聴覚障害児のコミュニケーション分析ツールの開発 筑波技術短期大学機械工学科1) 同聴覚部一般教育等2) 米山 文雄1) 新井 達也2) 要旨:聴覚障害学生への学習指導においては,コミュニケーションをいかに成立させるかということが常に重要な課題である。この課題の解決にあたって,他者とのコミュニケーションと学習の関係を分析する必要が生じる。上記分析を行う際には,コミュニケーション過程に見出される,一連の送り手と受け手のメッセージの付加や解釈によって展開される意味の伝達過程を資料化できることが望ましい。そこで,本研究においては,コミュニケーション分析ツールを独自に開発し,コミュニケーションの資料化を試みた。本ツールを用いたテストを行ったところ,インターネット上で文字を用いたコミュニケーションができ,また,簡単な図形を描くこともできた。さらに,その経過をリアルタイムで観察しながら,容易に資料化することも可能であることが確認できた。資料化されたファイルは,別途開発した観察ツールによってビデオ再生と同様に何度でも観察可能である。 キーワード:聴覚障害 コミュニケーション インターネット 資料化 1.はじめに  聴覚障害学生に対して学習指導をすすめる際には,豊かなコミュニケーションを行うことに気を配る必要がある。円滑なコミュニケーションの有無と学習効果との間には,密接な関係があるように思うからだ。大抵の場合,送り手と受け手それぞれの描くイメージにはギャップが生じる。そのギャップに注目し、分析することは,情報伝達の困難さの所在を明らかにする上で重要なことである。それらを究明できれば,実際の授業における円滑なコミュニケーションとそれに伴う学習効果の伸びを期待できると考えた。現在は,コンピュータの発達に伴いインターネットを使用して文字や図の送受信が可能である。そこで,インターネット上で情報のやり取りが可能なコミュニケーション分析ツールを開発し,このツールの使用により資料化について検討した。 2.コミュニケーション分析ツールの作成 2.1 開発ツールの準備  ツールを開発に用いるプログラミング言語はC++Builderである。C++Builderは,アメリカのBorland社[1]が開発したもので,Windows上で動くアプリケーションをビジュアルなプログラミング環境で作成できる優れたツールである。基本的なユーザーインタフェースシステムがコンポーネント(部品)として利用できるようになっており,あたかもドローソフトであるかのように,マウスでアプリケーションをデザインすることが可能である。また,動作を決めるコードはこれらのコンポーネントと強く関連づけられるため,はっきりとわかりやすく,バグの少ないプログラムを組むことが可能である。  例えば,Windowsに付属の「メモ帳」のようなアプリケーションであれば,簡単なマウス操作とわずかなコードの記述で作成ができる。  現在は,コンピュータの発達に伴いインターネットを使用して文字や図の送受信が可能である。コミュニケーション分析ツールを作成するために,まず対面コミュニケーションとは異なり,1対多のコンピュータを介した文字と図のメディアによる双方向コミュニケーションが対象で,少なくとも下記の3つの条件が必要である。 (1)3台以上のパーソナルコンピュータを使用し、インターネット接続が可能であること。 (2)全てのパーソナルコンピュータ間でリアルタイムにチャットができること。 (3)チャットと同様にリアルタイムに図形を描くことができること(ホワイトボード)。  ここで,ドローソフトのように線や矩形を描くことをホワイトボードと呼ぶことにする。  これら3つのすべての条件を満たすツールを,通常のC++Builderでは作成することは不可能である。仮に第1の条件において,2台のパソコンを使用するのであれば,C++Builderでも作成可能である。しかし,3台以上のパーソナルコンピュータのインターネット接続はサポートされていない。しかしながら,幸いにも,(株)ナルボが開発したC++Builder用のコミュニケーション・コレクションというツールを使えばそれが可能である。さらに,音声,ビデオ画像,テキスト,図形等のマルチメディアによるインターネット通信も可能である。このコミュニケーション・コレクションのツールの利用により,上記3つの条件を満たすツールを作成することができる。 2.2 コミュニケーション分析ツール作成  本研究は,C++Builderと上記のコミュニケーション・コレクションのツールを使ってコミュニケーション分析を行うためのツールを作成した。このコミュニケーション分析ツールを作成するに当たって,コミュニケーション過程に見出される,一連の送り手と受け手のメッセージの付加や解釈によって展開される意味の伝達過程を分析するために,下記のようなコミュニケーション環境を設定する必要がある(図2)。 (1)観察者はサーバーパーソナルコンピュータ(以下,サーバー)を使用し,送り手と受け手はクライアントパーソナルコンピュータ(以下,クライアント)を使用する。そのために,サーバー用のソフトとクライアント用の2つのソフトが必要となる(図4と図5) (2)チャットはサーバー側もクライアント側も使用可能とする。 (3)図形を描くホワイトボードの使用はクライアントのみで,描いた内容を他のクライアントからは観察することができないようにする。 (4)サーバー側では,クライアント同士のコミュニケーションが観察できるようにする(すべてのクライアントのホワイトボードがサーバーに表示される)。  特に図形を描くホワイトボードについて,全く基準がない状態では,相手に文字で図形の大きさと形を伝えることは難しい。そのため,正方格子(グリッド線)を入れることで,文字で図形の大きさや形を伝えることが可能になるよう工夫した。また,きれいな図形を描くことができるように,スナップ(マウスでヒットした点を近くのグリッド線の交点に持っていく)を付けて,独自のホワイトボードを作成した。グリッド線を大きく(10×10)することで,きれいな図形が簡単に描けるようになった(図3)。  このように作成されたコミュニケーション分析ツールによって,送り手と受け手はチャットと同じ操作で文字を伝え,受け手はドローソフトと同じ操作で図形を描くコミュニケーション環境が作られる。また,送り手と受け手のコミュニケーション内容の流れを観察者はサーバー側で見ることができるようになった。 2.3 ツールによる資料化  コミュニケーション過程に見いだされる,一連の送り手と受け手のメッセージの付加と解釈を分析するためのデータを記録するために,自動ファイル保存機能を利用した。保存場所はサーバーで,ファイル名は一番最初に接続されたときの日時とし,すべてのパーソナルコンピュータが通信及び切断された時点でサーバーが自動的にファイルを保存するようにした。保存方法は送り手と受け手の間でやりとりされるメッセージ,文字と図はすべて時系列形式にデータとしてファイルに記録される。 2.4 再生機能を持つ観察ツールの作成  資料化されたファイルを観察するために,上記分析ツールとは別に,新しいツールを作成した。この観察ツールによって,各クライアントのチャットやホワイトボードの操作内容の流れを目で見ることができる。しかも,再現機能があるので,ビデオ再生と同様に一連のコミュニケーション過程を観察することができる。 図2.分析ツールを作成するためのコミュニケーション環境 図3.作図例 図4 サーバー用ソフトの画面 図5 クライアント用ソフトの画面 3.ツールの使用手順  使用方法について,まずインターネットを使用してサーバーとクライアントと接続する。サーバー(図4)は起動するだけ,クライアント(図5)は起動して接続ボタン(図5の⑩)を押してサーバーのIPアドレスを入力すれば,自動的にサーバーと接続される。そのとき,サーバーはクライアントの誰が接続されたかを目で見ることができる(図4の⑧)。そのあと,チャットはワープロ感覚で文字を入力(図5の⑭,⑮,⑯,⑰),ホワイトボードはドローソフトのように図形を入力(図5の⑲,⑳)するだけで簡単にコミュニケーションを行うことができる。これらの操作内容をサーバーに全て表示されるので目で確認することができる(図4の⑥,⑨)。終了したい場合は,切断ボタン(図5の⑪)を押すだけで自動的に切断してくれる。  操作内容は全てファイルに記録されるので,観察者はサーバー側で見るだけで,記録などの作業をする必要はない。記録されたファイルをもう一つ開発された観察ツールを使って細かく分析が行えるのである。 4.ツールによる実験  本研究において開発したコミュニケーション分析及び観察ツールを評価するために,本学の学生3人(全員3年生)の協力を得て,下記の実験を施した。 4.1 方法 (1) 送り手(1人)と受け手(2人)を決める。 (2) 送り手に簡単な図形を提示する。(図6-1,図6-2)。 (3) 送り手は,その図形をツールを用いて,文字で説明する。その際,受け手はリアルタイムでこの文字情報を得ることができる。 (4) 受け手は送り手からの文字情報をもとに,図形の再現を試みる。送り手からの情報が不可解な場合には,受け手は送り手に向けて質問し,答えを待つ。((2)~(4)の過程を何度か繰り返す) (5) 受け手2人の終了の意思に従い,コミュニケーションを終わらせる。 (6) 上記のデータがサーバー内に自動的に保存されたことを確認する。 (7) 保存されたファイルを観察ツールを用いて再現可能であることを確認する。(その一部を事例に示す。但し、Sを送り手,R1,R2を受け手とした。) 4.2 結果  本実験によって次の評価を得ることができた。 (1)離れた場所にいるクライアント同士でリアルタイムに文字情報のやり取りができる。 (2)受け手が簡単に図形を描くことができる。 (3)サーバー側では,クライアント同士の文字情報のやり取りと受け手からの図形をリアルタイムで観察することができる。 (4)上記のデータをサーバー内に全て保存できる。 (5)観察ツールを使用することにより,保存データを繰り返し再現することができる。 図6-1 図6-2 5.おわりに  本研究においては,聴覚障害学生を含むコミュニケーションを想定し,インターネット上で情報のやり取りが可能なコミュニケーション分析ツールを開発した。本ツールを用いることにより,一連のコミュニケーション過程における送り手と受け手のメッセージの付加や解釈等をリアルタイムで観察でき,また,その結果を資料化できるようになった。さらに,別途開発したコミュニケーション観察ツールを用いることにより,資料化されたデータをビデオ再生と同様に何度でも観察することが可能になった。本ツールを有効に用いることで,さらに深いコミュニケーション分析が可能になるはずである。  今後は,このコミュニケーション分析ツールを使用して,情報伝達の困難さの原因を究明し,実際の授業等に生かしていきたい。 参考文献 [1] Borland:http://www.borland.co.jp/index.html A Communication Analysis Tool for Students with Hearing Impairment Fumio YONEYAMA1) , Tatsuya ARAI2) 1) Department of Mechanical Engineering, Tsukuba College of Technology 2) Department of General Education, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology Abstract:In the education of students with hearing impairment, a subject always material is how communication is established. In order to better understand this subject, it is necessary to analyze the relation of communication and learning to each other. When performing this analysis, it is desirable that the transmission process of the sense obtained by the addition and the interpretation of a message between the sender and the receiver, which are found out by the communication process, can be filed. In this research, a communication analysis tool was developed personally, and it was tested. Consequently, we were able to communicate using characters and to draw a graphic easily on the Internet. Furthermore, we were able to easily save a file, observing the communication process in real time. We were able to observe the communication process repeatedly, as video replays from the saved file, using the observation tool developed independently. Key Words:Communication Analysis, Hearing impairment, Communication, Internet