イギリスの視覚障害者のための短期大学-West of England Collegeの場合- 1附属診療所 2エクセター大学大学院コンプレメンタリー医学教室 山下 仁1,2、津嘉山 洋1 要旨:イングランド南西部にある視覚障害者の継続教育のためのThe West of England Collegeを紹介する。教材準備施設,障害補償技術、宿泊環境などは筑波技術短期大学視覚部と同様であった。最も興味ある相違点は、学内に専門教育の教員をもたず地元の短大で晴眼者とともに授業を受けさせ、そのために必要な学習補助のマンパワーの数を充実させていることであった。 キーワード:イギリス、視覚障害者、短期大学、継続教育、学習補助 1.はじめに  イングランド南西部デボン州の州都エクセターの街を歩くと、視覚障害者が白杖や盲導犬を頼りに歩いている姿をしばしば見かける。日本と少し違うのは、盲導犬はゴールデンレトリバーだけでなく黒の交配種のレトリバーをしばしば見かけること、そして舗道の点字ブロックは連続して敷き詰めてあるのではなく、曲がり角や横断歩道の渡り口など主要な箇所にのみしか設置していないことである。この街の郊外には視覚障害者のための教育機関であるThe West of England School for children with little or no sight(Paul Holland校長、以下West of England Schoolと略す)のキャンパスがある。ここには視覚障害をもつ幼児から成人までの教育、自立生活訓練、および医学的ケアの施設がすべて集合している。このような施設はイングランド南西部では唯一であるという。  The West of England College(Harry Dicks校長、以下WECと略す)はWest of England School の継続教育(further education)[1]部門として1986年に設立された寄宿制短大(residential college)である[2]。当初は16名の学生からスタートし、現在は35名の学生(3分の1が全盲)が在学している。我々はエクセターに滞在してWECの施設を見学し、何度か足を運んで関係者から短大のシステムについて詳細に話を聞くことが出来たので、ここにその概要を紹介する。 2.WECの母体West of England Schoolについて[3]  West of England Schoolは、国公立でも王立でも教会でもない慈善[4]目的の盲学校であり、1838年に6人の視覚障害をもつ子供達のために資金を募ったのが始まりであるという。エクセターの郊外に集落型(village-style)のキャンパス(約57,000平方メートル[5])を構えている(図[6])。現在、大きく分けて(1)幼児教育施設、(2)義務教育[7]のためのメインスクール、(3)継続教育のための短大(WEC)、(4)重複障害をもつ視覚障害児のケア施設、の4つの部門から構成されており、220名までの児童や学生に対応できる規模を有している。教科教育だけでなく、自立のための訓練、心身のケア、レクリエーションなどを含んだ総合的な生活環境を提供しており、障害や学力の程度に応じた個別の指導と生活設計が行われている。 3.WECの施設環境  キャンパスには煉瓦造りの低い建造物が増築を繰り返したようにつながっている。主な施設は、学習室、情報技術センター、寄宿舎、カフェのある食堂などであり、共有スペースである広間には何とバー(アルコールあり)まで設置されている。学生達はアパート形式の寄宿舎に住んでおり個室の勉強部屋兼寝室をもっているが、5つの個室がひとつのユニットになっており、このユニットのメンバーで「半自立生活」をしている。建物のない部分のほとんどは芝生または運動場でありWest of England Schoolの施設を含めてキャンパス全体を見渡すと、ひとつの村落のようである。キャンパス内にはほとんど点字ブロックはなく、歩道が直角に交わっているわけでもない。視覚障害者の歩行に特に配慮してなさそうに見えるデザインも、外の生活に慣れるためのトレーニングのひとつらしいが、ときどき学生が道に迷うこともあるそうだ。 4.教育環境  WEC自体には一般の大学のような学術専門家や教員はいない。その代わり視覚障害教育の専門家と補助者、補償機器、学習環境などが充実しており、学生が学外の教育機関で講義や実習をが受けるのをサポートするのである。このシステムの下で、約20名の学生がExeter College、約5名の学生がSt Loye’s Collegeという地元の短大に通っている。学生達はこれらの短大において、学問の修得、大学(university)への進学準備[8]、あるいは職業専門知識・技術の修得ができる。表にWECの学生が選択できるコースを示す[9]。平均して4名の学生に1名の補助者が上記のCollegeに同伴して受講の補助を行っているという。昨年度は6名の学生がGCSEでAレベルを取得して卒業し、そのうち2名がプリマス大学に入学したそうである。  残りの約10名の学生は能力的に学外の短大通学には適さないため、キャンパス内で基礎コースを設けてある。彼らはExeter Collegeの指導教員(tutor)1名と2名の学習補助者(learning support assistant)によって、より基礎的な学習を行っているというが、週に1日はExeter Collegeにも通っているという。学生に指導教員と学習補助者が割り当てられるというシステムは、すべての学生に適用されている。Exeter CollegeにはWECが給与を支払っている指導教員が1名おり、WECの学生のためだけに目配りをしてくれているそうである。 図 West of England School のパンフレットの表紙 表 WESの学生が選択できるコース 5.心身のケアと障害補償  学生達は、学習や自活能力などにしたがって、個別の(1)学習プログラム、(2)ケアプログラム、(3)生活自立プログラム、が組まれている。前述の如く専門的な知識や技術の修得は学外に頼っているが、点字による読み書き、コンピュータを使った情報入手やコミュニケーション技術の修得、生活の自立のための訓練、あるは心身のケアなどについては、WECが内部で手厚いサポートとケアのシステムを提供している。またWest of England School全体の施設として設置されているメディカルセンターには、昼間は近くの大病院から派遣されている眼科医やその他の医療スタッフが働いており、夜でも専属のナース2名が対応できるそうである。すなわち24時間体制で医学上・健康上の問題に対応している。これに加えて学生達は、音楽療法、作業療法、理学療法、言語療法、カウンセリングを、それぞれの資格を持ったセラピストから受けることができるという。  放課後や週末には、山歩き、洞窟探検、釣り、乗馬、ボウリング、アイススケート、などのレジャープログラムがある。またロンドンやフランスへのいわゆる遠足もあるという。これらのプログラムは単に余暇を楽しく過ごすということだけではなく、生活自立のための実地訓練という意味をもっているようである。特にダンス、フォーマルな食事、映画や劇の観覧、スポーツなどはカリキュラムの一部として重要視されているという。  施設設備としての障害補償は、図書館・資料センターがこの役割を担っている。図書館には点字、拡大文字、録音テープ、およびCD-ROMなどの図書や触図がそろっており、また拡大読書器、音声装置などが設置してあった。一方、人的支援による障害補償としては、スタッフがコンピュータを用いて墨字資料を点字や拡大文字に変換してくれている。 6.WECの学生達  学生の入学資格として厳密に求められるのは年齢が16歳から21歳までであることだけである。視力障害については明確な基準はなく、学力を試す入学試験もない。 その代わり応募者がWECの学生としてやっていけるかどうか、視力以外の状態も含めて学内でアセスメントを行って決定する。全学生数50名まで受け入れられるという。在学期間も3年制とか4年制という決め方ではなく、義務教育を終えてから21歳までは在学することができるが、この年齢を過ぎると留まることができない。学生達はイングランド南部、南西部および南ウェールズの出身者がほとんどであるが、海外からの学生も受け入れている。エクセター空港からダブリンへの航空便ができてからアイルランドの学生が増えたという。もし日本から学生になりたいという希望があったら?と尋ねたら、自国で学費を出してくれる組織があり、学内のアセスメントによって認められたら入学できるとのことであった。非英語圏からの学生に対しての英語学習のサポートも可能だろうという。  卒業後の学生の主な進路はオフィスワーク、すなわち事務、秘書、受付係などが中心であるという。全盲でない何割かの学生は店舗で販売や在庫管理の仕事にも就いているそうである。卒業後の進路の職種を考えて、collegeで選択する科目もNVQ[10]を取得するためのコースを選ぶ学生が多いが、何名かの学生は前述のように大学を目指すための学術コースを選択している。  我々がキャンパス内の学習室を訪ねた時は、2~3名の弱視の学生がExeter Collegeで与えられた研究テーマを仕上げるための作業を行っていた。商業分野を専攻している女子学生は、エクセターのメインストリート(High Street)に並ぶ店舗を調査して、有名店舗の進出パターンについてコンピュータを使って分析していた。その部屋には何人かの女性がいて、学生達の補助や点字資料のプリントアウトを行っていた。 7.考察  美しいキャンパスと充実した施設を見て、まず頭に浮かんだのは、これだけの環境を維持する資金がどこから得られるのかということであった。前述したようにこの学校は国立でも教会でもないので、これらの組織から運営のための資金を直接受け取ることはない。それにもかかわらず、資料[11]によるとWest of England School全体の1999年度の収入は約400万ポンド(約7億2000万円)にも上る。その仕組みは次の通りである。収入の86%は生徒や学生らが在学するにあたって政府や自治体が授業料として支払う補助金である。また残りの14%は寄付などによるものであるという。つまり政府や自治体は自ら学校を経営しないが、学生の学費は負担しているのである。それに加えて、イギリスは国民全体が寄付に対して非常に積極的である。このようなシステムや国民性が、West of England Schoolの経済面を支えている。もうひとつの運営面での工夫は、保育施設から短大までの多人数の視覚障害者(現在170名)を一ヶ所に集めているため、広い地域(例えばイングランド南西部)にひとつのキャンパスで済ませて、そこに資金と資源を集中して投入していることである。イギリス(United Kingdom全体)には同様の学校が他にも10校近くあり、21歳以下の視覚障害者は幼児から学生までひとつのキャンパスで学ぶのが一般的であるという。24時間体制のメディカルセンターをはじめとして様々なサービスを提供し得るのは、この工夫によるところも大きいと思う。  WECの施設やテクノロジーは確かに充実しているが、筑波技術短期大学の校舎棟や寄宿舎や電子図書閲覧室などを知っている我々を驚かせるものではなかった。これに対してマンパワーの配備が、徹底して勉学や生活のサポートに対して投入されており、専門的な知識や技術を教授したり研究したりするスタッフがいないのは印象的であった。この点ではWECは“短大(College)”という名称を冠しているが、視覚障害者の継続教育サポートセンターといった意味合いが強いと思われる。入学試験がないことからもそう感じる。しかし専門教育を学外の大きな短大に頼ると、学生に提供できる専門知識や技術の範囲が飛躍的に広がるというメリットがあるし、取得できる認定の内容は他の短大で得られるものと何ら変わりはない。このことを考えると、WECはやはり視覚障害者の短大と呼べるであろう。  短大のスタッフについて我々は、WECには専門的な知識や技術を教授したり研究したりする教員がいないと書いた。しかしそれは視覚障害者教育の専門家以外のことであって、視覚障害者の継続教育サポートのための方法論と実践論に関しては、WECは一流の専門家の集団であると言える。学生達の生活と勉学のための行動、彼らの抱える問題、それを克服するためのスタッフの対応など、ここで起こることのすべてが壮大な視覚障害者教育サポートについての研究の場であり、データの収集と分析が日々行われているという考え方もできる。実際、1999年4月にはこのキャンパスで、市内の王立聾学校との共同で感覚障害学会が開催されたという。  WECの大学案内には“holistic curriculum”という言葉が使われている。これは大人の普通の生活への橋渡しをすることがWECの最大の目標であり、学術知識や専門技術を学ぶことは目標に到達するためのプロセスのひとつであることを意味しているようである。ここではそれを実現させるために、充実した施設・設備をそろえるだけでなく、それらを実際に使いこなす際に現実的な問題になってくるマンパワーへの支出が充分に行われている。West of England School全体で170人の学生のために250人の教職員(前述したように短大部には教員はいない)が働いている。ちなみに筑波技術短期大学は300人の学生のために200人の教職員(うち100人以上が教員)が職務に従事している[12]。West of England Schoolは重複障害児のための施設なども含んでいるため単純に比較はできないが、前述のように学生4人当たりに1人の学習補助者が存在していることを考えれば、WECの学生がかなり手厚いサポートを受けていることは明らかである。障害者を全人的にサポートするためにどれほどのマンパワーが必要であるのか、このことを世の中に改めて訴える必要があるのではないだろうか。 8.おわりに  イギリスで今最も有名な視覚障害者といえば、盲導犬Lucyを連れて議会に出席するDavid Blunkett教育雇用大臣[13]であろう。彼の発言や存在自体がイギリスの障害者の教育や補償システムの向上に様々な影響を与えていることは間違いない。しかし彼が影響を与えるずっと前から、イギリスの視覚障害者教育は先進国にふさわしい発展を遂げてきたように思える。外から覗くと良い点ばかりが見えるのはよくあることであり、本稿は施設やシステムの優劣を論ずるものではない。West of England Schoolのキャンパスで見聞したものが、我々が普段見慣れたのとは違う方向へ広がっている方法論の世界であったということを強調しておきたい。 Acknowledgement  We wish to thank the following people at The West of England School for children with little or no sight: Ms Lucy Powell, who kindly showed us around the school campus, and Ms Nicola Jeffs, who carefully answered our many questions. 注釈および文献 [1] 義務教育を終えたあとの教育がtertiary educationであり、これには高等教育(higher education)と継続教育(further education)がある。継続教育は大学教育を含まない(ランダムハウス英語辞典、CD-ROM版、小学館、1998)。すなわち継続教育はuniversityの教育とは区別してあり、universityに入学するには後述するような方法でGCEのAレベルを取得する必要がある。 [2] イギリスのcollegeが日本の短大と全く同じものを指しているわけではないが、便宜上ここでは短大という訳語を用いることとする。 [3] School and College Prospectus, West of England School for children with little or nosight. [4] “charitable”を一般的な訳である「慈善」としたが、むしろ「援助」の方がニュアンスとして近いかもしれない。 [5] 筑波技術短期大学視覚部キャンパスは約40,000平方メートル。 [6] 図に示しているWest of England Schoolのパンフレットの表紙は、キャンパスの一部の絵である。また上部にある眼の形をしたロゴの瞳の部分は、イングランド南西部の地図であろう。 [7] イギリスではprimary school(5~11歳、日本の小学校に相当)、secondary school(11~16歳、日本の中学校に相当)が義務教育である。義務教育終了時にはGeneral Certificate of Secondary Education(GCSE)という全国共通試験を受ける。進学を希望する生徒はGCSEで好成績を取る必要がある。(ICS国際文化教育センター編、イギリス暮らし入門、大修館書店、1997) [8] 大学へ進学するにはsecondary schoolの6th Formという2年間のコースに進むか、または地域の公立のcollegeに通って、General Certificate of Education(GCE)でAレベル(Advance level)を取る必要がある。(ICS国際文化教育センター編、イギリス暮らし入門、大修館書店、1997) [9] Prospectus, The West of England College, 1999-2001. [10] National Vocational Qualification. 産業・商業における職務の技能に関する資格認定。 [11] Annual report, West of England School for children with little or no sight, 1999. [12] 概数。筑波技術短期大学概要(1999)より。 [13] The Sunday Times Mirror Magazine, ‘Eyes’for the blind, 11th October 1998, http://www.lacnet.org/suntimes/981011/mirror2.html College for the Visually Impaired in the United Kingdom- A Case of The West of England College - Hitoshi Yamashita1,2, Hiroshi Tsukayama1 1Tsukuba College of Technology Clinic 2Department of Complementary Medicine, University of Exeter  We introduce The West of England College, which is a further education college for the visually impaired. The facilities for preparing teaching materials, the technology of impairment compensation, and the accommodation for the students are similar to those in the Division for the Visually Impaired, Tsukuba College of Technology, Japan. However, the most interesting difference was that The West of England College offers sufficient numbers of learning support assistants, which allows students to follow courses alongside their sighted peers in local colleges, instead of not having internal teaching staff in special academic or vocational fields. Keywords: the United Kingdom, the visually impaired, college, further education, learning support assistance