視覚伝達デザイン教育におけるコンペティション応募への取り組み 筑波技術短期大学デザイン学科 安田 輝男 要旨:視覚伝達デザインは、聴覚に障害がありデザインを職業として自立を目指す学生にとって、期待できる領域である。専門教育「伝達デザイン特別論・演習」では、様々なアート手法の習得と社会的に権威ある二科展デザイン部への作品応募を通して、学生のスキルアップと実社会での自己確認を試みた。そのプロセスと成果を紹介する。 キーワード:視覚伝達デザイン 聴覚障害 アート 広告 二科展デザイン部 1.はじめに  視覚伝達デザインは、聴覚に障害のある人にとって健常者との格差が生じにくい分野と考えられ、また視覚的造形発想力に関して優れた能力を発揮できれば、社会での活躍も期待できる。  そんな思いを抱きながら、デザイン学科3年次のビジュアルコース選択指定科目「伝達デザイン特別論・演習」を3年間担当してきた。  3年次ともなれば、デザインの基礎知識と技術を概ね習得しているので、アート手法の習得とその集大成としての作品づくりの場として本科目を位置づけた。  さらに、一昨年度からは作品づくりを、二科展デザイン部課題への応募というかたちをとることにより、作品に対する社会の評価を学生たちに実感させることとした。  応募の結果は、幸いにして、一昨年度が2名の準入選、昨年度が5名(応募者全員)の準入選を果たし、学生にとってはものづくりの達成感と実社会での自分の位置の確認ができ、反省点と今後の努力目標が実感できたことは収穫であった。  以下、授業の内容と二科展デザイン部課題応募への取り組みについて述べる。 2.アート手法の教授と演習  「伝達デザイン特別論・演習」においては、広告デザインの基礎的なアート手法を具体的に学習し、演習を通して実際のデザインの仕事(グラフィック広告デザイン、エデイトリアルデザイン等)をするうえで役にたつスキルを身につける。そのスキルを習得するための主なアート手法として、次の①-⑭をあげ、その講義の後でアイデアラフづくりを行った。 ①モノデカアート  商品を正々堂々と中心にすえて表現する手法で、広告表現としては最もオーソドックスな表現手法である。ブランドカやパッケージの訴求力がポイントになる。 ②幕の内アート  商品やサービスの情報量が多い時、あるいは多いとアピールしたい時に有効な手法である。食欲をそそる美しい幕の内弁当のように、多くの要素を美しくデザインレイアウトする表現手法である。 図1.①の広告事例 図2.②の広告事例 ③告知アート  メッセージを、より明解に、より早く、より強く伝えたい時に用いる手法。広告コピーが主役となり、アートはあくまでその引き立て役となる。 ④ピッグリアート  テーマをビッグでリアルな世界に置き換えて、ビックリさせる手法。ビジュアルショック手法と呼ぶこともある。最近は、CGを駆使することにより、この手法の精度がさらに向上している。 図3.③の広告事例 図4.④の広告事例 ⑤喜怒哀楽アート  人間の喜怒哀楽を、商品の訴求ポイントにからませて表現する手法。人間の感情と商品の特徴を敏感に読み取らねばならない。体温の感じられるビジュアル、肉声が感じられる広告コピーが必要である。 ⑥遊技アート  行きずりの広告読者の目を、一瞬にして釘付けにしようとする手法である。この手法を成功させるには、ユーモアのセンスも欠かせない。 図5.⑤の広告事例 図6.⑥の広告事例 ⑦タイポアート  タイプフェイス、タイポグラフィの持ち味を広告表現につくりあげる手法。キャッチフレーズ、ボデイコピーをイラストレーションや写真等の要素も加えながら魅力的に表現する。 ⑧記号アート  一目でメッセージが伝わる記号・シンボル等をメインビジュアルに使う手法である。記号・シンボルは万人に共通のビジュアル素材。それだけ強いメッセージ伝達力があり、一瞬にして視覚的理解を深める。 図7.⑦の広告事例 図8⑧の広告事例 ⑨スキャンダルアート  人の本能に迫る手法。理性よりもむしろ感性に訴えるので、記億の残像としてもインパクトがある。制作者の個性で強く引っ張ってゆく世界でもある。 ⑩ブロマイドアート  タレントの力を利用する手法。売れているタレントの顔を最大限に効果的に利用する。 図9.⑨の広告事例 図10.⑩の広告事例 ⑪アニマルアート  広告ビジュアルを考えた場合、注目度の高いのが動物である。その動物をメインビジュアルに登場させる手法である。擬人化、社会への風刺などをアイデアに加えると一層説得力のある表現が生まれる。 ⑫BABYアート  BABY(赤ちゃん)も、上記の動物と同様に注目度の高いビジュアル素材。この赤ちゃんをメインビジュアルに登場させる手法である。 図11.⑪の広告事例 図12.⑫の広告事例 ⑬キャラクターアート  キャラクターをメインビジュアルにする手法。マス媒体の顔ともなり、また店頭での接客の顔ともなる。一世を風摩したキャラクターを使うのはもとより、新しいキャラクターを登場させることもある。 ⑭パロディアート  広告読者が既知のビジュアル素材をひとひねりして見せる手法である。パロディは、いわば、送り手と受け手の知的キャッチボール。パロディ広告を作るにしろ、それを読み解くにしろ、ユーモアと知性が不可欠である。 図13.⑬の広告事例 図14⑭の広告事例 3.二科展デザイン部課題への取り組み  上述の講義・演習を通してアート手法を習得しながら、一昨年度、昨年度は下記の二科展デザイン部課題に、学生たちは挑戦した。 [2000年度募集作品テーマ] A部門(自由テーマ):1名応募 B部門(イラストレーションル1名応募 C部門(特別テーマ):3名応募 「『2001ボランティア国際年」をテーマとしたポスタ一・キャラクター」  以上のうち、準入選作品は、A部門応募の山田 倫子さんの作品「響く音の視覚的イメージ」(B1ポスター)と、C部門応募の大関 智子さんの作品「2001ボランティア」をテーマとしたポスター(B1)である。  山田さんの作品は、音の波紋や、「目で感じよう、音を」のコピー表現により、音の世界をイメージ的に視覚の世界に置き換える試みである。大関さんの作品は、人の温もりが伝わる手形(大人や子供)を温かくカラフルに表現することにより、国際ボランティア年のイメージをアピールしている。 [2001年度募集作品テーマ] C部門(特別テーマ):5名応募全員準入選 「『愛知万博」をテーマとしたポスター」  菊池 樹理さんの作品「世界のみんなの愛言葉」は、手が表す「I LOVE YOU」をモチーフにして、四葉のクローバーで手を表現。佐々木 彩さんの作品「愛知万博へ」は、ジーンズ姿のペアの若者をメインビジュアルにして愛を表現。佐藤 之彦さんの作品「ちきゅうをあいちてまちゅ」は、小さな子供をメインビジュアルにしての表現。この作品の場合は、先に「ちきゅうをあいちてまちゅ」というキャッチフレーズが閃いて、それをもとにしてのビジュアル表現となった。中嶋 亜美さんの作品「水から生まれた世界はひとつ、そしてたったひとつの地球」は、水滴と自然の緑で地球をイメージ。吉田 智彦さんの作品「芽くん、わたしたちに、ライフパワーをください」は、愛知万博の開催地名古屋からすくすくと伸びた希望の芽をイメージして表現している。  いずれの作品も、入選まであとひといきの出来栄であった。東京都美術館および上野の森美術館で展示された数々の入賞作品を見学後の学生のコメントとしては、「実際に見学して自分の作品の反省点が分かった。あの時、もっと頑張れば良かった。もっとアイデアを練れば良かった」、「私は入選作品がどんなものか気になった。しかし、私の作品を超えたものがたくさんあって、とても興味深く見学できた」、「わたしはこの制作に普段より力を入れて取り組んだつもりだったけれど、それ以上にハイレベルな作品群を見て圧倒された。二科展に挑戦し、技短より大きな世界に自分の作品を位置づけてみて、自分がどの位置に立っているかが分かった」等があった。  このコメントから、学生たちは単に教室の授業で終わるのではなく、実社会の中での自分の位置と存在を確認することができ、今後の努力目標の設定を自ら学ぶことが出来たと思われる。 図15.山田 倫子さんの作品 4.おわりに  視覚伝達デザインは、コミュニケーションにとって、今後ますますその重要性を増してくる。また、聴覚に障害がありデザインを学ぶ学生にとって、視覚伝達デザインのスキルを習得することは、社会で自立するために必須である。その意味で、二科展デザイン部門への作品応募を含めてのこの「伝達デザイン特別論・演習」は、今後とも継続し、さらに深化発展させて行きたい。  尚、二科展応募に際しては、石川 重遠先生、金田 博先生、生田目 美紀先生、永井 由佳里先生、前島 健先生の諸先生方から格別のご支援ご協力をいただきました。ここに感謝の意を表します。 図16.大関 智子さんの作品 図17.菊池 樹理さんの作品 図18.佐々木 彩さんの作品 図19.佐藤 之彦さんの作品 図20.中嶋 亜美さんの作品 図21.吉田 智彦さんの作品 参考文献・資料 [1]安田 輝男:パロディ広告大全集全一巻,第1版,誠文堂新光社,東京,1984 [2]博報堂アート手法研究プロジェクト:FIFTEEN ART EDGES,株式会社博報堂,東京,1989 [3]大貫 卓也:大貫 卓也全仕事,第1版,マドラ出版,東京,1994 [4]安田 輝男:あの広告はすごかった!,第1版,中経出版,東京,1997 [5]安田 輝男:広告デザインにおけるパロディの研究,デザイン学研究第46回研究発表大会概要集,24-25,1999 Applications Design Competition, "Visual Communication Design" for Education YASUDA Teruo Department of Design, Tsukuba College of Technology Abstract: "Visual communication design" is a good territory for the hearing impaired student who is aiming for an independent occupation. For the professional education of "visual design special theory "creation" , We have tried to improve students' skill in design work and to confirm their existence in the world, through work applications to the learning of the various art techniques and NIKA design part which has high social status. I report on that process and the results. Key Words : Visual Communication Design, The hearing impaired, Art, Advertisement, NIKA design part