視覚障害学生における職業興味の安定性について 教育方法開発センター(視覚障害系) 石田 久之 要旨:本研究は視覚障害学生における職業興味の安定性を検討することを目的としてなされた。このことは、結果として大きな変化が認められないのであれば、その時々の短期的な興味ではなく、成長に伴ったパーソナリティーの反映としての職業への関心を持つという仮定を検証することでもあった。  調査対象者は、本学視覚障害関係学科に入学した全盲学生5名、弱視学生23名とし、「VPI職業興味検査」と「SDS職業適性自己診断テスト」の「職業興味」により検討した。  最も高い得点を示す尺度領域については21名で、また、高得点三領域については23名で大きな変化は認められなかった。六領域の相関についても23名が中程度以上の相関を示した。特に14名は0.7以上の高い相関であった。  以上の結果から、視覚障害学生の職業興味について、その安定性を確認し、短期間で変化するものではなく、環境との相互作用の結果によるパーソナリティーの反映としての理解が適当であると結論した。 キーワード:視覚障害、職業興味 1.はじめに  本学視覚障害関係学科入学生は、鍼灸、理学療法、情報処理の三学科の中からいずれかを選択して入学してくることから、ある程度の将来的な計画を立てていると思われる。つまり、それぞれの学科で得られる専門的な技術を卒業後の職業自立に生かすことを前提としているわけである。しかしながら、実際にはその専門分野とは異なる職業を選ぶことがある。また、希望する職業に就く上でのより基礎的な技能獲得を目的として入学してくる者もいる。更には、盲学校高等部・普通高校段階で漠然と考えていた希望する専門技能の獲得が本学の実際の教育課程で想像とは異なる高度さを感じ取り、結果としてついていく事が困難となるような場合もある。これらより、本学入学生においても職業に対する考え方が必ずしも一定しているとは限らない事が予想される。  一方、職業興味という概念がある。これは職業適性とは異なり、職業に対する興味・関心である。例えば視覚障害者がパイロット等の視覚を使う職業に対して大きな興味・関心を示す結果も当然考えられ、それら個々の職業ではなく、類似した職業群から考えどの様な範疇の職業を求めているかという事である。当然職業適性検査の中では、その一部分としての位置付けがなされている。  職業興味はかなり広い意味での職業への関心を示すものであり、更に、坂柳(1990)[3]が簡潔に要約しているように、キャリア発達として様々な経験・環境に結びついた心的一側面を表す概念であることから、通常短期間では変化しないと考えられている。しかしながら、視覚障害者においては様々な経験・体験の困難さ、日常生活における情報流入の少なさから、上記の職業発達理論を適応して良いか否かは疑問の残るところである。  そこで本研究は視覚障害学生における職業興味の変化の有無を検討することを目的としてなされた。具体的には日時をおいて行われた二回の職業興味検査の結果を比較・検討し、大きな変化が認められないのであれば、その時々の短期的な興味ではなく、成長に伴ったある程度確固とした職業への関心を持つという仮定を検証することを目的とした。 2.方法 2.1 調査対象者  本学視覚障害関係学科に入学した学生28名とした。 全盲学生5名、弱視学生23名であった。 2.2 検査  職業興味検査として、「VPI職業興味検査」と「SDS職業適性自己診断テスト」の「職業興味」を用いた。共に様々な職業への興味・関心を、“はい”と“いいえ”で答えるものである。  「VPI職業興味検査」は、興味領域尺度と傾向尺度を測定するものであるが、本研究では興味領域尺度のみを用いた。これは、現実的(機械や物を対象とする具体的で実際的な仕事や活動)、研究的(研究や調査などの研究的、探索的な仕事や活動)、社会的(人に接したり、奉仕したりする仕事や活動)、慣習的(定まった方式や規則に従って行動するような仕事や活動)、企業的(企画や組織運営、経営などの仕事や活動)、芸術的(音楽、美術、文芸など芸術的領域での仕事や活動)の六興味領域を測定するものである。  「SDS職業適性自己診断テスト」は、活動性、能力、職業興味、自己評価1・2の5領域から職業適性を自己診断するものであるが、本研究では職業興味の結果のみを用いた。このテストにおいても、職業興味は前述の「VPI職業興味検査」と同様に下位六領域から構成されている。  両テスト共にHolland, J.L.(1973)[2]の理論を背景とする同一の検査である。 2.3 手続き  本調査は、授業の一環としての位置づけを持っており、「VPI職業興味検査」は学期の最初に、「SDS職業適性自己診断テスト」は、学期の最終授業で行った。この間、週に一度ずつの授業において自己認識・自己受容のための様々な検査を一回ずつ行ない、回答の自己採点・自己分析を課した。  両検査とも集団検査とし、全盲学生には点訳版を、大きな文字が必要な弱視学生には拡大版を作成・使用した。それらは授業終了後、正式な検査用紙に転記した。  採点は「VPI職業興味検査手引【改訂版】」にそって行った。84の職業を14ずつ、六つの興味領域に割り振り、“はい”と回答した職業数をそれぞれの領域の尺度点とした。 3.結果  図1は、ある調査対象者の尺度点をプロットしたものである。丸が「VPI職業興味検査」、四角が「SDS職業適性自己診断テスト」の「職業興味」の結果である。これらの検査は、それぞれの領域で左右両隣の領域との関連が強く離れるにつれて弱くなることが知られており、ホランドの六角形と呼ばれる(現実的領域と慣習的領域は隣と解釈する)。この例でも、芸術的と社会的という隣り合った領域の値が比較的高く、他の領域は低い。職業興味は芸術-社会的タイプである。二回目の検査ではその特徴は更に顕著になっている。  図2は、レーダーチャートで示したものである。これは検査手引きには載ってない表示法であるが、前述の特徴をより顕著に知ることが出来る。  このような職業興味検査プロフィールを以下で三つの点から検討する。一番目は、最も高い得点を示す興味領域の異同である。上に示した例では、二回の検査共に芸術的興味領域が最も高くなっており、変化はない。これを28例全員において検討したところ、最高得点を示す興味領域が変わらない者は17名であった。変化した者は11名であるが、内4名は隣接領域への変化であった。  次に高得点三領域について検討した。職業興味検査では、最も高い得点だけではなく、高い得点を示す三つの領域で興味・関心を検討する。前述の例の二回目の検査で言えば、芸術-社会-企業的タイプということになる。これについて変化を見た。得点の高低は考慮せずに2回の興味検査で全く同じ興味領域が上位三つを占めた者は14名であった。二回の検査で同じ興味領域が二つあった者は9名であり、一つだけが同じであった者は5名であった。  最後に二回の六領域における得点の相関を検討した。図3は、28名の相関値をヒストグラムで示したものである。0.7以上の高い相関を示す14名のグループと0.3から0.7未満の中程度の相関を示す9名のグループ、更に0.2未満の低い相関を示す5名のグループに分類できる。 図1 興味領域六尺度のプロット例 丸印がVPI(1回目) 四角がSDI(2回目) 図2 興味領域六尺度のレーダーチャート例 内側の線がVPI(1回目)、外側の グレーの部分がSDI(2回目) 図3 相関値の度数分布 4.考察  Holland,J.L.(1973)[2]は、個人の職業の選択をパーソナリティの表現としており、これは個人の長い間の環境との交互作用の結果生じるものであり、短期間で大きく変化するものではないことを意味している。また、竹内(1988)[5]・浦上(1993)[6]も職業的進路成熟と自己理解との関連を指摘している。当然、実際にどの職業を選択するのかという事よりも範囲が広い職業興味についても同様のことが考えられる。本研究は晴眼者で報告されているこれらの考え方が、視覚障害者にも適応できるか否かを検討したものである。特に中等教育段階から高等教育段階に移行して間もない本学一年次生において、本学入学までとはかなり環境が変化していることを推測し、その影響が出ているか否かを見ようとするものである。この背景には視覚障害者の日常生活における情報入力量の少なさがあると同時に入学前後の環境のギャップも大きいことが予想されるからである。つまり、前述の環境との交互作用そのものに晴眼者との大きな違いが考えられる。  本研究では、Hollandの職業興味検査を用い、三ヶ月の間隔を置いて二度の調査を行い、これらについて三つの側面から変化の有無を検討した。最も高い得点を示す尺度領域の変化、高得点三領域の変化、六領域の相関である。最初の指標については隣接領域への変化を含めると21名の者が、第二の指標については変化が一つ以下の者は23名と、それぞれ大きな変化を示さなかった。三つ目の指標についても23名の者が中程度以上の相関を示した。特に14名は0.7以上の高い相関であった。  これらのことから、周囲の環境の変化が大きく、情報量も飛躍的に増大し、その結果としての交互作用のあり方も従来とは異なることが予想される入学数ヶ月後の時期においても、職業興味は大きな違いを見せず、安定した結果が見られた。この結果を解釈すると、視覚による情報量は制限されているとはいえ、現代では、それに変わる聴覚などによる情報流入は膨大な量であり、細かな様子を完全には理解できなくていても、どのような職業があり、どんな内容であるかの概要はつかめていると考えられる。しかし、竹林・石田(1999)[4]によると、視覚障害学生の職業理解度は晴眼学生よりは低いことが報告されており、そのような考え方は否定される。この点について、Gati(1986)[1]は、情報処理能力の関係から、全ての情報を検討するのは難しいとしており、晴眼者が膨大な職業知識をすべて適性に活用しているとは限らないのであり、情報の量的問題よりもその活用の仕方が重要であろう。  むしろ、視覚障害者における職域は従来の三療と呼ばれる領域から事務的領域などに拡大されてはいるものの、実際には晴眼者などに比べかなり狭い領域であり、職種も限られている。このことから、高等教育段階に入ったとしても、個人の考えられる職業興味との関連においては、従来の自らの考えを極端に変化させるような大きな個人の活動や環境がないということが大きな原因であると思われる。職業興味に限定した検査ではあるが、現在の雇用・就労状況をかなり反映した回答であると考えるべき結果である。  ところで、二つの検査の相関において中程度の相関を示すものがあった。これは図1・2で示したような特徴的なタイプではなく、むしろ、いくつかの興味領域が同程度の得点を示したものに多く見られた。職業興味が比較的広範囲にわたる者たちであり、最終的な職業の選択には更に時間が必要な者である。逆に低い相関を示す場合、二つの検査が行われた数ヶ月の間に、職業への興味が絞られてきた場合もあろう。これらのことから相関の検討については、ある程度希望を絞るというような個人の“臨界期”などを考慮して注意深く見ていく必要がある。  以上、視覚障害学生の職業興味について検討してきたが、その安定性を認めることができ、一時期の感情に左右されたり短期間で変化するものではなく、環境との相互作用の結果によるパーソナリティーの反映としての理解が適当であると結論できる。 5.参考文献 [1] Gati, I. : Making career decisions : A sequential elimination approach. J. Counseling Psychol., 33, 408-417, 1986. [2] Holland, J. L. : Making vocational choices : A theory of careers. Englewood Cliffs. N. J. : Prentice-Hall, 1973 [3] 坂柳 恒夫: 進路指導におけるキャリア発達理論, 愛知教育大学研究報告, 39(教育科学編), 141-155, 1990. [4] 竹林 広美・石田 久之: 視覚障害学生の職業理解度について. 教育方法開発センター年報, 6, 38-46, 1999. [5] 竹内 登規夫: 進路成熟と自己理解の関連に関する研究, 愛知教育大学研究報告, 37(教育科学編), 168-186, 1988. [6] 浦上 昌則: 進路選択に対する自己効力と進路成熟の関係. 教育心理学研究, 41(3), 358-364, 1993.