エアロビクスダンスを教材とした体育授業の評価 一般教育等(聴覚障害系) 齊藤 まゆみ 要旨:ステップ系の運動は、聴覚‐運動連合を発達させるものであり、聴覚のサポートにより音楽と動作を同期させ、運動をコントロールしている。しかし、聴覚に障害がある学生は、視覚情報に頼って運動をコントロールしなければならず、リズミカルな動きを苦手とする者が多いことが指摘されている1 )聴覚部では、エアロビクスダンスを教材とした保健体育授業を展開し、音楽をスポーツ感覚で取り入れ、踊ることの楽しさとリズミカルな動きやボディバランスの向上を図ることを目指してきた。そこで、基本のステップaをもとに5種類の基本のステップを段階的に展開するエアロビクスダンスプログラムの教材としての検討を行った。その結果、技術的な面に着目すると、基本のステップaによる技能レベル差は、その後のパフォーマンスレベルに大きく関与していることが示唆された。しかし、運動技能の低い者でも、持久力の面から十分効果が期待できる教材になることも示唆された。これらのことより、大学体育におけるエアロビクスダンスは、新しいステップの獲得、複雑な動きの獲得による達成感・楽しさだけでなく、体力・持久力の維持、向上という面でも達成感・楽しさを得ることができると考えられた。 キーワード:エアロビクスダンス、教材研究 1.目的  エアロビクスダンスはアメリカのクーパー博士の提唱する「エアロビクス理論」をもとに構成されたダンスである。エアロビクス、つまり有酸素運動としてダンスを用い、ステップの構成や手足のコンビネーション、テンポなどを変化させることにより運動強度を変化させることが出来る。また、ステップ系の運動は、聴覚-運動連合を発達させるものであり、聴覚のサポートにより音楽と動作を同期させ、運動をコントロールしている。しかし、聴覚に障害がある学生は、視覚情報に頼って運動をコントロールしなければならず、リズミカルな動きを苦手とする者が多いことが指摘されている1)。そこで聴覚部では、エアロビクスダンスを教材とした保健体育授業を展開し、音楽をスポーツ感覚で取り入れ、踊ることの楽しさとリズミカルな動きやボディバランスの向上を図ることを目指してきた。しかし、自分の体をうまくコントロールできる学生とそうでない学生の間には、パフォーマンスに大きな開きが生じてくることも事実である。 そこでエアロビクスダンス授業における学生のパフォーマンスを運動領域別に検討し、効果的な教材作成のための基礎資料を得ることを目的とした。 2.対象および方法 2.1 対象  対象は平成9年度保健体育2において基本運動を選択した2クラス、25名の学生とした。 2.2 方法  授業内容の概略は図1に示す通りである。初回の授業時に、基本のステップaを2台のビデオカメラで撮影し、撮影後パーソナルコンピュータを用いてデジタイズし、3次元の動作分析を実施した。2回目以降は、記録用紙に、心拍数(HR)、音楽の聞こえ方、注視点および自己評価による課題達成度についてそれぞれ記入させた。 またエアロビクスダンスに対するイメージや授業の楽しさについてアンケートを実施した。  今回設定した基本のステップは5種類とした(図2)。 これにボディポジションや腕の動きを組み合わせた内容で30分間のローインパクトプログラムを作成した。さらにウオーミングアップ、エクササイズ、ストレッチ、クールダウン等を含め全体で70分の構成となっている。 図1 授業内容の概略 3.結果 3.1 基本のステップによるビデオ分析結果  基本のステップaを15サイクル(1分間)実施した結果、テンポのずれが± 1beatで1分間継続できた者は17名、全体の68%であった。そのうち前後左右の移動距離が±2足長の者は6名(Aレベルとする)であった。 基本のステップaが1分間継続できなかった者は8名、全体の32%であった(Cレベルとする)。内訳は、テンポが速くなる者が4名、遅くなる者が2名、一定の傾向がない者2名であった(図3)。 3.2 心拍数(HR)  ローインパクトプログラムにおける最高心拍数は102~144拍/分であった。次にA、B、Cのレベル別に最高心拍数を比較したところ、特に差異は認められなかった。 3.3 音楽の聞こえ方  授業で使用した音楽は、ローインパクトプログラム用に120bpm~130bpmのテンポで編集したものである。音楽の聞こえ方、音楽のメリットについては、補聴器を使用していた16名と使用していない9名で意見が分かれた。補聴器を使用していた者のうち、よく聞こえた、テンポがわかったと回答した者はいずれも音楽が役に立ったと回答しており、その理由として「気分が盛り上がる」が8名、「動き、振り付けが分かる」が2名、「動きの速さが分かる」3名、その他3名であった。その他の3名は、音楽が聞こえなかったと回答した。一方補聴器を使用していなかった9名は、ほとんど聞こえなかったと回答した。また、基本のステップ達成度と音楽の聞こえ方については特に関連性は認められなかった。 3.4 注視点  ローインパクトプログラム中に最も意識して見ていたものを順位付けで回答させたところ、指導者の動きが最も順位が高く、以下指導者の合図(先行動作)、鏡に映る自分の姿、鏡に映る全体像、前・横の人であった。この順位は授業全体を通して変わらなかったが、授業回数が進むに従い、鏡に映る自分の姿や鏡に映る全体像に注視点が移行する者が増加した。この傾向はAグループに多く見られた。 3.5 自己評価による課題達成度  エアロビクス授業における課題達成度を自己評価(%)させたところ、20%~100%、平均65.8%という回答であった。基本のステップ達成度と自己評価には関連性は認められなかったが、最高心拍数との間には相関(r=0.62)が認められた(図4)。 3.6 エアロビクスに対するイメージ  授業の楽しさについては非常に楽しかった12名、楽しかった12名、あまり楽しくなかった1名であり、全体の52%にあたる13名は、思っていた以上に面白かったと回答した。また授業(10回)前後でイメージの変化があった者は21名、変化なしが4名であった。変化の内訳は、予想以上に難しかったが9名、予想より簡単だったが2名、予想以上にハードだったが10名であった。 4.考察  体を支えるという観点から運動を見ると,ステップ系の運動は、グラウンドサポートがある状態での自由自在な足運びと考えることが出来る.自分の体をうまくコントロールできるということは、このステップがスムーズに出来るということにつながるであろう。ステップがスムーズにできるということは、足を出す方向、出す順序、出すタイミングやテンポ、体重移動の仕方に大きな自由度を持たせることができるようになることである。そこで、それらの基本となる動きを設定し、個々のレベルに応じた課題から段階的に向上できるような内容を検討する必要がある。  今回は、導入として「基本のステップ」をa~eの5種類設定した。その中でも「マーチ120bpm」は左右の足を交互にその場で動かす、いわゆるその場足踏みを一定のテンポで反復するという、運動としてはシンプルなものである。前後左右・交差などの要素を含まないため、難易度は低いものと推測された。しかし、結果として、1分間という課題を達成できなかった者が全体の1/3であった。この結果はクラスの運動能力差が非常に大きいことを示している。このスタート地点でのパフォーマンスの差は、図1に示すように、新しいステップの導入、ステップが複雑になる、ステップと腕の動きのコンビネーション、さらに前後・左右等の方向などの要素が組みあわされるに伴い、さらに大きく開く結果となった。歩くという動作は、通常、生後8ヶ月頃から2年の間に獲得し、自立歩行が可能になる。日常生活に支障がない範囲では、「歩く」ということに特に意識が向けられることはない。しかし陸上の運動では、「歩く」ことが基本になるため、非常に重要な意味を持つ。そこで、エアロビクスダンスにおける学生のパフォーマンスの差を検討するために、協応性とリズムという運動領域に着目した。  協応性とは、個々の能力を1 つの複雑な課題に統合する能力であり、リズムとは、一定の順序で繰り返される運動の流れをいう。基本のステップaにおいてCレベルに分類された者は、この運動リズムが獲得されていないことを示唆するものである。また最終的に低いパフォーマンスに留まったことは協応性が低いことが考えられる。  「運動嫌い」といわれる子どもの中には、自分の体をうまくコントロールできず、運動が苦手で、活動的なゲームなどでは他の子どもたちについていけない場合があることが指摘されている(Clumsy Child)2 )今回の結果においても「マーチ120bpm」の課題が達成できなかった者のうち2名は、運動が苦手であると申告しており、その内の1名は、エアロビクス授業は「あまり楽しくなかった・予想以上に難しかった」と回答していた。しかし課題が達成できなかった他の7名は、いずれもエアロビクスの授業は「非常に楽しかった」または「楽しかった」と回答している。さらに自己評価による課題達成度と心拍数の関係をみると、相関(r=0.62)が認められる。しかし、技能別に分類したA、B、Cレベルと最高心拍数には、ばらつきがあり、一定の傾向は認められなかった。このことより、学生の達成度の評価基準や授業が楽しいと感じる判断基準には心拍数が関与していることが推察される。運動生理学的にみると、運動が一定時間、ある強度以上で継続されるときに「ランナーズハイ」といわれる現象が生じることが知られている。本研究対象者も、エアロビクスダンスによりこの状態に達し、その結果として爽快感や楽しさという評価がなされたものと推察する。  運動には、それぞれに至適学習(獲得)時期があり、協応性やリズムは幼児期~小学校低学年がそれに該当する。この時期に十分な発達刺激を受けなかった場合、その後の年齢では十分な発達が見込めないことが知られている。つまり筋力や持久力は大学生であっても向上する可能性は高く、今回の結果からも、授業の「楽しさ」として現れるように、成果も見えやすい。しかしボディバランスそのものの改善をはかることは難しく、基本のステップ技能で下位群になった者のパフォーマンスの向上が上位群に比べて非常に小さいものであったことからも推察される。したがって、幼少期に子どもの発達段階等も考慮した運動遊びを積極的に取り入れ、より高次な運度技能や将来の競技・スポーツを行う基礎的な力を養うことを目指す必要性が指摘される。適切なボディバランスや敏捷性は危険回避の面からもぜひ獲得したい運動領域である。  エアロビクスダンスに対するイメージの変化としてあげられた項目は、2種類に分類できる。簡単や難しいという技術的要素を基準としたイメージとハードという体力(持久力)的要素を基準としたイメージである。これをみると、前者が11名、後者が10名とほぼ同数である。このことより、学生のモティベーションを高めるためには、技術的要素と体力的要素のいずれか一方以上が満たされること必要である。したがって、技能レベルが低い学生の場合は、特に心拍数がターゲットゾーンまで高められるようにすることが授業に対するモティベーションにつながるであろう。実際の指導場面では、どのレベルに焦点を当てて指導を進めるかが課題となる。今回は、各ステップごとに、3 種類のコンビネーションを示す方法を用いた。学生は、自分の体力レベル、技能レベルに応じて、3種類から自由に選択しながら動くことになる。 ある場面では「やさしい」ものを選択し、物足りないと感じたら「難しい」ものや「運動強度の高いもの」を選んで動くのである。  聴覚障害がある場合、テンポは音楽(聴覚)からの情報に頼ることが難しく、指導者を見ること(視覚)が重要となっている。補聴器を装着し、音楽が聞こえていると回答した者であっても、それがステップのパフォーマンスに必ず反映されるとは限らない。今回の結果から明らかなように、学生の注視点は、指導者に集中している。指導者が個別指導のために動きを中断したり、場所を移動させると、ステップを継続できなくなる者が多いことからも、学生が指導者の動きという視覚情報に頼って運動していることが伺える。このため、エアロビクスプログラムは、開始すると中断することが難しく、学生は、心拍数チェックとRPE(主観的運動強度)をもとに運動強度を自己管理することが求められる。また、遅刻してきた場合や途中で動きについていけなくなった場合に、全体の動きへの離脱の仕方も具体的に指示しておく必要がある。 5.まとめと今後の課題  基本のステップaをもとに5種類の基本のステップを段階的に展開するエアロビクスダンスプログラムを実施し、教材としての検討を行った。その結果、技術的な面に着目すると、基本のステップaによる技能レベル差は、その後のパフォーマンスレベルに大きく関与していることが示唆された。  しかし、運動技能の低い者でも、持久力の面から十分効果が期待できる教材になることも示唆された。これらのことより、大学体育におけるエアロビクスダンスは、新しいステップの獲得、複雑な動きの獲得による達成感・楽しさだけでなく、体力・持久力の維持、向上という面でも達成感・楽しさを得ることができると考えられた。  また、今回は検討の対象としなかった柔軟性や筋力についても、加齡による障害予防・運動による障害予防という観点から今後の検討課題としたい。 6.文献 1)J.ウイニック:子どもの発達と運動教育:大修館書店,東京,1992. 2)永田晟:不器用な子どもの運動プログラム:西村書店,東京,1990. エアロビクスダンスの授業風景 Aerobic dancing in physical education activities Mayumi SAITOH summary:The purpose of this report was to evaluate physical education activities in college. To make high educational effects, there are two points of view; education through aerobic dancing and education of aerobic dancing. The subjects were 25 college students aged 18 to 22. They were all hearing impaired.The degree of step performance, exercise intensity, and self-judgement of their dancing performance were investigated. The result suggested that accuracy of ”step (a)” determined a motor skill of aerobic dancing. It also showed that students were satisfied with their activities if it was given to adequate exercise intensity. key words: aerobic dancing, research on teaching material