聴覚障害学生のためのストリーミング・サーバーの構築 筑波技術短期大学電子情報学科電子工学専攻1) 同電子情報学科電子工学専攻3年2) 加藤 伸子1) 真鍋 明日香2) 岡田 直樹2) 概要:聴覚障害学生が自らの発想に基づき他の聴覚障害学生や高校生のためにオンデマンド方式のストリーミングコンテンツ及びストリーミング・サーバーを構築した試みについて述べる。実際にストリーミング・サーバーの構築を試みた結果、ストリーミングは画質の点でも授業支援や学生の活動に利用できるレベルである、ストリーミング・サーバーの構築から管理、コンテンツの作成まで学生自身の手で実現できる、他学科の講義やASLの自学習など学習支援の希望がある、ことが分かった。 キーワード:動画像配信、ストリーミング、遠隔教育 1.はじめに  ネットワークの高速化やデジタルビデオ技術の進歩に伴い、インターネット上の動画像配信の利用が広がっている。特に、ストリーミング技術の進展はインターネット上での動画像の利用を飛躍的に高めるものであった。ストリーミングとは、インターネットやイントラネットの上で、音声や映像などのマルチメディアデータをダウンロードし終わる前に再生を始めることのできる技術である[1]。これまでのダウンロード再生の場合は、ダウンロードが終わるまで待っている必要があるのに対し、ストリーミングではダウンロード開始後すぐに再生を始めることができる。ストリーミングの方式には、生中継を行うライブとあらかじめ作成されたデータを要求に応じて配信するオンデマンド(ondemand)の2種類がある。  教育の分野においても、ストリーミング技術によりインターネットを用いた遠隔教育が可能となった。カリフォルニア工芸大学ではストリーミングを使って授業を受けられるようなシステムを構築している[2][3]。38のコース、しかも650人の学生が、オンデマンドで授業を受けることができる。これは、重要な授業内容の反復を行ったり、コースのアイデアをねる、といった目的にも使われている。また、オハイオ州立大学では世界中を対象とした講義を行っており、インターネット上から講義資料をあらかじめとりよせ、遠隔講義を受けることができる[4]。  一方、聴覚障害者にとって、情報を得る際に映像の果たす意義は非常に大きいと考えられる。聴覚障害者の主要なコミュニケーション手段である手話を学習するためのホームページでは、Quick TimeやAnimation GIFなどの様々な動画像を用いて手話を学ぶことができる[4]。また、聴覚障害を始めとする障害者のためのグローバルTVとして、ストリーミングを用いたWWWサイトも登場している[5][6]。  本報告では、聴覚障害学生が自らの発想に基づき他の聴覚障害学生や高校生のためにオンデマンド方式のストリーミング・コンテンツ及びストリーミング・サーバーを構築した試みについて述べる。  第2章では、MPEG4形式の動画像を用いて学科の紹介を行うコンテンツを作成した例を述べる。第3章では、聴覚障害学生のためのストリーミング・コンテンツとしてどのようなものが望ましいかを調査するために、Quick Time形式のストリーミング・サーバーを構築しアンケートを行った結果について述べる。 図1:学生制作による学科紹介ホームページ 図2:MEPG4動画像配信システムの構成 図3:電子工学専攻の実験・実習風景紹介ページ(9科目の授業風景を静止画と動画により見ることができる。) 2.MPEG4を用いた学科紹介システム 2.1 学科紹介ページの作成  学科説明会に参加した高校生や来学者のために、学科説明会のホームページを作成した(図2)。特に、夏季休業期間中等の理由により、授業を見学できない高校生のために、電子工学専攻での授業を体感できるように、授業風景の静止画像、動画像を用いた。実験・実習を中心とした9科目の授業風景を撮影し素材とした。撮影からホームページの作成まで全て一人の学生が担当した。 2.2 MPEG4動画像配信システム  MPEG4のストリーミングを実現するものとして、MobileMotion[7]を用いた。MobileMotionは動画圧縮・伸張規格であるMPEG4に準拠し映像を配信するためのソフトウェアである。MobileMotionを用いた動画像配信システムの構成図を図2に示す。AVI形式の画像ファイルをMPEG4形式に変換するためのコンピュータ(Windows 98)、配信するためのストリーミング・サーバー(Windows NT 4.0)で構成される。クライアント・コンピュータには、MPEG4専用のPlayerが必要であり、Windows版が無償で用意されている。 2.3 学科紹介ページの作成  動画像データ作成の手順を以下に示す。 (1)デジタルビデオによる授業風景の撮影 (2)コンピュータへデータを転送する。この際、必要な素材のみを切り出し、AVI形式で保存する。 (3)MobileMotion Producerを用いてMPEG4形式にエンコードする。 (4)場面に応じて文字情報等を付加する。 (5)ファイルをサーバーに転送する。 (6)表示のためのWebページを作成する。  実際に、動画像を表示している様子を図4に示す。動画像の画像サイズは176×144ピクセル、目標フレームレート10fps(平均10.04fps)、ビットレート140Kbps、となっている。 図4:MPFG4によるストリーミングの例(クリックすると別ウィンドウで動画像が再生される。) 3.QuickTimeを用いた動画像配信システム 3.1 QuickTimeストリーミング・サーバーの構築  MobileMotionでは、エンコードソフト、サーバーソフトが高価なため、学生が様々な要求に合わせて独自のストリーミング・サーバーを構築することが困難である。また、作成したMPEG4画像の表示がWindowsに限られるなどの問題があった。このため、学生自身の手で容易にサーバーを構築する方法として、QuickTimeストリーミング・サーバーの運用を試みた。  QuickTimeストリーミング・サーバーは、Apple社のPower Mac G4にMacOS X Serverをインストールすることにより作成できる。MacOS X Server は、UNIX(Mach2.5, BSD4.4)をベースとし,他のMacOSに似たインタフェースを持つネットワークサーバー専用のOSである。Webサーバー機能やQuickTimeストリーミング・サーバー機能を標準で持っているために、容易にストリーミング・サーバーを構築することができる[8]。  今回ストリーミング・サーバーの構築を行った学生は、それまでサーバー構築の経験やUNIX, Mac,Windowsといった異種OSが混合した環境での作業経験のない学生であったが、数時間でApache Webサーバーの設定、ストリーミング・サーバーの設定を完了することができた。 3.2 ストリーミングメディアコンテンツの作成  コンテンツ作成手順を以下に示す。 (1)デジタルビデオによる撮影を行う。過去に撮影されたアナログデータを用いる場合には、デジタルビデオにコピーする。 (2)映像編集ソフトウェア(Final Cut Pro)を用いてデータの転送、素材の切り出しを行う。 (3)ストリーミングに必要な情報を付加したヒントされたQuickTimeメディアファイルとして保存する。 (4)ファイルをサーバーに転送する。 (5)ストリーミングメディアを表示するためのWebページを作成する。  実験に用いたQuickTimeストリーミングで作成された画像の表示例を図5,6に示す。動画像のサイズは320×180ピクセル、ピクセルの深さ24bit、フレームレート15fps、圧縮形式Sorenson Video、平均データレートは78.62Kbpsである。 3.3 アンケートの実施  作成した内容について他学生からの意見を聞くために、電子工学専攻の1、2年生20人に対し、インターネットを利用した動画像配信についてのアンケートを行った。回答者がWWWブラウザのビデオメニューから項目を選択すると、該当する画像の再生が開始する。サーバーは6Fに設置され、クライアントのコンピュータは電子情報学科計算機室(410室)を利用した。  実験は各9人の2グループに対して行われ、第一グループには[A](図5)、[B](図6)の動画像、第2グループには[B]のみの動画像を用いた。アンケート項目は、 (1)画質についてどう思うか、 (2)動きについて自然な感じがするか (3)希望コンテンツ の3項目について自由記述で記入してもらった。 3.4 画質についての結果  画質についてどう思うか、という質問に対して次のような意見がよせられた。 [好意的な意見] ●すばらしい ●まるでテレビのようないい感じがする。明るい。 ●特に乱れがなく色質も良い。 ●思ったより良かった。 [批判的な意見] ●画質は普通だと思うが、TVなどに比べると多少は劣っている。 ●画質はやや悪く、映っている人物が誰なのかわからなかった。 [その他の意見] ●[A]より[B]がよい。 [A][B]両方を見た学生は、9人中2人が好意的な意見、4人が批判的な意見、3人がその他の意見であった。批判的な意見を述べた学生は、[A]の画質の悪さを指摘しており、VHSで録画された元データの画質の悪さが主原因であると考えられる。[A]だけを見せた10人については、9人中7人が好意的な意見、1人が批判的な意見、1人がその他の意見であり、最初からデジタルビデオに録画されたデータを用いた場合には鑑賞に十分な画質が得られていると考えられる。 3.5 動きについてのアンケート結果  動きについて自然な感じがするか、という質問に対しては、 [好意的な意見] ●自然な感じがする。 ●良い。 [批判的な意見] ●画質がいいかわりに、動きが不自然になっていた。 ●動きはなめらかに見えるが、よく見ると少しブレがあるような感じだった。 ●不自然なところがあった。動きがとまるなど。また、人が動いたときに残像らしきものがあった。 [その他の意見] ●ビデオをとる人の問題により動きが不自然である。 ●カメラを動かしている時にブレる。 [A][B]両方を見た学生は、9人中4人が好意的な意見、4人が批判的な意見、1人がその他の意見であった。 また、[B]のみを見た学生は、9人中4人が好意的な意見、3人が批判的な意見、2人がその他の意見であった。動きについて批判的な意見が多かったのは、9人が同時に同じデータにアクセスしたためと推測される。 3.6 希望するコンテンツ  今後見られるようにしてほしいコンテンツとして、 ●他専攻、学科の講義 ●イベントのビデオ(例、前夜祭のパフォーマンスや行事があった時) ●手話 ●ASL(American Sign Language) 特にASLについては4名からの希望があった。このためイントラネット自習教材の例として、学生のためのASL勉強会を撮影し、ストリーミング・コンテンツとして提供してゆく予定である。 図5:QuickTimeによるストリーミング(ふくろう劇団の公演) 図6:QuickTimeによるストリーミング(学園祭の準備風景) 4.考察  これまでインターネット上での動画像通信では映像の動きや解像度が不十分であることが指摘されてきた[9][10]。今回のQuickTimeストリーミングを用いたアンケート結果からは、デジタルビデオで撮影しエンコードしたものは用途によっては鑑賞にたえる画質であると言える。これはネットワーク・インフラ、動画像圧縮技術が実用に十分耐えられる程度に進歩した結果であると考えられる。  また、学生が撮影した授業風景は、構成などが練られていない粗削りなものであるが、覗き込むようなカメラアングル(図4参照)など、日常の学生の視線を彷彿とさせるものであり、大変興味深い。大学を見学する学生にとっては言葉を積み重ねた説明よりも、遥かに身近に大学の授業を体感することができたのではないだろうか。  2人の学生のストリーミング・サーバーに関する取り組みの結果をまとめると以下の結論が得られる。 ●ストリーミングは画質の点でも授業支援や学生の活動に利用できるレベルである。 ●ストリーミング・サーバーの構築から管理、コンテンツの作成まで学生自身の手で実現できる。 ●他学科の講義やASLの自学習など、学習支援の希望がある。 ●コンテンツの作成を学生自身が行うことで、聴覚障害学生にとってわかりやすいコンテンツを作成できる可能性がある。 また、本報告は学生の特別研究の一部として行われたものである。学生の取り組みに関しては次のことがわかった。 ●学生が自ら発案した課題に自ら取り組むことにより、主体的な行動が多く見られた。 ●聴覚障害者にとってどのような情報提示がわかり易いのか、学生自らが再考するきっかけとなった。 5.おわりに  本報告では、学生による動画像コンテンツ及び動画像配信システムの構築についての事例を述べた。これは、「聴覚障害者にとって1番わかりやすいと思う覚え方は見て覚えるということである、イントラネット上で自習できるような環境を作りたい」「聴覚障害者にとってわかりやすい動画像を用いたホームページを作成したい」という学生自身の希望により特別研究の1部として進めたものである。効果的なシンクロナイズ・コンテンツやライブ方式での付加情報の提示方法など未検討の課題は多いが、聴覚障害学生にとってどのようなコンテンツが必要か、わかりやすいか、という問に自ら答えようとした結果でもある。 学生からは、 ●ストリーミング・サーバーを今後も継続的に運用してほしい。 ●学生がストリーミングによる情報発信を自由に行なえるようにしてほしい。 という要望が出されている。今後、このような試みを継続するには、如何に質の高いコンテンツを迅速に充実させることができるか、が重要な鍵になると考えられる。 謝辞 本報告で用いた設備の一部は、平成11年度教育方法改善経費(教育設備充実費)によるものである。 参考文献 1)大澤:インターネット・ストリーミング, 共立出版株式会社(2000) 2)http://www.csupomona.edu/~itac/mediavision/ 3)中山: SGI 本社/カルフォルニア州立工芸大学/CNNでのメディアストリーミング; Stream’99, http://ashitaka.gmsnet.or.jp/forum/stream99/presn/txt/txt_iwao_nakayama.html 4)http://www.cis.ohio-state.edu/~jain/videos.htm 5)http://dww.deafworldweb.org/sl 6)http://www.abletv.com/ 7)http://www2.toshiba.co.jp/mmotion/user/urfridx.htm 8)http://www.apple.co.jp/quicktime/authoring/qtss/index.html 9)石原、荒木:インターネットを介した手話による双方向テレコミュニケーションの試行;聴覚障害教育工学, Vol.20, No.1(1996) 10)村上, 内藤, 皆川: 手話表現転送時におけるMPEG4パラメータの評価実験, 信学技報, HCS98-23, pp.31―36 (1998). Video Streaming Server for Hearing Impaired Students Nobuko KATO,Asuka MANABE&Naoki OKADA Department of Information Science and Electronics, Tsukuba College of Technology Abstract: A streaming server was developed and several streaming media contents were designed for hearing-impaired students by two hearing-impaired students. This trial showed the following results: 1) In terms of video streaming quality the streaming media can support lectures and self-learning, 2) The student themselves can easily develop and maintain the system. Key Words: World wide web, Video streaming, Distance learning