視覚障害者のための漢籍講読法の一つの試み 鍼灸学科 和久田 哲司 要旨 視覚障害者が臨床研究のために、鍼灸・手技療法に関する中国医学典籍を直接講読することは至難のことであった。今日のコンピュータ技術を活用して一つの方法を試みた。それは、既にテキストファイル化された典籍を、漢点字変換ソフトを用いて8点漢字として点字プリントしたものと同時に、音声化ソフトによって音声ガイドとを併用して講読する方法である。漢字の外字登録の不足や不統一、ハードの問題とともに、典籍のテキストファイル化の推進など今後の課題も多いが、かなり実用性の高いものである。 キーワード:視覚障害者 漢籍 講読 漢点字 点字プリント 1はじめに  我国における視覚障害者の多くは古くから鍼灸手技療法に携わってきたが、何時の時代においても東洋医学に関する原典解読には苦慮して来た所である。点字が開発されていない時代には耳からの情報のみに依存せざるをえなく、また点字制定後においても点字が仮名文字表現のみで漢字標記が出来ないため、先人の読み下し文の点字書によって間接的にしか講読出来えなかった。  しかし漢字の点字標記法やコンピュータによる音声化が開発されて、漢字仮名混じり文が講読可能となっている今日、これらの方法を一歩すすめて、漢籍書の点字化と音声ガイド化を図ることによって、視覚障害者が今日まで成しえなかった東洋医学典籍の直接講読が可能となる。そして、この方法が確立されれば、視覚障害者が、広く一般の古文・漢文の講読にも応用しうるものと思われる。  そこで、今日的なコンピュータ技術を活用して漢籍講読の一つの試みを紹介して、今後の課題を明らかにしようと思う。 2漢籍講読の試み 2.1漢籍文講読の方法  現在、常用漢字の範囲及び一部の鍼灸・手技療法に用いられる漢字については、既に点字化・音声化が図られている。しかし視覚障害者が難解な漢籍、特に専門的な医学典籍を直接講読するには一文字、一文字を正確に読みとる方法が要求される。  今日、コンピュータを用いて行なわれている漢字の音声ガイドは漢字の「音読み」「音訓読み」及び「詳細読み」などの方法で確認しながら読み進むようになっている。しかし単にこの方法では、漢籍講読の場合には大変な労力と文章の全体把握が難しい。  そこで、漢字の点字標記法を併用することによって、より具体的に漢文の流れを把握することが出来る。現在なお漢字外字の不足・外字の不統一・ハードの問題など障害が多いが、次にその具体的な一つの方法を示す。 2.2漢点字(8点漢字)を用いた典籍講読の実際 2.2.1中国医学古典テキストファイルの活用  「日本内経医学会」は今から8年以上も前から、古典文献のデータベース作成に着手していた。「素問」以下漢代までの主要な経典が終了した所で、平成9年6月15日付けで、そのテキストデータすべてが公表された。  その内容は、中国医学原典の主要経典である『素問』『霊枢』『難経』『傷寒論』『金置要略』『神農本草経』の六冊と、さらに医学古典の研究資料として価値のある『史記・扁鵲倉公伝』一冊を合わせた全七冊、約27万字にのぼる。  底本選定には、北里研究所東洋医学総合研究所医史学研究部の協力を得て作成されたものである。1) テキストファイル化の底本一覧 1『素問』明・顧従徳本 2『霊枢』明・無名氏本 3『難経』江戸・多紀元胤著、黄帝八十一難経疏証 4『傷寒論』明・趙開美本 5『金置要略』元・トウ珍本 6『神農本草経』江戸・嘉永七年、森立之校正本 7『扁鵲倉公列伝』江戸・嘉永二年影宋本  これらのテキストデータベースを用いて、音読させると同時に点字化したものを併用して講読を試みるものである。 2.2.2漢点字(8点漢字)変換ソフト“KTCONV version 1.00”の利用  この漢点字変換ソフトは和田 浩一氏が開発したもので、1993年に漢点字の考案者である川上 泰一氏にソフト開発の快諾を得て、1987年に発表した点字の漢字符号を用いた自動点訳ソフト「点訳漢世」の漢点字データを修整したものである。  このソフトは、漢字仮名混じりの日本語テキストファイルを漢点字データに変換して、8点の点字ファイルを作成するもので、変換可能な文字は第1・第2水準漢字及び非漢字を含め約7千文字と言われている。2)  典籍を点字化するには、まずテキストファイル化された原典を漢点字変換ソフトで、漢点字ファイルへ変換する。次に、この変換された漢点字ファイルを点字として出力するために、「村尾DOS」が開発した漢点字出力データを2行の点字コードに変換するソフトを用いる。そして点字ディスプレイへの表示ソフトや点字プリンタへの印刷ソフトと組み合わせて利用する。3) 2.2.3漢点字出力点字プリント  今回、点字プリンタ「バーサポイント」を用いて、片面プリント、24行、1行32桝で出力した事例を以下に示す。使用したテキストファイルは日本内経医学会作成のsomon.txt黄帝内経『素問』の初めの一節である。 ◆上古天眞論篇第一. 昔在黄帝.生而神霊.弱而能言.幼而恂齊.長而敦敏.成而登天. 廼問於天師曰.余聞上古 之人.春秋皆度百歳.而動作不衰.今時之人.年半百.而動作皆衰者.時世異耶.人將失之耶.岐伯對 ※漢点字の構成はl桝6点に、漢字部分を表す始点と終点の2点を加えて8点からなる。漢点字は1桝漢字と2桝漢字を基本として、旧漢字など複雑なものは1漢字を3桝以上で表す。符号化に当たっては部首を基に、2桝の漢点字は原則として1桝目に辺や冠を、2桝目に旁を配置するよう考案されている。  1行目を例に示すと、◆の後の上は比較を表す4.5の点に上を示す1・4の点の2桝、その上に始点と終点からなっている。次の古いは口を表す1・2・4・5の点に十を示す2.4.5の点からなる。以下、天は大(1・2・4・6の点)に一横線(1の点)、眞は3桝点漢字、論は言辺(1・2・4)に妾(1・4・5)、篇は竹冠(1・2・3・5)の付いた3桝点漢字、第は竹冠に弟(3・4・6)、最後の一は漢数字を表す5・6の点に数字を示す1の点となっている。 3漢籍文の漢点字化事例での検討 (1)べた打ち可能の点字プリンタであれば、この方式による漢点字のプリントアウトは可能であると言われていたが、バーサポイントでの片面プリントでは始点と終点の2点が下の6点とやや離れてプリントされている。このことが、かえって8点漢字を読み安くしており、触擦上8点点字は読みにくいとの不評を解決している。 (2)上記事例では全て漢点字化されており、また音声化ソフトによる音読も可能であるが、この他では、かなり漢点字化、音読化できない外字が多数あった。 (3)漢点字文書と音声ガイドを併用すれば、漢籍文の講読は、かなり容易となると思われる。 4今後の課題  現在、現有する点字プリンタ「バーサポイント」を用いて漢点字方式による漢籍の点字化を試みているが、他の方式や音声化の面での検討が必要である。 (1)漢字の点字標記法には8点式の「漢点字」及び6点式の「6点漢字」とがある。これら標記法は、使用者にとってそれぞれ優劣があり、典籍の点字化に当たっては点字プリンタによる出力、点字タイプライタ、手書きの便宜ざなど検討する余地がある。 (2)コンピュータを用いた音声ガイド化は現在「AOK音声合成(高知システム開発)」及び「VDM音声合成(アクセステクノロジー)」が主流と成っている。しかし典籍の音声化には、かなり対応文字が不足しており、追加登録が必要である。 (3)コンピュータによる点字化及び音声ガイド化については、第2水準漢字と鍼灸・手技に用いられる一部の特異な漢字については外字登録がなされている。しかし各方面で試みられている登録はそれぞれ異なるため、統一を図って第2水準漢字以上の登録を図って行くことが肝要である。 (4)講読法のコンピュータ化についてはウインドウズ化によってハード面、ソフト面での検討が必要となっている。 (5)外字の課題などを克服して、なによりも漢籍・古文書のテキストデータベース化が急務である。 参考文献 1)日本内経医学会 中国医学古典テキストシリーズVer.1 ファイル readme2.txt インターネット(鍼灸ホームページ)1997 2)和田 浩一 漢点字変換ソフトファイルktconv.doc 1995 3)村尾DOS KTCONVデータコンバータKT2NABCC Ver1.5 ファイル kt2nabcc.doc1995