鍼師・灸師及び手技療法師の養成における視覚・聴覚障害者に対する実践教育から-障害補完に関する検討とその応用- 筑波技術短期大学鍼灸学科 和久田 哲司 坂井 友実 野口 栄太郎 佐々木 健 森山 朝正 要旨:本学において視覚障害ならびに聴覚障害を重複する学生が、鍼灸・手技療法を修得して、卒後において一医療人として社会に貢献していくためには、従来の教育方法に加えて個々の学生の障害特性に応じた補完法と既存メディア技術の応用など教育方法の工夫が急務である。  そこで、こうした学生に対して学科内に検討グループを組織して、2年間にわたって随時考察し実践応用してきたので、その教育法と成果の一端を報告する。 キーワード:視覚・聴覚障害 重複障害 鍼灸師・手技療法師 養成教育法 事例 1.目的  近年、入学学生の障害の多様化により、本学鍼灸学科においても視覚障害および聴覚障害の重複する学生が入学する状況になってきた。こうした学生が高等教育としての鍼灸・手技療法を修得して、卒後、一医療人として社会に貢献していくためには、個々の学生の障害特性に応じた補完法と既存メディア技術の応用など教育方法の工夫が急務となる。  個々の視・聴覚障害学生の残存知覚を最大限に補完する方法が確立出来れば、一斉授業の中でも鍼灸・手技療法師の教育が可能となる。  そこで、上記の目的達成のために学科内に検討グループを組織して、2年間にわたって随時検討し、具体的に実践してきた。以下に実践経過とその成果を述べる。 2.対象・方法 2.1方法・研究組織  本学鍼灸学科で、講義、実技実習、臨床実習並びに進路指導など、当該学生の指導に直接当たる各担当者による教育推進班を組織し随時実践応用した。  また、教育実践の推進のために、聴覚障害教育(大沼 直紀教授)、視覚障害教育(黒川 哲宇教授)並びに要約筆記に関して情報処理学科(宮川 正弘教授)、更にはコンピュータに関連する視覚部の障害補償担当者に指導・助言を受けた。 2.2研究スケジュール  当該学生に関して、以下の事項を随時検討し具現化した。 ①学生の障害程度の調査と問題把握 ②講義科目における問題把握と解決のための視覚的・聴覚的情報伝達教材の工夫 ③実技指導における技術伝達法とボランティア患者での実践法の検討 ④上記の方法を踏まえて、臨床実習での不特定患者とのコミュニケーション方法の確立と卒後の医療人としての自立への検討 2.3対象学生の障害の把握と補償  授業の展開に先立ち、耳鼻科や聴覚障害などの専門家との連携を取り、個々の学生の聴覚・視覚障害の障害特性を把握し、対象学生の残存知覚を最大限に補完する方法を確立するよう努めた。  具体的には、聴覚障害に対しては、聴力回復のための治療、補聴器の改善及び適切なマイクロフォンの選択などであり、視覚障害に対しては読書文字の大きさやフォントの種類、見やすいコントラストのディスプレイとノートパソコンの選択、画面拡大ソフトの活用などである。 3.実践事例 3.1対象学生に関する障害の状況と補償 3.1.1障害の発症時期 視覚:生まれつきの弱視。視力は右0.03(矯正0.06) ・左0.04(矯正0.06)、両眼矯正0.08、視野異常。 聴覚:中学3年あたりから低下か?聴力はAVE.4で右58.8dB・左71.3dB、AVE.6で右52.5dB・左61.7dB(いずれもAIR)。 3.1.2現在の障害の状況 診断名:不明 聴力:右耳く左耳 言葉の認知:右耳>左耳 メロディーの認知:左耳不能 リズムの認知:左右とも可能 歌詞の認知:右耳でところどころ単語を認知 視力:拡大文字を利用(拡大読書機で最適な文字の大きさは4cm角) 3.1.3現在の補聴システム ①右耳に対してFM補聴器がhL方され講義や日常会話で活用している。 ②話し手の工夫(マイクを20cmほど離す・ゆっくり話す・聞き取れないときは言い換えて表現する) 3.1.4講義の保障システム ①FM補聴器の活用 ②教官によるのパソコン要約筆記 ③手書きの要約筆記の利用 ④パソコン要約用ソフトiptalkを用いての要約筆記(以下、パソコン要約筆記) ⑤講義時間以前に拡大教材を提供し、拡大読書機などを利用した予習の促進 ⑥講義内容の録音とそのテープおこしによるテキストデータ化 ⑦予習・復習に際してイントラネットによる質疑 3.1.5その他のコミュニケーション補償システム ①筆談(太字ボールペンによる2cm角の文字) ②点字 ③指点字 ④手話 3.2講義科目「東洋医学概論Ⅰ」における指導の実際 単位数:3単位履修年次:2年 実施学期:1学期、2学期、3学期 各学期1週1限(90分) 担当教官の配置:各学期共通1名 3.2.1授業の概要 鍼灸医学の基礎となっている古代中国医学(漢方)と日本における古典医術の理論を学習する。 3.2.2授業の展開(各学期共通) ・東洋医学における基礎論、生理観、疾病論及び診断と治療法について、拡大文字(24ポイント)、拡大図譜集及びテキストファイルを講義前に配布した。テキストファイルは自己のノートパソコンで見やすい拡大文字での学習を可能にするものである。 ・講義に当たってはFM補聴器を使用した。マイク使用に当たっては事前にいろいろなマイクでテストし、最も聞きやすいものを用いた。マイクによって、音声の違いによる聞きやすさの個人差がかなりある。 ・専用の拡大ディスプレイ(22mch)に伝導するノートパソコンから、教官が重要事項を仮名文字(横10字、5行程度)で表示して、内容の確認を図るよう努めた。 ・授業終了後には、授業中での不明点、疑問点などについて学内メール(イントラネット)でのメール交換で理解を深めるようにした。 ・この形式の授業は17名の一斉授業であり、このような授業の進め方を他の学生にも理解させるようにした。 講義中には友人の声がけにも助けられていた。特に聴覚の感度の関係で、比較的声の高く、ゆっくりと話す女子学生の声は内容伝達に有効であった。 3.2.3今後の課題 ・教官が講義途中で専用ディスプレイ上に重要点を表示したが、一斉授業の中では講義進度が遅れてしまう。授業補助者が望まれる。 ・講義内容をリアルタイムに理解するためには専門の要約筆記者による伝達が望ましい。 ・講義前の教材の提供や授業後のイントラネットによるメール交換は自発的な学習に有効であった。しかし講義途中で自発的な質問が見られなかったことは、授業後のイントラネットによるメール交換に頼ってしまったことが、その場での疑問解決に繋がらなかったとも思われる。積極的な授業参加の指導も必要である。 3.3実技実習「手技臨床実習」における指導の実際 単位数:2単位履修年次:2年 実施学期:1.2学期4.5限(180分) 担当教官の配置:1.2学期教官1名、助手1名、短期雇用技官1名(受付担当) 3.3.1授業の概要  ボランティアとして受診する患者(以下、ボランティア患者)に対して、問診を行い、症状に対する局所的な手技治療及び全身に対する手技療法を行う。施術終了後にボランティア患者よるモニターシート(アンケート形式による質問紙)を用い、学生の施術態度や技術についての評価を行う。 3.3.2授業の展開(1.2学期) ①ボランティア患者には、身体図譜付きの症状に対する質問紙(A3版)を事前に配布し、症状の有る部位を身体図譜に記入する方法。 ②当該学生が問診するに当たってはFM補聴器を使用し、ボランティア患者自身がマイクを手に持ち学生のインタビューに答える方法。 上記2法を併用し問診を行った。 ③施術中の手技の強弱の評価を目的に、ボランティア患者に「痛い」「強い」「弱い」の3種類の単語を記入したカード(B5版)を持っていただき、その時々の感覚に応じたカードを上げてもらい、学生自身が手技の強弱を判断できるように配慮した。 3.3.3今後の課題 ・前述の方法で病歴聴取を行った結果、症状の大要は理解できるが、微細な症状についての聴取は困難であった。 ・対象が学生の障害を理解しているボランティア患者であり、学生の聴力に配慮した会話を行っているので、比較的スムーズに問診が行えたが、実際の問診とはかなりのギャップがある。 3.4演習「ポリクリニック」における指導の実際 単位数:2単位履修年次:2年 実施学期:2学期3.4限(180分)、3学期3・4限(180分) 担当教官の配置:2学期1名、3学期4名(このうち助手2名) 3.4.1授業の概要  鍼灸臨床で取り扱う機会の多い症状を取り上げ、病歴聴取(問診)から診察までを学ぶ。2学期は病歴聴取の内容(問診事項)、注意事項について学習し、学生自らが診察者及び患者役となりロールプレーによる問診及び診察法を修得する。3学期はグループに分かれて実際に外部のボランティア患者に対して、問診から診察までを行う。そして、ざらにそこで得られた内容をプレゼンテーションする。 3.4.2授業の展開 (1)2学期 ・鍼灸臨床で取り扱う機会の多い4症状(頚肩部痛、肩関節痛、腰痛、膝関節痛)について、病歴聴取の内容を拡大文字(24ポイント)で事前に配布し、注意事項と併せて講義形式で説明した。 ・説明に当たってはFM補聴器を使用した。 ・2人1組の、学生自らが診察者及び患者役となって行うロールプレーの授業では、相手の学生にFM補聴器のマイクを持ってもらい実践を想定したものとした。 ・この形式の授業は4症状について、それぞれ診察者及び患者役となって行われた。 ・学生個々に病歴の聴取内容を要約してプレゼンテーションを行った。その際、FM補聴器のマイクを使用した。 (2)3学期 ・3学期は学生を2グループ(教室を2部屋)に分けて指導にあたったが、外部のボランティア患者を対象とするため、各グループに2名の教官がつくという指導体制を組んだ。学生1名当たり2名のボランティア患者に病歴聴取を行えるようなカリキュラムとした。 ・ボランティア患者の病歴を聴取するに当たり、開始時に聴覚にも障害がある旨を伝え、FM補聴器のマイク使用による協力依頼を行った。 ・コミュニケーションが円滑に行われないところは、教官が必要に応じてサポートした。 ・後半のプレゼンテーションの時間では、他の学生がプレゼンテーションする際、助手2名が交代で要約筆記を行った。 3.4.3今後の課題 ・病歴聴取の際、ボランティア患者へ自分の障害の状況を伝え、協力依頼ができるような積極的な姿勢が求められるが、この点やや消極的であり、今後の指導が必要である。 ・今回は、助手2名が交代で要約筆記を行ったが、筆記に追われ討論に参加しにくくなるため、今後は専属の筆記者が必要と思われる。 .また、今回は手書きによる筆記であったが、パソコン要約筆記の方がより成果が上がると思われた。 ・十分に情報が伝えられたのか、またどの程度理解できたのかなど教官が十分把握できないところがある。授業中に本人から質問を発するなど積極的な働きかけをするよう指導していく必要がある。 3.5卒後の鍼灸師、手技療法師としての社会自立への対策:独自で診察・治療が出来るために ①臨床実習において患者とのコミュニケーションを独自に図ることができれば、医療施術者としての養成が実現できる。現在、FM補聴器と要約筆記で対応している。 ②不特定多数の患者の音声を把握する方法として、文字化ソフトの活用法あるいはオーディオ関係の編集装置の利用などの応用を検討中である。具体的には特定な人の音声にはIBM社の「ViaVoice」、不特定な人の声には東芝製の「LaLaVoice」を検討しているが、十分な成果が得られていない。 4.おわりに (1)現在までに講義科目、実技実習並びに臨床実習における各授業担当者によって、それぞれ教育的問題点を検討し、様々な方法を用いて対処してきた。その結果、本学鍼灸学科における学習は、ほぼ初期の目標を達成しえたと思われる。 (2)今後は点字や手話などの各種コミュニケーション技術の習得が必要であるが,それ以上に対人技能の向上が望まれる. (3)第3者が介在せずに診療活動が出来る方法(不特定多数の患者の音声を文字化ソフトを利用してディスプレイ上に表示するようなコミュニケーションシステム)を検討し実現させる点にある。 (4)今回の事例は、入学後に対策を検討し教育実践が推進されたが、AO入試(相対話入試)などによって、入学前に実態把握に努め入学時には対応しうるように改善する必要がある。 (5)当該学生の教育環境を整えるには、要約筆記者の派遣費・録音テープ起こし費・適切なパソコンの整備等々、特別な経費力泌要となり、経済的対応が急務である。 本研究は筑波技術短期大学平成13年度教育研究特別推進経費に依って実施された。(視覚・聴覚障害学生に対する教育法研究班:森山 朝正、和久田 哲司、坂井 友実、野口 栄太郎、佐々木 健、大沢 秀雄、上田 正一、木村 友昭、殿山 望) Educational Practice of the Training for Acupuncturist and Massage Therapist for the Student with both Visual Defects and Auditory Difficulties — Study and Applications for Disability Supplement — Tetsuji WAKUDA, Tomomi SAKAI, Eitaro NOGUCHI, Ken SASAKI, Tomomasa MORIYAMA Department of Acupuncture, Tsukuba College of Technology Abstract: A student, with both visual defects and auditory difficulties, is mastering acupuncture and massage in this college. In order to support and accomodate himself in the society as a medico-professional after graduation, in addition to conventional education methods, needed supplemental methods have been developed and the technology of media vehicles have been applied. And so we organized a group for study in our acupuncture course. We have studied the characteristics of the student's disability for two years. This paper reports on the results of the study and the practice of education. Key Words : both visual defects and auditory difficulties, multiple-disability, acupuncturist and massage therapist, educational practice of the training, case study