パーソナル・コンピュータ活用についての調査―聾学校印刷・デザイン科における実態の把握と今後のコンピュータ活用― デザイン学科 本間 巖 長野県教育委員会派遣研究生 佐藤 充志 要旨:「聴覚障害者の表現の可能性とそれを広げるための手立てについて」を研究課題として取り組んできた。表現を広げるための一つの手立てとしてのコンピュータの利用について、よりよい活用のしかたの糸口を見い出すことを目的として、各聾学校を対象としてコンピュータの使用についての実態の調査を行なった。調査の結果からは、それぞれの学校でのコンピュータ活用の現状が明らかになった。特に、パソコンを使うことによって生徒の意欲が喚起されていることや、指導者による活用のしかたも様々な工夫がなされていることを知ることができた。 キーワード:聾学校印刷・デザイン科、パーソナル・コンピュータ、カリキュラム、ソフト 1.はじめに  学校現場にコンピュータが導入されて久しい。印刷・デザイン教育の分野でも同様に、導入の経過とも関連して学校現場では様々な試行錯誤の上に見通しを持った取り組みが行なわれてきていると思われる。また、特に印刷・デザインの分野では、現場での状況を考えて、コンピュータを使っての学習に取り組まざるを得ない状況もあるのではないかとも推察する。そして、様々な取り組みを経て、聴覚障害をもつ生徒にとってのコンピュータを使っての学習の見通し等も含め、それぞれの学校現場でのコンピュータを使った学習の成果や課題が明らかになってきているのではないかと考える。  そこで、今後のコンピュータのより良い活用のしかたを明らかにしていくために、各聾学校印刷・デザイン科を対象とした調査を行なって現状の把握をし、今後の活用のしかたについての考察と検討を行なった。 2.パーソナル・コンピュータ活用についての調査 2.1 調査の目的  聾学校印刷・デザイン科におけるコンピュータ活用の実態の把握をし今後のコンピュータ活用についての検討を行なうための資料を得る。 2.2 調査対象  平成11年度全国職業教育研究会(全職研)印刷・デザイン部会に参加の15 校および全国聾学校の印刷・デザイン科が設置されている7校。 2.3 調査方法および回答状況など  平成11年11月4日に本学を会場として行なわれた全職研会議の際に調査用紙を配布し、会議参加者にその場で記入して提出していただくか、学校へ持ち帰っていただき記入後郵送していただいた。また、聾学校名簿より印刷科、デザイン科の設置されている聾学校を抽出し、平成11年11月29日付けで郵送により調査用紙を配布し、郵送による回収を行なった。  回答は、調査用紙を配布した全22校中17校から得られ、回収率は77.3%であった。 2.4 調査内容 全9項目。[表1]に示した。 3.回答の内容と結果 3.1 パソコンの使用の有無および設置台数  回答の17 校全てでパーソナル・コンピュータ(以下パソコン)を授業で使用しているという回答であった。  設置台数は、数の上でのばらつきが見られるが、学校規模や生徒数によるものと思える。  使用されているパソコンの機種はWindows系のものが多く、MacintoshとWindows系のものの両方が設置されている場合でも、後者の割合が非常に高くなっている。  パソコンの台数については、生徒数との比較から、どの学校も授業学級の生徒一人に対してほぼ一台は設置されており、授業で不自由なく使える環境が既にそれぞれの聾学校で整っていると言えるのではないかと思われる。機種については、導入の際の行政機関との関係で結果的に現状のようになっているという学校もないわけではないと思われるが、学校によっては、社会の情勢から、より積極的にWindows系のものを導入しているのではないかとも受け取れる。[表2] 3.2 授業でパソコンを使用している科目  回答いただいたそれぞれの科目の名称には学校によって若干の違いはあるが、学習内容としてはどの学校でもほぼ同様のカリキュラムが組まれていることがわかる。また、コンピュータそのものの習熟を目指す科目は既に必須のものとして位置づいていることがうかがえる。  いずれも「情報処理」等コンピュータの操作技術の習得そのものを目指す科目が設置され、その上で、制作を中心とする他の科目で、獲得した操作技術を制作に応用活用するといったカリキュラムの構成がなされていると考えることができる。コンピュータを使うことが目的ではなく、目的のためにコンピュータを活用するという形になりつつある状況が表れていると考える。 3.3 制作の授業でのパソコンの使い方  作品の制作でのコンピュータの使われ方としては、それぞれの学科の性格上グラフィック作品で使われていることが当然多く、文書作成や画像作成、画像処理のために使われていることがわかる。使用されているソフトは、ワープロソフト、ドローソフト、ペイントソフト、レイアウトソフトが標準的に用いられている。3D 画像の制作あるいは立体物の制作のためにCADソフトを使っている学校も数校で見受けられる。 3.4 指導者のパソコンの活用のしかた  それぞれの指導者の工夫でより積極的にコンピュータを活用されている状況がうかがえる。顕著な使われ方としては、プレゼンテーションソフトによって、授業のなかの教材の提示等でより効果的に視覚に働きかけるてだてとして活用されている状況がわかる。 3.5 パソコンを使った授業の有効な学習効果  各項目の選択記入の結果は、「やり直しができることで、失敗を恐れず積極的に取り組む」に17校中14校、「表現技術等の未習熟な面がカバーできる」に17校中12校、「パソコンの操作技術を習得することで、表現に自信がもてる」に17校中9校、「表現の発想や技能の幅が広がったり、深まる」に17校中5校であった。  「その他」として記述していただいた内容としては、「興味・関心が持続している」「自発的に、説明書を読んで制作を進める」「意図的演出を深める習慣がついてきた」「より早くよりうまくという意欲が出る」「目標をもって取り組める」という回答があった。  選択記入された項目の数の片寄りと「その他」として記述していただいた内容とを考えあわせると、制作作業のためのツールとしては便利なものであるという捉えがされていることが読み取れる。また、様々な要素が重なりあってのことであろうが、パソコンを使うことによって意欲が喚起されているという受け止めがされていることもうかがえる。一方、表現や制作の基となる部分の力の定着については、パソコンを使用することの効果は必ずしも認められない、と捉えられているということが言えると思われる。[表3] 3.6 パソコンを使った授業の課題  各項目の選択記入の結果は、「手を使っての表現や構想力の習得がおろそかになる」に17校中10校、「パソコンの操作技術の習得に差が生じることで、進度差が生じる」に17校中9校、「パソコン上の表現や技術に頼ってしまい表現がパターン化しがちである」に17校中8校、「パソコンの操作技術が習得できないことで自信をなくす」に17校中1校であった。  「その他」として記述していただいた内容としては、「コンピュータの仕事=自分の実力と過信しがち」「筆記で文章を書くことが少なくなる」「ただ触って面白いことだけに傾く」「学生に疲れが出る」「心身の健康に対する影響を伴う」「詰め込み教育になる」「指導者の力量の向上」という回答があった。  パソコンを使っての制作では、手を使っての作業や表現の基となる技能や発想・構想力の習得にとって、マイナスに作用していると懸念する回答が多い。また、半数の学校でパソコンの操作技術の習得の差によって、制作の進度差が生じることも課題としてあげられている。この二つの項目についての回答の状況を考えあわせると、限られた時間のなかでの、パソコンを使っての学習の時間の割合は、つけたい力の定着にとって裏腹に作用していると解釈することもできる。また、更にはパソコンをひとつのツールとして使いこなすことと並行して、手を動かし思考しながらの制作を通して力をつけることの大切さが改めて見直されていると読み取ることもできると思われる。[表4] 3.7 パソコンを使用した授業での今後の構想  より効果的な活用のしかたとその可能性に示唆されることが多い。特に、ネットワーク化やインターネットの活用を具体的に構想されている回答が多いことから、生徒にもまた体制としてもその素地ができてきていることがうかがえる。 3.8 パソコンの使用に関わって気付いていること  それぞれ記述していただいた内容は以下のようであった。 ・文字情報が主なため、国語力の弱さがインターネット使用上のネックになってきた。 ・普通教科で行なわれている使用の方法が、文章理解を伴ったものでないと、生徒の真の実力が身につかないと思う。 ・パソコンを使っての完成度の出し易さ、手軽さ、やり直しがきくことなど、可能性の広さは魅力。手作業よりも、失敗を恐れず思い切りのよさから大胆な成果につながることも少なくないのだが、やはり、パソコンを道具として使いこなし、オリジナリティーを表現できる技量には至らない生徒が殆どである現状。パターンにはまったり、偶然の結果を探究せずに満足させることのないよう、配慮の兼ね合いに苦労している。ア-ツ&クラフトの良さと両立させたいものだが。 ・効果的に使用すれば非常に便利な道具であるし、生徒の興味・関心も大きい。技術や使い方を教えるだけではなく、制作する課題の目的を理解し、構想する段階を大切にしている。生徒によっては、はじめからパソコン上でアイデアを考える者もおり、個々の表現方法を伸ばしていきたいと考える。 ・パソコン教育のなかで、実際に生徒の身についたかどうか、実体験などの場で確認させたい。また、確認させる必要がある。 ・インターネットなどの通信では、文字を通して伝達している現代の状況になるべく多く触れさせることが大切であろう。 ・パソコンをもっと日常的な機械として取り扱いたいが、まだ特別な機械として見られている。 ・情報処理教育においては、操作だけでなく情報社会に対応したルール、マナーを身につけさせることが大切であると考える。 ・校内LANにメールのやりとりを見て、ネチケットや著作権など授業のなかでやるべきだと思う。 ・パソコンが旧製品のものなので、画像処理には相当の時間がかかる。 ・スキャナーやプリンター等の周辺機器の絶対数が不足している。 ・設備を充実してもらいたい。 ・聾教育におけるパソコン室のレイアウト(机の配置、ネットワーク、コンセント、照明等)について。 施設・設備に関することの他、生徒がパソコンを使用する際の心構えや心づもりに関することを課題として感じられている回答が多い。触れてみる、使ってみる、慣れるの段階から、より良い使い方を身につけていく段階にきていることを示しているように受け止められる。 表1 表2 表3 表4 4.おわりに  それぞれの聾学校で本調査に対して誠実に対応していただき、大変有り難かった。また、記述されている内容を含め回答の状況から、本調査で扱ったテーマに対しての関心の高さもうかがえた。  回答からは、想像でしかなかった各聾学校現場での取り組みの状況を明確に把握することができ、コンピュータを使ってのデザイン教育のこれからの方向性を考える上で貴重な資料を与えていただいた。その分析・検討については、多方向からの視点で見ながら、更に深めたいと思うが、本稿に対して視点を変えての指導助言をいただければ幸いに思う。  末尾ではありますが、ご協力いただいた関係各位に厚く御礼申し上げます。 Research of the practical using of computer. For, grasp the actual condition of using computer, and the future using computer moreover good. Department of Design. Iwao Honma Reserch Student dispatched from the Office of Education, Nagano prefecture. Atsushi Sato Summary : We have been studying on “The way to extend artistic presentation of the hearing impaired students”. The research on the use of computer as one way to extend expression was done, for high school for Deaf, aiming at finding out the clue of the better usage of computer. The result shows present condition of use of computer in each school. It was found that teachers have feeling that the motivation of students are inspired by using computer, and various ways are tried by each teacher. Key words : graphics and design, Deaf school, personal computer, curriculum, software