鍼灸師の卒後研修(2)-研修達成度評価の妥当性- 筑波技術短期大学附属診療所 山下 仁 津嘉山 洋 要旨:筑波技術短期大学における鍼灸師の卒後研修における研修達成度評価方法の妥当性について検討した。臨床技術についてはチェックボックスを用いた評価が可能であると思われ,達成度は3ヶ月から2年まで,徐々に向上していた。研修生による自己評価は,教官による評価よりも謙虚であった。自己評価と教官の評価は一致しないことが多かったため,両者の評価を併せて研修達成度を検討することが重要である。 キーワード:鍼灸師,卒後研修,評価,妥当性 1.はじめに  日本では国家試験に合格してはり師・きゅう師の免許を取得すると、卒後研修を行う義務なしに開業することが可能である。しかし卒前の臨床教育のみでいきなり臨床活動することに不安を感じている鍼灸師は多く、病院や鍼灸院などに就職して臨床の知識と技術を習得してから開業する場合が多いようである[1]。資格を取得したばかりの鍼灸師が、病院や鍼灸院などに就職しても、臨床研修を行うことは難しいと思われる。経営に貢献するため、次から次に来診する患者に流れ作業的に物理療法や手技療法を行うことで毎日を過ごす新卒の鍼灸師は少なくないであろう。実際、「鍼灸の卒後研修ができる」と公言できるような医療施設[2]は、全国的に決して多いとはいえない。  筑波技術短期大学附属診療所では、平成5年度以来、鍼灸臨床経験の浅い新卒の鍼灸師を中心として毎年若干名を受け入れ、鍼灸の臨床研修を行う機会を提供してきた。その概要は既に報告したとおりである[3]。研修の到達目標として、 1)解剖・生理・衛生学的な観点から安全な施術の知識と技術を身に付ける。 2)現代医学的な病体の把握ができる。 3)鍼灸の適応疾患と不適応疾患の判断ができる。 4)臨床所見および検査データの現代医学的解釈ができる。 5)治療効果を客観的に評価できる。 という5項目を設定し、東洋医学的疾病観(あるいは健康観)を尊重しながらも、現代医学の概念を用いて他の医療従事者と意見の交換ができる鍼灸師を養成することを目指してきた[3]。  研修目標を設定すると、その目標が達成されているかどうかを評価する必要が生じる。目標達成度を客観的に評価することは、研修内容にフィードバックさせて指導方針の改善を図る上で重要である。また設定した研修目標が何年程度で達成されるのかを知る上でも評価は必要となってくる。しかし現実には、一定の基準にしたがって研修生を評価することは非常に難しい。医療従事者として、一人の人間として、学ぶ者として、あるいは技術者として等々、様々な側面があるため、評価者によって大きく差が生じることが予想される。そこで我々は、指導教官による鍼灸師の一方的評価だけでなく研修生による自己評価を併せて取り入れ、卒後研修における研修達成度の評価が可能かどうか、もし可能であればどのような側面における評価が妥当あるいは有用かを明らかにするために、評価項目を作成して検討を行った。 2.方法  まず、以下に示すように、3つのカテゴリーに分類される合計20項目を設定した研修達成度評価表(以下、評価表とする)を作成した: 医療従事者としての自覚 1.服装・身だしなみが問題なくできている。 2.社会の常識をわきまえた言動ができる。 3.患者の立場になって考えることができる。 4.医療に携わる者としての患者対応ができる。 5.保険診療期間のシステムを理解している。 研修鍼灸師としての自覚 6.受け身でなく積極的に研修システムを利用しようとしている。 7.公私のけじめがついている。 8.診療業務に支障をきたさないよう配慮している。 9.他の部署の専門性を認め、尊重している。 10.協調を重んじ、他者の負担を斟酌している。 11.指示の意味を理解し、適切な行動がとれる。 12.研修によって更なる知識と技術を習得しようと努力している。 臨床技術の達成度 13.患者の問診をして内容をまとめられる。 14.必要な診察項目を選び、正しく行うことができる。 15.患者の訴えと問題点を把握して、それを簡潔に指導者に伝達できる。 16.施術者の補佐が適切に行える。 17.自分で安全な施術ができる。 18.突発的な状況に対し、落ち着いて適切な処置ができる。 19.時間や患者の混み具合を考慮し、効率よい問診・診察・施術ができる。 20.患者からの評価が高く、診療所の運営に貢献している。  これらの評価項目は、前述した5項目の研修目標にこだわらず、当診療所における過去数年間の鍼灸師卒後研修の経験から認識された問題点をもとに我々が作成したものである。  平成10年度と平成11年度に在籍した附属診療所研修生を対象として、研修開始後3ヶ月目、6ヶ月目、1年目、1年3ヶ月目、2年目にあたる時期に自己評価を依頼した。また、同じ時期に同じ評価表を用いて、それぞれの研修生の指導教官にも評価を依頼した。  記入された評価表は、達成できたとされる項目数の総計およびカテゴリー別の合計を集計し、研修期間による達成度の推移を検討した。例数が少ないため統計処理は行わず、平均と標準偏差(SD)を表示して、研修達成度の大まかな推移と評価のばらつきに注目した。個々の研修生や教官が特定できるようなデータの表示は行わず、全般的な傾向を検討することとした。また、設定した20の評価項目について、自己評価と教官による評価との整合性についても検討した。 3.結果 3.1 達成されたとされる項目の総計の推移  図1に、研修達成項目総数の推移を示す。研修生の自己評価では、評価時期が研修3ヶ月目、6ヶ月目、1年目まで順に、達成されたとされる項目数が増加してゆく傾向があるように見えるが、その後は項目数が減少しており、安定していなかった。全部で20 ある評価項目のうち、平均値で最低8.3(3ヶ月目)から最高10.8(1年目)の差であり、SDから見たばらつきを考慮すると、達成されたとされる評価項目数は全体として明確な変化が認められなかった。  一方、教官による評価は、平均値で3ヶ月目が最低で6.0項目であり、研修期間が長くなるにしたがって徐々に評価が高くなる傾向があり、2年目の評価で13.7項目と最高に達していた。  研修生自身の自己評価よりも教官による評価のSDは大きく、教官ごとの評価基準のばらつきが大きいか、または研修達成度のばらつきが大きいことが示唆された。 3.2 カテゴリー別の達成項目数の推移  図2に、カテゴリー別に分けて研修達成項目数の推移を示す。「医療従事者としての自覚」の5項目については、自己評価では増加・減少いずれの傾向も見られず、教官による評価ではやや増加傾向であった。「研修鍼灸師としての自覚」の7項目については、自己評価では全評価時期を通じて一定の変化が見られなかったが、教官による評価では6ヶ月目から1年3ヶ月目にかけて、達成されたとされる項目数が増加する傾向が見られた。  「臨床技術の達成度」の8項目については、自己評価・教官による評価ともに、全体として(1年3ヶ月目の自己評価のみ例外)、研修期間を重ねるにしたがって、達成されたとされる項目数が増加する傾向が見られた。またこのカテゴリーにおいては、6ヶ月目以降、教官による評価の方が研修生の自己評価よりも高い傾向を保っていた。 3.3 研修生の自己評価と教官による評価との整合性  図3に、10例集めることができた研修1年終了時の自己評価と教官による評価との一致度を、全20評価項目別に示す。「評価一致」が7割以上であった評価項目は、4、6、7、8、10、15、20番の7項目であった。「自己評価が低い」が4割以上であった評価項目は、2、3、13、18、19番の5項目であった。「自己評価が高い」が4割以上であった評価項目は、5、9、12、18 の4項目であった。 図1 研修生自身と指導教官が評価した研修達成項目の総数 図2 評価項目カテゴリー別の研修達成度(平均±SD) 図3 研修生自身による評価と指導教官による評価との整合性 4.考察  検討対象となった研修生が少人数であったため、ばらつきが大きく傾向が見出しにくい結果となった。また、各評価の時期ごとに在籍していた研修生が若干異なっていたため、全員の研修生について2年間の評価の推移を追跡できなかった。しかしこのような問題点があったにもかかわらず、結果から以下に述べるような傾向を見出すことができた。  第一に、臨床技術は研修を重ねるとともに向上が見られたが、医療従事者および研修鍼灸師としての自覚の向上が明らかでなかった(図2)。「医療従事者としての自覚」および「研修鍼灸師としての自覚」のカテゴリーについては、教官による評価で3ヶ月目と2年目とを比較すれば向上していると判断できそうだが、研修生による自己評価は難しいのかもしれない。これらのカテゴリーの評価項目は漠然としていて研修生は評価に戸惑った可能性もある。このことから今回設定した評価項目のカテゴリーのうち、臨床技術の達成度については自己・指導者ともに評価が可能であると思われる。これに対して、態度・心構えといった項目については、今回我々が試したような方法での評価(特に自己評価)は難しそうである。  第二に、臨床技術の達成度について、教官の評価よりも研修生の自己評価は謙虚であった(図2)。あまり大きく自己評価しておかない方がよいという控え目な態度なのか、心の中でも本当にそう評価していたのかは不明である。日頃の臨床で研修生は患者を目の前にして「まだまだだ」という劣等感をしばしば受けるようである。しかし彼らの目指しているレベルは、指導教官も達成できていない場合もある。両者の評価の差は、このような「理想のレベル」に対する妥協度の違いから生じたのかもしれない。  第三に、自己評価と教官による評価は一致しないことが多かった(図3)。評価項目番号9の「他の部署の専門性を認め、尊重している」が最も著しい過大評価(研修生側から見て)となっていた。研修生は他の部署のスタッフにかなり気を遣っているのだが、医療機関に慣れていないために、他のスタッフからは非常識に見える言動があるのかもしれない。このような苦情は研修生に直接指摘されず指導教官に訴えられるため、研修教官の評価が厳しくなった可能性がある。評価項目番号2の「社会の常識をわきまえた言動ができる」および項目番号19の「時間や患者の混み具合を考慮し、効率良い問診・診察・施術ができる」は最も著しい過小評価(研修生側から見て)となっていた。これらは前段に述べたような理由によるものではないかと考えている。しかし類似した項目(例えば項目番号2に対して項目番号7)では評価が一致していたりするなど、不明な点も多い。いずれにしても自己と指導者による評価の整合性は良好でないため、両者による評価を併せて研修達成度を検討することが重要である。  近年ではobjective structured clinical examination(OSCE)[4,5]を鍼灸臨床技能に導入しようという動きがある[6]。より客観的な評価という観点では期待できるが、大がかりな準備と人員が必要であることから、メリットと負担を天秤にかけ、当診療所の研修達成度の評価にOSCEを導入することについては慎重でありたい。我々の評価対象は日々共に業務を行っている「仕事仲間」であるため、日常の印象から研修達成度を評価することには重要な意味が含まれている。この特徴を失うことなく信頼性のある評価法を模索する必要がある。また今回はデータを集合的に検討したが、実地の指導においては個人の評価データをもとに個別の対応が必要であることは言うまでもない。さらに次の段階として、より適切な評価を試し、その結果を研修内容にフィードバックさせるという重要な課題が残されている。 謝辞  評価に御協力いただいた診療所研修生および鍼灸学科鍼灸臨床系教官の皆様に感謝いたします。 参考文献 1)医道の日本社:鍼灸科学生の意識調査.医道の日本591:138-143,1993. 2)医道の日本誌編集部:特集・東洋療法学校卒業生に贈る!卒後どこで研修できるか.医道の日本643:146-161,1998. 3)山下 仁、津嘉山 洋他:鍼灸師の卒後研修-筑波技術短期大学附属診療所における試み-.筑波技術短期大学テクノレポート5:211-216,1998. 4)Harden RM, Stevenson M, et al.: Assessment of clinical competence using objective structured examination. BMJ 1:447-451,1975. 5)伴 信太郎:客観的臨床能力試験-臨床能力の新しい評価法-.医学教育26(3):157-163,1995. 6)東海医療学園専門学校が卒業試験にOSCEを導入.医道の日本683:4,2001. Acupuncture Internship Program for Licensed Acupuncturists (2)- Validity of Evaluation Method - Hitoshi YAMASHITA, Hiroshi TSUKAYAMA Tsukuba College of Technology Clinic Abstract: Tsukuba College of Technology Clinic has an acupuncture internship program. We assessed the validity of the evaluation method of each intern's achievement. The results suggested that it is possible to evaluate the interns' clinical skills, which gradually improved in the training period between three months and two years, by ticking off the items of achievements. The interns' self-evaluation was rather modest when compared with the preceptors' evaluation. Because of substantial inconsistencies such as overestimation and underestimation, the intern's achievement in training should be assessed by both self-evaluation and preceptor's evaluation. Key Words: Acupuncturist, Training after graduation, Evaluation, Validity