聴覚障害学生へのプロダクトデザイン教育の考察 筑波技術短期大学デザイン学科 金田 博 要旨:プロダクトデザインは問題点を発見し、その問題点を物やコト(仕組み)などを創ることで解決する1つの技術と言える。その技術は、調査・分析・企画といった論理的な側面と造形・設計といった感性的・計画的な物作りの側面の能力が必要とされる。これらを聴覚障害をもった学生に対して教育する際にはさまざまな聴覚障害者特有の課題がある。第1には、論理性と感覚性を持つデザインプロセスやデザイン技術をどのように理解・習得させるか。第2には、ものごとへの取り組みとより良いモノを創ろうとする能動姿勢や先取意識をいかに自覚させるかである。これらのことに対して本学2年次の専門教育「生産デザイン論・演習B」の授業で取り組んだ事例をとりあげ考察する。 キーワード:聴覚障害者 プロダクトデザイン 専門教育 チームワーク 自己評価 1.はじめに  プロダクトデザインの社会的・経済的な役割は時代の変遷とともに変ってきている。製品や物の形を美的に創ることから、企業経営的に売れる商品づくり、地球環境や社会環境に対して物はどうあるべきかなど、幅広い視点が必要である。また、社会でのデザインという仕事は常に新しさを求める創造性と社会構造的な競争原理の宿命をもっている。このような実社会に対応できるデザイナーを育成するデザイン高等教育は幅広い教養と論理的思考技術や感性的な創造技術の理解が必要である。悟性と感性という曖昧性をともなう内容を聴覚障害学生に対していかに情報保障し指導するかが課題である。  デザインを学ぶ聴覚障害学生は大多数が絵を描くのが好き、物を作るのが好きということがデザインを目指す動機となっている。そのためか即物的なモノに対する関心や反応は強く早いが、聴覚という情報が少ないためか自分の世界や思い込みに陥りやすく、抽象的な情報の整理や論理的な思考が不得手な傾向にある。また、物事に対する客観性、良い意味のお互いに競い合うという意識が希薄であると思われる。このような学生に対しては複合的な情報提供と情報保障が必要である。本授業では目標を見せて実践させ評価することを基本として進めた。この内容をとりあげ聴覚障害者へのプロダクトデザイン教育を考察する。 2.授業の概要  授業の対象は2年次3学期の専門教育「生産デザイン論・演習B」である。1年次に一般教育と専門基礎教育を終え、2年次の生産デザインコース初期段階の演習を終えた最後の演習科目である。課題は「缶飲料自動販売機のユニバーサルデザインのアプローチ」である。  授業の目的は、日常的な生活環境や空間環境に関係のある身近な分りやすい機器をデザイン対象にし、今まで学んだ知識やデザイン手法を活用してデザイン技術のレベルアップを計ることである。さらに、観察/問題発見/問題解決/デザイン創造/まとめる/プレゼンテーション・評価までの一貫したデザインワークを計画的に進める体験と習得を目的とした。また、実社会のデザインの仕事では、ほとんどが複数の人達との連携によるチームワークで行われるため、授業の中でチームワークデザインと個人ワークデザインの違いを学ぶことも狙いとした。 2.1課題へのキーワード 1.バリアフリーデザイン/障害のある人の生活環境に対して障壁(バリアー)のない環境づくりを目指す。 2.ユニバーサルデザイン/障害者・健常者だれもが都合の良い生活環境や道具づくりを目指す考え方。 3.ユーザインタフェースデザイン/機器や道具などを使用する際の「使いやすさ」「安全性」「機能性」など使用者と物との良い関係性を構築すること。 4.チームデザイン/1つのテーマに対して複数のスタッフで協力したり役割を分担して創りあげる。 5.自己評価/自分の作品に対するデザイン評価と授業に対する取組姿勢の評価を行う。 2.2課題の最終提出内容の条件 1.自分の考えた内容および検討プロセスが説明でき、第3者が見て分りやすい「提案資料」とする。 2.「提案資料」は、説明無しで見て読んで理解できること。「考えが整理されている」「表現がきれい」「見やすい」「分りやすい」こと。 3.「提案資料」は3年次の就職活動に自分のアピール資料として活用できること。 4.資料はデジタルーデータで作成し、A3サイズのデータ出力プリントとする。 5.学科内の最終プレゼンテーションにはパソコンまたはOHPで説明する。 3.授業計画  授業は下記のSTEP1~STEP7で11回(6時間/回)の授業で行い、STEP1~STEP3をチームワーク、STEP4~STEP7を個人ワークとして進めた。 STEP1.調査 実際の使用環境や使用状況の観察を行う。 STEP2.問題発見とデザインコンセプト設定 調査分析から問題点を抽出し、対象機器のデザインに対する考え方と目標の設定を行う。 STEP3.解決案構想 問題点を解決しデザインコンセプトを実現するためのアイデア抽出とイメージ展開を行う。 STEP4.解決案作成 アイデアやイメージの具体化をレンダリングやラフモデルで機能や使い方・形態の検討を行う。 STEP5.解決案具体化 デザイン案の詳細具体化検討図面とデザインモデルの作成を行う。 STEP6.まとめ デザイン検討プロセスと最終デザインをまとめ 説明資料の作成を行う。 STEP7.プレゼンテーション/自己評価 デザインプロセスと最終デザイン案をプレゼンテーションし、自己評価を行う。 4.授業形態1/課題説明  受講生は6名、授業を治めるにあたってまず課題内容の充分な理解が必要である。説明には手話・口話・板書は当然ながら、他に2つの情報提供で「授業概要」「授業計画」「最終提出物」について説明を行った。1つは資料提示システムを使用したパソコンデータによる情報表示である(写真1)。もう1つは表示した内容と同じカラーハードコピー(A3最終提出物と同仕様)を表示説明後に配布した(写真2)。この際の留意点は、1.課題の目的・授業の進行予定・最終の制作内容などの全体感を見せて、各進行STEPが何のために必要か、今後取組むボリュームなどを理解できるようにする。2.最終提出物と同じ書式サンプル例で作成した資料を使用し、具体的なサンプルで注目性を上げ、制作内容の具体的なイメージを把握できるようにする。3.配布資料は1画面説明後に都度配布し、学生の視覚を画面に集中させ、説明後に配布資料で再確認することで理解度を高める。最終提出物と同仕様の説明資料は説明に注目させるのに効果的である。また、教官と学生とが同じ資料を共有することで各STEPの作業時に何を行うかを学生自身が確認でき、教官とのコミュニケーションに有効であった。 写真1資料提示システムでの課題説明 写真2説明表示・最終提出物と同仕様の配布資料 5.授業形態2/チームワーク  実態調査・分析・問題点発見・解決案アイデア抽出のSTEPを進めるにあたりA(男2/女1)B(男2/女1)チームを編成した。目的は協力と競い合いの意識づけと1つのテーマをチームワークで進めることによる成果の充実度を体験することである。 5.1実態調査/チーム毎に1台のカメラを持ち学園都市内の自動販売機の使用状況を調査し(写真3)、分析と問題点発見の基礎データを収集する。 5.2問題点発見・タスク分析/実態調査を基に(調査結果の写真を参照する)チーム毎でディスカッションを行い意見を用紙に記録しながら問題点を探す(写真4)。 同時にタスク分析を行い問題点を細かく具体的にわかるようにした。(タスク分析:行為や操作を工程順に細かく列挙し工程毎にどのような機能や不具合・改良点があるかを分析する)チーム内では各々が気のついたことを挙げながら意見交換するため、問題点の量が出やすく、1人で考えるよりも作業の時間的な経続性と集中力がある。チーム毎に隣あわせで作業を行っていたため、チーム間で時々のぞきあい、内容や進行程度を見ながら自然な競争意識とチーム内での協力意識ができる。 5.3解決案アイデア抽出/問題点に対して解決するための機能や使い方・形態などのアイデアをチーム毎にまとめるSTEPである。最初に作業時間を決めて各自が自由にアイデア展開を行い(写真6)、その後チームでアイデアを整理しまとめる(写真7)。この際、各自のアイデアは決められた用紙(A5サイズ)に1案1葉で作成し、各自のアイデアの作成数を25 案以上を条件とした。結果はアイデアを25 案以上作成できた学生は6人中1人であったが、ほとんどの学生が20案前後を作成することができた。従来1人でアイデア展開を行うと1つの案に思い込み視点を拡げることができないことが多いが、(本学の学生は特にこの傾向が強い)本授業では作成するアイデアの数を努力目標として具体的に示したことでアイデアの拡がりと取り組む集中力が上がった。 また、チームによるアイデアのまとめ作業(写真7)は、チーム毎の努力結果が具体的にわかることとアイデアを共有化できることで協力意識が上がり視点が拡がった。 さらに、チームワークではチーム内で学生に協力・責任といった相互意識が働くため作業の時間的な遅れや個人が怠けるといったことがなく進めることができた。 写真3チームによる実態調査 写真4実態訴査を基にチームワークの問題点検討 写真5タスク分析説明の板書 写真6各自のアイデア展開と指導 写真7チームによるアイデアのまとめ討議 写真8チームによるアイデアのまとめた例 6.授業形態3/個人ワーク制作  チームワークで共有化された問題点やアイデアを基にして個人でデザインを創り込む授業である。パソコンを使用してレンダリング(実際に近い完成予想スケッチ)の作成(写真9、写真10)、1/ 10縮尺モデルの作成(写真11、写真12)、モデルの写真撮影を行う内容である。この段階の成果は、個人のパソコン操作の習熟度やデザインヘのこだわりと感覚能力によるところが大きい。最初に制作すべきサンプルを見せ視覚的に目標をイメージアップして取り組んだが、この段階では学生1人1人の資質・能力に合わせたレベルでのデザイン感覚とパソコン操作を指導する必要がある。また、チームワークの進行に比べると、作業や時間の計画が学生個人の裁量になるため、進め方の時間管理や検討内容がルーズになる傾向があり指導課題が残った。結果として時間的な制約もあり、制作の進行程度や作品の完成度に個人差がでた。  パソコンの操作スキルやモデルの制作スキルは1年次に基礎的な授業があり、生産デザイン演習も2年次の初期に経験しているため、本授業ではそれらの応用編として位置づけた。結果として、本授業までの学習の効果を基に、学生自身は自分のスキルを活かし新しいスキルに対しても興味をもち制作ができた。 写真9 パソコン室での授業 図10 学生の制作例(レンダリング) 写真11 工房室でのモデル制作 写真12 学生の制作例(1/10縮尺モデル) 7.授業形態7/講評・プレゼンテーション  学生1人1人が課題制作をまとめた資料を使用してプレゼンテーションし、それに対する講評(意見交換)を行った。目的は、制作結果を第3者に説明し自己アピールを行うこと、結果に対して評価を受けること、自分を客観的に評価することである。このことはデザインに限らず実社会での仕事では当然のことであり、このことがデザイン活動の1部であることを理解し体験するためには有効である。  プレゼンテーションでは、課題説明の当初の条件として「最終提出内容はデータ出力プリント・最終プレゼンテーションにはOHPまたはパソコンで説明する」であった。結果はパソコン使用者2名、出力プリント使用者4名であったが全員がデザイン的な内容の資料を制作することができた。プレゼンテーションは受講生と教官に対して、資料と縮尺モデルを使用して手話と発語による15 分/1人の説明を行った。音声コミュニケーションが充分でない聴覚障害学生にとり、見せる説明資料は欠くことのできない情報伝達手段である。パソコン使用と出力プリント使用の2つの方法であるが、複数人に対する説明はパソコン使用の方法が聴覚障害学生にとっては非常に有効である。自分1人で説明資料を見せながら手話を使用し表現がしやすく、説明を受ける側も理解しやすい(写真13)。出力プリントも必要な手段であるが、この説明では補助者を必要とし1人では行いづらい(写真14)。社会ではパソコンを使用する説明方法が急速に広まっているため社会への対応性を意図し、学生には初の経験であったが試みた。学生の反応は、学生にとっても説明しやすく有効な手段であることが理解でき強い興味を示した。聴覚障害学生には非常に有効な情報伝達手段である。  プレゼンテーションと同時に講評も行った。説明者に対して教官と学生からの質疑応答である(写真15)。当初は学生も不慣れなためか、ぎこちないところもあったが活発な質疑応答が展開された。質疑応答の方法は手話が中心で、特に熱中すると学生間では発語がない手話のみのやりとりになり、教官として(健聴者の立場)質疑応答の内容や意味が分かりにくい部分もあり、一般的な板書などのコミュニケーション方法の指導など今後の課題が残った。 写真13 学生のプレゼンテーション(パソコン使用) 写真14 学生のプレゼンテーション(出力プリント使用) 写真15 講評 8.授業形態5/自己評価  最後に学生自身が自分の制作物と授業への取組姿勢について自己評価を行った。目的は自己への客観的な評価と反省点を次の制作に活かすためである。また、とかく課題制作が終わると自分の制作物に対する愛着や大切に保管する意識が少ないため、冷静に見直し成果を確認し物事を大切にする習慣を身につけるためでもある。表1は評価項目10項目と5段階評価の自己評価結果である。  自己評価結果は予想をこえた高い評価点となり、さまざまな視点が考えられる。デザイン的な評価項目に対して高い点であることは、1.客観的な比較対象(社会のグッドデザイン例など)の情報不足。2.自分の制作物への思い入れ。3.学生間の比較の中での自己作品への自負。である。情報不足に関しては課題の説明時に事例を紹介し、他の機会にもグッドデザイン事例を紹介しているが思い入れの方が強いようである。このことは、客観的な物の見方の指導と学習体験が必要と思われる。また、デザイン制作技術や情報収集技術が未熟であるため今後の指導課題ではあるが経験を積めば解決できると思われる。評価項目の「9.課題への取組姿勢」に対して高い点であることは、教官から見ても積極的に取り組んだことは同様に評価できた。学生Bと学生Eの自己評価点3は2人の謙虚な性格の表れといえ、実際は他の学生と同等以上の真摯な取り組姿勢であった。  本授業では、デザインプロセス(デザインの考え方)のSTEPを踏まえ最後まで課題を制作した取組姿勢と自分の制作成果に対する思い入れや自負を大切な要素として評価したい。 表1 自己評価結果 9.考察  時間的に制約があり情報保障をともなう中で内容の多い課題であり、学生が課題を理解し制作を期日内に完成できるかが注意点であった。結果は学生の積極的な取り組みで終了できた。昨年も同年次の学生5人に同様な課題内容(テーマ:現金自動支払機のユニバーサルデザイン)で授業を行ったが、最後まで課題の条件内で終了できた学生はいなかった。このことは学年次の学生資質の違いによることもあると思われるが、今回の結果の要因は本授業までの基礎的な授業の習得成果(パソコン操作、関連演習など)によること、学生がパソコンを身近にデザイン用具として活用したこと(学科内以外に自分のパソコンを持った取り組み)が大である。授業方法として、目標を見せて実践させることを基本とした進め方は昨年も同様であったが、本授業で新しく導入した方法はチームワークと自己評価である。聴覚障害学生における自主性・自律性、卒業後の実社会への自立的な対応という教育目標の視点では、単にデザイン技術の習得に終わらず、健全な競争意識と協力意識、自らを評価するなどの意欲と規律を実践する授業の仕組みは重要な要素である。  また、デザインの高等教育で重要な点は、考える技術と創る技術の習得であろう。考える技術-デザインはどのような方法・視点で考え進めるか(デザインプロセス)、創る技術-デザインをどのような方法で表現しデザインクオリティを高めるか、である。創る技術はある程度の経験を必要とするため、指導としては考える技術の理解が重要であると言える。  今後の指導課題としては1.問題発見・解決力の深耕2.デザイン情報収集の視点育成、3.デザインクオリティの自己評価の育成、4.プレゼンテーション・コミュニケーション方法の育成である。聴覚障害学生へのプロダクトデザイン高等教育としてのさらなる質的向上を目指したい。 10.おわりに  デザインには下記の基本的な技術が必要と考えられる。 1.見る技術/社会動向や生活価値の潮流を感じ読みとり必要な情報を収集し選択する。製品や商品を観察し価値を見極め必要な技術や材料などの調査を行う。 2.考える技術/情報や知識の分析による課題や問題点を抽出し、それに対する視点(コンセプト)の設定、仮説やイメージの設定、シナリオの策定を行う。 3.創る技術/課題や問題を解決する仮説やシナリオを検証し、発案イメージの具体化と提示、具体的なモノやシステムを創る。 4.統合する技術/具体化したことを整理競合し、技術面や経済性に適応するための解決策をまとめる。 5.推進する技術/デザイン意図を伝える内容をまとめ、社会や産業の中で実現するための提示やプロモーション、技術や関係要件との連携や調整を行う。  このような問題発見-同題解決-推進の仕組みはデザインに限らずさまざまなテーマヘの対応に共通することである。また、デザインという行為は幅広い視点で自らの発意と自らの創造、という個人的な能力を発揮しなくてはならない要素も多く、デザイン教育を通して聴覚障害学生の潜在能力を引き出し、卒業してから社会での積極的で柔軟な対応力と自立の可能性をひろげたい。 A Study on Product Design Education of the Hearing Impaired Student. Hiroshi KANEDA Department of Design, Tsukuba College of Technology Abstract: The creation of something through Product Design Technology makes use of a thing and a structure to solve a problem through the discovery of the problem. The ability of thing-making requires intent e.g. research, analysis, planning and a logical way of thinking and a sensitivity like molding・program. The following questions apply to subjects in the education of Product Design for the hearing impaired student. How a student understands a design process and design method accompanied with a logicality and a sensibility ?How a student becomes conscious o f the eager engaging posture and the creation of good things ? How do we consider the case which it practiced with by the professional education "production design theory ・creation"? Key Words: Hearing impaired student, Product design, Professional education, Teamwork, Self-evaluation