く、モチベーションをもって研究に協力してくれたSに対し感謝の意を表する。 文献: 1)Anderson, A and Lynch, T Listening(1988) Oxford: OxfOrd University Press 2)Anderson, R.C. and Person, P.D.A schema-theoretic view of basic processes in reading comprehension, P.D.(eds)(1984) 3)青木 和子 視覚障害者の英語学力と読速度.筑波技術短期大学テクノレポートVol.4 65-69(1997) 4)Barnet, M.A.(1992)Chapter 5, Teaching Language in College Rivers, W.M.(ed)上地 安貞・加須尾 弘司・矢田 裕士・森本 豊富訳 第5章さまざまな段階をつなぐリーディングの要素、変革期の大学外国語教育.桐原書店.89-111(1995) 5)Brown, G. Listening in Spoken English 2nd ed.(1990)London:Longman 6)Fly, E.B. Reading Drills for Speed and Comrrehension.(1975)Province, Rhode Island: Jamestown Publishers. 7)小池 生夫、第二言語習得研究に基づく最新の英語教育.226-238,266-286(1994)大修館書店 8)谷口 賢一郎 英語のニューリーディング.200-210(1992)大修館 9)天満 美智子、英文読解のストラテジー.(1991)大修館 10)Truan,MB Trent,S.D. Impact of Adolescents Adjustment to Progressive Vision Losson Braille Reading Skills: Case Studies Journal of Visual Impairment & Blindness, Vol.91 No.3 301-308(1997) 11)村松 幹男 英語のリーディング55-70(1984)大修館 12)八島 智子通訳訓練の英語教育への応用一Shadowing-・英学Vol.2 29-37(1988) 13)柳原 由美子 英語聴解力の指導法に関する実践研究-シャドウイングとデイクテーションの効果について.Language Laboratory Vol.32 73-89(1988)