アメリカの高等教育におけるユニバーサルデザイン-2000年.カンサスシティ国際会議報告- 筑波技術短期大学建築工学科1) 元松戸市立中学校教諭2) 橋本 公克1) 橋本 映世2) 要旨:アメリカ障害者法(ADA)成立以後、近年になって再び脚光を浴びている、ユニバーサルデザイン(普遍的、可能な限り、全ての人のためのデザイン)の7つの原則について、諸外国の高等教育に於ける関わりの動向を国際会議を通して多角的に概観した。その内、(1)work station のいすと机 (2)水回り設備のkitchenとbathroomについての、ユニバーサルデザインに関する報告である。 キーワード:ユニバーサルデザイン、デザイン教育、共用機器、人間工学、動作域 1.ユニバーサルデザインの概要 1.1 はじめに  障害者も使える機器・空間設計に関する高等教育について、世界の動向を把握することを目的とし、アメリカ・カンサスシティで行われた"Universal Designs in Higher Education"国際会議に出席した。 テーマ:Universal Designs in Higher Education 主催:AHEAD (Association on Higher Education and Disability) 日時:2000.7.12-15 会場:Kansas City,Missouri 出席:アメリカ681、カナダ 26、オーストラリア3、ボスニア1、日本3(筑波技短、阪大、都立保健大) 1.2 ユニバーサルデザインの目標*1  年齢、動作能力を超えた、できるだけ多くの人々のためのデザインという、可能な限りすべての利用者を一つのデザインでカバーすることを目標としている。  バリアーフリー・デザインをより発展させた概念であり、バリアーフリー・デザインがもっぱら、移動困難者に対する建築障壁の除去であったのに対して、ユニバーサルデザインでは知的障害や聴覚・視覚障害者、移動に障害をともなう人、妊産婦や高齢者など様々な人達が使える、より普遍的な環境・製品デザインやサービスをめざす概念である。  1980年代初期に一時話題になり以後中断していたが、アメリカ障害者法(ADA) の成立後、ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターのロン・メイス達によって、近年再び取り上げられてきている。 1.3 ユニバーサルデザインの7原則 ①誰にでも公平に使用できる。 ②使ううえでの自由度が高い。 ③簡単で直感的にわかる使用方法となっている。 ④必要な情報がすぐ理解できる。 ⑤うっかりエラーや危険につながらないデザイン。 ⑥無理な姿勢や強い力なしで楽に使用できる。 ⑦接近して使えるような寸法・空間となっている。  これら7原則の中には、デザインとしては当たり前の項目もあるが、これはユーザーの利用を考慮していないデザイナーへの本質の再考を指摘している。  芸術性をより重視するデザイナーが少なくない。ユニバーサルデザインは、そのような考えを排除し、使えない人ができるだけ少なくなるような、一般解を目指すためのものである。  アメリカでは、この問題を最初から解決しようと、ユニバーサルデザイン教育を重視している。  ユニバーサルデザインの例を挙げると、視覚障害者にも触ってわかる、シャンプーとリンスの容器のギザギザや、視覚と聴覚両方に訴えるように情報を与えているサイン、また、動作巧緻障害者が少ない力で簡単に使えるキッチンウェアや、右利き・左利きを問わないハサミ、また、車いす使用者に高さ調整できるキッチンユニット高齢者・身障者の使えるHouse Adaptation等がある。 2.work station :いすと机*2 2.1 アメリカ国防省における、事務室空間の人間工学的要求への予備チェックリスト ①介助なしに建物に出入り可能か、職場まで行けますか。 ②視力・聴力で情報が理解しやすいですか。 ③職場で作業する場合、照明は十分ですか。 ④必要なものが簡単に見つかるか、手が届き運ぶことが容易ですか。 ⑤仕事をする時、いすに座って快適ですか。 ⑥机の回りは、仕事をする充分な広さが有りますか。 ⑦コンピューターは使いやすい位置にありますか。 ⑧キーボードやマウスを使う時、快適ですか。 ⑨電話や他の機器を使う時、快適ですか。 ⑩仕事を終える時、過度の疲労を感じないですか。 2.2 ⑤のいすについてのチェックリスト (1)あなたのいすは安全で安定していますか。 (2)いすは、あなたにふさわしいサイズですか。 (3)両ひじは心地よい位置に支えられていますか。 (4)背もたれにより、無理なく座れますか。 a.いすが安全で、安定するためには。 ・床の上を自由に動く5つのキャスター付きを使う。 ・座っていながら簡単に調節できること。 ・しっかりとした、柔らかい座席、ゆったりできる、中位の織り目のいす。いすの高さの調節は、ももが無理なく座れ、足底が自然に床に着くこと。 b.いすが、あなたに合ったサイズを確保するためには。 ・いすは、約18"幅で、15-17"奥行き必要。 ・背もたれが背中になじむこと、ひざの裏側に無理がかからずに、ももが完全にサポートされること。 ・いすの前の端が上手に丸みが、付けられていること。 ・両肘掛けの間の幅(18-22")は、両腕が自然に支えられ、体がいすにゆったり入ること。 c.両腕が、心地よくサポートされているためには。 ・9-12" 長さの、やわらい肘掛けの付いたいすであること。少なくとも2"幅、調節可能な肘掛けの高さは座席の上に7-10"必要。 ・肘が肘掛けの上に軽く乗り、上の腕が真っ直ぐ下がり、下の方の腕が水平か、やや下に向くように、肘掛けの高さを調節すること。 d.背もたれが、あなたの背中をサポートするためには。 ・高さ調節のできる背もたれであること。前の方にも後ろの方にも、寄りかかれる様に調節できること。 ・背もたれに、背骨のサポートを付ける。1-2"厚み、13"幅、そして座面高さ6-10"に位置している。 2.3 ⑥の机回り作業空間についてのチェックリスト (1)仕事と物のために充分なスペースがあるか。 (2)机の高さと角度を調節できるか。 (3)机の下の足回りに充分なスペースがあるか。 (4)作業空間にふさわしい空調があるか。 a.仕事と物の適切なスペースを確保するためには。 ・work stationの間に少なくとも48"通路幅をとること。アプローチスペースは少なくとも30"幅で48"奥行きをとること。 ・机の上から、棚やcabinetの下側までは、少なくとも10"とること。 ・すぐには必要でない物の収納スペースを近くに作る b.机を、あなたの仕事に合うように調節するには。 ・机上面の角度を0-20度まで変えられること。 ・机上の高さはいすに座った作業には25-34"、立った作業には33-45"精密な仕事にはやや高めにする。力のいる仕事には、肘を上げる必要のないように、やや低めにすること。 ・高さと角度の調節器が付いてない時は、手動で修正 c.机の下の足回りに充分なスペースの確保するには。 ・ひざを置いて少なくとも30" 幅、19" 奥行きをとる立ち作業には疲労防止のマットと足置きを置くこと ・机の奥行きを最大38" までとする。机の厚みを最大2"までとする。端とコーナーは丸くすること。 d.作業空間にふさわしい空気の質を確保するには。 ・サーモスタットか、温度調節の通風孔をつける。 ・湿度を40-70%に保つ。又は、ポータブルの加湿器、徐湿器を使う。 ・fresh air(外気)に近づく手段を設けること。ビルのフィルターを定期的に修理し、空気清浄器を使う。 窓の近くにwork stationを置く。 ・Work stationを換気孔や冷暖房から離して置く。必要な時はポータブルのファンかヒーターを使う。 ・work stationから、少なくとも48" 離してヒーターを置く。コンピューター・モニターと処理ユニットの換気扇を置くこと。 3.水回り設備:kitchenとbathroom*3 3.1 カンサス州立大学ユニバーサルデザイン研究所  カンサス州立大学の発表によると、ここでは商品化されているユニバーサルデザインの特徴と、製品を紹介している。台所・浴室・事務室の配慮は、以下のことを目標にしている。 ①Accessible(近づきやすく)で、Adjustable(調節ができる)で、Attractive(魅力的)で、Affordable(可能な)なデザインのものであること。 ②年齢・体型・能力の違う全ての人が使用可能であり、年齢に応じて起きる変化に適応できること。  視力・聴力の減退、移動障害、内部障害などの人達が、家庭や職場でより楽に使用できるためのチェック項目である。 3.2 kitchen ・ぬれていても滑らない床。 ・シングルレバーの蛇口を簡単に操作できるように。 ・D型の食器棚ドア把手は、硬直した指にも操作し易い。 <U型の台所> ・車いすで使いやすい高さに取り付けられた壁付きオーブンは、危険な熱い開き扉に触れることを防ぐ。 ・調理台、ガス台、シンクが低く、高さ調節可能であり、また、いすを入れるためキャスター付きワゴンは取り除かれている。 ・簡単に手の届くwall cabinet(食器棚)はレールから吊り下げられている。(フックは2"の中で、高さ調節ができる) ・食器棚は、車いすのフットレストのため、6-9"の高さの欠き込みをつくる。 ・(普通は18"だが)15"に取り付けられた、固定食器棚の上に調理台が取り付けられた場合、背の低い人(子供を含む)にとって使いやすい。 ・電気ホットプレートは熱くならず鍋と料理だけ温める。 ・シンク付きの可動式調理台は上下に動き、12" までボタン一つで下げられる。 ・食器洗い器は車いすの近づきやすいスペースに付ける。 ・食器棚は開き扉に比べ引き戸の方が、ぶつからず安全。 ・引き下ろすcabinetの棚は、座位の姿勢や小柄な人にとって必要なものが整う。 ・L字型ハンドル付きの調理台は、立位や座位の姿勢の作業に合わせて、上下の操作が可能。 ・食料貯蔵庫又は設備室のドアに棚を付けておくと手を伸ばさずに簡単にアクセスできる。 <前かがみをしないですむ台所> ・子供の使える高さに電子レンジを置き、近くに物を置くところを設ける。 ・食器洗い器とオーブンは、かがまずに出し入れしやすいよう、6"より高いところに置く。 ・調理台の上の食器棚は、手の届く範囲にすると、皿をこわすことが少ない。 ・調理道具入れは、調理台の高さと揃えると、重いミキサーやトースター保管もできる。 ・移動可能な板は、食卓として低い調理台として共有できる。(U型台所で、ガス台の下のcabinetから作られたもの) <効率のよい台所> ・シンク、ガス台、調理台は立位、座位により2”上げ下げの調節をする。ベースcabinetは、調理台高さが36"より低い時、必要ない。 ・モーター付きの食器棚は、2,3秒で上下調整可能。 3.3 bathroom ・標準的なトイレットには、手すり、上下調整可能な便座や、チャイルド・シートがある。 ・トイレット・コンポーネントは、Fair Housing Actにより車いすのアクセス・スペースが示され、また、Americans with Disabilities Actにより、便器の大きさが示されている。 ・側面に入口ドアの有る、うず巻き状の浴槽は、囲いつきの座席、手すり、滑り止めの床により、バランスに問題のある人や、動きに制限のある人に使いやすい。 ・手でつかみ、高さ調節のできるシャワーは、立ちながら、また、座っても使うことができる。 ・開放型壁枠は、必要な時、いつでも手早く安価に、手すりの補強ができる。 ・モーターで動く洗面シンクは、必要な高さにすぐに調節できる。上下に動かすことのできるミラー、引っ込められるスプレー付きの蛇口により、いすに座りながら洗髪と髪の手入れができる。 ・手すり付きいすのシャワー室、シャワー・スプレー、水勾配のある床は、安全で独立したプライベートなbathroomになる。 3.4 その他、コンピューター室について ・モーターで動く sit-stand 仕事場は、キーボードの高さ、モニターの高さを調節できる。 ・人間工学的にデザインされたオフィスのいすは、個人に合うように調整される。 ・unitのパイル付きカーペットタイルが車いすの動きを可能にしている。 4.ユニバーサルデザインコースへの大学の反響*4  ユニバーサルデザイン教育には、全ての学生の学力を高めるために、多様な指導方法と評価方法があり、さまざまな学生の身体上の程度に応じた学習方法で、指導の効果を高めることをねらっている。しかし、「高等教育の専門家がユニバーサルデザイン教育に肯定的な姿勢をとりながら、何故、指導の中に取り入れることが出来ないか」について、ジョージア大学Karen S.Kalivoda. Ed.D. とミネソタ大学 Jeanne Higbee.Ph.D等のグループによる発表があった。  ユニバーサルデザイン教育では道具として、教室に親しみやすい機器をとり入れており、目標はできる限り包括的で、大多数の学生の学習ニーズにかなうことである。  長所は「多様な学習スタイルに適応する」こと。短所は「大学の水準を下げる」であり、大学の同僚は反対者が多く、学生と学長などの管理者に賛成者が多い。  「促進する要因」は、教育効果を上げることであり、「さまたげる要因」は、資金不足、教育援助のないこと等であると述べている。 参考文献: *1. 日本建築学会編:人間工学用語辞典 *2. U.S.Department of Defense:Computer/Electronic Accommodations Program(CAP). 1998 *3. Kansas State University College of Human Ecology:Universal Design. AHEAD 2000 1983年度、建築学会大会講演梗概の筆者等が行った、報告「住宅内、水回り設備の高さ調整装置」も参考。 *4. Ajzen,I Fishbein,M(1980) 「態度を理解し、社会的行動を予測する」 写真1. ビデオと手話(ASL)による講演会。 写真2. 聴覚障害者による、その場で決めた研究協議会の話し合いの様子。 写真3. 視覚障害者用、情報機器展示相談会、盲導犬も同伴。 図1. work stationのモデル。 Universal Design in Higher Education of U.S.A.-AHEAD 2000 Kansas City - HASHIMOTO Tomokatsu1),HASHIMOTO Teruyo2) 1)Department of Architectural Engineering, Tsukuba College of Technology 2)Ex-teacher of Junior High School Abstract:UNIVERSAL DESIGN The design of products and environments to be usable by all people, to the greatest extent possible, without the need for adaptation or specialized design. PRINCIPLE ONE: Equitable Use The design is useful and marketable to people with diverse abilities. PRINCIPLE TWO: Flexibility in Use The design accommodates a wide range of individual preferences and abilities. PRINCIPLE THREE: Simple and Intuitive Use Use of the design is easy to understand, regardless of the user's experience, knowledge, language skills, or current concentration level. PRINCIPLE FOUR: Perceptible Information The design communicates necessary information effectively to the user, regardless of ambient conditions or the user's sensory abilities. PRINCIPLE FIVE: Tolerance for Error The design minimizes hazards and the adverse consequences of accidental or unintended actions. PRINCIPLE SIX: Low Physical Effort The design can be used efficiently and comfortably and with a minimum of fatigue. PRINCIPLE SEVEN: Size and Space for Approach and Use Appropriate size and space is provided for approach, reach, manipulation, and use regardless of user's body size, posture, or mobility. Universal Design Facility in Kansas State University This demonstration and research lab presents state of the art universal design features and products now on the market. The purposes of the kitchen, bath, and office components are to: 1. Allow people to experience human-factored design that is Accessible, Adjustable, Adaptable, Attractive, and Affordable. 2. Be usable by people of all ages, sizes, and abilities, and accommodate common age-related changes (e.g., arthritis, heart condition, sensory limits, and mobility problems). Key Words:Universal Design, ADA, Human Ecology, Barrier-free, Adjustable Kitchen