造形用語が意図する形状的特徴に対する理解度の調査 筑波技術短期大学デザイン学科 本間 巖 要旨:造形の特徴を表現する、語調の似た5つの語句に関して、本学デザイン学科学生および他大学美術系の健聴学生を対象に、その理解の様子を調査した。本学学生に関しては、同時に、それぞれの語句に対応する手話表現があるかどうかも調査した。調査の結果、両学生共に、造形的特徴を明確に区別しにくい語句があることがわかった。ただし、本学学生の場合には、健聴学生に比べ、語句の意図する造形的特徴の把握の仕方およびその表現の仕方に物足りなさが感じられた。また、それらの語句に対して手話表現が必ずしも正確に対応していないという状況も確認された。手話の整合性と、それぞれの語句が意図する造形的特徴の理解の仕方には少なからず関連性が存在するように思われる。 キーワード:造形用語 手話 形状的特徴 1.はじめに  デザインは抽象的な要素を扱う領域であり、デザインに関する意志疎通においても、表1に示すような抽象的な用語が多用され、デザインの現場では、これらの言葉が頻繁に飛び交っている。もちろん、これらの用語は元々は普段の生活の中で取り交わされる、ごく一般的な言葉でもあり、必ずしも専門用語という位置づけの言葉ではない。それらにデザイン特有の要素が加わって、デザイン現場で使用される、いわば、業界用語として通用しているのである。これらの言葉は国語的に見れば、その意味内容は明確に区別されて定義されている。しかしながら、一般的な感覚からすれば、似たような言葉として理解されてしまう傾向も否めない。デザイン現場においては、かなりの部分で明瞭に区別され、それなりに共通の理解が構築されてはいるものの、やはり細部においては不明瞭な要素を含むと言わざるを得ない。そのような共通理解の根拠となるものは、専門職としての経験を通じて構築されるもので、それ自体、明確に定義づけされたものを理解しているわけではない。従って、例えば現場において「もっとスッキリさせた方が良い」との指摘を受け、デザインを修正するような場合、その要求の趣旨は理解できても、具体的な修正内容となると苦慮を余儀なくされるというのが実状である。このように不明瞭な要素は含むものの、これらの言葉は、抽象的なデザインを扱う上で効果的に用いられる大変便利な用語であることには違いない。  ところでこれらの言葉は、砕けた表現の範囑では書き言葉としても使用されるが、どちらかといえば喋り言葉としての性格が強いものであろう。このような言葉が、聾と健聴デザイナーが同じ職場で作業を行うという状況において、正しく機能しているのであろうか。デザイン学科としてもこれまで多くの卒業生をデザイナーとして社会に送り込んできており、同学科教官として、かねてより気にかけてきた事案である。  そこで、これらの用語に関し、学生がどのように理解しているかおよび、手話表現の有無について調査した。 対応する手話表現が存在しない場合、もしくは必ずしも整合性がとれていない場合には、新たな定義付けを要することになるが、本稿では、まず、いくつかの典型的な用語に対する理解の実体を調査し、その結果を報告する。 2.背景:授業における作業手順と指導内容  図1にデザイン制作をテーマとする科目の典型的な作業プロセスを示す。コンセプトがまとまると、それを基にスケッチワークによりアイデアを制作する。ここではアイデアに表現された機能など、デザイン的にクリアすべき諸条件が指導の対象となる。デザイン指導に関し、ここまではそれほどの難しさはない。しかしここから先、ある程度まとまったデザイン形状を、より洗練された状態にクォリティーアップさせる段階になると少々勝手が違ってくる。  調査・企画段階では例えば「何のためにこのような形になるのか」といった指導でデザイン形状を扱うのに対し、スタイリング段階では、例えば「この面の流れは直線的すぎるからもう少し柔らかくしたらどう?」といった種類の指導が多くなる。つまり指導の対象が具体的な内容から造形に関する抽象的な内容に変化する。ここに至って、意志疎通の難しさに直面する。  例えば、上記に挙げた2つの文章のうち、前者は無理なく手話に置き換えられる。しかし後者の場合は、そのま主手話にしても伝わりにくい要素を含んでいる。「柔らかくしたら」の「柔らかい」は、触覚としての柔らかさを意図したものではなく、見た目の柔らかさ、つまり直線的に対して、曲線的であることを暗に意味している。 表1 造形的特徴を扱う語句 表2 アンケート内容 3.調査の目的と方法および対象  このように聴覚障害学生に造形の微妙なニュアンスを伝えることには相応の工夫を要するところであり、話し言葉としての性格の強いこれらの用語が、話し言葉による意志疎通の難しい聴覚障害学生には、正しく浸透しにくいであろうと推察される。また、その語句の意図するイメージが語気と一体になって構築されるとすれば、仮に筆談を交えたとしても、国語的な意味は伝えられてもそのイメージまでは正しく解釈されにくいであろう。これらの点を明らかにするため、表1に示した語群の中から、「しゃきっとした」「すっきりした」「きっちりした」「しっかりした」「さっぱりした」という語調の似た5つの言葉を取り上げ、本学デザイン学科1,2,3年生23名、および東京学芸大学美術教育学科(以後「学芸大生」と略)1,2年生38名[1]を対象にアンケート調査を行った(表2)。 4.語句の特性と調査の観点  これらの語句は国語辞書によればそれぞれ次のような意味を持つ。 しゃきっとした:元気の良い、歯切れの良い、しまりがある すっきりした:煩わしいものが無く気分がよい きっちりした:隙間がない、過不足無くちょうど しっかりした:ぐらつかない、計画通りに進行している様子 さっぱりした:汚れやつかえがなく気分がよい  これらの意味をベースに、造形の特徴が重ね合わされて、例えば「シャキッとした造形」とはどのようなものであるかという専門領域としての一定の価値基準が構築される。造形やデザインを専門業とする者にとっては共通の価値基準として認識し、使い分けが成されているが、その説明となるとなかなか難しい要素を持っている。  本アンケートでは、これらの語句に対して、造形的な意味(状態)をどの程度正しく理解しているか、それぞれの語句に対応する手話表現があるかどうかという観点で調査した。 5.調査結果と考察  図2に、本学デザイン学科1,2,3年生の結果を示す。意味が分からない語句として「しやきっと」と「きっちり」を挙げる学生が多く、「対応する手話がない、または知らない」語句として「しやきっと」、「きっちり」および「さっぱり」が挙げられている。また、「すっきり」と「さっぱり」には似たような傾向が見られる。どちらも「手話がない、または知らない」が相当数ありながら「意味が分かる」人数が少ないという点である。そのまま解釈すれば、対応する手話がなくても言葉の使い方としての区別ができていることになる。  「しっかり」は意味的にも手話的にも整合性がとれており、学生にとってはポピュラーな語句のようだ。  図3は本学学生と学芸大生との比較である。それぞれの語句に対する意味の理解度の点では、総じて学芸大生の方が高いようだが、「きっちり」を除けばグラフの傾向としては本学学生とほぼ同一のパターンを示している。これを見ると、本学学生にとっては「しやきっと」と「きっちり」が、学芸大生にとっては「しやきっと」が、それぞれ他の語句に比べて異質な存在として受け取られているようだ。  次にそれぞれの語句の意図するイメージについて見てみる。表3はそれぞれの語句に対する造形的イメージを、記述によって説明させたものである。表3左側は本学学生、右側が学芸大生である。これを見ると、両学生共に「すっきり」、「きっちり」、「さっぱり」の3語に共通性が感じられる。この3語には似たような記述が多く、同類の語句として受け止められている傾向が見られる。模式的には図4のような関係が見える。  これらの似たような語句の区別と手話との関係はどのようになっているのであろうか。そこで、本学学生のデータから図5のようなグラフを作成してみた。「対応する手話を知っている」という観点で見れば「すっきり」と「しっかり」が突出している。他の3語は、手話があってもローカルなものであったり、正確に造形の特徴を伝えるものでない可能'性が高い。なお、この回答には普通高校出身者でこれまで手話を使ってこなかったという学生のものも含まれている。  表4は、「しやきっと」以外の4語の類似性の観点から「すっきり」と「さっぱり」および「きっちり」と「しっかり」の関係に着目したものである。「すっきり/さっぱり」に関しては、両方の意味が分かり、手話を知っていると回答した13名中、8名が対応する手話として「すっきり」のみを挙げている。同様に「きっちり/しっかり」に関しては、手話を知っていると回答した11名中、7名が対応する手話として「しっかり」のみを挙げている。  これら2組のよく似た語句に関し、それぞれの語句を手話で使い分けることができる学生も相当数いるが、1組の語句の片方しか対応する手話を知らない学生が、それを上回って多いという点は注目すべきであろう。細かく見れば、それぞれに対して手話が存在しているかもしれないが、「すっきり/さっぱり」では「すっきり」が、「きっちり/しっかり」では「しっかり」がそれぞれの組の中で代表的に使われ、文脈の中で使い分けているという傾向が推察される。  なお、図6は、5語全てに対応する手話があると回答した学生による、それぞれの語句に対する手話の例である。ただし、それぞれの語句が意図する造形的特徴を正しく表現しているかどうか自信がないと述べている。実際、「しやきっと」以外の4語に関しては、対応する手話がそれぞれに対して2,3種類づつ存在することが確認されている。 図2 語句の理解と手話表現 図3 他大学学生との比較 表3 各語句に関する造形的イメ 一ジの記述 図4 語句の造形的イメージのゾーニング 図5 語句の理解と手話表現の関係(1) 図6 各用語に対応する手話表現例 6.まとめ  両学生とも意味の分かりにくい語句として「しやきっと」を挙げている点では共通している。調査によって、この語句の他の語句との性格的な違いが浮き彫りになったが、本学学生の場合には、この語句に対する認識が手話表現の存在と無関係ではないと考えるべき結果が見いだせる。また「きっちり」が意味の分かりにくい語句として突出している点も特徴的である。これについては、似たような他の語句とのイメージ的な区別の難しさに起因し、それが手話表現の整合性に依存しているという要因が懸念される。  次に本学学生における問題点として、イメージの表現内容が挙げられる。本学学生の場合には造形的特徴を直接表現するボキャブラリーが少ない。多くの場合、生活の中での-シーンを比嶮的に用い、状態の説明と言うよりは語句の使われ方の例示になってしまっている。やはり、造形的特徴を的確に表現するという点では少々物足りなさを感じる。この点、学芸大生の場合には、「すっきり」の意味として「最小限の」や「無駄がない」、「さっぱり」に対する「無駄がないが物足りない」、「きっちり」に対する「計算され尽くした」など、-歩踏み込んだ表現も目立つ。学生がここまで分かっていてくれれば、指導者として安心感を覚える。逆に言えば、ここまで理解させることが、教育目標ということになる。  参考までに、表3を基に、学芸大4年生[2]とゼミ形式で考察した内容を報告する。(図4はこのゼミにおいて作成したものである。)  「すっきり」、「きっちり」、「さっぱり」の3語は、複数の造形要素の存在を前提とし、それらが整えられた状態を示しており、その整い方の違いをそれぞれの語句で表している。「すっきり」と「さっぱり」は造形要素の量的な状態に言及する語句で、「すっきり」は「これ以上要素が増えると造形的にうるさくなる」ので、要素を整理した状態を表している。逆に「さっぱり」は「これ以上要素が減ると造形的に物足りなさを感じる」状態まで、可能な限り要素が払拭された状態を表している。  「きっちり」は複数の造形要素の関係が整理されて、全体として一定のまとまりが形成された状態を示している。この「全体のまとまり」という点で「しっかり」と重なるイメージを持っている。「きっちり」は全体の中での構成要素同士の関係を対象とし、「しっかり」はそれら造形要素が付加されるベースとしての造形および、それに対する造形要素の取り付き方を問題にしている。  「しやっきっと」については、他の4語がどちらかというと静的な価値観であるのに対し、動き(勢い)を感じさせるイメージを持っている。  以上が本調査が対象とした語句が意図する、造形的イメージに対する学芸大生の見解である。図らずも、調査は語句のイメージを追究する局面にまでおよび、筆者自身もそれぞれの語句のイメージを再認識する次第であるが、問題はこれらの内容を本学学生にいかに的確に伝えるかである。 7.おわりに  冒頭に、このような用語に対する共通の価値観は、専門業としての経験によって形成されると述べたが、その経験の出発点は大学などにおける専門教育の場に他ならない。この時期の学業において、学生は指導教官などの言動に少なからずの影響を受けつつ、専門としての経験を培い、自らの中に専門における価値観が構築される。同時にこの間、多くのデザインに接し、造形の微妙な特徴と、それをニュアンス的に伝える言葉との間に一定の結びつきが形成され、デザイン形状に言及する意志疎通への共通理解が構築されると考えられる。  デザインに関する意志疎通において、健聴学生と接する場合と全く同様に、本学学生と接することは実際上かなり難しい。これは筆者が、本学教官として聴覚障害学生のそういった特質に対しての理解が不十分であったということは言うまでもないが、同時に、そういった観点でデザインに関する用語を精査してこなかったという要因も見逃せない。特に本学においては、これら用語の伝達可能な語彙への翻訳などを含めた、伝達のための工夫の必要性を痛感する次第である。以後このような観点からの研究を深め、教育ツールとしての開発を志向するものである。 8.注 1)同学科の各専攻のうち、デザインとの関連性の強いグラフィックデザイン、プロダクト・環境、工芸、美術教育(デザイン科教員養成コース)の学生を対象とした。 2)筆者が非常勤で担当している、グラフィックデザイン、プロダクト・環境専攻の学生を対象とした授業。 Research of Understanding the Features of Forms Which Technical Terms Intend to Convey Iwao HONMA Department of Design, Tsukuba College of Technology Abstract : Several similar technical terms that describe the features of forms are investigated using students majoring in design at T.C.T. and students majoring in art at another university. Contents of the investigation are how and to what extent they understand those terms. The result is as follows. Some terms were found in which it was difficult to distinguish the features of forms clearly for both groups of students. In the case of T.C.T. students, compared with the other students, it seems that they do not understand exactly the features of forms from those explanatory terms. It was also verified that several sign language signs did not necessarily correspond exactly to those terms. From this point of view, the way to understand the features of forms which those technical terms intend to convey seems to have a kind of linkage with coordination of sign language. Key Words : Technical terms, Sign language, Features of forms