茶道を軸とした多面的な教育の試み 建築工学科 櫻庭 晶子 建築工学科 橋本 公克 一般教育等(聴覚障害系) 齊藤 まゆみ デザイン学科 伊藤 三千代 電子情報学科情報工学専攻 皆川 洋喜 電子情報学科電子工学専攻 内藤 一郎 教務第一課学生係 平田 三代子 教務第二課技術係 遠藤 純子 教務第二課技術係 大澤 富士子 要旨:茶道を軸とした多面的な教育の試みとして、授業としての茶会、学生のサークル活動としての茶会、教職員による学生対象の茶会を行った。五官に刺激を与える茶道は、聴覚・視覚障害学生の教育に有効なことが示唆された。 キーワード:茶道、聴覚障害、視覚障害、授業、サークル活動 1.はじめに  「癒し」が昨今の時代のキーワードの一つと言われている。岡本1)は「心を癒す」という表題の文中で茶の湯の癒しについて「亭主が点前という行為をとおして自分自身の心を鎮静させ、客が点前を五官で味わうという行為をとおして、心の鎮静を経験する。茶席を媒介した鎮静の共有が、言葉で伝わらぬ心境の豊潤なコミュニケーションになっているのである。」と述べている。このような効果を聴覚・視覚障害学生の教育に取り入れることができないものであろうか。  また、「茶道は総合芸術」と言われるように茶道の周辺には、建築・美術工芸から哲学に到る広範な世界への扉が開いて居り、学科を限定することなく、教育上幅広い応用の可能性があるのではないかと思われる。茶道に関連した授業を行っている大学(東海大学、花園大学、池坊短期大学等)もいくつも存在するし、茶と並ぶ嗜好飲料であるコーヒーについて、SCS(スペース・コラボレーション・システム)を利用して、同時に国立7大学で行われた公開講座「コーヒー学入門」の「コーヒーを真ん中に、経済、文学、歴史、地理学、教育、私のサイエンス、そして入れ方、味わい方等も含め、様々な角度から考えてみましょうという企画(広瀬2))」はコーヒーを茶に入れ替えても成立するであろう。  「身体ならびに精神の疲労に及ぼす抹茶の影響に関する研究会(以下、抹茶研究会と略称)」は、本学教職員を会員(遠藤、大澤、齊藤、櫻庭、平田、松藤)として1998年8月頃からおよそ月に一度の活動を行っている。研究成果の発表の場として、外国人の来学者をもてなしたり、学生の卒業や入学を祝う茶会を行ったりした。  1999年5月には、聴覚部に茶道や舞踊を活動の柱とする学生の文化研究サークル「AtoZ」(部員:18名、指導協力:伊藤、齊藤、櫻庭、内藤、松藤、皆川)が設立され、月1回の練習を重ね大学祭では模擬店の一つとして、椅子席の茶会を行った。  さらに、建築工学科教官(櫻庭、橋本)が、聴覚部・視覚部両方の学生を対象とした授業での茶会を取り上げることを試みた。  本稿では、学生対象、学生主催で開催した茶会について紹介し、学科を超えてまたは授業だけでなく課外活動も含めて、茶道を軸とした多面的な教育の試みを報告する。 2.教職員による学生対象の茶会 2.1 卒業を祝う茶会  抹茶研究会の主催で初めて聴覚部の3年生を対象に「卒業を祝う茶会」を行った(写真1、写真2)。会場となる和室は本学の学生のほとんどが居住している寄宿舎に付設された共同施設の2階にあり、茶道の他、クラブのミーティングなどに使用される。8畳に1間の床の間と1間の押入がついており、炉は切ってあるが、防災上、炭は使用せず、電熱式の熱源を使用している。廊下から和室に入る2畳程の板敷きの前室に水道と流しがあり水屋として利用している。1階のロビーを待合として使用し、補助的な水屋として和室と廊下を隔てた集会室も使用した。 期日 1999年1月27日(水) 場所 聴覚部寄宿舎共用棟和室 参加者(客側) 11名(聴覚部の3年生全員に案内状を配布し、任意で参加を募った。参加者は全学科に分布。) スタッフ(亭主側) 抹茶研究会員7名、臨時協力3名  茶会のテーマ・道具・作法について説明した後、スタッフが実際に点前をし、菓子と薄茶を出した。  自ら希望しての参加であるから、茶道の経験の有無にかかわらず、興味を抱いての参加である。しかし、3年生でも、以前に和室を使用したことがあっても、炉があることを知っている者はほとんどいなかった。  学生の感想の1例をあげる。「今日は、卒業生を祝う茶会に招いて頂きましてどうも有り難うございます。私は、2年間茶道部(注:聾学校在学中のこと)の経験を持っていても細かいところは忘れてしまい、今回は、本当に緊張してしまいました。でも、心の勉強になりました。これからも学生達との交流として年何回かは実行してはどうかと思いますが、いかがでしょう?今回は有り難うございました。(Y)」  他の学生からも、○貴重な経験を得た○心の勉強になった○感動した○交流の場ができてうれしい○今後も参加したい等の感想が得られた。 2.2 新入生を歓迎する茶会  抹茶研究会主催2回目の「新入生を歓迎する茶会」を行った(写真3)。2.1と同様な方法をとったが、設立したばかりのAtoZ部員2年生にも、勉強のためスタッフを務めてもらった。 期日 1999年5月26日(水) 場所 聴覚部寄宿舎共用棟和室 参加者 8名(聴覚部の1年生全員に案内状を配布し、任意で参加を募った。デザイン・情報工学・建築工学科の学生が参加した。) スタッフ 抹茶研究会員7名、A to Z部員のうち2年生3名、臨時協力3名  1年生の感想の1例。「作法が色々あって丁寧な印象をうけました。お茶もおいしかったし、和菓子も食べられて良かったと思います。掛け軸とかの意味も聞けて貴重な時間を過ごさせて頂きました。(N)」  スタッフの2年生は役割を自覚した感想を述べている。「初っぱなから失敗ばかりやってしまい、まだまだ作法と心の練習が足りないなと思いました。これからもっと練習して上手くなりたいと思っています。(K)」  他の学生からも、○貴重な体験をした○心に安らぎを感じた○感動した○また参加したい○茶会に満足等の感想が得られた。 写真1 卒業を祝う茶会で薄茶を味わう 写真2 卒業を祝う茶会で点前を体験する 写真3 新入生を歓迎する茶会で点前を拝見する 3.授業としての茶会 3.1 聴覚部建築工学科「建築人間工学実験」の授業としての茶会  「建築人間工学実験」の授業では、「空間寸法は人の動きと物の大きさである」という基本的な考え方から、人の生活行為と物および空間との対応関係について実験を行い分析・考察している。さらに人生のいろいろな状態の時にも、快適で機能的な環境で生活できるように、建築内部の空間を考え、これを設計の空間寸法や細部設計に反映していく住空間設計の基礎を学ぶことを目標としている。  1学期は人体計測から始まって、歩行、調理、洗顔、排便、入浴などの生活動作について実験をし動作域の計測を行ってきた。これらの実験は主に建築人間工学実験室内で行った。しかし、実験室内の調理台や浴槽その他の設備はすべて実用に耐える物であるが、配線や配管等の都合により実験は疑似的なものにならざるを得ず、各人の実体験により補う他はない。できれば実験イコール実体験となる機会があると良い。  そこで、茶道の動作(例えば茶をたてる動作は、必要な道具を運びこんだ後は体のまわりの座って手の届く範囲内で行われる。)を合理的な動作の例としてとりあげ、茶会の体験も含めて授業を行うこととした。茶室の構成等について説明後、和室内での動作域を計測したり、初心者向けの茶道ビデオを見た後、実際に茶会を行った。 期日 1999年6月14日(月) 場所 聴覚部寄宿舎共用棟和室 参加者 建築工学科2・3年「建築人間工学実験」 受講者 7名 スタッフ 建築工学科教官2名、抹茶研究会員1名 学生からは、○心が静まる○気分転換ができる○文化を知る○礼儀正しくなる等の感想が得られた。  特に聴覚障害について言及した例。「・・・メリットもあるが、耳が不自由だと、主人の言っている事や隣の人が言っている事が分からないので、慣れていないとどうしたらよいのか分からず、とまどってしまったりかえって緊張して疲れてしまうということもあるのではないかと思った。(O)」 3.2 聴覚部建築工学科と視覚部理学療法学科の合同の授業としての茶会  建築工学科の「建築人間工学実験」では、3.1で述べたようにすでに1度茶会を行い、感想から学生は新鮮な興味を持って学習に取り組むことができたことがうかがえる。  一方、理学療法学科の「生活環境論」の授業では、高齢や障害により日常生活動作が困難になった人に対して、生活環境を改善することがリハビリテーションの一助となることを学習するために「建築人間工学実験」と同様に実験を行い分析・考察する。建築と同じ理由により茶会を授業に取り入れることとした。  両方の科目は、単位数が異なり進度も異なるが内容には重なりがあり、時間を調整すれば一緒に授業を行うことも可能である。共通の体験を持つことにより、聴覚・視覚障害者のために住空間や生活環境に必要な配慮をお互いに学び合う良い機会でもある。そこで、一緒に授業を行った(写真4)。  人数が倍以上に増えるので、2度目の茶会となる建築の学生には、スタッフも兼ねてもらうことにして、事前に理学療法の学生をもてなすにあたって配慮すべき点について考えてもらった。その結果、○案内誘導をする○はっきり声を出す○建築と理学の学生が交互に着席して必要な時に手助けする等のアイディアが出されたので、それらを取り入れることにして、全体をA・B2つのグループに分けて交代でスタッフを務めてもらうことにした。  この時の会記(茶会の次第や主な茶道具を記したもの。一般的に茶会では、季節感やその茶会のテーマは道具のデザインや銘に表される。)を表1に示した。五官に刺激を与える要素をあげると、視覚的には個々の道具のデザインや取り合わせ、聴覚的には水を汲んだり茶を点てたりする音や湯が沸く音や鈴のような仕掛けのある茶碗の音、触覚的には茶碗や菓子器の感触、嗅覚的には抹茶や香の匂い、味覚的には抹茶と菓子の味などがある。 期日 1999年11月10日(水) 場所 聴覚部寄宿舎共用棟和室 参加者 聴覚部建築工学科2・3年「建築人間工学実験」受講者8名 視覚部理学療法学科3年「生活環境論」受講者9名 スタッフ 建築工学科教官2名、抹茶研究会員1名、建築工学科の学生8名  建築の学生からは、視覚部の学生と一緒に行ったことについて、○交流できた○友達になれた○交流できて誇りを感じた○相手が持っている知識を学べた○視覚障害について理解が深まった○協同で何かしたい等の感想が得られた。  共通の体験が会話のきっかけになった例。「隣は視覚部の人でした。初めは会話が続かなかったです。きっかけになったのは、WくんとKくんが『足がしびれた。』と言いながら動かしていた。その時、皆が笑っていました。・・・声をかけて普通に話すようになりました。・・・(Y)」  理学療法の学生からは、聴覚部の学生と一緒に行ったことについて、○交流ができた○友達になれた○もっと時間が欲しい○お互いに知識を高め合いたい等の感想が得られた。  感想の1例。「・・・今回だけでなく、色々な授業やサークルなどもっとお互いにコミュニケーションをとるべきだと思います。お互いに障害をもっていて、交流をとる事は難しいと思いますが、やって出来ないことはないし、お互いにもっとわかりあう必要があると思うからです。(M)」 写真4 授業としての茶会で説明を受ける 4.学生のサークル活動としての茶会  AtoZサークル設立後、初めての大学祭で学生の主催により茶道のコーナーを設け、椅子席で抹茶と菓子を提供した。 期日 1999年10月24日(土)・25日(日) 場所 聴覚部寄宿舎共用棟ロビー 参加者 学内者・一般来学者合わせて 約80名 スタッフ AtoZ部員6名、抹茶研究会及びサークル指導者5名 スタッフ側の学生は早朝から掃除、準備に取り組んでいた。また、1日目終了後、現状復帰を行い、翌日また席を設けて片づけもきちんとできた。AtoZ部員は他のサークルにも所属している者が多く、クラス単位での催しもあったりしたので時間をやりくりして他の催しと両立させていた。初めてにしては、十分な来客があったことを学生は喜んでいた。 5.まとめと今後の課題  振り返ってみると、授業としての茶会、学生のサークル活動としての茶会、教職員による学生対象の茶会として年に5回の茶会を開催したことになるが、毎回が手探りのような状態である。茶室としての十分な設備があるわけでもなく、日程の調整や使用する物品やスタッフの確保には苦労した。しかし、茶道を軸とした多面的な教育の試みとして、さまざまな形で茶会を行ったことで、五官に刺激を与える茶道は、聴覚・視覚障害学生の教育に有効なことが示唆された。  今後は、それぞれの開催目的に合わせてさらに内容や方法を検討して行くことが必要である。授業においては、吉田ら3)4)が行ったような建築と理学療法協同で行う実験課題と茶会を組み合わせて行うことが考えられる。また、サークル活動や学生対象の茶会においては、学生の習熟度に応じて参加の比重を高めたり、日頃は直接接する機会が少ない他学科や他課の教職員と協力して何かをする機会を提供したりしていきたい。  さらに、AtoZサークル部員は、地域のボランティア団体が主催したチャリティ茶会に、一般客と混じって参加する機会を得た。その主催団体の方から今度は、ボランティアのスタッフとしての参加を請われている。これからは障害者でも、持っている能力を生かしてボランティアとして社会に貢献することを考える必要があろう。実現すれば、地域の人との良い交流の場となると思われる。 付記:サークル「AtoZ」は、1994年に自己の情報環境や文化や社会に対しての理解を深めることを目的に設立され、デザイン学科の故松井智先生と伊藤が指導にあたった。身近なことがらや地域のトレンド調査、イベント企画を実施し、それらを学内情報誌やビデオニュースで報告していた。1997年にサークルは解散したが、1999年に新メンバーによって再設立され現在に至る。故松井 智先生の当初のご尽力に感謝申し上げ、謹んでご冥福をお祈り致します。 文献 1)岡本 浩一:「心理学者の茶道発見」、初版、pp.17(1999)、淡交社 2)広瀬 幸雄:「コーヒーと私」、平成9年度Activity Report、(1998)、金沢大学理学部計算科学科計算機実験学講座 3)吉田 あこ、櫻庭 晶子、綿引 光男:「音認識の可能性を試みた建築計画授業」、テクノレポートNo.3、pp.63-66(1996) 4)吉田 あこ、櫻庭 晶子:「将来の建築士・理学療法士の連携とコミュニケーション-聴覚・視覚障害を越えて-」、テクノレポートNo.4、pp.5-8(1997) A Trial of Various Types of Educational Programs Centering on The Way of Tea Shoko SAKURABA, Tomokatsu HASHIMOTO, Mayumi SAITOH, Michiyo ITO, Hiroki MINAGAWA, Ichiro NAITO, Miyoko HIRATA, Junko ENDO, Fujiko Ohsawa Summary: As an educational trial, the way of tea is put into the various educational fields, such as classes, circle activity of the students, and the receptions for the students. It is suggested that the way of tea, stimulating five senses, has some effect on the education of the students with either auditoral or visual handicaps. Key word: the way of tea, auditoral handicap, visual handicap, class, circle activity