関数と運動の関係を理解させるための授業に関する報告-グラフ電卓を使った一つの試み- 筑波技術短期大学聴覚部一般教育等1)同電子情報工学科電子工学専攻2)同電子情報工学科情報工学専攻3)同教育方法開発センター(聴覚障害系)4) 小林 庸浩1) 新井 達也1)大塚 和彦2)加藤 伸子2) 内藤 一郎2)新井 孝昭3)三好 茂樹4) 要旨:物体の運動が時間の関数で表せることを物体の動きをグラフ電卓を使ってスクリーン上に距離と時間の関数として表すことで理解させる。物体の動きとスクリーン上のグラフの動きを同時に観察させながら、(1)速度と関数の勾配の関係、(2)速度の方向と勾配の正負の関係、(3)出発点と関数の定数項との関係を考えさせる。こうした実験を通して、等速直線運動が一次関数で表され、関数の勾配が速度を、定数項が出発点を表すことを理解させる。 キーワード:物体の運動と関数、物理と数学の接点、運動の出発点、グラフ電卓 1.はじめに  多くの学生にとって、物体の運動が時間の関数で表せるということを理解することは、我々教える側が考えるよりずっと難しいようである。しかし、力学の授業においてはこの基本的な理解が極めて大切なことであることはいうまでもない。更に、本学においては、関数それ自体の理解が完全でない学生が多い。こうした学生たちに力学を教えるには、抽象的な話をいくらやってもなかなか理解が進まない。そこで、物体の運動を動きに合わせて同時にグラフとして表すことにより、関数それ自体の意味だけでなく、関数がいかに現実の問題を表すことができるのかという応用もかねて試みられたのが今回の実験的授業である。  こうした状況を改善するために、我々のグループは平成11年度、学生たち自身の動きをグラフ化させることで自分たちの動きとグラフの関係を考えさせる試みを行った[1,2]。その試みで示した学生達の関心やそこでなされた学生達の議論を踏まえて、今回は実際に物理の授業の中でその手法を使ってみることが主題である。強調しておきたいことは、本学のクラスが10~13人の少人数制であるため、1人1人の学生にグラフを描かせる余裕があることである。先生が描くグラフをただ見ているのと違い、自分自身でグラフを描こうとする操作は、興味を引く上でも、記憶においても大きな違いがあり、効果的である。また,本学のような聴覚障害を持つ学生にとって、視覚に訴える授業が理解の役に立つことは十分想像されることでもあり、こうした授業がうまく取り入れられれば、物理や数学の理解の助けになるものと思う。  学生が運動と関数の間の関係を理解できない状態には二つの異なる段階がある。一つのグループは数学として関数は理解しているが、現実の運動を関数として頭に描けない段階にあるグループである。もう一つのグループは関数そのものが理解できない段階で、物理の問題を学習できる状態に至っていないと考えてよい。この二番目のグループに関する指導、すなわち、関数自体を理解させる試みに関してはかなり違った観点からやらねばならないので、今回は取り上げない。従って、ここでの実験は学生たちが関数を一応理解した後で行う実験と考えて欲しい。しかし、こうした実験が関数自体の理解を助ける役割も果たしうるということは、十分理解していただけると思う。この授業で扱うのは最も簡単な1次関数である。しかし、数学の中でしか現れなかった関数が現実の運動を表すことができ、関数の持っている自由度(自由に取れる定数)がそれぞれ運動の中でどんな意味を持っているのかを知ることは、学生たちにとってこれまでになかった体験として数式の持つ意味を考えるきっかけになると思う。 2.授業の概要  この試みで大切な点は、物体の動きとグラフの動きを同時に見せることである。このために、グラフ電卓に距離を測定できる音波センサーを繋げ、測定時間と距離をグラフとして表すプログラムを使った。電卓上のグラフはビュースクリーンを使って直ちに大画面のスクリーン上に投影されるようになっている。(この装置に関する説明は前回の報告で詳しくされているのでここでは省く[1,2]。)この実験では、一定時間間隔で測定している物体とセンサー間の距離xを、直ちに、距離x(縦軸)対時間t横軸)上の一つの点として表す。授業の主眼である運動とグラフ関係は、一定時間間隔ごとにグラフ上に現れる点の動きとして捉えることができる。  この授業では、縦軸と横軸が何であるかは教えないまま、次のような過程に従って進められる。 (1)縦軸と横軸がそれぞれ何を表しているかを考えさせる。 (2)グラフの傾きと速度の関係を考えさせる。 (3)動きの方向とグラフの関係を考えさせる。 (4)出発点の位置とグラフの関係を考えさせる。 (5)一次関数x=at+bの定数aとbがそれぞれ運動の何をあらわすか考えさせる。 (6)確認のために簡単な問題をやらせる。  ここで使われる関数はx=at+bという一次関数であるが、この関数の意味はそれまでの授業を通じてあらかじめ教えておく。しかし、装置に関してなんら説明のないまま始めることにする。この点に関しては異論もあるかもしれない。実際に、時間的に余裕がないときなどでは、あらかじめ装置の説明と縦軸・横軸について説明しておいて、(2)から授業を始めてもよいと思う。また、以下では、1次関数に関しては講義などを通して、基本的な知識、すなわち、x=at+bで、aは直線の勾配、bはx軸との交点を表すことは理解しているものとして、話は進める。  以下の各節で提示されている図は、授業で実際に使った図である。ただし、実際には式などは入れない図を始めに提示し、式だけ書いたOHPを重ねるようにして使った。 3.縦軸と横軸を考えさせる  スクリーン上では、縦軸が距離、横軸は時間にとられている。まず、ほぼ等速度で物体を動かす実験をして見せた後、「縦軸と横軸は何を表しているか?」とたずねる。 この段階ではほとんど答はない。(このことは、学生が物体の動きと、グラフの関係を結び付けて考えられないためと思える。)次に、物体を全く動かさずに実験する。縦軸が変わらないまま、横軸だけが同じ調子で増えてゆくのがわかる(図1参照)。ここでもう一度、前と全く同じ間を出す。ここで始めて、学生たちは「横軸が時間ではないか。」という意見を出す。すかさず、「縦軸は何?」と問うと、自信なげにではあるが、「距離?」と答える学生が現れる。「どことどこの距離?」と問うと、「センサーと物体の間だと思う。」という答が出される。この答が出た後で、グラフ電卓の構造について説明し、何人かの学生に自分の好きな運動を行わせ、グラフ電卓に運動を描かせることで、運動とグラフの関係に慣れさせる。 4.グラフの傾きと速度の関係を考えさせる  ここでは、まず、ゆっくりとした等速運動をグラフにし、その後、はっきり速いと分かる速度で動かしてみせる。このとき、出発点は同じに取る(図2参照)。 問「どちらのほうの速度が早かったか?」 これに対して間違った答はまずない。  そこで、2つのグラフの上に、それぞれ、x=at+b(ゆっくりとした運動)とx=a,t+b(速い運動)の式を書く(書いたトラペンを重ねる)。まず、「aとbが何か?」を問う。 (1次関数の知識の確認のため。)これを確認した後で 問「2つの運動の関数で、何が違う?」「a」という答はすぐ出る。 問「aとa’では、どちらが大きい?」「a'」という答が返ってくる。 問「では、何故a'がaより大きいのか?」  ここに来ると必ずしも答はすぐには返ってこない。そのときは2つの運動の違いが何だったのかをもう一度確認した後、同じ間を発する。ここからの議論は、学生たちの反応に合わせて進めていかねばならない。学生たちに、直線の勾配aと速度が比例関係にあることに気付かせ、納得させるまで続ける。 図1.縦軸と横軸の意味 図2.グラフの傾きと速度 5.勾配の正負と運動の方向を考えさせる  まず、これまでと同じように、センサーから遠ざかる方向に物体を動かす。次に、止めた点から逆にセンサーに近づける運動を行う(図3参照)。 問「2つの運動の違いは何か?」 これに対しておかしな答はまずない。 問「二つの運動を表す関数の違いは何?」  簡単に答が出る場合もあるが、‘勾配の違い,であることがわかっても、`正負の違い’といえない場合も多い。その場合は、学生との会話の中で、学生から‘勾配の正負’という言葉を引き出すようにする。その後、学生に往復運動を描かせ、確認させる。 6.出発点の位置とグラフの関係を考えさせる  1次関数の定数bの理解の問題は、意外と盲点である。  まず、ある点から出発して等速運動を描いてみせる。次に、出発点を変えて、はじめとほとんど同じ速度で物体を動かす。その結果、スクリーン上には2つのほぼ平行な直線が描かれる。ここで「2つの運動で違いは何か?」と問うと、意外に答が返ってこない。一方、「1次関数のグラフとしては、何が違うのか?」というといに対しては、「bが違う。」という答ができる学生はいる(図4参照)。そこで、もう一度同じことを繰り返して見せる。  このとき、物体の動きに注意するように言う。実験後、再度同じ間を出す。正しい答はほとんど返ってこない。そこで、次に、「これと同じようグラフをかけ。」といって、学生たちにやらせてみる。簡単に書いて見せる学生は少ない。うまく書いた学生が出たとき、「今、運動で何を変えた?」と問う。そこではじめて、「出発点を変えた。」という答が返ってくる。学生たちは、ここまで来てやっとbの意味を理解する。我々教える側にとってはほとんど自明のことと思われるbの意味が、学生には現実の運動と結びついていない。このことは、これから我々が教える際に、何か示唆するものがあると思う。 表3運動の方向とグラフに傾き 表4bの意味 7.確認のための簡単なテスト  以上のようなかなり大変な実験を通じて、学生たちに、等速直線運動は1次関数によって表すことができ、1次関数の勾配が速度を、定数項が出発点の位置を表すことを理解きせる。そして、実験の最後に、この理解がどの程度定着しているかを見るために、x=at+bという1次関数に関して簡単なテストを行う。 (1)aとbがそれぞれ運動の何を表すか、問う。 (2)同じ点から出発して、速度の遅い運動を表すグラフと、速度の早い運動のグラフを描かせる。 (3)(2)の運動と反対方向に動く運動を描かせる。また、そのときの1次関数の違いについて書かせる。 (4)(2)の運動と同じ速度で、しかし、(2)の場合より遠いところから出発したときのグラフを描かせる。  実際に1コマ(80分)の授業では確認テストまでできないことが多い。そのときは、次週の授業のはじめに行う。先週学んだことがどの程度定着しているか分かって面白い。十分な時間があれば、実験の最後に確認テストを行い、次週のはじめにも同様なテストを行って定着率を調べるのも良い。対象とする1つの学生群あたりの学生数が少ない上、同じグループに違った授業を行って試すことはできないので、簡単に比較はできないが、単に黒板で説明したときと比較して、定着率がかなり高くなると言ってよいと思う。 8.結論とこれからの課題  学科によって、理解は異なるが、かなりの学生が等速直線運動と、1次関数の関係を理解できたように見える。しかし、まだ、統計が少なく、正確なことをいえる段階にはない。また、この実験をするには、この大学の時間割、1コマ80分は短すぎ、確認までの時間が取れない場合も多い。前回の実験[1,2]のときも同じであったが、1コマ(80分)だけの授業で十分な実験をすることは難しい。物理学のカリキュラムを考え直すべきであろう。  この授業は特に聴覚障害者を意識したものではない。入学時に多い、数学の知識が足りない学生や、ある程度の数学と物理の知識がありながらも、その関係を理解していない学生に対する一つの教育プログラムとして考えている。しかし、前にも触れたように、視覚に頼ることの多い聴覚部の学生を、少人数制のクラスで教えられる本学では、こうした内容の授業がかなり効果的に取り入れるのではないかと思われる。 謝辞  この実験授業は平成12年及び13年度の教育方法改善経費(学長裁量経費)「聴覚障害学生の専門基礎教育カリキュラムに関する基礎的検討」(代表者:小林 庸浩)の研究成果である。 参考文献 [1]内藤 一郎,新井 孝昭,加藤 伸子,森本 明,小林 庸浩,三好 茂樹:身体を使ってグラフを考える-専門基礎教育における新たなアプローチの検討-。筑波技術短期大学テクノレポート7:29-34,2000. [2]内藤 一郎,新井 孝昭,加藤 伸子,森本 明,小林 庸浩,三好 茂樹:聴覚障害者のための専門基礎教育における新たなアプローチの検討。信学技報ET2000-94:31-38,2001. A Report on Lessons for the Improvement of Understanding of Relations between Functions and Motions — A Trial by Using Graphing Calculators — KOBAYASHI Tsunehiro1), ARAI Tatsuya1), OTSUKA Kazuhiko2) KATO Nobuko2), NAITO Ichiro2), ARAI Takaaki2), MIYOSHI Shigeki3) 1 department of General Education, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 2 department of Information Science and Electronics, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 3 Research Center on Educational Media, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology Abstract: Trial-lessons for the improvement of the understanding of relations between mathematical functions and motions in dynamics are carried out by using graphing calculators. In this lesson students can observe the real movements of materials and those of orbits on the screen, which are simultaneously projected by the graphing calculators. The students are required to consider the relation between the real motions and those orbits which are described by mathematical functions. The following relations are asked the students: (1) the relations between the velocities of the motions and the slopes of the linear functions, (2) the relations between the directions of the velocities and the + or - of the slopes, and (3) the relations between the starting positions and the constant terms in the linear functions. Throughout this lesson the students understand the fact that all one dimensional motions with constant velocities are described by the linear functions in mathematics, where the two unknown constants of a linear function, i.e., the slope and the constant term, respectively, represent the velocity and the starting position of the corresponding motion. Key Words ! Motions and functions, Interface between physics and mathematics, Starting position, Graphing calculator