スペインの障害者福祉政策と現状―ONCEにおける視覚障害者の教育と支援体制から― 筑波技術短期大学デザイン学科 伊藤 三千代 要旨:ここ数年、スペインでは「障害者のための社会参加推進計画」が実施され、障害者の為のアクセシビリティを確保するため公共輸送機関の整備、都市環境整備、通信設備の改善が進んでいる。スペイン視覚障害者協会(ONCE. Organización Nacional de Ciegos Españoles)は視覚障害者の社会参加を推進し、視覚障害者への教育、雇用、研究、文化等の活動を提供してきた。1988年オンセ財団(Fundación ONCE)の設立後は、障害者全体の自立と社会参加を目指し、他の障害者団体と連帯し政府管轄の社会福祉協会と条約を結び、官民一体となっての障害者全体のノーマライゼーションの実現を目指して機能している。これらONCEの活動の中で、教育及び支援サービス、福祉機器の研究開発に関わる機関を中心に調査し、1999〜2000年、マドリッドにある理学療法大学、リハビリテーションセンター、OA学習センター、支援機器開発研究センター等の視察を行なった。その内容を報告する。 キーワード:障害者福祉 スペイン ONCE 視覚障害 教育 1.はじめに 1.1 スペインの政策  スペインでは1982年の「障害者社会統合法*」の施行後、「歩道上の障害物撤去法」、「財団及びパトロン法」が可決され、障害者への差別撤廃と社会への完全参加を目指して、公共施設の改善、雇用についての差別禁止、普通学級で学ぶ権利の保障といった政策が進められてきた。  1995年から政府は「障害者のための社会参加推進計画**」を実施し、障害者の為のアクセシビリティを確保するため地下鉄、バス等の公共輸送機関の整備、州や地方自治体の建築物、スロープや車椅子専用トイレなどの都市環境整備の充実、情報通信機器やアクセシブルな設備の改善が著しい。  教育面では、1985年「教育の整備法***」、1995年「特殊教育を必要とする学生への教育整備法****」等の法令により、障害をもつ児童学生の普通学級で学ぶ権利を保障し、受け入れる学校には障害者担当の特別教員や心理学担当教諭、言語治療医や理学療養医といった専門家の配属を行なっている。雇用においては、50人以上の労働者を持つ企業の2%の障害者雇用枠の実施を目指している[ 1 ] [2,3] 。 1.2 スペインの障害者団体  現在スペイン国内の障害者認定者は231万2千人で総人口の6%を占めている。スペイン視覚障害者協会(ONCE:Organización Nacional de Ciegos Españoles)の他、スペイン身体障害者協力連合(COCEMFE)は規模も大きく地方に43拠点をもち、身体障害者のノーマライゼーション整備の確保や社会参加に貢献してきた。精神薄弱障害者連合(FEAPS)、スペイン聴覚障害者連合(CNSE)等、代表的な6つの障害者福祉団体があリ、障害者全体の権利拡大に努力してきた。  政府は1989年より、国民からの税金還元を援助給付金としてこれらの障害者福祉団体に給付し運営に貢献している [2,3,4] 。 2. ONCEの支援活動  1938年創立されたONCEは、はじめ「視覚障害者も平等の憲法に定められた"公共の福祉”を享受する権利を持つ」との原則にたち視覚障害者による団体であったが、1988年のオンセ財団(Fundación ONCE)後、FUNDOSAグループとONCE企業コーポレーションとして国内第3位の企業体に成長した。自社企業と雇用特別センターによる身体・知能障害者の雇用を促進し、2000年までの12年間で、34000人以上の障害者を雇用に導き、自立と社会参加を支援している [4] 。  以前報告[4]で紹介したように、ONCEは、初等教育では、視覚障害学生が普通校に入学した際に補助教材の支給、担当教師への教育心理学的側面からの助言、学校に対する教材無償提供等のサービスを行い、普通学級で学ぶ権利を保障している。また、多くの職業訓練センターを開設し、専門技術を学ぶチャンスを与え、一般大学を希望する学生にはアシスタントサービススタッフの援助サービスが受けられるようになっている。  アクセシビリティの確保では、州、自治体の依頼により、市街道路への誘導タイルの設置、公共施設への障害配慮計画の推進、ユーロタクシ−、マイクロバス、大型バスへの車椅子用リフトの設置等、数々の事業を任されている。聴覚障害者団体CNSE、FIAPASと共に手話の開発や、聴覚障害者の職場でのインテグレーションの協力、また、アクセシブルなホームページの制作やタッチスクリーン式や音声ガイド付など障害者に対応する情報通信端末の開発を進めている[5]。  このように現在ONCEは、障害者全体の自立と社会参加を目指し、聴覚障害者や他の障害者団体と連帯し政府管轄の社会福祉協会と共に、官民一体となって障害者全体のノーマライゼーションの実現を目指して更に大きく機能している。 3. 調査内容  このようなユニークなかたちで進められているスペインの社会福祉とONCEの活動について、実際どのような方法で障害者の教育や生活に利用され、反映されているのか調査するため、マドリードのONCE関連施設の中で、教育と支援機器の研究開発に関わる以下の施設を訪れた。 ○ESCUELA UNIVERSITARIA DE FISIOTERAPIA DE LA ONCE(視覚障害学生のための理学療法大学) ○CENTRO DE REHABILITACION BASICA Y VISUAL ・リハビテーションリセンター(日常生活適応訓練、特別治療、視力回復訓練等) ・OA学習センター (聴覚障害成人へのOA学習指導とソフトや機器貸出、出張アシスタントサービス) ○UNIDAD TIFLOTECNICA O.N.C.E.(研究開発センター、視覚障害支援ソフト・機器の研究開発、修理、製造、専門技術者による指導等 ) 4.ESCUELA UNIVERSITARIA DE FISIOTERAPIA DE LA ONCE (理学療法大学)[6]  ONCEは1986年に視覚障害者のための理学療法大学を、マドリッド自治大学(Cntro dosente adscrito a la Universidad Automa de Madrid)の一部に設立した。 4.1 入学資格  理学療法大学への入学にはa)協会に加入していること、b) COU(大学予備課程)、FP((実業教育)理髪・美容科、科学・衛生科)の第二課程修了以上であること。あるいは、25歳以上で大学入学資格を有していること。c)入学試験に合格すること。以上の条件がある。試験は適正能力、文字の読解、筆記によるコミュニケーション能力などの評価、入学後の学習に生徒の能力が適当かどうかが評価せれる。入学定員は一講座24名。それ以上の入学希望者がある場合、内申書と面接を行なう。これまで希望者は毎年平均してほぼ定員数に近いそうである。 4.2 カリキュラム  理学療法課程の修了期間は3年。大学の授業では診療施設での臨床実習を重要視している。  理学療法関連の授業はスペイン盲人協会と契約した先生で、マドリード自治大学が認めた理学療法士によって行われる。常勤7名のうち全盲教官が3名、その他の授業はマドリード大学の先生、あるいは、その分野で権威のある専門家により行われている。 4.3 経済的支援  成績や出席日数の条件を満たしている学生は、ONCEから経済的支援や必要とされる教材の援助が受けられる。 4.4 卒業後の研究や学習  通常の履修課程以外に、理学療法士に永続的な学習の機会を与えるため、卒業後も研究や学習が出来るよう卒業後のコースが用意されている(ONCEの会員以外も対象)。  年数回、理学療法に関しての研究会を開き、著名な専門家による講演なども行われる。これまでに「肩の痛み予防講座」や「筋肉の弛緩に関する講座」等が開講された。また、スペイン自治大学のFISIOTERAPIA OSTEOARTICULAに関する2年間の理学療法コースへの進学、ラ・パス病院の学部やスペイン自治大学のと協同研究等が行なわれている。 4.5 施設環境 (図1-a. 図1-b.)  夏期休暇のため授業は行われていなかったが数名の学生が図書資料室や学生自習室に残って作業をしていた。  校舎に入ると正面にエレベータと階段があり、階段を隔て事務管理教官研究室のセクションと診療施設、各実習室のセクションの左右にわかれる。2階には廊下の左右に各講義室、図書資料室、教材開発室、学生自習室、学生ラウンジがある。建物は小規模で単純な形をしているため分かり易い。室名の点字表示以外、点字ブロックや誘導パネル、手すり、音声案内やラージサインといった特に障害に配慮をした施設・設備は見られなかった。入学時に施設オリエンテーションをする時間をとるようである。  自習室には、カセットデッキ、点字プリンタ、パソコン等が設備され、校舎が空いている時間は何時でも使えるが、広くはない。反対に学生ラウンジはかなり広く、勉強ができるよう大きい机が並んでいる。講義室の並びの図書資料室には点字図書、録音図書、拡大図書等があり、学生が頻繁に出入りしていた。講義室の使い方は、中央に長テーブルを集めた形が多く、文字拡大装置以外、個人用コンピュータや情報支援機器等はほとんどない。学生にきいたところ、多くの学生が授業中の記録や学習にはPC-Hablado(図3-b)を使っているようだ。教材開発室では通常2名のスタッフが教材、資料、点字教科書等の制作を担当している。  授業や施設環境について、数名の学生に質問したが、特に問題はなく不便は感じられないようである。  少人数クラスのためアットホームな授業が行なわれているようであった。 (上段)図1-a. 理学療法大学 大学正面 診療室 自習室 (下段)図1-b. 講義室 教育開発室 (上段)図2-a.リハビリセンター 治療室 日常生活適応訓練室 (下段)2-b. OA学習センター講習室 スタッフルーム(個人指導) 5.CENTRO DE REHABILITACION (図2-a. 図2-b.)(リハビリテーションセンター・OA学習センター)  ONCEのリハビリテーションセンターは、スペイン国内に日常生活に必要な基本的訓練や相談ができる33の施設と、特別治療や視力回復訓練をする7つの国立リハビリテーションセンターがある。そこで、視覚障害者が自立して生活していくための技術と方法の総合的指導が行なわれている。また、ONCEは視覚障害者に関する調査研究機関への資金援助、視覚障害の早期発見と治療を促進し、各機関(病院など)との連絡を緊密化している[7] 。  マドリードにあるセンターは、リハビリテーションセンターの他、ONCE宝くじの受渡し窓口、障害者用機器・教具の売店、ソーシャルワーカー相談室、OA学習センター、コミュニケーションを目的とした集会室や会議室を備えた7階建ての総合施設である。リハビリテーションセンターは3階から6階にあたり、日常生活適応訓練用にワンフロアーを全て使い、家電製品や生活用品を備えたキッチン、居間、バス・トイレなど住宅の間取りを再現し、主に成人の中途失明者・弱視者に料理、アイロン掛けなどの日常生活に必要な事柄を訓練するプログラムが行われる。また別に歩行訓練用に街路を再現し誘導ブロックや数種類のドアを備えた広い部屋や、その他特別治療室、視力回復訓練室が備わっている(図2-a.)。  OA学習センターでは聴覚障害成人が仕事や日常生活で使う視覚障害者支援の情報機器やソフトの講習会、個人指導、機器のメンテナンス、ソフトや機器貸出、出張アシスタントサービスなどが行われている(図2-b.)。 6.UNIDAD TIFLOTECNICA O.N.C.E. (U.T.T) (図3)(視覚障害者用機器の研究開発施設)[8,9]  U.T.TはONCEの施設の1つで、視覚障害者が職場や学校で必要とするメディア分野での技術支援により、社会とのインテグレーションを目的としている(図3-a)。  音声合成ソフト、拡大文字ソフト、点字ディスプレイ、リーダー、拡大装置などの支援機器の研究開発と商品化、専門家による技術指導や修理、製造販売を行なっている(図3-b)。  U.T.Tはスペイン国内に33ケ所の展示販売店と41の教室を設置し、70名の各専門の技術者により、視覚障害者ひとりひとりの要求や能力に合わせて対応出来るよう、ソフトと機器の使い方の指導とメンテナンスサービスをするアクセスラインを常備している。  スペインでは、スウェーデン、アメリカをはじめ外国で生産された情報支援機器も多く使われているが、輸入を含めONCEが流通管理をしている。 7.おわりに  オリンピックと万博のあった1992年からほぼ毎年スペインを訪れているが、95年以降、特にこの3年間のマドリード市街の都市整備や情報通信の急速な普及と発展には目を見張るものがある。特に昨年までと比べ今年目立ったのが、セントロ地区のSol付近に軒並み増えたインターネットカフェと携帯電話販売店。道路整備があちらこちらで行なわれ、長距離バスのターミナルの新設、地下鉄路線の拡充が目立った。いくつかの地下鉄駅には新たにエレベータが設置され、ホームにはテレビモニターが取り付けられニュースや文字案内が放送されるようになていた。新設された地下鉄にはエスカレータもあるが、エレベータが改札口の正面にあり便利なためか、障害者や老人だけでなく、普通に利用されている。  スペインは他のヨーロッパ諸国に比べて、障害者に対する国の政策が遅れているといわれいる。交通機関や通信、公共施設の面では確かに遅れているようだが、例えば、以前からONCE施設のある駅や、障害者が多く利用する地下鉄の改札では、駅員がエスカレータをモニターで監視し、援助が必要な時や事故を防ぐために安全を確認できるようになっていた。また、社会福祉先進国といわれているスウェーデンやデンマーク同様、障害者や高齢者にはやさしい国であり、駅の階段や路上で車椅子や盲人に誰もが気軽に手を貸している様子を頻繁に見ることができた。  今回、理学療法大学、リハビリテーションセンター、U.T.T等の施設を視察して感じたことは、施設設備や支援機器といったハード面の改善や開発以前に、雇用、教育、文化、サービスといった面でのきちんとした支援体制が整っていることである。インタビューに応じてくれたデレクター(皆、全盲)の話からも伺えたが、ONCEの組織、活動内容、教育や研究開発など、これら全てが視覚障害者自らの手によって進めらたもので、これまでの多くの経験と確かな技術に裏付けられ、しっかりしたネットワークとビジョンのもとに支援・サービスを行なっているということが明らかにかった。 参考文献 [1] Antonio Sánchez Palomino,José Antonio Torres Gonzalez:EDICIONES PIRÁMIDE:EDUCACIÓN ESPECIALⅠ,EdiconesPiramide,S,A,1999法令*~**** [2] 中山 瞭:白い杖の王国ー海外リポート,WE'LL,第1巻:pp.76-79,1996 [3] Fundación once:Fundación once Memoria2000,Fundación,Once,2000 [4] 伊藤 三千代:スペイン視覚障害者協会(ONCE)にみるスペインの障害者福祉,筑波技術短期大学テクノレポート6: 257-260,1999 [5] FUNDOSA CRUPO.S.A:.Un mundo de servicios [6] ONCE:GUÍA DEL ALUMNO Junio1997 ESCUELA UNIVERSITARIA DE FISIOTERAPIA DE LA ONCE:1997 [7] ONCE. Organización Nacional de Ciegos Espanñoles, :ASI SOMOS -La ONCE a las puerta del siglo Ⅹ XI, Estudio Pere-Enciso :pp.3-112,1996 [8] ONCE:UNIDAD TIFLOTECNICA O.N.C.E., [9] UNIDAD TIFLOTECNICA O.N.C.E:CATALOGO DE MATERIAL TIFLOTECNICO:1999 法令: * La Ley de Integración Social de los Minusválidos de 1982 ** Real Decreto 334/1985, ordenacion de la educación especial *** Ley Orgánica de Ordenacion General del Sisitema Educativo **** Real Decreto 696/1995, ordenacion de la educación de los alumnos con necesidades educativas especiales (上段)図3-a. UNIDAD TIFLOTECNICA O.N.C.E. (U.T.T) (下段)図3-b. PC-Habulado /Radiolupa 音声/拡大文字ソフト Policy and present condition of welfare of handicapped persons in Spain― Education and support organization for the visually impaired person of ONCE ― ITO Michiyo Department of Design, Tsukuba College of Technology Abstract:The social participating promotion plan for disabled persons is being carried out, and in order to secure accessibility for disabled persons, the improvement of maintenance of a public means of transportation, city environmental maintenance, and communication equipment has been progressing in Spain in the past several years. After founding the Fundación ONCE in 1988, ONCE (Organización Nacional de Ciegos Españoles)joined with other disabled person organizations aiming at independence and social participation of not only visually impaired persons but all disabled persons. Moreover, the social welfare association and treaty of government jurisdiction have joined, and it becomes government-and-people one, and is functioning aiming at the realization of all disabled persons normalization. I have investigated in 1999 - 2000 centering on the institutions in connection with the educational facilities of ONCE, the development of support apparatus and service of ONCE. The contents are reported. ○ESCUELA UNIVERSITARIA DE FISIOTERAPIA DE LA ONCE ○CENTRO DE REHABILITACION BASICA Y VISUAL ○UNIDAD TIFLOTECNICA O.N.C.E. Key Words:Welfare of handicapped persons , Spain , ONCE , vision obstacle , education