視覚障害者のための鍼灸学関連学術情報資料のデータベースの作成 鍼灸学科 伊藤 隆造、上田 正一、 一般教育等 村上 佳久、 理学療法学科 前島 徹 要旨 視覚障害者の活躍する分野である鍼灸などの東洋医学および関連分野の日本語学術論文の全文データベース構築を目指して、通常文と点訳データファイルを蓄積した。これに基づいて重度視覚障害者に使いやすいデータベースの検索方法、アクセス方法を含み、その利用方法を検討した。 キーワード:視覚障害者、鍼灸関連学術情報、全文データベース、手技療法、東洋医学 1.研究の背景・目的  我が国では多数の視覚障害者が鍼灸師やあん摩・マッサージ・指圧師として社会的に自立し、地域の医療に貢献している。また、その指導的人材の多くは盲学校や視覚障害者センターにおける鍼灸師などの養成施設で教師として、次世代の自立者の養成に尽力している。これは江戸時代の優れた先達たちのおかげであり、これらの伝統的な医療が視覚障害者に適した職業として日本の社会に広く受け入れられている。このことは世界的にも高く評価されており、我が国に対して国際的な期待が寄せられている。  ところが、この様な人たち(鍼灸師・教師)にとって、専門分野の最新情報や過去の研究報告などの入手はなかなか困難なのが実状で、介助者による朗読サービス、点訳奉仕などに頼るしかなく、経済的・時間的に大きなハンディとなっている。  一方、コンピューター関連技術の発展は、文章が電子化さえされていれば、視覚障害者が、介助なしに資料を読むことを可能にした。そしてパソコンを利用した情報通信技術の普及は、重度視覚障害者にとって健常者との文字情報の直接交換を可能にし、情報収集を容易にしてきている。しかし、専門の鍼灸学や医学関係分野ではその前提となる文字情報(ないしその点訳資料)の公共的なデータベースがほとんどない。特に全文のデータベースは個人や大学などの機関のなかでの利用に限定されている。  そこで、本研究では、視覚障害者に向けて鍼灸医学関連の学術情報や資料を各種の情報機器を活用して行う本格的なシステム開発を目指して、試験的にデータベースを構築し、視覚障害者にとって使いやすいデータベースとその利用システムがいかにあるべきかを検討した。 2.研究の方法 2.1データベース資料の作成 2.1.1通常文字データベースの資料作成  これには次のような3段階の作業が必要である。  画像読込:本の内容をイメージスキャナで光学的に読み取る(画像データ)  文字認識:画像データを文字認識し、文字ファイル化する(文字データ)  文字校正:文字の認識率が95%程度なので、文字の間違いをワープロなどで校正する。  現在、国内で稼働している電子図書館は、画像データのみを対象としており、重度の視覚障害者は利用できない。そこで、文字データにまで変換して、視覚障害者も利用できるようなデータ形式にする必要がある。このためには、通常のパソコンなどで使えるソフトが市販されるようになり、今回の研究では、1セット数百万円する専用機と比較してみたが、パソコンソフトで遜色ないことが判明した。  データベースに取り込む印刷物をスキャナーで読みとる作業は、かなり自動化されてはいるがかなりの手作業を必要とし、さらに文字校正がもっとも多くの人・時間を必要とする過程である。 2.1.2点字データベース資料作成  合成音声を利用した読書では、いわゆる「斜め読み」が出来ない。また、コンピュータなどの機器無しに手軽に利用する場合や、ゆっくり熟読したい場合などには、やはり用紙に打ち出した点字であることが求められる。 この作業は、2.1.1で作成した文字データをもとに次のように行った。すなわち、通常の文字データを話し言葉である点字に変換し(点訳)、これを点字表記ルールにしたがって校正した。点訳は、市販のソフトを利用し、点字校正は点字表記法と医学などの専門用語の知識のあるボランティアの協力によって行った。  このようにして得られた点字データは、利用者が目的の資料を取りだしたのち、点字印刷器で用紙に打ち出したり、パソコンにつないだ点字ディスプレイ装置で指先で読むことができる。 2.1.3外字フォントおよび外字を含む辞書作成  鍼灸を初めとする東洋医学では、専門用語にJISコード(第一・第二水準)以外の漢字、いわゆる外字(1)が多く利用されている。一般に外字は個々のパソコン利用者が自分用に登録して使うが、データベースの資料に使う外字とデータベースの利用者が使う外字を共通にしておかなければならない。このため、171字の外字のフォント(画面用、印刷用それぞれ複数セット)を作成し、この外字に合わせた合成音声用の読み方辞書を作成した。ところがこの研究の進行中にWINDOWSなど画像表示の画面が普及し、MS-DOSとは異なった記憶領域が外字用に使用されるようになってきた。このため、WINDOWSを初めとした画像表示の画面でも共通して使えるように外字転換ソフトを開発した。なお、この外字ファイルは、パソコン通信等で入手可能として公表している。 2.2データベースの利用方法の検討  視覚障害者にとって使いやすいものにするために弱視および重度の視覚障害者に実際に使用上の問題点を指摘してもらう必要がある。このためには、普段からワープロソフトなどを使いこなしている本学の学生および遠隔地の重度視覚障害者の協力をえて実験を行った。  遠隔地での利用としては、CD-ROMおよびインターネットを介した利用の2通りについて検討した。 3.研究の成果 3.1データベースファイルの作成  今回のデータベース作成では、「全日本鍼灸学会雑誌」については全論文を目標に電子化の作業を進めた。また、従来、鍼灸学科として広く鍼灸治療と関連する医学医療分野の選択された論文の文字ファイルと点字ファイルも組み込んだ。  さらに筑波技術短期大学視覚部として蓄積してきた教科書などの書籍類のファイルと合わせて次のような資料がデータベースの基礎ファイルとして利用可能になった。 全日本鍼灸学会雑誌第39巻(1989)~48巻2号(1998) (うち44~48巻は点字) その他の学術論文200篇(うち129篇は点字データのみ) 教科書、参考書 一般教養・医療概論30篇(うち点字15篇) 基礎医学・臨床医学52篇(うち点字15篇) 鍼灸・東洋医学19篇(うち点字14篇)  最新の鍼灸学関連の学術論文を選択する方法の一つとして視覚部図書館に納入される新着雑誌のうち、和文雑誌についてその目次をデータベースの一部に取り込み、書誌データとして利用できるようにした。 3.2データベースの方式の検討  一般的なデータベースとは異なり、視覚障害者が利用するためには、利用者の視覚障害の状況に応じた様々な対応が必要である。 3.2.1検索方法  データの検索の使いやすさが、データベースの価値を決定する。このためにいくつかの市販の検索エンジンをテストしたが、全盲者向けのバリアーフリー的な検索方法は規格化されていない。  データベース検索エンジンとして、ア)合成音声対応の専用検索ソフト(筑波技術短大で開発したもの)、イ)汎用のエディタの検索機能を利用したもの等を検討したが、それぞれに一長一短があり、全盲・弱視ともに一致した意見が得られなかった(個人差が大きいため)。  多数のファイルの中から関心のある論文を見いだすための検索方法としていくつかの方式があるが、一般のデータベースで用いられている検索ソフトはUNIXやWINDOWSで使われるものがほとんどであり、全盲など重度の視覚障害者には利用が困難である。そのために、合成音声による視覚障害補償が利用できる、MS-DOSベースで使える検索ソフトを新たに開発する必要がある。 3.2.2ファイル型データベース方式  将来にわたり、比較的容易に方式の変更に耐えうるものとして全文のファイル型データベースとして構築した。学術雑誌の1つの論文ごとに1つのファイルとして取り扱い、1つの巻号ごと、また1年ごとに1つのディレクトリとしてまとめた。これらの工夫により、たとえデータベース検索ソフトを利用しなくともワープロソフトなどでデータファイルを読み込んで活用する事が可能となった。 3.3データベース利用方法の検討 3.3.1学内ネットワークによる利用  本学視覚部の学生には入学直後にパソコンとネットワークを利用した学習技能の指導が強力に行われ、電子図書閲覧室や講義室および学内の寄宿舎より図書資料などを利用している。そこでパソコンの利用にかなり習熟した全盲、および強度の弱視学生の協力を得て、学内ネットワークにより試験的にデータベースの利用のあり方を検討した。その結果、視覚障害者に使いやすい検索エンジンの開発の必要性などいくつかの問題点が明らかになった。 3.3.2電話回線による学外よりの利用  Niftyなどの商用パソコン通信ではなく、直接電話回線で接続し、視覚部内のネットワークに接続して行う方法で、すでに理学療法学科での臨床実習支援データベース等で実績のあるものである。WINDOWSベースでは比較的安定に利用できるが、DOSベースの場合、やや不安定である(おそらく合成音声ソフトの影響)、また、電話料が遠隔地ほど高くなるなどの問題が多い。しかし、ファイル提供などのファイルサービスは、遠隔地からも視覚部のネットワークを学内で利用するような感覚で利用できる利点がある。 3.3.3インターネットの利用  すでにインターネットを利用している学外者の場合、上記にくらべて電話料金が安くなるが、重度視覚障害者が利用する場合には、いくつかの問題点がある。  インターネットブラウザ(Netscape Navigator, Internet Explorerなど)を95Readerなどの合成音声で全盲者が利用するのは不可能ではないが、新しく学習するにはかなりの時間を必要とし、さらにトラブルが生じたときなどに独りでは対応できない。  また、データコンテンツが大量の場合、合成音声で読み上げるのに時間を要する。このため本データベースでは対象となるファイルを直接、ダウンロードした後に利用する形をとるようにしている。しかし、インターネットが混雑しているためにダウンロードの途中でデータを見失い、利用者側でエラーの状態となることもある。  検索についてもヒットする件数を少なくするように絞り込んでからい読み上げるなどの利用者側の工夫が必要となる。  点字ファイルのデータベースを試用してみてインターネットを介する利用は、将来性も見込まれるが、解決されるべき問題点を多数もつことも明らかになった。 3.3.4CD-ROMの利用  データの大きさと、最近のパソコンにCD-ROMドライブが標準装備になってきていることから、データのみをいれたものをオフラインでテストしてみた。すでにエディター機能を使いこなしている視覚障害者にはそのまま利用できることが確認された。今後、視覚障害者に使いやすい検索エンジンを組み込んだり、インターネットを介して利用するものも作成したいと考えている。 4.考察  世界的に学術情報などの情報通信網を介した利用が拡大してきており、必然的に図書館の電子化(2)とその公開について実質的な検討が始まっている。  今回、合成音声装置をもつパソコンでワープロを使える程度の視覚障害者が利用できるデータベースの構築を目指してデータの入力とその利用方法の検討を行った。しかし、人力に頼るデータベースの基礎資料作成、特に点字データの蓄積が遅れている。本格的な検索ソフトの開発が重要な課題となっている。  もう一つの大きな課題は著作権の問題である。学会や出版社と交渉してできるだけ多くの部分を広く学外へ公開することができるようにしなければならない。  なお、点訳ファイルのインターネット上への公開については(社)全日本鍼灸学会の了承を得て行っている。  また、利用者のパソコン習熟度や利用している情報機器の種類によって利用形態が変わること、および、情報機器自体の変化も早いのでこれに対応できるデータベースを構築しなければならないと思われる。 謝辞  本研究は、三菱財団の助成金および筑波技術短期大学教育研究推進経費の支援を得て遂行された。また、データの入力には本学視覚部に登録された多くの点訳ボランティアの協力に負うところが大きい。 参考文献 1)村上 佳久、伊藤 隆造、森 英俊:「外字について」,テクノレポート,第5巻,pp111-116(1998) 2)村上 佳久、上田 正一:「視覚障害者のための電子図書館」,テクノレポート,第5巻,pp141-144(1998)