視覚障害学生の実験実習教育向上のための弱視用汎用生体現象拡大表示システムの活用 筑波技術短期大学鍼灸学科 森 英俊、大沢 秀雄、森山 朝正、佐藤 優子 要旨 強度の弱視学生に対して、鍼灸学科ではかねてより、出力波形をビデオカメラで撮影し、大型モニタで拡大表示するという方法(ビデオ拡大方式)を活用して、一定の成果を上げてきた。しかし、従来までの方法では、学生個々の視覚障害の特性に合わせた表示形態(大きさ、配色等)を整えることが困難である等の問題点があり、出力の表示装置の改良が必須となっていた。そこで、パーソナルコンピュータと汎用信号処理システム作成アプリケーションから成る弱視用汎用生体現象拡大表示システムを利用して、これ迄の問題点を解決し、弱視学生に対してより密度の高い情報を提供しうる新しい表示システムを導入し、評価した結果、良好な結果を得た。 キーワード:視覚障害者、弱視、実験実習、生理学 Ⅰ.はじめに  実験実習は、学生自らが実験を通して多くの事実を学ぶ大切な機会である。生体のしくみを実験を通して学ぶ生理学実習、鍼灸の生体に及ぼす効果を実験を通して学ぶ総合実験実習I・Ⅱは鍼灸学科の必須科目であるとともに、鍼灸・あん摩マッサージ指圧師になる上で大切な科目である。  ところが、多くの生体現象は、トランスデューサ(センサ)によって導出され、アンプで増幅後、ペンレコーダやオシロスコープ等で表示・記録される。これらの殆どが視覚情報として表される。強度の視覚障害学生にとってこれらの視覚情報を理解することは極めて困難な現状にある。そのため、何らかの視覚補償の方法が必要である。  本学鍼灸学科では、従来より全盲学生に対してはサウンドモニタや触図の活用を行ってきたが1)2)3)、さらに、音声情報がリアルタイムに提供できる個別音声装置をこれまでの問題点を踏まえて製作し、鍼灸学科学生及び盲学校理療科教員を対象に装置の評価を行い、良好な評価結果を得たことを報告した4)。  一方、強度の弱視学生に対しては鍼灸学科ではかねてより、出力波形をビデオカメラで撮影し、大型モニタで拡大表示するという方法(ビデオ拡大方式)を活用して、一定の成果を上げている。しかし、従来までの方法では、学生個々の視覚障害の特性に合わせた表示形態(大きさ、配色等)を整えることが困難である等の問題点があり、出力の表示装置の改良が必須となっていた。そこで、パーソナルコンピュータと汎用信号処理システム作成アブリケーションから成る弱視用汎用生体現象拡大表示システムを利用して、これ迄の問題点を解決し、弱視学生に対してより密度の高い情報を提供しうる新しい表示システムを導入し、評価したので報告する。 Ⅱ.従来のビデオカメラを利用した拡大表示システムを用いた実験実習の現状と問題点の検討 (1)現状  弱視学生にとって、市販のポリグラフ・心電図・筋電計などの生体計測装置は一般に表示が小さく、このまま使用するには、極めて困難な状況である。そこで、鍼灸学科ではかねてより、この問題を解決するために、出力波形をピデオカメラで撮影し、大型モニタで拡大表示するという方法を活用して、一定の成果を上げている。しかし、学生個々の視覚障害の特性に合わせた表示ができず、以下のような具体的な問題点が見いだせた。 (2)現在の問題点 1)拡大率がビデオカメラに依存し、不十分である。 2)複数の生体現象を同時に表示できない。 3)視野狭窄を有する学生は全体が把握できにくく、利用しにくい。 4)生体現象の種類によっては表示される線が細く、見にくい。 5)表示の配色の変更ができず、色の問題を有する学生にとって見にくい。 6)記録紙が細かく、データの数値を読みとることが困難である。 Ⅲ.弱視用汎用生体現象拡大表示システムの概要と機能  前項の問題点を改善するために、パーソナルコンピュータと汎用信号処理システム作成アプリケーションから成る弱視用汎用生体現象拡大表示システムを導入した。  装置は、パーソナルコンピュータ(Mac)、モニタ、A/Dコンバータ(MP100,BIOPAC Systems, Inc. USA)、汎用信号処理システム作成アプリケーション(AcqKnoledge Ⅲ, BIOPAC Systems, Inc.)から構成されている(図1)。 (1)現在使用しているポリグラフシステム(日本光電RM-6000)、心電計など外部出力端子をもつ機器に接続することができる。 (2)データの表示の大きさを任意に変えることができる。 (3)データの表示の線の太さを任意に変えることができる。 (4)データの表示の色を任意に変えることができる。 (5)これ迄のビデオ拡大方式では1~2チャンネルのみしか同時表示できなかったが、最大16チャンネルの生体現象を同時に表示可能である。 (6)生体現象のデータの数値化が容易になり、それを任意のフォントとサイズで表示可能である。 Ⅳ.弱視用汎用生体現象拡大表示システムの利用による改善点  本システムの導入によって以下の改善が図られた。 (1)データの表示の大きさを任意に変えることができるため、学生個人の見やすい大きさに拡大したり、あるいは視野狭窄を有する学生には全体を把握できるよう、縮小して表示することが可能となった。 (2)ポリグラフの記録紙に書かれる線は、特にインク書きレコーダの場合、細く、見にくい学生が多かったが、データの表示の線の太さを学生の見やすい任意の太さに変えることができるようになった。 (3)データの表示の色を任意に変えることができるようになり、色の問題を有する学生に対応できるようになった。 (4)これ迄のビデオ拡大方式では同時に1~2チャンネルのみしか表示できなかったが、本装置では最大16チャンネルの生体現象を同時に表示することが可能になった。 (5)従来の市販の測定機器では、心拍数や血圧の値の表示が小さく、見にくかったが、本装置では生体現象のデータの数値化が容易になり、任意の信号の数値を任意の文字サイズで表示できるように改善された。 ⅴ.弱視用汎用生体現象拡大表示システムの評価 (1)対象 本学鍼灸学科弱視学生17人を対象とした。 (2)調査内容 本システムを実際に使用させた後、表1に示すアンケートを書面で、無記名で行った。 (3)結果 アンケートのl~3の項目の結果を図2に示す。 1)全体的な印象については、大変良い(53%)、良い(47%)であった。 2)生体信号の波形の表示について具体的な点について、「表示した線の太さが任意に変えられた」は大変良い(53%)、良い(47%)であった。 「同時に複数のチャンネルの生体現象を観察できた」は大変良い(38%)、良い(62%)であった。 「拡大率が大きく、見やすかった」は、大変良い(65%)、良い(35%)であった。 「視野に入るよう縮小できたので見やすかった(視野狭窄のある方のみ)」は大変良い(23%)、良い(39%)、普通(31%)、悪い(8%)であった。 「データの色を任意に変えられ、眼疾に応じて見やすい色に変えることができた」は大変良い(41%)、良い(41%)、普通(18%)であった。 3)生体信号の数値の表示については、市販のポリグラフや測定装置の表示に比べて、「見やすさはこれ迄の方法と比べてどうでしたか」は、大変良い(59%)、良い(35%)、普通(6%)であった。 「表示の大きさは十分でしたか」は大変良い(141%)、良い(59%)であった。 「表示の色は見やすかったですか」は大変良い(29%)、良い(65%)、普通(6%)であった。 4)「このシステムを今後とも実験実習に使用したほうがいいですか」は、全例が、はい(100%)であった。 5)改善したら良い点について記入された意見のうち主なものを以下に記載する。 ・ソフトがマウスの操作によるため、使いにくい。 ・キーボードで制御できるようにして欲しい。 ・操作が複雑である。 ・背景を黒にして欲しい。 6)感想について記入された意見のうち主なものを以下に記載する。 ・様々な弱視学生に対応しようとした試みで評価できる。 ・ぜひ、使ってみたい。 ・たいへん見やすかった。 ・もっと、台数があれば良いと思う。 図1.システムの構成 図2.アンケート結果 表1 アンケートの内容 Ⅵ.考察  全体的な印象は大変良いと良いのみの回答で、良好な評価が得られたと考えている。波形データの表示の具体的な点については、「表示した線の太さが任意に変えられた」、「同時に複数のチャンネルの生体現象を観察できた」、「拡大率が大きく、見やすかった」は、大変良いと良いのみの回答で、良好な評価を得ることができたが、「視野に入るよう縮小できたので見やすかった(視野狭窄のある方のみ)」、「データの色を任意に変えられ、眼疾に応じて見やすい色に変えることができた」は概ね良好な評価が得られたが、評価はばらついた。これは、眼疾の多様性によるものと考えており、今後さらに改良を図って行きたいと考えている。  生体信号の数値の表示については、市販のポリグラフや測定装置の表示はこれまでのビデオ拡大方式で十分に対応しにくい点であったが、今回の本システムの導入によって、大幅な改善が図られたと考えている。  本システムは教員が操作して弱視学生に拡大提示する目的で構築したが、マウス等で操作するため、一部の弱視学生にとっては自分で操作しにくいとの指摘があった。今後、弱視学生が使用しやすいシステムの開発も必要と思われる。  本研究は平成9年度教育方法等改善プロジェクト経費によって行われた。関係各位に深謝する。 参考文献 1)大沢 秀雄、佐藤 優子:視覚障害学生に対する生理学実験実習、筑波技術短期大学テクノレポート1:157-159,1994. 2)大沢 秀雄、佐藤 優子:筑波技術短期大学鍼灸学科における基礎生理学実験実習、理療の科学18:7-13,1994. 3)森山 朝正、坂井 友実、白木 幸一、西條 一止:筑波技術短期大学鍼灸学科の生理学実験実習の試み(臨床編)、全日本鍼灸学会雑誌42:42,1992. 4)大沢 秀雄、森 英俊、宮村 健二、森山 朝正、佐藤 優子、伊藤 隆造:視覚障害学生の実験実習教育向上のための個別リアルタイム音声装置の活用、筑波技術短期大学テクノレポート2:163-165,1995.