視覚障害者へのビジネスプロセス教育の取り組み 情報処理学科 隈 正雄 要旨:視覚障害者が、一般企業に就職することは容易ではない。受け入れ側の企業においても、視覚障害者にどのような職務を担当させられるか、思考錯誤の段階である。そこで、企業における業務を分析し、視覚障害者向きの仕事と不向の仕事への分類を試みた。  さらに、企業における業務処理やシステム開発の問題点を分析し、業務知識が欠如していることを抽出した。そして、業務知識を視覚障害の学生に教育することにより、健常者も持ち得ない能力を身に付けさせることが、重要であることを明らかにした。  最後に、情報処理学科における、業務知識の教育への取り組みについて述べた。 キーワード:視覚障害者向きの仕事と不向の仕事、業務知識、ビジネスプロセス教育 1.企業の基本活動  営利企業は、生産・物流・販売、または、サービスの提供等の活動を通じて収益を生み出している。製造業であれば物を生産し、流通業であれば物を販売することが、基本的な活動ということである。企業における仕事は、この基本的な活動を中心に組み立てられている。  生産活動とは、新製品開発(企画・設計・開発)、生産管理(生産計画・購買管理・外注管理・工程管理・資材管理・品質管理・原価管理等)、及び、製造活動で構成されている。  販売活動も販売企画、営業活動、販売事務(受注・売上計上・請求・回収等)で構成されている。ただし、小売業の営業活動は、店頭における直接の販売活動となることが多い。  物流活動も購買事務(発注・仕入計上・支払等)、在庫管理(入荷、出荷、棚卸、現品管理等)で成り立っている。  その他、企業の基本活動を円滑にし企業を組織的に運営するための、管理活動がある。代表的なものが経理事務や人事管理である。企業によりその他にも様々な管理がある。また、経営者の担当となるが、経営戦略面の仕事もある。  以上の活動は、一般的な製造業・卸売業・小売業の業務を包含するものである。  さらに、建設業は、工場での生産ではなく現場での建設になる点が異なるが、基本的には製造業に類似している。また、サービス業の場合は多様な形となる。金融業は事務を主体とした業態であり、レストラン等は接客がポイントとなる。それぞれ大きく異なることから、サービス業については省略する。  ただし、情報処理学科の出身者の多くが就職しているソフトハウスについては、若干説明する。ソフトハウスの業態は基本的には製造業に類似している。主な相違点は、工場で物を作るか、オフィースでソフトウエアを作るかの違いである。  以上の考察から、本論では、企業の活動は生産・販売・物流と管理にほぼ集約できるとのことで、議論を進める。また、以下、基本的な活動をビジネスプロセスと称す。 2.ビジネスプロセスと事務  ビジネスプロセスを個別に分析し事務を抽出する。なぜならば、後ほど説明するが、事務は視覚障害者が能力を発揮しやすい典型的な仕事なのである。  また、本論では、視覚障害者の職域の明確化という観点から、事務をオフィースにおける机上作業中心の仕事と定義する。従って、製造現場での製造作業、倉庫における現品の取扱作業、営業における交渉や接客は、対象外ということになる。 2.1 生産と事務  生産活動を、新製品開発、生産管理、製造活動の3つに分解した。このうち工場での実際の製造作業は、製造活動だけである。生産管理活動は内容を分析してみると、殆どが事務処理や事務管理である。従って、生産管理活動は生産管理事務ともいえるものである。新製品開発活動の企画は事務、開発は製造に近いものといえよう。設計はオフィースでの設計作業で、形態は事務に類似している。ただし、CAD(Computer Aided Design)や設計のノウハウが、前提となる特殊な事務といえる。 2.2 販売と事務  販売活動を販売企画、営業活動、販売事務の3つの分類した。販売企画は事務であり、販売事務は代表的な事務といえる。営業活動は訪問販売や店頭販売等により様々である。しかしながら、顧客への売込みや、接客が活動の中心となり、事務とは異質の仕事である。 2.3 物流と事務  物流活動も購買事務、在庫管理の2つの分類した。購買事務も典型的な事務である。在庫管理は、入出庫指示や棚卸集計等の事務と、現品の入出庫作業や棚卸作業等の現場作業に別れる。 2.4 管理と事務  管理面では経理と総務(人事)について分析する。経理は事務の典型である。また、総務は企業におけるその他の事務を集約した仕事である。人事は複雑な面もあるが大部分は事務といえる。その他の管理業務は企業によって異なるため省略する。 2.5 システム開発と事務  システムエンジニアが行うシステム開発は、どのような仕事であろうか。若手のシステムエンジニアが従事するのは、プログラミングである。これは、指示内容をコンピュータ処理できるプログラムとして作成することである。プログラミングのノウハウが必要であるが、オフィースによる作業であり、事務に類似した形態である。  中堅のシステムエンジニアが担当するのは、システム設計である。これは、現状調査、課題の抽出、改善案の作成、システム設計、システムテスト等の作業となる。これもほぼ事務に類似した形態である。  また、情報処理の技術開発や運用に従事することもあるが、これも同様に考えられるであろう。 3.視覚障害者の不向きな業務  企業におけるビジネスプロセスには、視覚障害者が取組みにくい仕事がある。視覚障害者が不得意なことは、視覚が大きく影響する仕事である。具体的には、工場の生産現場や倉庫の入出庫などである。また、場所の移動がスムーズでないため、顧客を訪問する営業は不向きといえる。不特定多数の顧客を相手にする接客業も、取組み難いこともある。すなわち、先の分析で事務以外のものであり、製造活動、営業活動、在庫管理等である。  次に事務について検討する。コンピュータは、視覚障害者にとって非常に強力な障害補償機能を果たしている。視覚を使用しなくても音声等を利用して健常者と同様に、コンピュータを扱えることである。現在の企業における事務は、殆どパソコンを使用して行われている。  ビジネスプロセスの事務もコンピュータを中心に行われている。このようなことから、コンピュータの扱いに習熟している視覚障害者であれば、先の特定な業務以外の事務は充分担当可能ということである。  システムエンジニアについても、基本的には同様である。ただし、派遣業務等の場合は派遣先の顧客の判断があり、難しいこともある。また、図形やデザインに関するシステムは、音声化が困難なことから難しい。 表1 視覚障害者の担当可能業務と不向きな業務 4.ビジネスプロセスと業務知識 4.1 ビジネスプロセスと業務知識  企業における大部分のビジネスプロセスは、誰でも処理できるようにできている。特別な人でなくては担当できない仕事であれば、普通の人が集まっている企業では運営ができないからである。とはいえ、仕事ができるとっても、決められたことを、決められたようにできるだけである。その仕事の本質が理解できているわけではない。従って、組織の一員としての機能は果たせても、その程度は誰でもできる程度である。また、業務改善も目先の改善はできても、根本的な改善には至らない。  これは、単にやり方だけを理解しているからである。優秀な従業員は、仕事の基本的な仕組みを理解している。企業における当該業務の役割・目的を理解し、最適な方法でその目的を実現するのである。そして、現行の仕事の問題点や、あるべき姿との乖離についても理解している。従って、どのようすれば、現在の仕事をよりよく遂行できるか、また、どのように業務を改善して行くべきかを理解している。  企業におけるビジネスプロセス、とりわけ事務の大部分は、コンピュータをツールとして処理されている。従って、ビジネスプロセスの基本的な仕組みを理解するのは、コンピュータシステムの理解が前提となる。ただし、その理解とは、システムを作成できるレベルではなく、ビジネスプロセスに対するシステムが果たす機能についての理解である。さらに、システムだけの理解ではなく、ビジネスプロセス全体も理解する必要がある。なぜならば、ビジネスプロセスにおけるコンピュータの役割は大きいが、コンピュータが自動的にすべての仕事を処理できるわけではないからである。  従って、ビジネスプロセスの本質を理解するには、業務知識とそのシステム化の知識が必要になってくるのである。以下、業務知識とそのシステム化の知識を含めて、「業務知識」と称する。 4.2 視覚障害者と業務知識  現場には業務処理に習熟している人はある程度いるが、システムも同時に理解できている人は殆どいない。一方、情報部門のシステムエンジニアは、コンピュータを熟知しているが、業務処理も理解できる人は極めてまれである。  つまり、業務処理かコンピュータかいずれかを理解できる人は、少数ながら存在するが、両方に習熟している人は殆どいないということである。これは、情報部門の人は現場に配置されず、コンピュータだけを担当させられるからである。また、一般の従業員にとって、生産管理システムなどは、容易に理解できるものではないからである。ともかく、先に述べた「ビジネスプロセスの本質を理解している優秀な従業員」、すなわち、「業務知識」を把握している従業員となると、現実の企業では殆ど見当たらないのである。  ところが、視覚障害者が、「業務知識」を身につけることができれば、視覚障害のハンディはあっても、健常者ができないことができるということになる。しかも、企業の本流の業務において、健常者より優秀になるということである。  ただし、「業務知識」は、単に知識を得るだけでは不十分で、数年の経験を経て初めて実践的な能力となるものである。 4.3 システムエンジニアと業務知識  システムエンジニアの場合は、「業務知識」を持っていれば健常者との差は一層顕著となる。なぜならば、ソフトハウスのシステムエンジニアで、顧客企業のビジネスプロセスを把握できる人は殆どいないのである。ソフトハウスの研修では、技術教育については十分行われるが、「業務知識」の教育は行われない。また、システム開発経験も、顧客の指示通りに行うため、ノウハウとならない。現実のシステム開発の実態を詳細に分析してみると、大部分のシステム開発は成功しているとはいえないのである。ビジネスプロセスを知らないシステムエンジニアが、システム設計を行っているからである。  これが、現実のシステムエンジニアのレベルである。視覚障害者が、ビジネスプロセス及びそれをシステム機能にブレイクダウンできる能力を持っていれば、健常者よりはるかに優位性をも持つといえる。  ただし、システムエンジニアとして本格的なシステム設計に従事できるようになるには、入社5年から10年は要する。また、「業務知識」やシステム設計も、経験を経ないと実践的な能力とはならない。 5.ビジネスプロセス教育 5.1 情報処理学科の教育体系  情報処理学科の教育体系の、概要について述べる。一般教育や視覚障害関連は、1年次から2年次にかけて行われる。また、パソコンについては、駆使できるように情報リテラシー教育に重点が置かれている。  情報処理技術は、情報処理学科の教育の根幹をなすものである。システムエンジニアにとっては必須のものであり、充実したカリキュラムになっている。また、経営コースの学生にとっても、コンピュータは視覚障害補償の極めて重要な機器である。これについては、健常者以上に習熟する必要があり、経営コースの学生にとっても有効なカリキュラムとなっている。  経営コースの学生を中心に経営分野の教育が行われている。これにより、経営学の基本や、会計・マ―ケティング・経営戦略などの基本的な科目が、体系的に教育されている。さらに、ビジネスプロセス教育があるが、後に詳細を説明する。 5.2 ビジネスプロセスとシステム化  企業のビジネスプロセスにおいては、コンピュータを抜きに考えることはできない。そこで、ビジネスプロセスとシステム化の関連について考察する。  企業において、ビジネスプロセス全体をコントロールしているのは、人間である。特定の業態を除いては、コンピュータは、ビジネスプロセスの一部を部分的に担当しているに過ぎない。ビジネスプロセスは、人間がコンピュータの助けを借りながら、処理するものである。従って、ビジネスプロセスのシステム化とは、コンピュータシステムだけを相手にするのではなく、ビジネスプロセス全体を対象としなくてはならない。  さらに、この人間も実に複雑な存在である。人間は仕事を複数の人間と分業で行っている。人間は自分勝手に作業を行いがちである。また、人間には好き嫌いや、面倒なことを避ける傾向もある。そこで、このような感情を持った人間の集団に、組織の目的に沿った行動をとらせる必要がある。そのためにルールが作成されるのである。  要するに、ビジネスプロセスのシステム化とは、「人間を中心に適正な業務処理ルールを確立し、人とシステムとルールが三位一体となって機能する仕組みを、構築する」ということである。 5.3 ビジネスプロセスに必要な専門教育  これらのことから、ビジネスプロセスのシステム化に必要な知識は、業務ノウハウだけではなく、人間の思考や活動に対するノウハウも必要となるのである。さらに、システムに対するノウハウも必要である。ただし、システムノウハウについては、システムを使用するのに必要なものと、設計するのに必要なものは当然に異なる。  先に定義した「業務知識」を、この3つを含む概念とする。そして、以下この「業務知識」の教育を、ビジネスプロセス教育と称する。 5.4 ビジネスプロセス教育への取組  ビジネスプロセスの教育は、経営分野の中の経営情報分野に分類されるものである。一般的に、経営情報は、経営や戦略などを情報面から捕らえているが、詳細なビジネスプロセスまで踏み込まない。従って、健常者は一般の大学で経営情報を学んでも、「業務知識」までは得られないのである。  一方、本学科のビジネスプロセスの教育は、企業の実務やシステムに力点を置いている。そして、実社会で活用できる実践的なものを目指している。本論でいう「業務知識」の取得である。この点が、一般の経営情報と異なる点であり、一般大学出身の健常者が持ち得ない点である。  カリキュラムは次の通りである。経営情報の基礎となる「経営情報概論」、生産管理を中心とする製造業の「生産システム論」、物流を中心とする流通業の「流通システム論」、具体的なシステムを扱う「経営情報特論Ⅱ」で構成されている。 5.4.1 業務ノウハウ  業務ノウハウは、経営情報概論で企業の全体を捕え、生産システム論、流通システム論で業種・業務別に、把握できるように教育している。 5.4.2 システムノウハウ  システムに関しても、経営情報概論で企業情報化を捕え、生産システム論、流通システム論で業種・業務別システム機能を、把握できるように教育している。  さらに、経営情報特論Ⅱで、ERP(Enterprise Resource Planning=統合業務パッケージソフトウェア)の機能を分析することにより、ビジネスプロセスのシステム化について、具体的にシステムを体得できるように教育している。 5.4.3 人間の思考の理解  現実の企業は理屈では動かない。実践的な学問は現実の世界で有効でなくてはならない。企業において、業務改善やシステム化が失敗する原因は、現実の人間の思考が理解できていないことにある。ビジネスプロセスの教育のポイントである。  この点に関しては、すべてのカリキュラムにおいて、現実の課題に即して知識を吸収できるように配慮している。具体的には、様々な知識を実社会に適用する時に、どのような問題が生じるかについて、質疑を繰り返しながら教育している。  また、少しでも現実の企業実態に接することができるように、生産システム論では工場見学、流通システム論では倉庫見学を行い、業務やシステムの改善案を作成することにしている。ERPについても、導入企業への見学や、導入責任者の講義を予定している。 5.5 ビジネスプロセス教育の課題教育を推進していくには、多くの課題がある。まず、時間の問題がある。膨大で複雑な業務やシステムを理解させるのに、4科目12単位だけである。これではどうしても概要のみになってしまう。  ビジネス系のシステムエンジニアとなるには、ビジネスプロセス教育は必須である。しかながら、4科目の内3科目は、選択であるが経営コースを前提としている。現行のカリキュラムでは、経営コースと情報コースが同一時間帯にあるものがあり、情報コースの学生は履修が難しい。  これらはカリキュラムの問題であるが、解説科目の多さや教室の制限等で、改善は容易ではない。  根本的な問題としては、ビジネスプロセスについてのノウハウを得るには、知識だけではなく経験が必須であるということである。この経験は適切な取組みと、数年程度の期間を要する。つまり、ビジネスプロセスのノウハウを習得した学生でも、企業に入社してから数年をへないと、本当の能力が発揮できないということである。 表2 情報処理学科の教育体系 終わりに  ビジネスプロセス教育は、体系的に取組み始めたばかりである。その成否が明確になるには、何年間かの期間を要する。しかしながら、ビジネスプロセス教育が有効に機能し学生が能力を身につけていけば、健常者と同等となるだけではなく、さらに優位に立つことができるのである。  このようなビジネスプロセスの教育を実現すべく、教育方法の研究を進めていきたい。 参考文献 [1] 後藤 靖国:業務知識と情報システム、講談社出版サービスセンター、1997 [2] 杉原 敏夫・菅原 光政・山上 俊幸:経営情報システム、共立出版、1997 [3] 隈 正雄:なぜ、SEはコンサルティングができないか、通産資料調査会、1996 [4] 中央監査法人:会計システム、税務経理協会、1989 [5] 通商産業省機械情報産業局:戦略的情報化投資による経済再生を支える人材育成、通産資料調査会、1999 [6] 隈 正雄:第3のコンサルティング-ビジネス・プロセス・コンサルティング-.日本生産管理学会誌Vol.4、No.2:13-16、1997