英国高等教育機関における障害者支援体制 筑波技術短期大学視覚部一般教育等1) 同教育方法開発センター(視覚障害系)2) 青木 和子1) 石田 久之2) 天野 和彦1) 要旨:英国の高等教育機関(Higher Education)における障害者支援は1995年に施行された新障害者法以降、全国レベルでの体制が整いつつある。一方、個々の教育機関では独自の支援体制をもつところもあり、実情、利点、問題点等についていくつかの大学及び視覚障害関係機関を訪問し調査した。今回の調査の特徴は障害者支援の担当者自身の話から、現状や問題点を明らかにする事にある。 キーワード:英国高等教育機関・障害者支援・視覚障害・障害学生担当教官 1.背景 1.1 英国の高等教育制度  英国では5歳から16歳までが義務教育期間であり、この期間終了後は次の二つの進路に分かれる。一つは最終的に何らかの職業技術を身につけ社会にでるためのコースで職業補習教育(Further Education)と呼ばれる。主に16歳から18歳の学生が対象となるが。職業技術を証明する資格として、様々な国家資格制度が設けられ、それぞれレベル1からレベル5まで制定されている。保母、庭師、会計士、事務職、救急隊員などあらゆる職種にわたる職業教育が各カレッジで提供されている。もう一方は最終的に何らかの学位を授与することのできる高等教育機関(Higher Education)である。18歳からであるが、社会人学生の割合が多く幅広い年齢層の学生が学ぶ。 1.2 障害者教育  義務教育の段階でも障害児の教育にはいくつかの選択肢がある。基本は各教育委員会によるステートメントである。専門家群による判定の結果、どのようなニーズがあり、どのような教育が適当か、また家庭環境および親や本人の意向などを加味しステートメントの内容は決定される。多くは統合教育の流れにのり一般校へ進み、そこで個別の支援を受ける。また、各地域には特別学校があり、ここは上記判定の場でもある。さらに重度の障害のため家庭での生活が困難な者や、家庭的な問題がある児童・生徒のための寄宿制の特別学校がある。  高等教育機関ではほとんどが一般の教育機関を選択することになり、障害学生としての支援を受けることになる。 1.3 高等教育機関における支援体制  二つの高等教育機関によって障害学生の支援体制は異なる。職業補習教育機関では、障害学生支援のための経費は教育機関に対して支給されるが、高等教育機関では、個々の学生に対して障害学生手当が支給される。これはそれぞれの財政を支える組織の違いによる。前者は職業補習教育財務評議会(Further Education Funding Council, FEFC)が、そして後者は高等教育財務評議会(Higher Education Funding Council of England, HEFCE)が各教育機関を統括している。ここでは後者(これ以降は大学と呼ぶ)についてその概略を述べ、次に英国での調査内容を報告する。 2.大学における障害学生に対する支援 2.1 障害者法 Disability Discrimination Act 1995  1995年に施行された新障害者法は、英国社会のあらゆる側面において障害者差別をなくすことを目指したものである。年次を追うごとに改訂が加えられ、そのカバーする分野が増えているが教育面は含まれていない。しかしながら現実には、この法律の影響は大学における障害者支援の体制に大きな影響を与えている。障害学生に対して大きく大学が門戸を開く方向に動きだしたのは、1990年代に入ってからであるが、次に述べる具体的な体制が整ったのは1995年以降である。 2.2 Disability Statement  上記障害者法は、各大学に対し障害者の受け入れ及びその教育体制についての方針をまとめHEFCEへの報告を義務づけている。これが障害学生ステートメントである。これは障害学生の受け入れそのものを義務づけるものではないため、「諸般の事情により本学では受け入れない」と表明しても法律違反とはならない。しかし、現実にはこのステートメントの実施によりこれまで遅れを取っていた大学への障害学生の受け入れが進み、関連した分野の研究もHEFCEの主導により大きく前進するきっかけとなった。  ステートメントは、大学としての障害学生受け入れの方針、現時点での受け入れの体制、支援内容、そして将来計画などについて表明することになっており、ほとんどの大学が文書の他にインターネット上でも公開している。実際にはそのほとんどが障害学生を積極的に受け入れる方針を明らかにしている。また具体的な支援体制、サポートスタッフの紹介、相談の機会などについて詳細に述べられているものが多い。70数校のステートメントを概観すると、多くの共通点がありこの問題に関して大学間での情報交換がかなり進んでいることが見て取れる。また、ステートメントの内容を常に見直すことによって、その改善が図られていると思われる。HEFCEは障害者法の施行以前から(1993-94「障害学生に対する全学的アプローチの推進」が最初のプロジェクト)いくつかの大学で特別予算を組むことによってこの分野の研究を強力に推進し、その結果を各大学の支援体制の改善に役立てるため積極的な役割を果たしてきた。現在は受け入れ体制に関する研究はほぼ完了し、次の大きな課題として「教育の質」に関する研究プロジェクトが進行している。 2.3 障害の種類  障害の分類についてはほぼ共通している。 ・感覚障害(視覚・聴覚障害) ・身体障害 ・ディスレクシア(dyslexia) ・見えない障害(unseen disability) ・その他の障害  最も数が多いのはディスレクシア群である。何らかの支援を受けることにより通常の、あるいはそれ以上の優れた能力を発揮することができるグループとして高等教育機関での支援対象として大きな地位を占めている。多くの大学が公表している障害学生の総数(HEFCEは全学生中、約4%と見積もっている)に対してこのグループはほぼ半数あるいはそれ以上を占めている。  見えない障害と言われるグループには、腎臓障害、肝臓障害、心臓障害など内部疾患をもつ者のほかに精神障害も含まれるとされている。勉学および学生生活を送る上で、何らかの配慮が必要と言う意味で障害学生と認定される。上記グループの中で、視覚障害は最も数の上では少ないグループである。 2.4 障害学生手当(Disabled Student Allowance)  高等教育における障害学生のための財政援助は、教育省障害学生手当(Department Education Disabled Student Allowances、一般にはDSAと呼ばれる)が主になっている。これは該当学生個々に対して、それぞれが居住する地域の教育委員会が直接支給する。1990-91年に開始されて以来、支給を受ける学生の数は飛躍的に増えている。支給額は年々増やされ、現在は次のようになっている。 ・必要機器類の購入 3,650ポンド ・医学関係以外の個人的サポーターの雇用 4,850ポンド ・その他年間手当 1,215 ポンド  これは当初フルタイムの学生のみが対象であったが、パートタイムの学生に対しても一部支給されることが決定されている。 2.5 障害学生担当教官 Disability Coordinator  各大学は障害学生を積極的に受け入れるに当たり、そのための専門部局を設ける必要があった。その中心となるのが障害学生担当教官(Disability Coordinator or Adviser on Disability)である。どの大学もステートメントの中で障害学生はこの担当教官に最初にアクセスするべきであると述べている。大学によっては様々な業務を分担するため、さらに専門の担当者を任命し障害学生担当チームを形成しているところも多い。一般に障害学生担当教官は、障害学生一般の相談等に応じるが、ディスレクシアを専門に担当するコーデイネーターを置くところも多い。これはこのグループの数の多さを反映していると思われる。障害学生担当教官の役割、学内における地位などについて具体的な規定は定められてはいない。  そこで今回、いくつかの大学を訪問し、担当教官自身からその業務内容、支援の現状、問題点等について直接インタビューを行った。次にその結果について報告する。 3. 障害学生担当教官の役割と支援の実態  2000年3月、ヨーク大学、エクセター大学、イーストロンドン大学において障害担当教官(Disability Coordinator)あるいは障害学生担当官(Disability Adviser)と面接し、各大学の実状を聞くことができた。次にその概要についてまとめる。 3.1 ヨーク大学 University of York  ヨーク大学は学生数8,000人余りで、国立大学の中では小規模な大学である(大学院生は除く)。Adviser on Disabilityと呼ばれる障害学生担当教官は、通常はコンピュータ サイエンスの教官として講義などを担当し、週1日を障害学生担当として勤務する。いわゆるパートタイムの担当者である。彼の他にディスレクシア担当者がいる。 Dr. Alistair Edmondインタビュー内容(2000/3/13) ・ヨーク大学の障害学生に対する支援体制は、現在望ましいとされるものにはまだ遠く及ばず、最小限のものである。 障害学生が入学を希望する場合の手続き 1. アドミッション オフィスで願書とともにどのような支援を必要とするかというアンケートに記入をする。 2. アカデミック インタビューに続いて、障害及び必要とする支援内容についてのインタビュー(アドミッションオフィスの障害担当者が実施) 3. 入学が許可された時点で、障害学生担当教官と面接 4. 必要なアセスメント(判定)を行う。ヨーク大学の場合はこれは地域の担当者に依頼している。 5. 判定に基づいて、各学生が所属する教育委員会に具体的に必要な支援を提示して、障害学生手当の申請書を提出する 6. 具体的な支援体制づくりをする。各機関への依頼、相談、助言(ヘルパー探し、コンピュータシステム、講義中の配慮事項、テストの受け方など)  これらのすべてを障害学生担当教官が実質的に行うわけではないが、本人の状態を正確に把握し、必要な調整を行うことが担当教官の役割である。さらに学内においても関係者との様々なミーティングを行い、支援体制の見直しを行う。 障害学生数(1999年)総数:345  これは全体の3.9%に相当する。国立大学の平均をほんのわずか上回っているが、提唱されているレベルよりは低い。 障害種別グループ 見えない障害:190(喘息、アレルギー等を含む主に医療面のケアが必要) ディスレクシア:67(支援を受けるためにディスレクシアであると本人が宣言し登録された数で実際にはもっと多く、おそらく100人をこえるであろう) 聴覚障害:16(現在のところ手話を使用する学生はいない) 視覚障害:13(現在のところ全盲はいない) 身体障害:13(重度の障害のため、車椅子を使用し個人的な介助者がついているのが3人) 精神疾患を持つもの:7 学内支援スタッフ  入学などに関わる事務官・宿舎に関わる事務官・教育スタッフ(教官・補助者)・図書館、福利厚生センター、健康センター、就職センター、学生会などに関わる職員など多様であり、これらを統括するのが障害学生担当教官である。要求されることが非常に多く物理的にも精神的にも大変である。 学外支援スタッフ  現在はいわゆるボランテイアはあまり使わない。学生が直接サポーターを雇う形が定着している。24時間体制の介助者から、授業中の筆記者、読み上げ者、送り迎えなど様々で、それぞれ専門の訓練を受けた人を紹介する団体もある。 ディスレクシア関連  英国では長い間議論になってきた障害グループであるが、現在では公的に認知されている。しかしアセスメント(判定及び評価)が非常に大変なためディスレクシア担当官をおいて、支援体制についてもそちらが専門に対応している。このグループの学生は読むことに障害があるため、視覚障害者と同様に読み上げ機能がついたコンピュータがサポートとして最も有効に機能している。 障害学生担当教官の役割と問題  障害学生に関わるあらゆる側面についての相談、助言、支援体制づくりが主な任務であるが、現実には書類づくりが非常に多い。また調整のためいろいろな部局に出向くことも多いため、一番問題なのは時間の不足である。その大きな原因は自分が週1回ベースのパートタイムだからである。学内の設備面の改善や支援体制のモニターなどまだまだやるべきことはたくさんある。やはりフルタイムまたは複数の担当者がいることが望ましい。  金銭面では現在のところあまり問題はない。必要に応じて大学側も予算を回してくれる。  最後に図書館にある視覚障害者用の自習室を見学した。これは本学の対面朗読室をやや広くした程度の部屋で、カーツワイルを備えたPCシステムと点字プリンターが置かれている。現在は全盲の学生がいないため使われていない。また実際に全盲の学生がいたときも、個人のPCをもち、そこに必要な機能を持たせる方が使いやすいと言うことで、今やこのような中央サービス的な設備はあまり意味を持たなくなっていると言えそうである。 3.2 イーストロンドン大学University of East London  イーストロンドン大学は、学生数約12,000で、5つのキャンパスがある。今回訪問したのはストラットフォードキャンパスである。この大学では、障害学生担当者として以下の3名をDisability Statementの中で公表しいている。 ・特別なニーズをもつ学生のための管理者(Administrator for Students with Special Needs) ・障害学生担当教官(Co-ordinator for Students with Disability) ・ディスレクシア担当教官(Co-ordinator for Students with Dyslexia)  さらにストラットフォードキャンパス内には、RNIBの視覚障害学生サポートセンターがある。今回障害学生担当教官とサポートセンターの責任者の話を聞くことができた。 障害学生担当教官Viv M. Parker講師へのインタビュー内容(2000/3/16)  パーカー講師は、週2日を障害担当教官として勤務し、その他は専門の講義を行うパートタイムのコーデイネーターである。しかし彼女はこの分野での職務経験が長く、それに基づいた研究実績を持つこの地区での中心的存在である。彼女からは、前述の英国の高等教育機関における障害学生支援体制についての概要を聞くことができた。以下に述べるのは、イーストロンドン大学についての固有の情報である。 ・パーカー講師が障害担当教官として勤務するのは、キャンパスの一角にある学生サポートセンターの一室である。ここには後述するRNIBのサポートセンターが隣り合わせた形である。彼女の部屋には他にアシスタントの女性がフルタイムで常駐し、学生やスタッフからの相談を受け付けたり、コンピュータ技術者として補助的な仕事をしている。 障害学生数  障害学生として宣言しているのは約500人。その半数近くはディスレクシアの学生である。次に多いのは見えない障害群であるが、障害として認識されることが難しいため、宣言をしていない学生も多いと思われる。視覚障害学生は全体からみて少ないグループである。しかしここにはRNIBのサポートセンター(理学療法科Phisiotherapy Courseのみに対応)があるため、通常の大学より若干多い。 障害学生担当教官の仕事  非常に多くの書類関係の仕事がある。具体的には教育委員会やその他の機関に対する申請書類の作成、障害の判定(ここではこの地域の全体の判定を委託されている。ただし、視覚障害者については、RNIBのサポートセンターが行う)、具体的な支援(介助者などの人捜し、サポート機器類、設備の調達、サポートチームの連絡・調整など)を行う。 サポーター関連  以前はボランティアに依存する部分が非常に多かったが、現在はDSAにより学生自身が人を雇う形がほとんどである。雇用契約を結び、時間、仕事内容などについても基本的には学生自身が決める。金額についての規定は特にないが、専門的な技術(たとえば手話通訳)が伴うほど高くなる。移動などの世話をする介助者を含めて専門的なトレーニングを受けた人が望ましいが、人材不足は否めない。 RNIB理学療法サポートセンター 責任者Karen Atkins講師及び技術スタッフとのインタビュー(2000/3/16)  RNIBは長年視覚障害者の職業教育として理学療法士の養成に力をそそいできており、実際に医療現場では多くの視覚障害者が活躍している。10年前までRNIBの独立したカレッジがあったが、統合教育の流れにのり現在の形となった。今センターが支援している学生は19名で、UELの学生は6名である。他は他大学の理学療法コースの学生である。このコースを修了した学生は今までに100人を超し、就職率は100%である。英国では今も理学療法士の数は不足しており、就職の心配はない。職場では、様々な文書処理能力も要求されるがこのセンターで習得したスキルを応用して適応している。また、RNIBとしては、視覚障害者の働く職場に対してもサポートシステムなどについての助言をしている。  センター長であるアトキンス講師は大学の講師でもあり、全体の調整から具体的な授業内での援助も行っているという。  技術面のサポーターとしてのスタッフが別にセンターに常駐し、学生の障害についての判定から様々な機器類の調整、指導にあたっている。さらにテキストやレポート、試験の点訳作業も行う。この部屋には障害補償のされたパソコンの他に触図や解剖模型などがあり、学生は自由にこれらを使い自習することができる。 3.3 エクセター大学University of Exeter  エクセター大学はイングランド南西部にあり,その学生数は約10,000人余りである。障害学生の実態および彼らに提供されるサービスについては前出の2大学と特に違いはないが,その支援体制の運営について大きな特徴が見られる。障害学生を含め,学生全般に提供されるサービスの統括・担当は,Student Advice Centreと呼ばれる部門である。 Mr. Rodney Bridges インタビュー内容(2000/3/14)  Bridges氏はStudent Advice Centre Managerとしてフルタイムで勤務している。彼の勤務内容はエクセター大学学生の生活に対する支援であるが,彼は大学の教職員ではなく,Guild(ギルド:Student Union -学生会)と呼ばれる組織と雇用関係にある。エクセター大学では,Student Advice Centreをはじめ,学生生活への支援部門は大学当局ではなく,Guildがその統括・運営にあたっている。これら二者は,大学当局が「場所(スペース)」を,Guildがそれを活用して「サービス」を提供するという関係にある。Guildはその活動資金を,学内で様々な商業活動(喫茶・軽食店,バーの経営,コンサートやスポーツなどエンターテイメントの開催など)を行うことで収益を上げることにより,まかなっている。  今後,障害学生支援を充実させるためには,より多くのスペースとより多くの専門家の配置がのぞまれるが,財政上の問題が大きい。しかしもっとも大切なのは,“More we do, More students come.”ということだ。 (※インタビューにあたっては,当時エクセター大学留学中であった本学診療所山下 仁先生にご尽力いただいた。) 参考文献 1) Jane O. Hutchinson, Karen Atkinson, et al.: Breaking Down Barriers. Stanley Thornes, 1998 2) Royal National Institute for the Blind: RNIB Strategy. 1994-2000. RNIB, London, 1994 3) University of East London: Student's Handbook - Disabilities, Dyslexia and Special Needs, UEL, 1996. Support System for Disabled Students in Higher Education in the United Kingdom Kazuko AOKI1),Hisayuki ISHIDA2)&Kazuhiko AMANO1) 1)Department of General Education, Division for the Visually Impaired, Tsukuba College of Technology 2)Research Center on Educational Media, Division for the Visually Impaired, Tsukuba College of Technology Abstract: The support system for disabled students in colleges and universities in UK has developed since New Disability Discrimination Act was implemented in 1995. First we discuss about the background of the systems and then we report the present situations of three universities based on information we got from interviews for disability coordinators in three universities, i.e., University of York, University of East London, University of Exeter. Key Words: Higher education, Disabled students, Support, Disability coordinator, UK