視覚障害学生の数学力 情報処理学科 齋藤 玲子 要旨:情報処理学科学生の数学の基礎学力を調査し、本学科学生と日本の一般の大学生との比較、および、視覚障害や点字使用が数学力に及ぼす影響などを検討した。 キーワード:視覚障害者教育、大学生、数学教育、数学力、盲学校 1.はじめに  近年日本の大学生の学力低下、中でも数学力の低下が各方面から指摘されている。  本学情報処理学科の学生の数学の基礎学力を調査したので報告する。 2.調査の方法  学力調査には、話題の図書「分数ができない大学生」[1] に掲載された問題を使用した。  表1に問題を示す。問題ごとに調査対象の学生の殆どが該当する、1986年から1995年までの学習指導要領による学習年次を示す。  表2に問題の解答を示す。問題数は21であるが、問題11、20、21が複数解答になっているので25点満点である。 調査対象の学生は次の29名である。 1年生10名(うち点字使用者4名) 2年生9名(うち点字使用者3名) 3年生10名(うち点字使用者2名)  試験時間は60 分としたが、殆どの学生は制限時間に十分な余裕があった。 3.調査の結果  文献[1]の採点方式に従った結果は以下のようになる。 1年生の平均点 11.6点(正答率 46.4%) 2年生の平均点 11.3点(正答率 45.2%) 3年生の平均点 14.2点(正答率 56.8%) 全体の平均点 12.4点(正答率 49.6%)  各問題の正解者数と正答率を表3に示す。  総得点の分布を図1に示す。  文献[1]の記述から離れて現状に即して考えてみると、 たとえば問題13の解答(14)でxの範囲をx<1/2とだけ答えた者(3名)や、問題14の解答(15)でxの値を1つだけ答えた者(3名)、問題18の解答(19)でxの値を1つだけ答えた者(6名)、問題19の解答(20)でグラフだけは描けたが範囲の図示は間違えたあるいはできなかった者(5名)と、これらの問題には全く答えられなかった者との間には明らかに学力差があると考えられる。そこで、問題13、14、18、19の一部正解には点の半分を与えることとし、本論ではその得点に基づいて考察を行う。この方式で採点すると、結果は次のようになる。  全体の平均点 12.7 点(正答率 50.8%)  すなわち、本学科の学生の平均的数学力は、表1の問題を半分解ける程度ということになる。 3.1 盲学校卒業者と普通校卒業者  本学科の学生には、盲学校卒業者と普通校卒業者がいる。調査に使用した問題の大部分が小中学校で学習することになっているので、小中学校の教育を主に盲学校で受けた者と主に普通校で受けた者について学力を比較した。出身校種類別平均点は次のとおりである。 1年生 2年生 3年生 人数平均点 人数平均点 人数平均点 盲学校 2 9.3 6 12.4 6 14.8 普通校 8 12.3 3 9.7 4 14.9  学科全体の出身校種類別平均点と正答率を次に示す。 盲学校出身 14名:平均点 13.0点(52.0%) 普通校出身 15名:平均点 12.5点(50.0%)  小中学校の教育を盲学校で受けた者と、普通校で受けた者との学力に有意の差は認められない。 3.2 点字使用者と墨字使用者  点字使用者には、小学時代から点字を使用している者(A群)と、小中学時代は墨字使用であったが高校以降に視力が低下して点字使用になった者(B群)とがある。 点字使用者と墨字使用者との学力を比較した。 1年生 2年生 3年生 人数平均点 人数平均点 人数平均点 点字使用A 2 9.0 2 18.5 2 12.5 点字使用B 2 8.0 1 6.0 0 - 墨字使用者 6 13.7 6 10.1 8 15.4  学科全員についての平均点と正答率を次に示す。 点字使用A 6名:平均点 13.2点(52.8%) 点字使用B 3名:平均点 7.3点(29.3%) 墨字使用者 20名:平均点 13.3点(53.2%)  問題1から問題10は、問題9(高1)を除いて小中学校で学習するものである。点字使用B群の3名は、高1までは墨字で学習できていたので、B群の3名を墨字使用者として成績を比較してみた(10点満点)。 点字使用A 6名:平均点 7.2点(72%) 墨字使用者 23名:平均点 6.7点(67%)  点字使用者と墨字使用者との学力に有意の差は認められない。  問題1から問題10までの得点分布を図2に示す。 3.3 コース別の数学力  本学科には「情報システムコース」と「経営情報コース」の2つがあって、学生は2年次からコース別に異なる科目の授業を受ける(両コース共通の科目もある)。  コースごとの学生の数学力は以下のとおりである。 1年生 2年生 3年生 コース人数平均点 人数平均点 人数平均点 情報システム 5 12.3 4 18.2 6 18.0 経営情報 5 11.1 5 6.2 4 10.4 (1年生のコース分けは最終決定されたものではない。)  学科全体のコースごとの平均得点と正答率を示す。 情報システムコース 15名:平均点 16.2点(64.8%) 経営情報コース 14名:平均点 9.1点(36.4%)  コース分けは主に本人の希望に沿ってなされているが、両コースの間には明らかに数学力の差が認められる。 表1 学力調査で使用した問題 表2 問題の解答 表3 正解者数と正答率 図1 総点分布 図2 問題1~10の得点分布 4.考察  表1の問題は、学習指導要領によれば大学に入学するまでに小中高のどこかで学習したことになっている。  しかし成績があまりよくないので、実際に学習してきたかどうかを見るためのアンケート調査を実施した。  回答は選択式で5つの選択肢から自分に最も当てはまるものをチェックする。回答は27名から得られた。  調査の質問と回答結果を表4と表5に示す。  表5からわかるように、回答e(習ったことがない)は非常に少ない。殆どの学生は小中高のどこかで表1の問題について学習しているとみてよい。  文献[1]が、特に分数を話題にしているので、当学科の学生の問題1、2の結果を見てみよう。  問題1を間違った者は7名、その解答は、-1/40(点字)、11/40、1/5、1/40,35/40-32/40=67/40(点字)、3/5、-1/40であった。  問題2を間違った者は5名、その解答は、1/6÷7/5=1/6×5/7=37、同じく1/6×5/7=7/30(点字)、10、7/30、5/42÷30であった。 このうち問題1と2の両方ができなかった者は1人で、問題1の答を3/5、問題2の答を10としている。この学生の総得点は2点なので数学はほとんど身についていないと思われる。ちなみに、この学生のアンケートの答は、a.2個、b.3個、c.8個、d.1個であった。  上記の結果から本学科の学生は、分数に関しては計算違いや符号をうかつに間違う場合があっても、分数が全く理解できていない学生はきわめて少ないことがわかる。  正答率が非常に低かった問題11(2元連立1次方程式)は、解が複雑な分数になる問題なので、x、yを別々に採点している[1]。それぞれの正解者は10人ずつであったが、このなかで両方正解した者は7人であった。つまり、厳密には問題11の正答率は24%である。7人のうち点字使用者は2人である。xかyの一方のみ正解した者が3人ずつおり、このうち点字使用者は1人である。 アンケートの問6では18人がa(習ったことがあるし、よく理解した)と回答しているのにどうしたことか。そこで、不正解者について調べてみた。 1.まったく手が付けられていない 10名 2.1つだけ答を出しているが間違っている 1名 3.2つ答を出しているが間違っている 5名  少しやりかけて計算が複雑とみると諦めてしまう傾向がある。視覚障害者の特徴であろうか。  また、点字使用者には図(グラフ)に関する問題が難しいと思われるので、正答率の低い問題19(解答(20))の点字使用者と墨字使用者の成績を比較してみた。  墨字使用者で正解した者は6名であったが、その他に、グラフだけは描けたが範囲指定ができなかった、或いは間違えた者が4名いた。点字で解答する場合は言葉で説明するように指示してあったが、点字解答は2名から出された。原文のまま以下に示す。 *************** 学生Aの解答 xの範囲はy軸よりも右側の範囲。 yの範囲は直線3x-2よりも上側の範囲。 *************** 学生Bの解答 1. はじめに「y≦3x-2」を数式(1)とし、「x≧0」を数式(2)とする。 2. つぎに、(1)について、「右辺のx」を左辺に、「左辺のy」を右辺にそれぞれ移項する。 3. さらに(1)全体の「符号」と「不等号」とを反転させる。 4. それから(1)全体を「3」でわり、「x≧(y+2)/3」という形にする。 5. そして、「0」と「(y+2)/3」とを比較する。 6. 「y≦-2/3」の時は「x≧ 0」となり、すべての「正の値」がこの連立不等式を満たす。 7. 「y>-2/3」のときは、「x≧(y+2)/3」となり「(y+2)/3」以上の値が、この連立不等式を満たす。 ***************  学生A、Bとも小学時代からの点字使用者である。Bは学科の中でも数学が非常によくできるほうであるが、それでも、答案をみると、点字使用者(全盲者)にグラフや図を理解させることの難しさを痛感させられる。  問題15の2次方程式(回答は(16))は、解の公式さえ暗記していれば簡単に答られる、逆に公式を覚えていなければ難しい問題である。  アンケートの問10の回答によれば、全員が、学習はしたが公式は忘れた、ということであろう。  しかし、こういう公式を暗記しているよりも、分数を理解していて計算もできる(不注意な計算ミスがあったとしても)ことのほうが数学力としては大切であろう。  計算ミスや符号の間違いには、視覚障害が要因の1つとなっていることは否定できない。 表4 アンケート調査の質問 表5 アンケート調査の結果 5.おわりに  最近は電卓やコンピューターが普及し、算数や数学など勉強しなくてもよい、という議論がある。しかし小中学校で算数数学を勉強することによって、はじめて論理的な思考力が身につくのである。図1に示したように25点満点で6点以下しか取れていない者が、他の科目においてはほかの学生を凌ぐと言うことは殆ど見られない。  文献[1]の資料によれば、旧帝大系以外のいくつかの国公立大文系学生の数学力の調査では、センター試験の数学を受けていない者の平均点は、高いところで17.69点(正答率70%)から低いところで13.60点(正答率54%)であった。  また、同資料によれば、私立大学の主に経済学部の学生で、入学試験で数学を受験しなかった者の数学力は、上位校数校の平均点が16.96点、中位校の間での平均点が13.92点、下位校の間での平均点が12.20点であった。下位校のなかには平均点が11点台の所も何校かある。  本学科の学生全体の平均点12.7点はこれらと比較して決して劣るものではない。ことに2年生、3年生の情報システムコースの平均点は18 点を超えており、数学力はかなり高いものであることが示された。 文献 [1] 岡部 恒治、戸瀬 信之、西村 和雄編:分数ができない大学生、東洋経済新報社、1999. Mathematical Ability of the Visually Disabled Students Reiko Saito Abstract: The basic ability of Mathematics was surveyed for the students of the department of information science of our college. The result is presented in the comparison between the students of our department and ones of other universities at an ordinary level. The effects of visual disability and the usage of Braille on the mathematical ability is discussed. Key words: education for the visually disabled, university students, mathematical education, mathematical ability, school for the blind