無意味単音節聴力検査の適応しにくい難聴者の聴取能力評価のための人名語表の試作 教育方法開発センター(聴覚障害系) 大沼 直紀 要旨:語音弁別能検査の結果の信頼性を高めるには検査語表の音声学的バランス構成が吟味されなければならない。そのため、語音聴力検査には通常、音声材料として無意味単音節で構成された語表が使用されることが多い。ところが、小児難聴児や高齢難聴者の中にはこのような検査が適応しにくい者が少なくない。難聴者の検査への動機づけを保障するのに、無意味単音節受聴明瞭度検査の適応困難な被検者にもよく理解できる易しい単語で構成された語表による簡易語音聴力検査法の開発を検討し、3種類の氏名語表(親族呼称聴取検査用語表、愛称聴取語音検査用語表、名字聴取語音検査用語表)を試作した。 キーワード:難聴者、語音聴力検査、補聴効果評価、親族呼称聴取検査、愛称聴取語音検査、名字聴取語音検査 1.はじめに  聴覚障害者の難聴程度及び補聴効果を評価するために必要なオーディオロジカル・データには、純音聴力検査や補聴器装用時の音場聴力検査の結果得られたオージオグラムの他に語音聴力検査のデータが欠かせない。最近のデジタル信号処理(DSP)機能を有するデジタル補聴器のフィッティングに際しても、純音、バンドノイズ、ワーブルトーンなどの刺激の提示方法に留意しないと、検査音源が雑音と認識されてしまい正確な聴覚閾値が得られなくなるという問題が生じる。また、補聴器の主な使用目的は音声の聴取改善にあることから、語音を検査音源とした聞こえの検査を実施することの意義がいっそう重要視されてきた。ところが、難聴小児や高齢難聴者を対象に語音聴力検査を行おうとすると、従来の無意味音節語音検査の適応が困難な症例が多い。そのような難聴者が検査の要領を理解し、検査手順への主体的な参加と聞こえの自己評価意欲が促されるためにも、被験者によく理解できる易しい単語で構成された語表が必要となる。有意味理解単語を用いた簡易語音聴力検査を実施するための3種類の氏名語表(親族呼称聴取検査用語表、愛称聴取語音検査用語表、名字聴取語音検査用語表)を作成した。 2.親族呼称聴取検査 2.1.語表の構成  「おじいさん」と「おじさん」、「おばあさん」と「おばさん」のような韻律的特徴(prosodic feature)の違いの対比や、「おかあさん」「おばあさん」「おじいさん」「おにいさん」のように第2-第3音節目にくる音の音韻的特徴(spectral feature)の違いの対比に着目し、これらの特徴を組合わせた語表を作成した[1]。  親族呼称単語リストは、「お母さん」「お父さん」「お姉さん」「お兄さん」「おばあさん」「おじいさん」「おじいさん」「おばさん」「おじさん」「パパ」「ママ」の10の単語で構成される。これらの単語は音声のもつ韻律的特徴と音節の音韻的特徴から表1のように構成分類される。  「オトオサン」「オカアサン」「オネエサン」「オニイサン」「オバアサン」「オジイサン」の6つの単語は、韻律的特徴では同じ中高型アクセント(下上下下下)をもつ5拍の語群である。しかし、2-3拍目の音節の音韻情報だけは互いに異なるという特徴をもっている。「オバサン」「オジサン」の2つの単語は、同じ平板型アクセント(下上上上)の4拍単語であるが、2拍目の音節だけが異なる。「パパ」「ママ」の2つの単語は、同じ頭高型のアクセント(上下)の2拍単語であるが音節が異なる。 2.2.評価の観点  1)「/パパ//ママ/の頭高型アクセントの2拍単語群が、他の8つの単語と異聴することはないか」という観点から、音声の韻律的(prosodic)パターンの特徴的差異に気がつき、その音響情報を手がかりに聴覚的弁別ができるレベルにあるかどうか、supra-segmental聴能が評価される。  2)「/オバサン//オバアサン//オカアサン/の2・3拍目に母音/a/を含む語群と、同じく/i/を含む/オジイサン//オニイサン//オジサン/の語群との間で異聴することはないか」という観点から、母音のきわだった音節的特徴を認知して聴覚的識別ができるレベルにあるかどうか、segmental聴能が評価される。  3)「/オネエサン//オトオサン//オカアサン/の単語間での異聴傾向があるか」という観点から、母音/a//e//o/などの音響スペクトル情報の差異を認知して聴覚的識別ができるレベルにあるかどうか、あるいは、もしそれが不確実な場合に口型の差異に着目しようとする読話了解能があるかが評価される。  4)「/オバサン//オバアサン//オカアサン/の語群内での異聴傾向があるか」という観点から、/オバサン/←→/オバアサン/の異聴関係からは、長音と短音、アクセントの違いなどの比較的細かなプロソディック情報を認知して聴覚的識別ができるレベルにあるかどうかが、また、/オバアサン/←→/オカアサン/の異聴関係からは、子音の音節的特徴を認知して聴覚的識別ができるレベルにあるかどうかが評価される。  5)「/オジイサン//オニイサン//オジサン/の語群内での異聴傾向があるか」という観点から、音声のプロソディックな情報と子音の音節的特徴情報が混同した少ない手がかりを使って同口形異音情報の特徴をもつ難しい聴覚的識別ができるレベルにあるかどうかが評価される。  6)「/パパ//ママ/の語群内での異聴傾向があるか」という観点から、子音の音節的特徴情報の差異のみの少ない手がかりを使って同口形異音情報の特徴をもつ難しい聴覚的識別ができるレベルにあるかどうかが評価される。 表1.親族呼称聴取検査語表の構成とその識別の手がかり 3.愛称聴取語音検査 3.1.語表の構成  2音節の無意味単語による語音検査が適応しにくい難聴者のために、「○○ちゃん」と呼ばれる愛称を検査語とする語表を考案した[2]。「ちゃん」の前に付く1~2音節の愛称単語を110語収集し、それらを母音の列と子音の行に配列させ語表を構成した(表2)。 3.2.評価の観点  検査の事前手続きとして、語表に含まれている被験者の既知の愛称を抽出しておく。被験者の理解語のみを固有の検査語群とし、補聴器の装用時と非装用時との異聴傾向などを定性的に把握する。 4.名字聴取語音検査の語表の試作 4.1.語表の構成  高齢難聴者によくみられる氏名の異聴傾向(例:須藤-工藤、佐藤-加藤など)を指標にした単語聴取検査を考案し、その語表を試作した。「○田」と呼ばれる名字単語を89語収集し、「た」の前に付く1~2音節の単語を母音の列と子音の行に配列させ語表を構成した(表3)。 4.2.評価の観点  検査の事前手続きとして、語表に含まれている被験者の既知の名字を抽出しておく。被験者の理解語のみを固有の検査語群とし、補聴器の装用時と非装用時との異聴傾向などを定性的に把握する。検査語群の全ての聴取を省いて簡略化したい場合には、Lingの5sounds test[3]にならって、【井田】【宇田】【江田】【志田】【須田】を検査語とした簡便な5音聴取検査が実施できる。語音の領域をオージオグラム上に描いたいわゆるスピーチバナナの中には、[u][a][i][ ][s]の5つの音素がまんべんなく配置されている。低域から1000Hz付近まできくことのできる聴力であれば、[u][a][i]が聞こえるはずである。2000Hz付近まできくことができれば[ ]が聞こえるはずである。4000Hz付近まできくことができれば[s]が聞こえるはずである。このように[u][a][i]の母音の第1、第2ホルマントの周波数成分が低域から中域あることと、[ ][s]の周波数成分が高域にあることの特徴を組み合わせて評価の観点とすることができる。5音テストは英語の音声を使っての検査であるので、必ずしも日本語の音声に全て対応するわけではないがおおよその目安にはなる。 表2.愛称聴取語音検査の語表の構成 表3.名字聴取語音検査の語表の構成 5.まとめと今後の課題  語音弁別能検査の結果の信頼性を高めるには検査語表の音声学的バランス構成が吟味されなければならない。 そのため、語音聴力検査には通常、音声材料として無意味単音節で構成された語表が使用されることが多い。ところが、小児難聴児や高齢難聴者の中にはこのような検査が適応しにくい者が少なくない。補聴効果の評価のための語音聴力検査には、難聴者の聴取能力に適合した妥当性が信頼性にも増して求められる場合もある。無意味単音節受聴明瞭度検査の適応困難な被検者にも検査への動機づけを保障するために、易しい単語で構成された語表による簡易語音聴力検査法の開発が必要である。  今回は、3種類の人名語表(親族呼称聴取検査用語表、愛称聴取語音検査用語表、名字聴取語音検査用語表)を試作した。しかし、この検査では被験者の理解語を固有の検査語群とするために、日本語音声のphonetic balanceが考慮されにくく、異聴傾向などを定性的に把握することになる。テストの妥当性と信頼性の関係をどのように保ち検査結果に意味を持たせるかが課題である。また、人名聴取語音検査を子供や高齢難聴者に適応するための検査手続きと検査システムについて一層の改善が必要である。 [引用文献] [1]大沼 直紀、岡本 途也:簡易語音検査による聴覚障害児の聴能の評価Audiology Japan,Vol.37, pp.64-73, 1994. [2]大沼 直紀:補聴器活用ガイド-第3版、コレール社、1999. [3]Ling D: Foundations of spoken language for hearingimpaired children. Washington, D.C, Alexander Graham Bell Association for the Deaf,1989. Development of Speech Audiometric Word Lists Consist of Japanese Family Names for Hearing-Impaired People who are Difficult to Adopt to Nonsense Mono-syllabic Word Discrimination Test Naoki ONUMA (Division for the Hearing Impaired) Abstract To improve the reliability of the results of hearing articulation tests, word lists that are phonetically well balanced must be used. Although lists of nonsense mono-syllabic words are used when conducting word discrimination ability tests, many infants and elderly people with hearing impairement cannot easily adapt to such word lists. In this study, the author attempted to develop an easy speech audiometric test method, and provisionally constructed three types of word list that consist of names called among family members, i.e., a list of names of family relations (father, mother, etc.), a list of pet names (first names), and a list of surnames, to enable test subjects to easily understand the words in the lists and thus test their ability to discriminate the words they hear. Key words hearing impaired person, speech audiometry, word discrimination test, family relations word lists,