パソコン点訳から生まれる録音教材の開発 筑波技術短期大学理学療法学科1) 同教育方法開発センター(視覚障害系)2) 同情報処理学科3) 吉田 次男1)大武 信之2)小林 真3)前島 徹1) 要旨:本研究は2年計画でありここで述べるのは1年目の内容である。本研究の目的はパソコン点訳の過程で得られたファイルを全く新しい発想で、録音教材にできることを明らかにするとともにその方法の有効利用について検討することである。1年目は、自作の墨字テキストファイルを用意し、これをパソコン点訳した際にできるファイルを利用して実際に録音教材を作成した。またこれと比較するために録音ボランティアにより、同一教材のテープ録音を行った。 キーワード:視覚障害、録音教材、パソコン点訳、インターネット 1.はじめに  本研究は2年計画でありここで述べるのは1年目の内容であり、まだまとまったものではないことをお断りしておきたい。  点字に対し一般の文字を墨字と言うが、授業で使用する教科書や資料として、視覚障害者にはこの墨字を点字に変換したものを提供する必要がある。すなわち墨字の点訳力泌要である。最近ではパソコンによる自動点訳(以下パソコン点訳と称する)が行われている。本研究の目的はパソコン点訳の過程で得られたファイルを全く新しい発想で、録音教材にできることを明らかにするとともにその方法の有効利用について検討することである。録音教材の最終形態は、パソコンで扱えるファイルまたは録音テープであるにせよ、録音教材の全く新たな作成方法の開発といえる。  本研究の特色及び意義を以下に箇条書きで述べる。 1.これ迄にない発想であり、効率のよい録音教材作成の実用化が可能である。 2.技術移転も可能であり、本学のみならず他大学に対する支援や、地域にも貢献できる。 3.今回は、高等教育機関における臨床医学関係の教材に的を絞っての研究であるが、毎年洪水のように出版される墨字本の録音教材化は、視覚障害学生のみならす視覚障害者全体にとってバリアフリーの観点から、通産省指針である情報アクセスビリテイーにおいても大いに発展性がある。  本研究の着想に至った経過について以下に述べる。われわれは、授業の中でも実際に、触図や紙に打ち出きれた点字テキストを学習教材として使用してきた。紙に打ち出された点字テキストはかさばり、また最近の学生はパソコンに習熟している者が多く、授業で使用する配布教材については、点字テキストよりもフロッピーディスクでの配布を希望する者も少なからずいる。フロッピーディスクには教材が墨字テキストファイルとして保存されているが、彼らはこのファイルをパソコンのテキスト読み上げソフトやブラウザ音声化ソフト(以下読み上げソフトと称する)により音声化して聞いている。非常に便利である。ただし、考察の所でも述べるが、漢字の読み上げに関しては必ずしも正確ではない。  われわれがこれまでに行ってきた研究[1-13,15]や実際の点字教材作成の中で、パソコン点訳の際にできるファイルをうまく利用することにより、読み上げソフトを使用した場合に、誤った音読を100%なくせる録音教材が比較的容易に作成できることに気づいた[14]。以前、臨床医学総論の試験に際して試みに1人の学生に、本研究の方法により作成した録音教材(カセットテープ)を試験問題として渡した。この場合には、読み上げソフトで読み上げるのではなく、テープレコーダーによる再生であり、ねらいは効率よく録音教材が作成できるかどうかということと読み上げソフトにより読み上げられた日本語が十分聞き取りできるかであった。作成は特に問題なくスムーズに進行し、学生による評価もは上々であった。 そのことに勇気を得て今回この研究をスタートすることになったものである。 2.材料と方法 2.1材料  まず、パソコン点訳試行のための教材として自作の墨字テキストファイル「画像診断総論はじめに」を用意した。ファイルは一太郎(Ver、11.0(株)ジャストシステム)で作成した。 2.2方法 2.2.1点訳  用意した墨字テキストファイルを点字に変換するためのソフトウエアとして、EXTRA for WIN Version 1.00((C)1998 Jun Ishikawa)を使用した。出力はひらがな英数とした。この点訳は約2秒で終了した。漢字が正しい読みになるように、これを一太郎(Ver.11.0(株)ジャストシステム)で校正した(3カ所)。校正済みのひらがなファイルを読み上げソフト2000 reader(日本障害者雇用促進協会)で読み上げた。 2.2.2録音  読み上げソフト2000 readerにより読み上げられたアナログ音声出力を、オーディオケーブル(MM-MRW15エレコム(株))で接続した録音装置マイクロハイファイコンポーネントシステム(SONY CMT-PX5)によりMDに録音した。さらにこれを市販のカセットテープにもダビングした。 2.2.3録音ボランティアによる同一教材のテープ録音  録音ボランティアにより、同一教材「画像診断総論はじめに」をカセットテープに録音してもらった。さらにこれをMDにダビングした。 3.結果と考察  本研究の方法により作成された録音教材と、録音ボランティアによるテープ録音教材の比較や、この録音教材作成方法の学内外の利用方法の研究については2年目の課題であるためにここでは述べることはできないが、録音教材作成までは技術的には特に問題なく遂行できた。  以下にパソコン点訳過程でできるファイルの重要性と、その利用方法について述べる。まず、パソコン点訳について若干説明する。 3.1パソコン点訳 3.1.1点訳方法と特徴  パソコン点訳にはいくつか方法があるが、現実的と思われる順に以下に記した。 (1)点訳したい墨字本をスキャナに読みとらせて、パソコン上に墨字テキストファイルを作り、次にこのファイルを、点字ファイルに変換する方法。スキャナの読みとり精度が100%ではなく、墨字段階での校正が必要であるが、CD-ROM等の電子記憶媒体で出版されていない本については、この方法が現実的である。 (2)CD-ROMで出版されている本から、パソコン上に墨字テキストファイルを作り、次にこのファイルを、点字ファイルに変換する方法。パソコンによるファイルやテキストのコピー機能等を使ってたやすく墨字テキストファイルが作成できる。スピードも早い。特に大容量の点訳に向く。 (3)墨字本を見ながら1文字ずつキーボードから入力していく方法。スピードが遅く大容量の点訳には向かない。  日本では臨床医学の教科書についてはまだCD-ROM媒体で出版されている本は少ないが(2)の方法によれば、点訳は効率よく大量にできる。著作権上問題となりうるケースがあるが、ここではそれには触れない[14]。 3.1.2実際の点訳過程  まず、パソコン点訳では、いったん墨字テキストファイルを作成することから始まる。墨字テキストファイルがあれば非常に効率よく点訳が出来る。従って録音教材も効率よくできる。弱視の学生もいるために多くの教材はまず墨字テキストファイルとして作成されることが多い。次に、この墨字テキストファイルを、点訳ソフトで処理して点字ファイルに変換する。その際に点字と同時にかな(平仮名または片仮名)分かち書き文ができ、これらは通常1つのファイルとして作成される。このファイルをここでは、かな点字ファイルと称する。かな分かち書き文とは、墨字テキストファイルを、すべて平仮名または片仮名に変換しかつ、文を意味がわからなくならない程度に、できるだけ短く区切るという、点字の約束事に従って構成された文である。このようにして、かな分かち書き文も点字も通常はパソコンの記憶装置上や電子記憶媒体にいったんは保存される。この段階で、墨字テキストファイル、かな分かち書き文と点字を含んだかな点字ファイルの2つが存在することになる。記憶装置上に保存された点字部分(ここでは純粋点字データと称する)を、点字用紙上に点字プリンタを用いて点字として印刷させる。これを、視覚障害学生が利用する(指でなぞって読む)のである。 3.2かな点字ファイルの重要性  かな分かち書き文の部分は、点字部分と合わせて1つのファイルになっている。かな点字ファイルのうち、かな分かち書き部分の重要性は、校正にある。例えば「心臓病」が、かなに変換されて、「しんぞうやまい」となったとしよう。本来は「しんぞうびょう」であるので、この段階で「しんぞうやまい」を、「しんぞうびょう」と直す必要が出てくる。また、分かち書きが適切であるかどうかも、かな文の段階で校正できる。墨字テキストファイルをそのまま読み上げソフトで音声化する場合、前述のような読み間違いは避けられない。しかし臨床医学のような専門分野での間違いは極力避けたい。従って点訳過程のこの段階でのかな点字ファイルの校正は重要である。この校正が間違いなく行われるのであれば、読み上げソフトによる読み間違いは100%なくすことができる。 3.3かな点字ファイルの利用方法  かな点字ファイルのこのかな分かち書き部分は、テキストファイル(ここでは、このファイルをかな分かち書きテキストファイルと称する)に容易に変換できるのである。これはすべて平仮名で書かれているので、晴眼者にとっては不要であるが、パソコン上で動く読み上げソフトにより音声に変換され、それを視覚障害学生が聞いて理解することができる。すなわち、利用者側からは、ちょうど録音図書を利用しているような感覚である。つまり、ひとつの教材の点訳から、点字本のほか録音教材としても使えるものができるのである。さらにこのかな分かち書きテキストファイルは、通常の録音図書よりも検索、コピー、保存、配信等の点で便利な点も多い。視覚障害学生が墨字図書の内容を理解する方法の1つとして、点字や通常の録音図書の他に、このような、パソコンによるテキストファイルの読み上げという方法があるが、今後ますます重要な分野となってくるであろう。  このように、点訳と同時に作成することができるかな分かち書きテキストファイルはきわめて有用である。また、パソコンを持たない視覚障害者が、かな分かち書きテキストファイルの内容を聞くためには、録音テープ等への録音が必要となってくるが、これも技術的には容易にできる。 3.4コンピュータ・ネットワークを通じた利用  録音教材作成の材料としても有用なかな分かち書き文を含んだかな点字ファイルや、実際上録音教材そのものとなりうるかな分かち書きテキストファイルを複製し、複数箇所へコンピュータ・ネットワークを通じて配信し、効率的な共同利用をはかることも技術的には現在では十分可能である。すなわち、多数の出版物を分担してパソコン点訳し、相互にこれらのファイルをやりとりすれば、ボランティアの有効な活用にもつながる。配信先では、純粋点字データは点字印刷機で印刷され、かな分かち書きテキストファイルは読み上げソフトにより録音教材としても利用できる。また、音声に変換したものをファイル化して直接インターネット上で配信することも可能であろう。 4.今後(2年目)の計画 4.1本研究で作成した録音教材と録音ボランティアによるテープ録音教材の比較 ・評価項目の検討 ・視覚障害学生による評価 ・評価の解析 4.2パソコン点訳から生まれた録音教材及びその作成方法の、学内外での利用方法の研究 ・LAN上での学内利用 ・学外利用 ・インターネットを通じての配信・利用方法の研究 おわりに  本研究は平成13年度筑波技術短期大学教育改善推進費によるプロジェクト研究として行った。 文献 [1]岩井 恵,上田 正一他:教材(立体コピー)の研究.筑波大学理療科教員養成施設昭和60年度卒業論文集,1985. [2]触察図譜研究会:触察図譜シリーズ1生理学,桜雲会,東京,1991. [3]吉田 次男:全盲学生に対する画像診断教育.障害学生の高等教育国際会議要約集,1993. [4]触察図譜研究会:触察図譜シリーズ2病理学,桜雲会,東京,1993. [5]吉田 次男:全盲学生に対する画像診断教育.筑波技術短期大学テクノレポート1,140-142,1994. [6]触察図譜研究会:触察図譜シリーズ3臨床医学総論,桜雲会,東京,1994. [7]大武 信之:アクセシビリティー向上化システム,電子情報通信学会和文論文誌A,pp302-309,Vol.J79-A,No.2,1996. [8] Nobuyuki Ohtake :A Computerized System for translating Japanese print into braille, The Journal of Visual Impairment and Blindness, 283-286, Vol.90, Num3, 1996. [9]吉田 次男:全盲学生のための医用画像情報領域の触図作製の試み.-X線画像、MRI画像、超音波断増像、シンチグラムを触図に-.電子情報通信学会技術研究報告198(35),1-8,1998. [10] 大武 信之:視覚障害者アクセス用科学技術ドキュメント作成支援システム,電気通信普及財団研究調査報告書,No.12,pp353-364,1998 [11] Y.Kawai, M.Kobayashi, H.Minagawa, M.Miyakawa and F.Tomita: A Support System for Visually Impaired Persons Using Three-Dimensional Visual sound,Proceedings of the 7th International Conference on Computers Helping People with Special Needs ICCHP 2000:327-334, 2000. [12] H.Minagawa, M.Kobayashi, T.Nishioka and S.Miyoshi:A Character Based Communication System as a Universal Design, Especially for the Visually and the Hearing Impaired,Computers Helping People with Special Needs ICCHP 2000:489-495, 2000. [13] M.Kobayashi, H.Minagawa, T.Nishioka and S.Miyoshi:Chatting System that Supports Commumcation between the Visually and the Healing Impaired,Computers Helping People with Special Needs ICCHP 2000:497-502, 2000. [14]吉田 次男,水島 和夫:視覚障害学生用学習教材作成上の著作権問題処理について-パソコンによる点訳上の問題点-,メデイア教育研究 Media and Education6:15-22, 2001. [15] Tsuguo Yoshida, Nobuyuki Ohtake:Making TactileCharts on a Personal Computer for Blind Students in the Allied Health Professions, Journal of Visual Impairment & Blindness 96(5):354-361, 2002. A new way of recording a teaching material in the process of creating books in Braille by personal computer YOSHIDA Tsuguo1), OHTAKE Nobuyuki2), KOBAYASHI Makoto3), MAESHIMA Toru1) 1) Department of Physical Therapy, Tsukuba College of Technology 2) Research Center on Educational Media, Tsukuba College of Technology 3) Department of Computer Science, Tsukuba College of Technology Abstract: We describe a part of our study here, because it will be carried out in these two years. The purpose of this study is to show how files, made in the process of creating books in Braille by personal computer, are changed into recorded material, and to investigate its useful applications. In the first year, we used a short printed textbook made by ourselves, and created books in Braille by personal computer. From some files temporally made in this process, we created recorded material. Also, the textbook containing the same article was orally recorded by a volunteer to compare with that recorded by a personal computer. Key Words : Visually impaired, Braille by personal computer, Recorded books, Internet