職場における周囲の障害理解に関する聴覚部卒業生の意識 教育方法開発センター(聴覚障害系) 石原 保志 一般教育等(聴覚障害系) 根本 匡文 要旨:聴覚部卒業生を対象に実施した職場適応に関する質問紙調査のうち、職場環境に関する回答を分析した。この結果、回答者が感じる職場の人々の“障害理解”の状況にはかなりばらつきがあり、理解されていないと感じる理由として、聴覚障害に関する知識や認識が不足していること、コミュニケーションへの配慮が不十分であること、会議における情報保障がなされていないことがあげられていた。 キーワード:聴覚障害者 職場環境 意識調査 障害理解 1.はじめに  本学の教育の在り方を論ずるにあたり、学生及び卒業生の現状を客観的に把握することが重要となる。このための基礎資料づくりとして、我々は平成10 年度教育改革・改善プロジェクト(大型プロジェクト)による「本学卒業生における職場適応の状況と生涯学習の必要性に関する調査研究」[1]を実施し、この中で卒業生を対象とした意識調査を行った。本研究では、この調査のうち「職場適応に関する質問」に対する聴覚部卒業生の回答を分析し、障害(impairment/disability)に起因してどのような社会的不利(handicap)が生じているか、そしてこれに対して卒業生自身と彼らを囲む職場の人々がどのように対応しているかを検証する。 2.方法 2.1 対象者及び調査方法  平成4年度から平成9年度にかけて聴覚部を卒業した者、274名を対象に質問紙を郵送した。 2.2 質問項目  上記調査のうち「調査1.職場適応に関する質問2.職場環境について」への回答を集計し分析した。抽出した質問事項は以下に示す通りである。 2.職場環境について (1)職場では、あなたを支援する通訳、要約筆記等のサポートがありますか。 ①ある ②ない 「ある」とした方にお尋ねします。どのような時に、誰により、どのようなサポートがなされますか: (3)職場の人は、あなたの事、あるいはあなたの障害の事を理解していると思いますか。 例えば、どのようなことで理解されていないと感じますか (4)職場(同一工場内あるいは同一ビル内)には、あなたの他に聴覚に障害を持った人はいますか。 ①はい(何名くらいですか 名) ②いいえ (7)あなたと職場の人との間の人間関係はうまくいっていると思いますか。 どのようなことがうまくいっていないと感じますか (8)職場のことや私生活のことで、何でも相談できる人はいますか。 ①はい(あなたとの関係は  ) ②いいえ 表1 回答者の内訳 3.結果と考察  調査対象者274名のうち77名から回答を得た。回収率は29.2%であった(宛先不明で返送された件数を除く)。 回答者の内訳は表1に示す通りである。 3-1 障害に対するサポート  まず質問2.(1)の回答から、障害に起因する不利に対する職場のサポートの状況について分析した。図1はサポートの有無に関する集計結果である。約半数の回答者が何らかのサポートがあるとしている。  サポートの具体的内容は表2の通りである。やはり情報保障に関する内容が中心で、その場面としては会議または研修会をあげている者が多いが、この中で会議において出席者が皆、情報伝達に配慮しているとした者が4名いることは注目される。日常会話や対面での打ち合わせといった場面でのコミュニケーション方法の配慮をあげた者はそれほど多くないが、これはそのような実態はあるがサポートとしてはあげていない回答者も少なくないことが推察される。 3-2 周囲の障害理解に関する回答者の意識  質問(3)に対する回答から、職場の人々の自己あるいは自己の障害に対する理解について回答者がどのような意識を持っているのかを探った。図3はこの質問に対する回答の全体的傾向を示している。回答者自身の要求水準やパーソナリティには個人差があり、この回答がすなわち職場の人々の”障害理解”の状況を示しているとはいえないが、回答者自身の意識にはかなりばらつきがあることがわかる。  この質問の中で回答者が記述した、職場の人々が自己あるいは自己の障害に対して理解していない理由に関する文章を、KJ法[2]による手続きを参考に内容の別に分類し、最終体には個々の内容を包含する項目に集約した(表3)。  項目①には「大声で話せばわかるという誤解」「音は聞こえるがことばは聞き取れないことが理解されない」「耳が聞こえないことによる情報不足などが理解されない」「補聴器をつければ聞こえるという誤解」「発音ができるから聞こえていると思われる」「聾者でも聴力や性格は様々であるのに同じだと思われる」「どう扱えばいいか分からない様子」「はじめは気を付けてくれたがしだいに配慮がなくなってきた」といった、聴覚障害に対する基本的な知識や聴覚障害者への配慮に関する記述を集約した。項目②には「早口で話しかけられる(口が小さい)(口話で話をされる)」「筆談を面倒がる」「手話の使用頻度が低い」といった、主に対話における問題を集約した。項目③には「話し合いの流れがつかめない(それ故意見が言えない)」「通訳(配慮)がない」「重要でない会議には参加しない」といった内容が含まれている。その他、項目④には「あまりコミュニケーションがない」「十分なコミュニケーションが取れないため責任のある仕事が与えてくれない」といった内容を、項目⑤には「耳とは関係ないことでストップがかかる」「保護者のような態度をされる」といった内容を、項目⑥には「大切な事項はメールなどでとお願いしても理解されない」という内容を集約した。  職場内の聴覚障害者が多ければ、障害に起因する社会的不利について周囲の人々の認識は高まることが予測される。そこで上記の質問に対する回答を、職場内の回答者以外の聴覚障害者の有無及び人数との関係で分析した。表4はこの結果を示している。この表では、便宜的に回答の数直線上の「はい」に近い位置を5、「いいえ」に近い位置を1という評価値に置き換えて示した。  上記の予測を裏付ける傾向はこの表からはみいだせない。一方、これとは別に職場内の聴覚障害者の人数が「自分以外に1名」とした回答者の評価が、他と比較して「いいえ」の方向に分布しているようにみえる。これは障害者が2名である場合に常に周囲から比較評価されてしまうという問題を示している可能性もあるが、数値上この傾向は有意ではなく、また回答者の文章にもこれを示す記述は見あたらない。 図1 職場内の障害に対するサポートの有無 表2 職場におけるサポートの具体的な内容 図3 職場の人はあなた自身あるいはあなたの障害について理解していると思うか 表3 職場の人々が自己あるいは自己の障害に対して理解していないと考える理由 表4 職場内の聴覚障害者の人数と周囲の障害理解に関する回答者の意識との関係(評価値ごとの回答者数) 3-3 職場における人間関係  質問(7)では、職場の人々との人間関係について回答者の意識を尋ねた。図4はこの結果を示している。  図3と同様に回答が中央値に集中する傾向がみられるが、比較的良好な人間関係があるという意識を持つ者が多いようである。しかし一方で明確に「いいえ」と答えている者がいることも無視できない。人間関係がうまくいかない場合の理由として回答者が記述した内容を分類したのが表5である。  コミュニケーションの量的な問題とは、「仕事が忙しくて会話をする機会が少ない」「移動が頻繁で人間関係がつくりにくい」等の内容である。ここに記述された問題意識は大きく分けて、コミュニケーション環境の問題、周囲の人々の問題、自己の問題に分けられるが、半数以上の回答者がこのうち2つ以上の内容を記述していることから、回答者の意識の中でも問題が一面的に捉えられているわけではないことがわかる。  質問(8)では職場のことや私生活のことで相談できる人について尋ねた。図5はその有無を集計したものである。  「はい」とした回答者があげた相談の相手は、友人・先輩が42名、職場の上司・同僚が15名、家族が13名、恋人が4名、恩師が1名であった。 図4 職場の人々との人間関係はうまくいっていると思うか 表5 人間関係がうまくいかない理由 図5 相談できる人はいるか 4.まとめと今後の課題  本研究では職場に対する卒業生の意識を検証した。この結果はかならずしも彼等の職場の状況を客観的に示すものではないが、本学卒業生が職場においてどのような困難を感じそれに対処しているかについての“意識の実態”はある程度明らかにすることができたと考える。この調査の中で回答者が述べた意識の状況は、現在、在学中の学生も卒業後に経験する可能性がある。それ故、問題事例に遭遇した際の対処を容易にするために、在学中の就職指導においてこの実態を知らせ、事例に応じた対処法について考える機会を与えることが肝要であろう。 5.文献 [1]根本 匡文・石田 久之・石原 保志・黒川 哲宇・長岡 英司:本学卒業生における職場適応の状況と生涯学習の必要性に関する調査研究,平成10年度筑波技術短期大学学長裁量経費プロジェクト報告書,1999. [2]川喜 多二郎:KJ法,中央公論社,1986. What is the problem in the work office? Yasushi Ishihara (Research Center on Educational Media, Division for the Hearing Impaired) Masafumi Nemoto (General Education, Division for the Hearing Impaired) Summary: The questionnaire concerning office environments were administered to 272 graduates. The result shows that there are individual differences about awareness for the handicaps. The respondents feel problems as follows; ○Some hearing people did not learn about the correct information on handicaps which due to hearing impairment. ○Some colleagues did not care for the communication method to hearing-impaired. ○There are no arrangements such as interpreter for hearing-impaired in office meetings. Key Words: hearing-impaired, office environments, communication problems, graduates of TCT