米国研修旅行(平成10年度)の成果と今後の課題 一般教育等(聴覚障害系) 須藤 正彦 要旨:本学聴覚部の学生を対象として第8回の米国研修旅行(平成11年3月6日~15日)が実施された。第2回目の研修(学生32名、教官2名が参加)を除くと毎年10名から15名程度の学生が当該研修に参加してきたが、研修旅行は参加学生のアイデンティティの形成や学習への新たな動機づけになりうること、さらに当研修旅行は教官の自己研修としても有益であると考えられる。 キーワード:聴覚障害学生 米国研修旅行 交流 自己認識 学習意欲 1.本学の米国研修旅行  聴覚部の学生を対象として本学では平成3年度から平成9年度までに連続7回の米国研修旅行が実施されてきた。当該研修旅行は本学と姉妹校関係にあるアメリカ聾工科大学(NTID,National Technical Institute for the Deaf,ニューヨーク州ロチェスター市)での数日間の授業参加と学生交流を中心としたプログラムで、ギャローデット大学(ワシントンDC)の訪問も兼ねてきた。首都ワシントンにある連邦議会や多くの歴史的な建造物、国際連合本部のあるニューヨーク市の見学は、学生には人気が高く、当研修旅行の継続が強く求められている。しかしながら、実施が年度末であることに加えて、英語や手話の通訳、事前指導等の負担もあり、引率の協力を得ることは容易でないのが現実である。  特に平成4年度(第2回)の研修旅行や平成10年度のように30名を超える学生の引率には事前の十分な指導はもとより保護者への協力要請も必須である。本稿では今後の交流計画立案に参考資料を供すべく、平成10年度の研修旅行実施経緯と滞米中に行った学生へのアンケート結果を中心に報告する。 2.旅行日程と参加者  平成10年度の旅行日程と参加者は、6.資料(後述)のとおりである。30名の学生に対し教官4名と副学長、ツアーコンダクター1名が同行した。滞在期間は3月6日から15日までの10日間であった。ギャローデット大学の見学を含んでワシントンにて3泊、NTIDに4泊し、ナイアガラを経由して帰国した(6.資料)。  期間中、副学長と筆者は昨夏より進めてきたニューヨーク州立大学バッファロー校との姉妹校関係締結のためにバッファローを訪れた。  なお立案から学生募集・実施までは、以下の如くである。聴覚部教官会議に計画案を提出(10月)、学生への説明会、保護者の確認(11月)、参加者の決定(12月)、米国文化や手話、訪問先についての学習(出発まで週1回)。 3.滞米中の学生の感想  これまでにも当研修の意義を例証する報告がある。 及川ら(1995)1)は第1回から第5回の当研修旅行に参加した学生を対象にアンケート調査を行い、研修旅行前後の学生の意識変化を・異文化の理解と期待、・自助努力、・新たな障害者観、・障害者としての自身の生き方、・新たな人生観等に分類している。見学を通じて、学生が、充実した設備や機器のみならず、米国における障害に対するサポートサービス、情報補償(保障)、聾者としてのアイデンティティやデフカルチャー(聾文化)の発展を肌で感じてきたことを考察している。  今般、事前の学習会時に当研修で期待することを学生に尋ねたところ、様々な回答が得られた。多かったのは、アメリカの学生との交流、アメリカの大学生活を体験すること、NTIDにおける各自の専攻に関する授業、ASL(アメリカ手話)、聾文化であった。この傾向は先の及川らの報告と一致するものであった。  以下に帰国前日に記した「研修で得た発見や感想、新学期の目標」についての記述(抜粋)を紹介する。 ・文化が違うのでマナーや行動に気をつける必要がある。基本的な計画(見学の)は学生がたてたほうがよい。新学期からは英語を頑張りたい。 ・米国の学生との交流や様々な経験ができて良かった。NTIDの授業レベルは高いと思った。ASLや英語をもっと学習する必要がある。 ・度重なる説明会でスムーズに準備ができた。大杉先生の講義で、聾であることの意味や聾に対する見方が変わった。積極性が大切だと思った。将来の目標を持って専門も頑張りたい。 ・両大学に様々な国から学生が来ていることや聾文化、歴史を知ることができた。訪問した建物や博物館も勉強になった。コミュニケーションを大切にしながら自分を成長させたい。 ・人任せでなく、自から進んで行うことの大切さ、情報提供を求めること、両国の手話を知ることの大切さを感じた。広範囲に観光をして歴史やマナーを学べて良かった。いろいろな人とコミュニケーションできて、少し自信がついた。 ・研修の経験を通して、文化や考え方の違いを感じた(日本人の聾というだけで拒否したレジの人がいたが、気持よく対応してくれた人もいた。)苦労して得られた経験を自分の苦手なことに対して生かしたい。 ・多くの刺激を受けて、有意義だった。交流をとおしてASLを学ぶことができた。技短(本学)と似ている面も多いが、NTIDは専門コースが多いと思った。そろそろ進路を絞らないとと思った。 ・交流を通して英語やASLの楽しさを感じた。自分の目標を見いだすことができた。専門コースのパソコンは短大で使用しているものと同じだったが、学習レベルは高く、教育や教室の設備が整っていると思った。 ・交流を通してASLの学習や友達ができて良かった。英語力があればもっとスムーズにコミュニケーションができただろう。いま勉強していることや自分の成長を大切にしたい。 ・NTIDは学生、先生も手話で積極的にコミュニケーションをとっている。(技短の先生は積極的に手話を使おうとする雰囲気がない)。いろいろな欠点があるので短大を変えていくよう頑張りたい。 ・NCを使って物を作る時の工程はすばらしかった。卒業研究としてNCをさらに習得したいと思う。将来できれば留学したい。 ・英語力があがったと思うが、日数が足りない。言語、文化の違いを痛感した。自分を見つめ直すことができたと思う。 ・米国のADA法に触れることができた。専門の講義のレベルが高い。 ・ギャローデット大学やNTIDでの学生と先生間の壁は、技短の学生と先生の壁より低いように思った。 ・スポーツ大会や討論会を通じて先生と学生の交流を増やしていきたい。専門で使用しているCADは線が滑らかで技短でもほしい。 ・アメリカは日本と衣食住の面で異なることは多いが授業の進め方や設備が技短と似ていた。自分の障害に甘えてはいけないと思った。 ・各国の文化や生活を比較しながら、自分のアイデンティティを確立していきたいと思う。先生方と学生のコミュニケーションが上手くとれるようにしたい。 ・NTIDのコンピュータルームは深夜や土日も使えてうらやましい。また、勉強だけでなくスポーツにも力を入れており、自分も頑張りたい。 ・レストランで注文する時の表現が分からなかった。基本的な英文や単語をもっと覚えるべきだと思った。3年になると英語の講義が減るので自分で学習したい。 ・初めての海外旅行だったので文化の違いやアメリカ人やアジアからの留学生の考え方なども勉強になった。世界の文化や歴史にも目を向けていきたい。 ・ASLを生かして、英語の力を上げたい。ギャローデット大学の外見は古いが、内側は現代的だった。アメリカの建物のように楽しめる建物を製図したい。 ・アメリカの学生との交流で、積極性、社交性を養うことができた。技短は先生とのコミュニケーションがいまひとつであるが、今後は積極的になれそうだ。 ・TOEFLに挑戦すること。英検準1級を取るべく努力をしたい。手紙やEメールのやりとりでさらに英語の力を磨きたい。 ・NTIDの積極的で素直な学生をみて、見習うべきだと思った。また先輩とか先生の上下関係よりも友達のような雰囲気で話せること、聾の先生でなくとも全員が手話を使えることが魅力だ。 ・アメリカは学歴よりも実力を重視する社会のようだ。福祉や法律の整備は進んでいるが、その分だけアメリカのほうが厳しい社会かもしれない。 4.本学への期待と自己啓発  10日間の研修ではあったが、研修が終了に近づくと、上記のように自身の反省や新学期に向けての抱負を各自が熱く語っている。どれも学習に真面目に取り組んでいこうとする意図が認められる。加えて本人の努力だけでは解決できない課題も述べられている。  本学における授業等でのコミュニケーションメディアの問題、聴者との交流の機会の拡大、設備や施設開放時間の延長などである。NTIDはロチェスター工科大学(RIT)のひとつのカレッジという位置づけから、校舎、学生宿舎、カフェテリアが共同利用で交流も盛んである。参加した学生の中には、本学と筑波大学等の周辺にある大学がこれと同様の関係になることを期待する者も少なくなかった。  その理由の一つとして、普通校(小、中、高)の出身者は「聾学校出身の学生と普通校出身の学生間には当初いろいろな面で差がみられ、社会における一般常識や聴者との適切な対応もこうした環境の方が育つのではないか」と述べている。  前述のように当研修を通じて、自身のアイデンティティの確立、聾文化への接近、聴者の世界との関わりについて改めて自問する学生も多かった。またアメリカ社会とホストの学生から受けた心理的影響は計りしれない。 さらにNTIDやギャローデット大学における聾の教員やスタッフ、社会で成功をおさめている多くの聾者の存在が本学の学生にも多くの可能性と自信を与えたものと思われる。いわゆるロールモデルが身近に存在することの意義を示す良い例である。そして自然に彼らの言語(手話)を誇りに思いながら使用し、そして彼らの文化を享受、継承していくのであろう。  多くの学生が「アメリカの学生は常に積極的である」と異口同音に語るが、これは米国が多民族国家であることに加えて、聾者としてのアイデンティティが社会において広く受容されていることによると思われる。本研修でも心理的に逞しくなったと思われる学生が多い。その内の一人の記述を一部引用する。  「最初は気持ちが揺らいでいたが・・・中略・・・できることは最大の努力をして不可能なことも可能にする、そうした理念を持ち続けていく自信はついてきた。人生はまだまだ長い。その中で大きく変わる時期もあるはずだが、自分を見失わずに夢を追いかけ、今をゆっくり生きて頑張っていきたい。」当研修は今後の本人の生き方にも手がかりを与えたようである。 5.教員側からみた研修旅行の意義と今後の課題  当研修旅行は教員にNTIDでの指導法の見学、見聞を広げる機会を提供するだけでなく、学習場面以外の学生の様子を知る絶好の機会でもある。すなわち各自が生活面で必要としているサポートを知りえるという点でも有意義である。  またNTIDでは空き時間を利用して学生が各々コンピュータ室にて自主学習を行っているが、部屋で待機し、こうした学生を支援しているのはNTIDの教官や大学院生である。本学でも補習授業が課外に行われているが、コンピュータ室等において学生が自学自習できるようなシステムを構築する必要があろう。その際、当研修旅行に同行した教官は自らの授業計画に加えて何らかの有意義な試案を提供することが期待される。 6.資料 日程 3/6(土) 成田→デトロイト→ワシントン(ワシントン泊) 7(日) ワシントン見学(ワシントン泊) 8(月) ギャローデット大学見学(ワシントン泊) 9(火) ニューヨークへ移動、見学(NTID泊) 10(水) (NTID泊) 11(木) NTID研修・交流(NTID泊) 12(金) (NTID泊) 13(土) ロチェスター→ナイアガラ(バッファロー泊) 14(日) 帰途 15(月) 成田着 参加者 1 長谷川 学 デ1 2 東 慶子 デ1 3 大関 智子 デ1 4 川畑 明子 デ1 5 北出 久美子 デ1 6 山田 倫子 デ1 7 斉藤 如子 デ2 8 村田 麻里 デ2 9 小立 哲也 デ2 10 高橋 由弥子 デ2 11 高橋 知之 機2 12 守本 健児  機2 13 犬塚 義章 建2 14 馬場 一成 建2 15 仲間 正人 建2 16 日野 敦博 建2 17 吉田 裕史 建2 18 阿部 剛士 電2 19 川辺 智 電2 20 立川 智隆 電2 21 野本 祐輔 電2 22 山村 直秀 電2 23 岩崎 佐智子 情2 24 菊池 文孝 情2 25 小坂 正史 情2 26 菅原 あさみ 情2 27 関口 優 情2 28 棚田 明子 情2 29 寺井 梓 情2 30 松本 紀彦 建2 デ1=デザイン1年 機2=機械2年 建=建築 電=電子 情=情報 同行者 須藤、松藤(一般教育等)、伊藤(デザイン)、橋本(建築) 沖吉副学長、添乗者 山口(日通旅行) 訪問・研修先 3/7(日)ワシントン(訪問先) ・アーリントン墓地   ・リンカーン記念堂 ・連邦議会、ホワイトハウス(写真撮影) ・スミソニアン博物館 3/8(月)ギャローデット大学 10:00 ビジターセンター、学内見学 11:30 食事(大学カフェ) 13:00 言語学習センターで英語、ASL学習について質疑、応答 3/9(火)ニューヨーク ・エンパイアステートビルディング、バスでの市内見学 ・サウスストリートシーポート、バッテリーパーク(自由の女神) ・国際連合(写真撮影) ニューヨークを出発 ロチェスター飛行場着~大学宿舎(大学で夕食) NTID 3/10(水)9:00 大学(ダヴィラ学長、ヒューイッツ学部長挨拶) 10:00 NTID見学、写真撮影 12:00 食事(大学カフェ) 14:00 RIT施設見学 16:00 歓迎会 17:00 夕食 18:30 ショッピング モールへ 21:00 NTIDへ 3/11(木)9:00 関係学科の講義等に参加 12:00 食事(大学カフェ) 15:00 講義(大杉豊氏「アメリカ社会と聾文化」) 17:00 夕食(学生) 17:30 夕食(教官+NTIDスタッフ3名) 19:15 学生 DEAF CAFEへ NTID学生と 21:45 NTIDへ 3/12(金)午前中 本学とNTIDの通信実験 (副学長と須藤は姉妹校関係の締結のためニューヨーク州立大学 バッファロー校を訪問) 11:30 ダヴィラ学長と昼食(教官)、学生(カフェ) 12:30 コダック写真博物館へ 17:00 学生 お別れ会(NTID学生と) 17:30 教官 スーザンフィッシャー先生宅 参考文献 1)及川 力、松藤みどり:アメリカ研修旅行を通した学生意識の変化、聴覚障害者を対する日米大学の教育実践、筑波技術短期大学,pp17~27,1997 Effects and lssues of Short Stay Program at NTID in 1999 Masahiko Suto Summary: The eigthth short stay program at NTID was carried out during March 6th to 15th in 1999. The average participants for this program so far are ten to fifteen students. This program has been giving good opportunities for them to form their identities and get the motives towards their study. It is expected that this is also of importance to the faculty members who joined this program in terms of faculty development. key words:hearing impaired college students, short stay program in USA, identity, motives towards study