重度視覚障害者に対するパソコン利用技術の指導―現状調査 筑波技術短期大学教育方法開発センター(視覚障害系)1) 同視覚部一般教育等2) 同情報処理学科3) 長岡 英司1) 大武 信之1) 加藤 宏2) 米澤 康滋3) 要旨:パソコンは、重度視覚障害者にとって有効な障害補償機器である。しかし、その利用技術の習得は容易でない。そこで、視覚障害者のためのパソコン指導に関する現状や問題点を把握する目的の調査を実施した。視覚障害者に対するパソコン利用技術の指導では、パソコン販売業者やパソコン教室が大きな役割を果たしている。それらの関係者からの聴取によって、パソコン指導の方法や問題点が明らかになった。 キーワード:重度視覚障害 パソコン利用技術 パソコン指導 パソコン販売業者 パソコン教室 1.重度視覚障害者のパソコン利用の現状  パソコンは、視覚障害者の文字処理環境を大きく変えた。その結果、教育や職業をはじめ日常生活の様々な場面で、新たな可能性や大きな利便がもたらされた。そして、このことは、生活の質的向上や社会参加の促進につながっている。しかし、そうしたパソコン利用の恩恵に浴している重度視覚障害者は、まだ一部にしかすぎない。  1996年の厚生省調査によると、我が国の18才以上の視覚障害者は305,000人、そのうちの168,000人が1・2級の重度障害者である。重度視覚障害をもつパソコン使用者の数は明らかではないが、その凡そを推定する一つの手がかりとして、スクリーンリーダ(画面読み上げソフト)の販売状況がある。下表は、現在国内で市販されている日本語版Windows用スクリーンリーダの2001年7月末までの販売本数である。  表中の販売本数を合計すると約16,000になる。当然、この販売総数と重度視覚障害を持つパソコン使用者の実数とは一致しないが、それらが大きくかけ離れることもない。  この16,000をパソコン使用者の数に近いものと仮定すると、それと重度視覚障害者の数168,000との間には大きな開きがある。視覚障害者の70パーセント近くが60才以上の高齢者であることや、全国の点字使用者が29,000人であること(1996年厚生省調査)を踏まえると、「スクリーンリーダの販売状況からみるかぎり、パソコンは既に充分に普及している」という見解もあるかもしれない。だが、2001年3月末時点での我が国における家庭のパソコン普及率が50.1%に達している(内閣府経済社会総合研究所調査)中で、重度視覚障害者のパソコン使用率は、まだかなり低いと言わざるをえない。 表 スクリーンリーダの販売本数(2001年7月末現在) 2.視覚障害者のためのパソコン指導  パソコン利用を拡大するには、その利用技術を習得する機会を得やすくすることが重要である。視覚障害者に対して初歩的なパソコン利用技術を指導しているのは、盲学校以外では、 ○パソコン販売業者、 ○パソコン教室、 ○パソコンボランティア組織、 ○福祉施設、 である。  視覚障害者向けのパソコン販売やソフトウェア開発を主な業務としている専門業者は、全国に6社(株式会社5、その他1)あり、各社とも電話による問い合わせへの対応やパソコン出荷時のソフトウェアのインストールなど、顧客に対するサポートを行っている。このうち、パソコン指導やその教材の制作、個人向けの出張訪問サポートなど、積極的なサポート事業を実施しているのは4社である。  視覚障害者を対象とする常設のパソコン教室は現在2箇所ある。いずれも、教室内での指導だけでなく、出張訪問によるシステムのセットアップなどのサポートも行っている。  パソコンの利用をサポートするボランティア活動が近年活発になってきたが、視覚障害関係では、点訳や朗読を行っていたボランティア組織が地元地域でパソコン指導などのパソコンボランティア活動を始める例が多い。広域的な活動を行っているのは、現在4組織である。  この他、生活訓練や情報提供を行う福祉施設の一部が、パソコン指導事業を始めている。 3.調査  重度視覚障害者に対するパソコン指導の実情を知るための聞き取り調査を実施した。2000年11月から12月にかけて、実際に指導を行っているパソコン販売会社3社とパソコン教室2施設の関係者に会い、以下のことを聞いた。 ①パソコン指導の体制、 ②指導内容ごとの方法や問題点など。 4.結果と考察 4.1 調査対象各社(施設)の概要 a) 株式会社アメディア(以下「アメディア」)は、視覚障害者用の情報関連機器およびソフトウェアの開発 販売を行う専門会社である。 b) マルシンテック(以下「マルシン」)は、視覚障害者用ソフトウェアとハードウェアの販売、設置、説明等を行う個人事業の専門店である。 c) 株式会社ラビット(以下「ラビット」)は、視覚障害 者を対象にパソコンの指導・サポート、パソコン教室の開催、ハードウェア・ソフトウェアの販売などを行う専門会社である。 d) 視覚障害者のためのパソコン・ワープロ教室「スラッシュ」(以下「スラッシュ」)は、1991年に開設され、1999年からは杉並区の委託デーサービス事業となっている。 e) 京都福祉情報ネットワーク(以下「Win-kyoto」)は、視覚障害者のためのパソコン教室を運営する非営利組織である。この教室は、同じ京都市内にあるNPO日本サスティナブルコミュニティーセンター(SCCJ)から2000年9月に同組織に引き継がれた。 4.2 パソコン指導の体制 a) アメディア 場所:東京都新宿区内の自社での直接指導と、その後の電話等でのサポートを組み合わせている。 インストラクタ:全盲者と弱視者を含む複数人が担当している。 指導プログラム:個人の希望に応じてその都度対応している。 設備:社内に指導用のシステムを設備している。 教材:独自のテープ教材とテープマニュアルを制作し、用いている。 b) マルシン 場所:横浜市内の自社で行うほか、出張指導もする。 インストラクタ:弱視者である経営者本人が担当している。 指導プログラム:顧客のニーズやリクエストに応じて必要な指導を行う。 設備:指導用のハードウェアとソフトウェアを一通り設備している。 教材:専用のものはない。 c) ラビット 場所:東京都新宿区内の自社での指導が多いが、出張指導や通信教育も行っており、電話等でのサポートも組み合わせている。 インストラクタ:晴眼者2、全盲者2の4人。 指導プログラム:パソコン教室形式の複数人に対する指導にはプログラムがあるが、個人指導では各人のニーズや状況に従って個別に対応する。 設備:「体験コーナー」という名称で、パソコンをはじめとする一通りのハードウェアとソフトウェアを社内に設置している。 教材:「カセットライブラリー」と名付けた独自のテープ教材や、指導プログラムにそって制作した通信教育用テープ教材がある。 d) スラッシュ 場所:東京都杉並区内の常設会場での指導が主であるが、出張や電話でのサポートも行っている。 インストラクタ:ボランティアを含む10人(うち3人が全盲者、他は晴眼者)。 指導プログラム:受講者本人の希望や力量に合わせた個別対応をしている。 設備:デスクトップ機9台(DOS専用機3台、98系Windows機2台、PC/AT機4台)を設備している。 教材:点字教材や簡単な触図教材を用いている。 e) Win-kyoto 場所:京都市内のYMCA施設。出張や電話でのサポートも行っている。 インストラクタ:主婦を中心とする約20人。いずれも、パソコン技術を習得した後、視覚障害者向けの教授法やスクリーンリーダの使用法についての研修を受けた。 指導プログラム:毎回の受講者は4人までとし、受講者2人にインストラクタ1人を配置している。 指導プログラムは、2時間×3回を1単元とし、4単元で構成されている。第1単元は単語入力までのキーボード練習。第2単元は文章の入力と編集・Windowsの基本操作。第3単元は電子メールの送受信。第4単元はホームページの閲覧。 c) ラビット:スクリーンリーダの読み上げを手掛かりに、実際にソフトを使いながら学習させる。独習ができるよう、テープ教材がある。ファイルシステムの説明などにレーズライタを使うことがある。基本的なファイルの管理ができるようになるまでに、平均して半年程度かかる。 設備:視覚障害者用ツールはスクリーンリーダのみである。 教材:キーボード練習用ソフトを開発中(その後2001年5月に「ウチコミくん」として完成)。 4.3 パソコン指導の実際  各社・各教室における指導の実際について、内容ごとに要点を略述する。 (1)キーボード操作 a) アメディア:最初に、キーの配置など基本的な説明をし、後はテープ教材による自学自習をさせる。個人差が大きいが、平均的には2、3ヶ月でフルキーをある程度打てるようになる。 b) マルシン:スクリーンリーダとエディタを使い、実際に打たせて練習を進める。主要なキーにタックペーパーで触知マークをつける。フルキーが打てるようになるには、速い者で1ヶ月程度、遅い場合には1年以上かかる。 c) ラビット:スクリーンリーダの音声フィードバックを利用し、エディタやワープロソフトの入力機能を使って練習をする。テープ教材を用いる。ホームポジションやウインドウキーに、触れて分かる印しをつける。実用的に打てるようになるには、平均で1ヶ月程度かかる。 d) スラッシュ:最初にキーの配列表と指づかいの表を点字等で渡して覚えさせる。それだけで2時間もすればある程度打てるようになる者がいるし、半年経っても上達しない者もいる。キー入力は、スクリーンリーダの読み上げ機能とワープロソフトやエディタの入力機能を利用して練習させる。教材としては、商業高校のキー練習テキストを(点字化して)使っている。 e) Win-kyoto:スクリーンリーダの読み上げ機能をオンにして実際に打ちながら、各キーの位置を決まった順番に従って教える。全体の配置を理解させた後、ホームポジションから指づかいの指導をはじめる。 (2)Windowsとスクリーンリーダの機能や操作 a) アメディア:キーボードによる操作を主体に実際にパソコンを操作しながら指導する。基本的な操作法が習得できたら、あとはテープ教材を使って自学自習させる。操作に習熟するには半年以上かかる場合が多い。 b) マルシン:最初は、スクリーンリーダを利用し実際にキー操作をしながら、マンツーマンで指導する。その後は必要に応じて電話やメールで対応する。初心者は、一通りの習得に3ヶ月以上かかる。 c) ラビット:スクリーンリーダの読み上げを手掛かりに、実際にソフトを使いながら学習させる。独習ができるよう、テープ教材がある。ファイルシステムの説明などにレーズライタを使うことがある。基本的なファイルの管理ができるようになるまでに、平均して半年程度かかる。 d) スラッシュ:音声読み上げを使って実際に操作しながら、マンツーマンで指導する。指導上の工夫として、キーボードのよけいな箇所にふれないよう、ペットボトルを切って作った板をタッチパネルなどに貼っている。教材として、操作手順を点字で書いたものや画面構成の簡単な触図などを使っている。一通りの学習には、週に1・2回で2・3ヶ月かかる。 e) Win-kyoto:キーボードによる操作機能と音声読み上げ機能を利用し、スタートボタン→スタートメニュー→プログラムサブメニュー→アプリケーションの実行→メニューバーからの操作、という基本的な手順を繰り返し指導する。 (3)アプリケーションソフトの機能や操作 a) アメディア:テープに録音したマニュアルを使って操作法などを学習させる。テープマニュアルの準備ができていない一般用製品などについては、電話やメーリングリストによる指導で対応している。 b) マルシン:起動と終了の方法を最初に確実に教える。エラー発生の原因となるような操作や、エラー発生時の対処法について念入りに指導する。マニュアル(オンラインを含む)の使い方を指導することが重要。 c) ラビット:トップメニューからサブメニューへ進むというWindowsの共通的な操作を充分に身につけさせ、それを各ソフトで応用できるようにする。 d) スラッシュ:ワープロ、表計算、宛名書き、メーラ、ブラウザなどのソフトの使い方を、マンツーマンで個別に指導している。ノートをとる代わりに実習の様子を録音させ、それを聞いて充分に復習をするよう指導している。教材は、点字のコマンド一覧表や文例集を使う。 e) Win-kyoto:メーラとブラウザについてだけ教えている。 (4)インターネットの機能や操作 a) アメディア:まずはメーラの使い方を指導し、メーリングリストに参加できるようにして、その中でホームページなどの学習をさせる。それが不可能な場合には、電話で指導をする。電話での指導では、会社のパソコンを先方と同じ状態に設定し、それを操作しながら説明する。 b) マルシン:来店者への指導では、自宅などで実際に使用する場合と近い環境に設定する。ホームページの閲覧よりも電子メールの利用に魅力を感じる顧客が多い。点字の資料があると、手軽に参照できて有効。 c) ラビット:インターネットへの習熟には、最初に基礎をきちんと実習することと、その後に適切な電話サポートを受けることが効果的である。来社しての実習は、90分のコマを2、3回行う場合が多い。最初に、何ができるかを見せ、その中の関心をひいたものについて、実際に操作しながら指導する。 d) スラッシュ:インターネットの仕組みや機能については、点字教材などを使って解説する。メーラもブラウザも実際に起動して操作しながら指導する。 e) Win-kyoto:インターネットの概要を説明してから、電子メールの送受信とホームページの閲覧の実習を行う。インストラクタが受講者に練習用のメールを送ったり、受講者間で相互にメールのやりとりをさせたりして、上達を図る。 4.4考察  重度視覚障害者に対するパソコン指導では、視覚的な方法による一斉の提示ができないことや、受講者の適応力が個々に著しく異なることから、個別指導が基本となっている。一斉形式の指導においても、実際には複数のインストラクタを配置して、個別に近い対応をしている。  指導内容はキーボードの操作とインターネットの利用が中心であり、文章の入力や編集の指導はそれらに付随するかたちで行われている。指導場面の全てを通じて、スクリーンリーダの利用が要となっている。  一方、指導場面での問題点や困難を整理すると以下のようになる。 (1)教材やマニュアルの未整備 *一般用のソフトや周辺装置には視覚障害者が利用できるマニュアルがないため、独学や独習ができない。 *キーボードによる操作について体系的に書かれた解説書がない。 *インターネットについての良い教材がない。 *GUIについての解説が難しく理解を得にくい。 (2)アクセス技術の不備 *画面読み上げのハングアップが多い。 *音声読み上げのできないホームページが多い。 *プリンタの印刷結果を確認する方法がない。 (3)受講者の準備性の不足 *弱視者の中に、音声出力を使うことに抵抗を感じたり、視力に頼りすぎたりして上達しないものがいる。 *中途失明者の中に、耳を使うことに慣れていないために、音声出力をうまく聞き取れない者がいる。 *墨字に関する知識の乏しい受講者の多くが、ワープロソフトなどの技術習得の途中で挫折してしまう。 *アプリケーションソフトの利用に必要な基礎学力を身につけていない受講者が多い(例えば、ローマ字を知らない受講者)。 (4)インストラクタの指導力の不足 *指導する側は原理や仕組みを重視するのに対し、受講者は操作手順などの具体的な事柄への関心が強く、指導がかみあわないことがある。 *インストラクタの力量にかなりの格差があり、受講者への影響が大きい。 (5)その他 *キーボードのデザインが機種によって微妙に異なり、使用者が混乱する(特にノート型パソコン)。 *教室と自宅とのネット環境の違いで混乱が起こることがある。 *一般の電話回線ではネットへの接続と通話が同時にできないため、インターネットについては電話による指導がしにくい。 5.今後の課題  重度視覚障害者にとって、パソコン利用技術の習得は容易ではない。こうした状況の改善には、パソコン指導の体制の整備が必要である。そのために取り組むべき課題として、 *アクセス技術の強化 *指導方法の確立 *教材や学習用ツールの開発 *指導にあたる人材の養成 *パソコン指導の場の確保 などが、ある。  今後、社会の情報化が一層進む中で、重度視覚障害者のパソコン利用も拡大するよう、系統的で、一貫した取り組みが望まれる。 参考文献 [1]障害者白書平成12年版,総理府 内閣総理大臣官房内政審議室,大蔵省印刷局,2000. [2]園順一他:視覚障害者のためのキーボード練習環境,第9回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,視覚障害リハビリテーション協会:3‐6,2000. *本調査は、筑波技術短期大学 平成12年度「教育改善推進経費」により実施した。 Investigation of Teaching Computer Skills to the Blind NAGAOKA Hideji 1), OHTAKE Nobuyuki 1), KATOH Hiroshi 2) & YONEZAWA Yasushige 3) 1) Research Center on Educational Media, Tsukuba College of Technology 2) Department of General Education, Tsukuba College of Technology 3) Department of Computer Science, Tsukuba College of Technology Abstract:The personal computer is a powerful aid for the blind in reading and writing. But it is not easy for them to get the skills to use it. An investigation was done to better know the present situation concerned with teaching computer skills to the blind as performed by computer schools and computer sales companies. Methods and problems in the teaching were shown through the interviews with teaching staffs of those schools and companies. Key Words:Blindness, Computer Skills, Teaching Computer Skills, Computer School, Computer Sales Company