聴覚障害者のネットワークコミュニケーション― 平成12年度アメリカ研修旅行における活用事例 ― 筑波技術短期大学電子情報学科電子工学専攻1) 同電子情報学科情報工学専攻2) 同建築工学科3) 加藤 伸子1) 新井 孝昭2) 萩田 秋雄3) 要旨:ネットワークは聴覚障害学生にとって重要なコミュニケーション・ツールの一つである。今回、アメリカ研修旅行の準備段階から帰国後の活動までにおいてWWWやメーリングリストを利用して情報共有を図った。この活動を通した学生のネットワーク活用状況について報告する。 キーワード:コミュニケーション ネットワーク WWW メーリングリスト 聴覚障害 1.はじめに  ネットワークや情報通信機器の普及と共に聴覚障害者の間でも電子メールやWWWを利用したコミュニケーションが広く使われるようになってきている。実際、聴覚障害学生のネットワークコミュニケーション環境とその利用状況調査から、電子メールやWWWの利用度においてろう者と聴者の間に差はないこと、ろう者は卒業後に利用が高まる傾向にあることがわかった[1]。一方、ネットワークの利用の拡大に伴い聴覚障害学生に対するネットワークリテラシー教育の重要性も指摘されている[2]。  このような背景をふまえて、アメリカ研修旅行という学生が主体的に活動する場における学生のネットワークコミュニケーションの具体的な利用状況、利用される場面、内容、効果など、を追跡調査した結果について報告する。 WWWやメーリングリスト(Mailing List , ML) をアメリカ研修旅行の準備に利用したのは、今回が始めの試みである。実際の学生の利用状況、学生に対するアンケート調査結果について述べる。また、ネットワークを用いたコミュニケーションの研修旅行への影響についても考察する。 2.アメリカ研修旅行 2.1 交流プログラムの概要  アメリカ研修旅行は2001年3月9日から18日までの10日間実施された。筑波技術短期大学聴覚部でのアメリカ研修旅行は11年目を迎えるが、今回は「大学間交流協定に基づく学生交流プログラム」として行われる第2回目にあたる。 この研修旅行は、10日間の旅行それ自体だけでなく、学生の事前準備や事後報告などの活動を通した、長期間にわたる学生の研修プログラムと捉えることができる。このため学生の自主的な活動が期待される。 2.2 スケジュール  H12年度のアメリカ研修旅行の日程を表1に示す。この表に示すように、研修旅行の参加者決定から最終報告まで、教職員、学生共におよそ1年にわたり関わることになる。 旅行中の10日間をどの程度有意義にすごせるか、また、旅行での経験をその後に活かせるか、ということは、計1年に及ぶ準備期間と帰国後のまとめの期間にかかっていると考えられる。  表に示すように、派遣学生の最終決定は12月8日であったが、面接直後である決定1ヶ月前の11月9日から参加希望学生による準備を開始した。  なお、今回の研修旅行の参加希望学生は、23名であったが、選考委員会の結果学生22名が選考された。 さらに渡米前に辞退者が出たために、研修旅行の参加者は学生21名、教官4名、技官1名、ろう学校教員1名、旅行会社(JTB)添乗員2名、JTB同伴者1名の計30名であった。 表1:研修旅行の全体スケジュール 3.ネットワークを用いた情報共有 3.1 情報共有システムの必要性  昨年度までのアメリカ研修旅行における学生間、教職員と学生の間の連絡は、FAXや紙を用いて行われていた。 今年度も当初、一人一人に紙を手渡す方法や直接全員に伝える方法を取ったが、ASL講習会の日程・場所など確実に伝わらないことが多かった。 このため、迅速かつ確実な情報伝達、情報共有のためにWWW上での情報提供とメーリングリストの運用を開始した。 これにより以下のような効果が期待できる。 [WWW上での情報提供により期待される効果] a) 最新の情報を常に確認できる。 b) 講習会や今後の予定など、全体のスケジュールが把握できる。 c) 申込み書、銀行振込などの締め切りなど、目前に迫った事項を再確認できる。 d) リンクを整備することにより、訪問先の情報収集が容易になる。 [メーリングリストにより期待される効果] e) 全学科にまたがっているため一同に会すのが困難な学生間のコミュニケーションが活発になる。 f) 学生間、教職員から学生への連絡が迅速に行える。 g) 疑問点をMLで問うことにより、質問内容を全員で共有することができる。 3.2 WWWによる情報提供システムの構築 情報提供を行うための交流プログラム掲示板は、次の構成になっている。 1) 表紙:内部のページへのリンクと最新のお知らせ事項を掲示する(図1参照) 2) 予定表:準備のために必要な日程( 打ち合わせや申込み書提出締め切りなど) とASL学習会の日程を掲示する(図2参照)。 3) 旅行中の予定表:日程の確認と共に訪問先の情報収集を容易にするために、日程に従って訪問先へのリンクを示す(図3参照)。 4) 準備活動:しおり作成などの学生役割分担や締め切りの掲示。 5) アルバム:帰国後に、旅行中にデジタルカメラで撮影した写真を掲示。  今回作成した情報提供ページでは、必要な情報だけを迅速に取得できるように、階層は2階層までとし、最小限の情報内容に留めた。 3.3 メーリングリストの運用  メーリングリストの登録者は24名で運用を開始した。登録者は次のような分布になっている。 デザイン学科: 6名中4名 建築工学科: 4名中3名 電子情報学科電子工学専攻:6名中6名 電子情報学科情報工学専攻:5名中5名 スタッフ:教職員5名、JTB担当者1名  デザイン学科の2年生は3名共学内電子メール未利用であり1人のみが携帯電話のアドレスを登録した。同じくデザイン学科の1年生3名は全員電子メールが利用可能であった事から、学科間のみならず学年間の電子メール利用度の相違が見られた。 4.利用状況 4.1 メーリングリストの利用状況  H12年12月19日のメーリングリスト設置からH13年7月末までの全投稿件数は338件であった。これらの投稿の個人別投稿件数を図4に示す。この図から、 ・頻繁に投稿する者 …………………… 2名 (全投稿の10%以上、投稿数34件以上2名) ・読むだけでほとんど発言しない者 …… 5名 (全投稿の1%未満、投稿数6件以下) が存在することがわかる。頻繁に投稿する学生はどちらも情報工学専攻の学生であるが、一人はグループ代表のため発言の機会が多いこと、が理由の一つとして考えられる。なお、投稿数ゼロの学生が一人だけ存在した。この学生は携帯端末を用いており、メーリングリストへの投稿方法がわからず投稿できなかったものである。  月別の投稿件数を図5に示す。12月の利用可能期間は5日間のみであったが、1月、2月と投稿件数が伸び、渡米前月に活発な議論が行われたことが推察される。さらに、帰国後も投稿が続いており、研修旅行出発前、帰国後の活動に活かされていることがわかる。 4.2 メーリングリストの話題  メーリングリストで交わされた内容のうち、議論が継続した話題を大まかに分類した結果を表2に示す。 出発前にはNTIDで行うパフォーマンスについての議論が最も盛んだったことがわかる。学生やJTB担当者から訪問先の大学・団体に関する様々な情報が流されていたが、議論が続かず単発なものとなっていた。 4.3 利用者の意見  研修旅行に参加した学生及びJTB担当者へのアンケート結果について述べる。 4.3.1 メーリングリストについて [肯定的な意見] ・旅行当日までの準備などの情報共有を参加者全員で行うことができたこと。 ・学生の出し物についてそれぞれの考え方を共有することができたこと。 ・みんなの意見が好きな時に見れるので便利だった。 ・今どうなっているのか、その状態を全てハアクしているので、良かったと思う。 ・意見交換・会議・報告とかには便利。 それぞれの人の考えを知ることも出来た。 ・とても良い(あまりメールしなかったけど) ・前年まではFaxで連絡してたらしいので大きく手間が省けたのではないかと思う。(Faxモデムもなく直接1人ずつ送ってたらしい) ・連絡が容易。 記録が容易。 ・分からなかったらすぐに聞ける ・仲間意識が育った。 [否定的な意見] ・MLの中で発言すべき内容と、DM(ダイレクトメール)でも済むような内容の混同が多く見られたこと ・ROM(読むだけで発言をしない)の人多い。 ・あまり活発じゃなかった(自分が…反省) ・PCを見ない人はますます見ない。 ・文字だけではニュアンスが伝わりにくい。 [電子メールアドレスを持たない人からの意見] ・持っていない人のことも考えてやりたい。 ・持っていなかったので、見れませんでした。 ・FAXのみ来ました。 4.3.2 WWWを用いた状況提供について [肯定的な意見] ・便利、スケジュール日程が忘れた時に使ってるから。 ・ASL講義はいつか分かりやすかった。 ・行く先のHPも見えて良かった。 ・掲示板を見ることは出来たので良かった。 ・役に立った。 ・写真を載せる場所にもなる。 ・リンクを張ることで大学のサイトにアクセスしやすい。 [否定的な意見] ・アドレスがわからなくてあまり見られなかった。 ・あまり見てなかった。 ・(他の学生が)リンクを貼っても見ない。英語アレルギーのせいと思われる。 図1 交流プログラム掲示板(表紙) 図2 交流プログラム掲示板:予定表 図3 交流プログラム掲示板:リンク 図4 個人別投稿数 図5 月別投稿数 表2 メーリングリストでの主な話題 5.考察  メーリングリスト(ML)の投稿状況を調べた結果、頻繁に投稿する学生と読むだけでほとんど投稿しない学生が存在することがわかった。MLで投稿件数が比較的多かった学生は、研修旅行中の質疑応答等も活発に行う傾向が見られた。すなわち、コンピュータ活用能力の差が投稿件数に表れているのではなく、研修旅行に対する積極性が投稿件数に表れていると推測できる。  一方、投稿件数が少ない学生からも、色々な意見が聞けてよかった、何を考えているかわかった、などの意見が寄せられた。すなわち、期待される効果の「g) 質問内容を全員で共有できる」はある程度達成されたと考えられる。 一般に聴覚障害学生の場合、コミュニケーションを音声で行う聴者と異なり、周りで行われている会話の内容把握が困難である。 MLでの意見交換は、聴者と同じコミュニケーションの場を提供していると考えられる。  期待される効果の「e) 学生間のコミュニケーションが活発になる」という点に関しては、全投稿数に占める学生による投稿の割合は83%で、主に学生間のコミュニケーションに利用されていたことがわかる。  今回のMLへの投稿内容では、パフォーマンスについてが最も多かった。パフォーマンスの内容については、NTIDでの宿泊先においても議論が続けられ、MLでの議論がきっかけとなって、より活発な議論へと結びついていることがわかる。今後、訪問先大学での見学内容や質疑応答内容についての議論など、より突っ込んだ議論が期待される。このような議論を行うためには、早期の学生募集、プログラム作成への学生の参加、が望まれる。  WWWを用いた掲示板についてのアンケート結果からは、スケジュールの確認には有用だったが、事前準備を充実させる目的で作成したリンクはあまり活用されていなかったことが伺える。すなわちWWW上での情報提供により期待される効果のうち、a) b) c) は達成されたが、d) は不十分であった事がわかる。 今後、より具体的なフォローを行いながら情報活用を促すことが必要と考えられる。 6.今後の課題  MLでの学生の参加の様子から、 ・DMとMLの区別がはっきりしていない学生がいる。 ・呼びかけに対して無反応のままである。 などの、ネットワーク・コミュニケーションの経験・認識不足の面も見られた。すなわち、友人同士のコミュニケーションと多数の人が参加する場でのコミュニケーションでの区別があいまいなままMLを利用していたと推測される。 また、MLを有効活用するためには、積極的にメールをする人が一人はいて欲しい、との意見も寄せられた。ネットワークでの社会性をどのように身につけるか、学生が積極的に発言する環境をどのように作成するかは今後の課題である。  さらに、WWW,電子メールやMLを用いて渡米前から積極的にアメリカの学生と交流を行うなど、より幅広い応用が望まれるが、このためには学生の自主管理が重要であると思われる。 7.おわりに  NTIDでは廊下に設置された立って利用できる端末やコンピュータ実習室から、ギャローデット大学では壁のLANコンセントに自分のノートパソコンをつないで、学生たちはいつでもネットワークにアクセスしてこれを使いこなしている様子が見られた。筑波技術短期大学においても、充実したネットワーク設備が整いつつある。このような中、聴覚障害者が卒業後の社会や国際社会で活躍するためには、単に情報機器を操作できるだけでなく、メディア・リテラシとしてネットワーク・コミュニケーションの内容にまで踏み込んだリテラシを身に付ける必要がある。本学でもこのような教育及び実践の場を用意することが重要である。 参考文献 [1] 村上 裕史, 内藤 一郎,他 : 本学学生の情報機器に関する意識調査より。 筑波技術短期大学テクノレポート 5: 69-72, 1998 [2] 村上 裕史, 石原 保志,他: ネットワークコミュニケーションの現状に対する考察。 筑波技術短期大学テクノレポート 7:37-41,2000 Present Situation of Network Communication by Hearing Impaired Students― Short Stay Program at NTID, Gallaudet Univ. and CSUN in 2001 ― KATO Nobuko 1), ARAI Takaaki 2) and HAGITA Akio 3) 1) Department of Information Science and Electronics –Electronics Engineering Course-,Tsukuba College of Technology 2) Department of Information Science and Electronics –Information Science Course-,Tsukuba College of Technology 3) Department of Architectural Engineering,Tsukuba College of Technology Abstract:Network communication systems offer great possibilities for better communication for hearing-impaired students. The 12th short stay program at NTID, Gallaudet Univ. and CSUN was carried out from March 9th to 18th in 2001. This program has been giving good opportunities for students to communicate with each other on the network. In this paper, we describe the communication system for the short stay program using WWW and Mailing List and the results of a questionnaire survey. Key Words:Communication, Hearing Impaired, Network, WWW, Mailing List