障害に配慮したヴィジュアル・コミュニケーション活動の支援1(学生募集ポスターの教育的展開と社会的有効利用) 筑波技術短期大学デザイン学科1)電子情報学科情報工学専攻2) 生田目 美紀1)永井 由佳里1)北川 博2) 要旨:本教育研究活動は、ヴイジュアルデザイン教育方法の開発はもとより、デザインに関わる全行程においてコミュニケーション活動を重視することで、学生と大学の共通理解に基づく本学のアイデンティティーを確立させ、在学生の教育成果を社会に広く周知させることを大きな目標としたものである。 本編では、学生主体の社会参加型プロジェクト教育として「筑波技術短期大学学生募集ポスターの制作」を位置付け、新しいデザイン教育の理論構築と教育方法の開発を行った実践報告を行う。 キーワード:コミュニケーションデザイン 社会参加型プロジェクト教育 学生募集ポスター 聴覚障害学生 1.はじめに  デザインとは常に人のためにあり、時には人の心を動かす力をも持ち得るものである。デザインカだけで、文字や言葉を介さずに自分が考えていることを誰かに伝えることもできる。デザインを専攻する学生にはそんなデザインの醍醐味を実感として持ってもらいたい。  在学生には大学のアイデンティティーという目に見えないものが具現化していくことを体感してもらいながら、広く社会に向けて本学の教育成果を周知させることを目標とした。  具体的には「筑波技術短期大学学生募集ポスター」の制作にテーマを絞り、聴覚障害学生による障害に配慮したヴイジュアル・コミュニケーション活動を支援した。 2.研究の背景  本教育研究活動は、新しいデザイン高等教育の理論構築への試みとして、1999年9月-2001年6月の間に本学デザイン学科学生を対象に実施した教育実践の展開として位置付けている。(全活動を総称し、プロジェクトという表現で以降の記述を行う)  教育実践から得た本学におけるデザイン教育の特徴については、生田目・永井が「1:少人数制による教育環境の特色を生かす教育方法として、協調による全体的な目的意識の共有を条件とする相互啓発を基盤とすること。 2:学習者が作品評価に関するフィードバックを広く社会的に体感できるような配慮と支援を行うこと。」1)と挙げている。  また、現代社会は環境への意識をより高めるような教育のありかたを求めていると考えた場合、大学に対するオーナーシップ(Ownership)*1とアイデンティティー(Identity)というテーマは、教育者と学生の教育環境における相互啓発にとどまらず、学内関係者にまで拡張できる可能性がある。さらに教育機関が社会へ発信するテーマとして基本的かつ重要だと考える。 3.プロジェクトの概要  本プロジェクトは、制作から評価フィードバックまで全般にわたるヴイジュアル・コミュニケーション活動の支援を行うことで、学生募集ポスターの教育的展開を図ったものである。さらに、「展示」および今後の「印刷配布」などを通じて、学生作品である学生募集ポスターの社会的有効利用を行うプロジェクトでもある。  具体的には「制作」「公表」「第三者評価」「作品プレゼンテーションと評価フィードバック」「展示」の5つでプロジェクトを構成し、段階を追って「印刷配布」までの作業を進めた。  制作:目的意識の共有、大学に対するオーナーシップとアイデンティティーの確立を促しながら、障害に配慮した本学学生募集ポスターの制作を学生とともに行った。 公表:出来あがった学生作品を学園祭、聴覚部図書館、視覚部食堂エントランスホールにて展示した。 第三者評価:3回にわたる作品評価アンケートの実施により、学生、学外者、学内関係者等、幅広い第三者評価を収集し、評価データの集計解析を行った。 作品プレゼンテーションと評価フィードバック:制作者による作品説明等を受け、デザインに関する講評を意見交換形式で行った。最後に教官からアンケート評価の結果を、第三者評価として学生にフィードバックし、それに関しても意見交換を行った。 常設展示:全作品をデザイン学科内ギャラリースペースにて展示し、公表期間後も広く学内外へ教育成果物の公開を行っている。 4.プロジェクトの目的 ・全学的共通理解に基づくアイデンティティーの確立 ・大学に対するオーナシップの全学的相互啓発 ・教育成果の社会的周知 ・聴覚障害学生の表現力や発想力、ヴィジュアルコミュニケーション能力の向上を目指した教育指導方法の模索 ・紙によるコミュニケーション活動における障害に配慮した情報伝達のあり方の調査 5.プロジェクトスケジュール 5.1 制作  「伝達デザイン論・演習A(生田目担当)」の授業時間にて実施した。 4.SEP.2001:情報収集「視覚障害とデザイン表現」 11.SEP.2001:チャットでブレスト「筑波技術短期大学のアイデンティティー」 18.SEP.2001:企画書→制作開始 25.SEP.2001:制作 2.OCT.2001:プリントアウト 5.2 公表・第三者評価アンケート 6-8.OCT.2001:学園祭(聴覚部体育館) 6-9.30.0CT-7.NOV.2001:聴覚部図書館エントランスロビー 8.NOV-15.NOV.2001:視覚部食堂エントランスホール 5.3 作品プレゼンテーションと評価フィードバック 30.OCT.2001:作者が意図した内容・デザインイメージなどに対して意見交換や質疑応答を行った。学園祭で得た回答結果を中間報告として学生にフィードバックし、コミュニケーションギャップやマッチングなどについても意見交換を行った。 5.4 常設展示 15.JAN.2002~:デザイン学科内ギャラリースペース 6.「制作」過程における教育的支援報告  本課題の遂行はグラフィックデザインの基礎教育を兼ねたためデザイン学科2年次の学生を対象とした。最終的に完成したポスターにはデザインした学生の名前を入れ公表した。 6.1 デザインニングの条件  文字情報と紙面サイズを制約条件とし、視覚的な障害に配慮したデザインとすることを必要条件とした。 6.2 情報収集と情報共有  視覚障害とデザイン表現に関する情報収集は書籍およびインターネットを通じて一人一人が行ったが、各人のレポートは教官が集め、メールを介して全員に配布した。 6.3 チャットブレストによる学生の意識調査  学生は、大学に対して共通のアイデンティティーを形成していると推測できるが、はっきりと表現できる状態ではなかった。そこで、概念の外在化を図るため、ブレーンストーミング(ブレスト)を行うことにした。ブレストは、通常はメモパッドを用意し円座になり、手話などを交えて行うが、今回は短期間で企画書および制作に直結させる必要があったため、すべての会話を文字情報として留めておくことが有効であると判断しチャット形式で行った。チャットブレストは、情報の共有化がリアルタイムで行えるだけでなく、後の情報利用も可能であるため通常のブレストよりも教育効果は高い。チャット記録も学生全員に配布し共有した。 6.4 企画害作成  企画書の項目を記入することで制作作業にスムーズに移行できるように計画した。項目は以下である。 ・私が考える本学の特徴 ・私が考える本学のアイデンティティー ・視覚障害に対するデザイン的な配慮と工夫 ・デザインコンセプト ・デザインイメージに対する連想キーワードと具体的表現 7.企画書から見える学生意識の報告 7.1 学生が考える本学の特徴  「日本で唯一の聴覚障害者、視覚障害者のための大学」「わかりやすい授業、小人数制クラス、バリアフリーの施設」などが挙げられていた。 7.2 学生が考える本学のアイデンティティー  「障害をものともしない」「新しい自分発見」「個性がある」「明るい」「豊かな交流」であった。これらはほぼ全員共通で挙げられた内容である。  ここで外在化された概念がデザインコンセプトに直結している。 7.3 視覚障害に対する配慮  「フォントや文字の大きさ」「色の組合せ」「背景と文字の関係」に対する配慮が具体的に挙げられた。  全員が共通した記述をしたのは、情報共有が成功した結果である。必要条件である項目においては、知識レベルにばらつきが無いことが重要である。 7.4 デザインコンセプト等  デザインコンセプト、デザインイメージ、具体的表現に関しては、各人が個性を発揮し、自由に設定した部分である。制作はそれらに沿って進められた。(本編では各人の内容記述の公表を避け、作品公表のみを行う。)  制作公表後に第三者評価と照らし合わせ、自分が設定した内容を伝えることが出来たかの確認作業も行った。 7.5 ポスターデザインのキーワード  企画書に複数出現したものの中から、本学学生募集ポスターに相応しいという判断に基づいて選定した代表キーワードは以下である。「自立」「未来」「希望」「活発」「個性的」「新しい」「若々しい」「明るい」「さわやか」「あたたかい」「楽しい」「清潔」。 A:寺井 亮宣 デザイン学科2年 B:中島 ひとみ デザイン学科2年 C:平野 恵美 デザイン学科2年 D:村田 幸謙 デザイン学科2年 E:雪森 文晃 デザイン学科2年 F:川合 花伶 デザイン学科2年 G:菊池 樹里 デザイン学科3年 H:佐々木 彩 デザイン学科3年 I:中嶋 亜美 デザイン学科3年 J:新井 有美子 デザイン学科2年 8.学生作品紹介  今回のプロジェクトでの6作品(2年生対象)と前回の授業外プロジェクトでの4作品(3年生対象)を紹介する。(P95参照)これら10作品を公表し調査にかけた。 9.「第三者評価」結果報告  「障害に配慮したヴイジュアル・コミュニケーション活動の支援2(学生募集ポスターアンケートのデータ解析)」2)で述べる。 10.考察1:プロジェクトで得られた効用 10.1 オーナシップの相互啓発とアイデンティティー確立  本学にとって重要な活動である学生募集活動を在学生に体験させることで、学生は母校に対するオーナーシップを少なからず構築し、アイデンティティーをより明確に確立し得たと思われる。また、作品評価アンケートの回答率の高さ、回答内容から、学生以外の人々にも同様の効果があったのではないかと推測する。 10.2 障害に配慮した情報伝達のあり方  紙によるコミュニケーション活動における障害に配慮した情報伝達のあり方に関しては、まだまだ研究が必要な状況ではあるが、聴覚障害学生が視覚障害を考える機会となったことは確実であり、完成後の作品プレゼンテーションと意見交換においては学生全員に対して、将来的に視覚障害に配慮したデザインができる人材へと成長する可能性を感じ取ることが出来た。 10.3 コミュニケーションデザイン教育について  第三者評価を得て自分の企画内容と比較したこと、情報の共有化やチャットブレストなどの制作者間同士のやりとりも含めて、「コミュニケーションデザイン」という新しいデザイン概念を体感しながら基礎的な造形力とデザイン技術を修得させることができた。聴覚障害学生の表現力や発想力、ヴィジュアル・コミュニケーション能力を向上させるための教育指導における具体的なノウハウを構築できたと確信している。 10.4 「学生募集ポスター」の社会的有効利用  学生による学生募集ポスター制作の記事が官公出版物に掲載された。3)4)5) 11.考察2:プロジェクトの改善 11.1 学科教育専用サーバーの必要性  各人が収集した'情報を全員で共有するためにメールを利用した。学科教育専用サーバーを立て共有フォルダーなどを利用すれば、収集した情報が学科共通の財産として利用できるようになる。物理的な側面からは、学内メールサーバーに不要な負担をかけないだけでなく、レポート収集・メール配信などのマネジメント作業から担当教官が開放される。  チャットブレストはチャットソフト上で行った。ソフト上での擬似的なチャットなのでサーバーに記録を残すというわけにはいかない、チャット内容の記録は教官がリアルタイムにチャットソフト上のテキストデータをコピー&ペーストで別ファイルとして確保しなければならなかった。 11.2 デザイン公募と教育プロジェクトのあり方  実験的な授業外プロジェクトにより、成績評価やフレキシブルな対応に関する懸念が不用であるということが判明していたため、今回はデザイン制作の前過程の充実を考え「伝達デザイン論・演習A(生田目担当)」の授業の一部を利用しデザイン教育を兼ねて行った。しかし、受講していない学生から「自分も挑戦してみたかった」という声も聞かれた。学生募集ポスターというアイテムの公共性等を考えた場合、公平を欠くことがないように配慮することも重要であると思われる。しかし、授業外プロジェクトとして遂行する場合、ソフト面のデザイン教育をいかに充実させ、単なるグラフィック制作にならないように指導できるかが大きな課題となる。 12.おわりに  在学中に大学に対し愛着と誇りを持って学生生活を送ることは、教育効果だけでなく人格形成の面からもプラスの結果を生み出すはずである。また、ポスターというメディアを通し学生の教育成果・制作活動等を公開したことで、学外の方々にも本学を身近に感じてもらいたい。  本プロジェクトは、筑波技術短期大学平成13年度教育改善推進プロジェクトとして実施した教育研究活動の一部である。 謝辞  本プロジェクトの全般におきまして、西條 一止学長よりご理解とご支援を賜りました。  「第三者評価」結果のデータ解析に関しましては、電子情報学科`情報工学専攻小池 将貴教授より多大なるお力を拝借いたしました。アンケート実施の際には、沖吉 和祐前副学長、伊藤 隆造視覚部長よりご協力をいただきました。展示設営では、細谷技官・教務第一課・二課の皆様のご協力をいただきました。この場をお借りしましてサポートを賜りました皆様、アンケートにご回答<ださった皆様に感謝申し上げます。 14.参考文献 【雑誌等】: [1] 生田目 美紀,永井 由佳里:聴覚障害学生がコミュニケーションデザインを体感できる教育実践と展開.テクノレポート:VoL8(2):27-33,2001. [2]生田日 美紀,永井 由佳里,北川 博:障害に配慮したヴイジュアル・コミュニケーション活動の支援2.テクノレポート::VoL9(1):103-107,,2002. [3]筑波技術短期大学学報:第94号,2001. [4]文教ニュース:第1638.39合併号,2001. [5]文教速報:第6221号,2001. 15.注釈 *"持ち主だという気持ち”という意味で使用 Visual Communication Design Supports that Give Careful Consideration to Handicapped People-1 NAMATAME Miki 1) & NAGAI Yukari1) & KITAGAWA Hiroshi 2) 1) Department of Design, Tsukuba College of Technology 2) Information Science Course, Department of Information Science and Electronics, Tsukuba College of Technology Abstract: This is a practical report of the teaching of communication design and its development. We developed a teaching method by using the promotional posters for attracting new students. This was a society-based project with students, teachers and college staff participating. We supported communication activities in the design process, and our college cooperated with the students, resulting in the college identity being established together. Also deaf students had the opportunity to think about a visual handicap, and we could announce a student's education result to society. Key Words : Communication Design, Educational Method, Society Project, New Students' Invited Poster, Deaf Students