「聾学校・専門過程における進路に関する調査」結果と考察 デザイン学科 児玉 信正 デザイン学科 本間 巖 要旨:本学デザイン学科の主管で、本年11月4・5日に開催された全国聾学校職業教育研究会(全職研)印刷・デザイン部会研究会に先立ち、研究協議の討議資料とする目的で「進学に関する調査」を行った。本稿ではこの調査の考察の概要を報告する。 キーワード:聾学校、進路指導、デザイン系進学、印刷・デザイン学科 1.はじめに  本年11月4・5日、本学デザイン学科が主管して、全国聾学校職業教育研究会(全職研)印刷・デザイン部会研究会を開催した。聾学校での研究会を大学が主管することはおそらく本邦初めてのことであり、また本学と聾学校との連携を強めることができたことは意義深いことと考える。研究会の内容は「研究会事後収録」にまとめるので参照してほしい。 2.調査の概要 2.1 調査の目的など  本調査は「進学に関する調査」という表題で、上記研究会での研究協議の討議資料とするために、聾学校の進路状況や本学及びデザイン学科への意義等を把握することを目的として調査したものである。調査結果は研究会にて報告済みであり、詳細は「研究会事後収録」に掲載する。  進路関係の内容は本学にあっても重要であるので、より多くの方々に供することができれば幸いと存じ、主管校事務局の責任において、調査担当者として本調査の考察の概要を報告する。 2.2 調査対象校・回答状況など  全職研印刷・デザイン部会会員校を中心に、全国聾学校のうち印刷科・デザイン科設置校18校を対象とした。  回答は10校で回収率は56%であった。研究会での調査としたため対象校を絞ったが、調査事項によっては拡大する必要があろう。また、昨今の学科再編や教育課程の改定にともない、科名からはその学校の教育内容が分かりにくい場合も増えて来ているので、別な機会に全聾学校を対象に調査してみたい。 2.3 調査の方法など  調査用紙を各聾学校宛に送り、回答用紙及び添付資料(進学資料など)を回収した。回答用紙は平成11年9月6日付けで郵送し、回収締め切り日は同年9月30日とした。 3.回答の内容と結果 3.1 進学に関して 3.1.1 最近5年間の進学先について  最近5年間の専攻科を含む進学先(大学名等)を具体的に列記してもらった。  10校全ての聾学校より回答を得た。具体的な学校名の記述があった聾学校は7校あった。  進学先(大学等)の総数は延べ64校で、内本学が延べ9校(14%)分に相当する。本学以外の普通大学・短大の進学先は延べ15校(24%)である。学部に関しては、学部名が明記されていない聾学校もあるため正確なことは言えないが、大学名からの推論も含めれば、文系が多いようである。デザイン・美術系学部は5校あり、内本学は3校である。専門学校は延べ6校(9%)で、この内デザイン・美術系は1校である。リハビリテーションセンター・職業訓練校は延べ18校(28%)で、この内デザイン・美術系は4校である。他校専攻科への進学は延べ16校(25%)。この内デザイン・美術系は3校である。[図1]  上記のことから次のように考察する。 ・他校専攻科及び職業訓練校への進学が、合わせて延べ34校(53%)と顕著である。 ・普通大学及び短大進学に比べ、専門学校への進学が少ない。これは「2.進学先での情報補償について」の解答にある「情報補償が殆どされてない(専門学校など)」との関連が推察される。 3.1.2 進学後の生徒の動向について  進学した生徒の進学先の入試及び進学先での情報補償、学生生活、就職活動の4項目に関して入手している情報について記述してもらった。 (a)入試について  4校より回答を得た。意見を寄せていただいた学校では、概ね「進学数が増えている」あるいは「進学しやすくなった」という傾向があるものの、一方で、面接に際しての対応の不手際さも指摘されている。 (b)進学先での情報補償について  5校より回答を得た。進学先の学校(主に大学)側からの積極的な姿勢によるものでは必ずしもないが、基本的にはそれなりに情報補償に相当するアプローチ(ノートテイク等)がなされているという状況である。ただし、本当の意味での情報補償が享受されているとは言い難く、その方法や内容に工夫が求められると指摘されている。 (c)学生生活について  4校より回答を得た。部活動、サークル活動、友人関係など充実した生活の様子が指摘されている。進学先での情報補償にある程度の充実感を得ている学校からの解答が多かったせいか、概ね良好という傾向になっている。  なお、学生生活が良好ではない進学先での学生生活の様子についても何らかの情報を得たいものである。 (d)就職活動について  5校より回答を得た。不況の下、求人激減の中にあって善戦している様子がうかがえる。問題点として面接のことが挙げられている。これは「入試について」の項目でも指摘されている。 3.1.3 最近5年間の進学希望の変遷について  回答があった10校中、進学希望の増減なしが4校、増加したが4校、合わせて8校が現状維持または増加となっている。残り2校に関しても、低学年次に希望する生徒は増えたが年次が進行すると就職に変更すると回答している。回答があった聾学校に関しては、少なくとも低学年次においては進学を希望する生徒が例年並みまたは増加の傾向が推察される。  進学希望が「本人の意向」により増加していることが顕著であるが、その底流には「友人などの影響」や「その他」の項目で指摘されている「先輩の合格実績」ということの影響力が大きいようである。しかしその一方、後に合格レベルを知るに至って気持ちが畏縮してしまうという傾向が見られる。  「その他」の項目では学科改編や受験制度の多様化など、進学への条件が整備されることで進学希望が増加するということが指摘されている。これは進学を希望する傾向が潜在的に存在するという状況を前提とした願望とも受けとめられる。 3.1.4 各選抜方法の負担度について  入試の各方法について、生徒及び指導教員にとってどの程度負担になっているかを5段階での回答を求めた。  回答は殆どが3以上である。総じてそれなりの負担を感じている様子がうかがえる。  学力検査に関しては、教員の側の感じ方に「それ程でもない」と「非常に負担と感じている」と、2つの傾向が見られる。 3.1.5 進路指導に関し、問題と感じていることについて (a)進路指導体制  総じて充分な進路指導に至っていない状況が指摘されている。理由としては、 ・就職指導に時間が裂かれる ・生徒の意識の芽生えが遅い 等が挙げられている。 (b)カリキュラム  現状のカリキュラムに対する不足感が共通して指摘されている。特に職業教育中心の限られた時間の中でのカリキュラム編成の難しさなど課題の深刻さが推察される。また、生徒の多様化に適合させていくことの難しさを指摘する声もあった。  カリキュラム編成の目的としては、 ・個々の生徒の適性に応じた教育のため。 ・進学のための学力養成のため。 等が挙げられている。 (c)その他 その他の問題としては ・進学希望はあるが、学習量が不足である。 ・文系大学への進学。 等が指摘されている。  限られた時間とスタッフ構成の中で、就職と進学という相反する指導が求められ、苦労されている現状が推察される。 3.1.6 現在デザイン方面への進路を希望している生徒数について  ①デザインに関心がある、②デザイン関係に就職したい、③デザイン系専門学校を希望、④デザイン系大学を希望、⑤本学デザイン学科を希望の5項目について希望者数を、中等部、高1、高2、高3、専攻科に分けて答えてもらった。  ①のデザインに関心を持っている生徒については全体で22%と必ずしも低くない関心度を示している。しかし②、③、④、⑤と具体的になると希望者は散見される程度に激減している。①との比較で考えるとデザインに関しては漠然とした関心は持っているものの、進路と結び付けた具体的なビジョンが構築されていないように思われる。④、⑤については、デザイン系大学希望者の半数が本学デザイン学科を希望している。情報補償がその要因となっているのであろうか。[表1] 3.1.7 進学に対する考え方(姿勢)について  進学に関して学校としてどのような姿勢で臨んでいるか選択肢を挙げ該当項目を選択してもらった。  回答はそれぞれの選択肢に分散したが、「今日の社会情勢に鑑み卒業後の進路として重視している」と「状況に応じた臨機応変な対応」に顕著な傾向が見られた。特徴的なことは前者を選択した4校は後者も同時に選択しているという点である。進学に対する試行錯誤の状況が推察されるが、先の「進路指導に関する問題」の項目で指摘されている、進学指導やカリキュラム改編などに対して思いきりにくい状況との密接な関連性を示しているように思われる。 3.1.8 教育課程の変更、学科の再編や新設などについて (a)教育課程の変更 ・本科において国語、数学、英語の履修単位数を若干増やした。 ・普通科3年と専攻科2年の時点で、選択教科制を導入(平成5年) (b)学科の再編 ・平成2年度に産業工芸科、印刷科、被服科を普通科、情報デザイン科に改編 ・平成8年度に産業工芸科、被服科、理容科を産業情報科(情報処理コース、木工クラフトコース、ファッションコース、理容コース)に再編 ・本科産業工芸科を産業技術科に、被服科を生活情報科に、専攻科デザイン・被服科を情報デザイン科に再編 (c)学科の新設 ・平成8年度に普通科を設置  (a)及び(c)については、進学を背景とした対応と推察する。(b)では再編された科名に「情報」ということばが目立つが、これはコンピューター技術の修得という今日の社会ニーズを反映している。 3.1.9 進学指導のための特別な取り組みについて  補習授業、塾での学習、家庭教師による学習、特別カリキュラムによる授業の4項目を挙げ、それぞれどのように取り組まれているか、また、それらの重要度について5段階評価による回答を求めた。 (a)補習授業  補習授業に関しては、回答があった10 校の殆どが行っていると答えている。特に英語、数学、国語は共通の重点科目となっており、重要度も全て3以上、内半数が5と回答している。 (b)塾での学習  1校から、個々の生徒の必要に応じて行わせるとの回答があった。地理的条件や情報補償の観点で現状ではあまり現実的な方法とはいえないのであろうか。 (c)家庭教師による学習  3校より必要に応じて行わせるとの回答を得た。どのような学習形態で行われているか、また指導に関わる負担の実体など興味が持たれる。 (d)特別カリキュラムによる学習 ・学校としては文・理系に分かれていないが、希望の生徒には分かれたカリキュラムを編成する。 ・普通コース3年に進路希望に応じた選択科目を設置。 ・普通コース3年で数学、英語の選択学習を行っている。  補習、特別カリキュラムと、主に学校内の教育システムの中での学力向上の努力が成されている様子がうかがえる。特に、補習授業への依存度の高さが象徴的である。 3.2 その他の意見や要望 ・デザインコースに在籍していても、デザイン関係の就職にはなかなか結びつかない。今後、授業内容の精選や進路開拓を積極的に進めていく必要がある。 ・就職希望者の多くは地元(通勤可能範囲)への就職を希望。 ・情報教育の充実からか、一般事務や金融関係への希望が増えている。 ・高等部普通科では、短大や4年制大学への進学希望が増えてきている。 ・昨年の法定雇用率の引き上げにより、大企業からの求人が増加している。 ・過去にお世話になった、地元の中小企業からの求人が減少している。この傾向は今後も続く見通し。 ・現場実習や企業見学、先輩と語る会等の指導が定着しつつあり、自分の進路について様々な視点から考えられるようになってきている。 ・いろいろな資格を取得しようとする生徒が増加傾向。 ・体験的学習や交流教育等を通じて健聴者との関わりは多くなってきているが、卒業後にコミュニケーションの問題で悩んだり、消極的な態度をとる者がいる。 ・現場実習を通して、一般就職を試みる生徒もいるが、就職には至っていない。 ・学校での保護者同士の連携はとれているが、各地域での活動が消極的。 ・施設や作業所等の現状に、理解の浅い保護者が多い。 ・少人数のため、卒業後の集団生活への適応で課題を持つ者がいる。 ・関連学科からの推薦入試と優先枠の拡大をお願いしたい。(成績だけで比較されると、印刷・デザイン科で学習している生徒は普通科生より不利になる。) ・生徒の実態、現状を見ると、学力面、技術面ともに進学を目指すには至らないケースが殆ど。就職状況についても、業種(デザイン系か否かなど)の希望を出せる状態ではなく、事務系か製造かといった、職種の希望を実現するのに精一杯の社会状況。とはいえ、現1年生の中には、デザイン系進学を志す生徒もおり、資質的にも可能性を感じている。生徒の適性を活かせるよう、コース選択や、指導内容を考えていきたい。 ・学生の多様化、障害の重度、重複化のため、専門性を高めることと、それぞれの学生に合わせた教育を行っていくことに難しさを感じている。 ・基礎学力、デッサン力をもっとつける必要がある。 ・プリプレスに関する知識をもっとつけさせたい。 図1.最近5年間の進学先について 表1.現在デザイン方面への進路を希望している生徒数について(希望者数/在籍数) 4.おわりに  進学の気運が高まる中にあっても、進路としての進学に関しては最終的には生徒個人の資質に依存せざるを得ない。そのため、学校全体としての進学に対する体制作りが難しい状況下、進学希望の生徒への種々の取り組みへの努力の様子が強く感じられた。  また、聾学校の専門(職業)過程では、学科再編、普通科新設、新科目設置、情報系科目や機器の導入等々、重大な課題を抱えている。聾学校の専門(職業)過程にも大きな変革が求められていると言える。こういう研究会や調査を通じて相互に研鑽し、次の時代の教育を築きたいものである。  聾学校専門(職業)過程での進路選択の一つに「進学」を据え、生徒たちのより広いニーズに応えられれば幸いである。末尾ではありますが、ご協力いただいた関係各位に御礼申し上げます。 The result and study of the research on the course for the higher level of education in postgraduate of the school for the deaf Department of design Nobumasa Kodama Department of design Iwao Honma Summary: Research on the course for higher level of education was done prior to ‘national society for the study of vocational education in the school for the deaf “ZEN-SHOKU-KEN” , society for the section of print and design’,which was held on Nov.4,5 in this year at Department of design in this college as a school of supervision, aimed to make materials for discussion .This paper reports on the outline of the result and study of that research. Keywords: deaf school, course counseling, print and design