筑波技術短期大学デザイン学科におけるエディトリアル・デザイン教育の教材・教育システムに関する研究 ―学生の創造性開発と主体的表現を基礎とするデザイン教育にむけて(1)― 筑波技術短期大学デザイン学科 永井 由佳里 要旨:デザイン学科伝達デザインコースにおける,エデイトリアル・デザイン教育に関する教材・教育システムを計画するにあたり,本学の学生の特性をふまえ,創造性の開発育成と表現性の向上を図ることを目標にした授業計画について研究をおこなった。本論では「伝達デザイン論・演習B」教科において従来おこなっている授業を基盤に,その教育効果を検証しつつ,どのような教育のあり方が本学の学生に適しているのかを考察するとともに,将来的にどのような教育への取組みが求められるかについて,教育モデルとカリキュラム構築の必要性という観点から記述した。 キーワード:デザイン教育 聴覚障害教育 エディトリアル・デザイン 視覚伝達デザイン 創造性 1.はじめに・研究の背景  筑波技術短期大学デザイン学科では伝達デザインコースを主に出版や編集に関係する視覚伝達デザインの領域に関わるデザインの教育を実践しており,卒業後の進路として印刷・DTP業務,ヴイジュアル・コミュニケーションデザイン制作を選択する人材を毎年送り出している[1]。  聴覚に障害のある学生に対する教育をおこなう場合に,どのような教育目標を設定し,その目標に向けて確実な教育を実践するためにどのような教材の開発計画が求められるか,また,教育のシステムをどのように組み立てていく必要があるのかについて,これまでの本学デザイン学科におけるエディトリアル・デザイン教育の実践を基礎にして論じる。 2.目的および研究の重要性  本研究の目的は,第1に現在までに実践されてきた本学のエディトリアル・デザイン教育について,その目的と方法および教育の成果について検討することである。  第2に,従来の教育をふまえたうえで,これから求められる教育について考察をおこない,教材・教育システムを提案するための一連の研究を着手するための起点とすることである。本研究の重要性は,上記の目的について大学で実践されているデザイン教育から得られた手がかりをもとに,理論的構築を目指す点であり,そのために教育内容の例をあげ,公表する点である。エディトリアル・デザイン領域での研究で,大学での教育実践に基づき教材・教育システムの開発にむけ,理論的構築を目指す研究は類が無い。 3.これまでの教育実践に対する検討 3.1エディトリアル・デザイン教育の位置づけ  現在,デザイン学科の授業科目名にエディトリアル・デザインという名称は用いられてはいない[2]。エディトリアル・デザインの分野を教育する授業としては「伝達デザイン論・演習B」及び「伝達デザイン論2」が該当する。後者は講義形式であるため,本論では演習を中心に前者について述べる。  概念的にはグラフィック・デザイン(基本的に2次元媒体で印刷技術を媒介する)の領域としてとらえることができる[3]。また,社会科学の分野であるコミュニケーション論,メディア論との関連性が強く,出版や編集という概念と切り離すことができない領域でもある。一方で「書籍デザイン」として本や冊子という媒体の制作ととらえる観点からは「製本」という工程を重視し,造本(造本設計),ブックデザイン,装丁,編集工学といった枠組みでとらえようとする場合もある[4]。また,グラフィック・デザインが,グラフィック・アート,プリント・アートと不分離の関係であり,印刷という技術により複数の部数を制作する「複製芸術」としてのとらえ方も伝統的なものであり,デザイン領域の中では表現性の高い分野として柔軟にとらえられている[5]。  このように,エデイトリアル・デザインの位置づけは,技術的な要素(印刷),機能的な要素(情報,メディア),産業的な要素の重み付けによって異なってくるが,本学においては「視覚伝達デザイン」としての機能性を中心としたとらえ方をしている[6]。そのため,文字や画像を中心とした視覚的な情報を,印刷された媒体をとおして伝達することを目標にするものであり,その媒体形式が本または冊子であることを条件としている。したがって,そのエディトリアル・デザインは,企画編集に関わる部分と,制作技術に関わる部分に大きく分けられる。 3.2 デザイン学科学生の特長と教育目標の関係  上述のとおり,エディトリアル・デザインの教育内容についても次の2つに分けることができる。「伝達デザイン論・演習B」ではこの2つを段階的な過程としてとらえ教育計画に組み込み,それぞれを重点的に指導できるような体制をとっている[7]。 (a)企画およびデザイン内容の編集 (b)技術的な制作過程  職業として考えた場合,両者は職能として分離しているといえる。本学デザイン学科学生の特長をより生かすことができるのは視覚的な造形力と表現力を発揮し,視覚的な要素の作成や構成によってデザインをおこなう,レイアウト(割付け)や画像作成等に関する(b)の部分であるだろう。実際にはデジタルパブリッシングの普及により,(b)の工程も細分化され,コンピュータによる組み版や割付けに関する作業を「DTPオペレーション」として総合し,デザイン制作の分野で独立して扱っている場合がほとんどであるといえる[8]。したがって,文字や画像などの視覚的な要素をデジタル情報として理解し,今日のデザイン制作環境で普及しているシステムに適合した方法でデザインの工程を組み立てる能力が求められており,エデイトリアル・デザイン教育とDTP技術は切り離すことができない関係といえる。 3.3 「自分史」について  ここで具体的にデザイン学科の「伝達デザイン論・演習B」の授業について取り上げたい。  上述のとおり,この授業は教育内容に応じて(a)(b)の2段階で展開しているが,これらは継続したひとつのテーマによる課題「自分史」制作を中心におこなわれている。図1に平成12年度の「自分史」作品の一部を示す。  この課題「自分史」について,平成12年度の(b)段階の指導記録と,課題途中および終了後の学生との意見交換の結果から,大きく次のようなことが分かった。 (1)この課題によって得られた教育効果 ①テーマの重要性が理解できた ②制作を通し技術的目標を持つことができた ③自主的に制作を進めることができた (2)問題点 ④職業上必要な技術水準に到達したか不明 ⑤授業時間の範囲に収まらなかった  これらの結果について検討したところ,②,③が得られた要因として①が大きく影響していると考えられた。課題として与えられたテーマの魅力が,その後の技術的段階(b)での意欲と関心を高め,継続的な努力をおこなう原動力となっていたと思われる。④については教育システムの改善によって問題解決が可能であり,同時に教育目標として明確な技術的到達水準の設定が求められると考えられた[9]。 ⑤に関しては学生によっては規定授業時間の約2倍の時間をかけ,自主制作に取り組んだ例もあることがわかり,次年度にむけての反省点であった。  上記の結果に基づき,改善策として次のような計画をおこない問題解決を試みることにしている。 ④については,編集デザイン用ソフトウェア(Adobe社InDesign)の導入と中級程度のDTP技術水準を到達目標にし,学生に段階的に達成度を理解させる。また情報の構造化や読みやすさなど理論的な内容の必要性から「伝達デザイン論2」など関連の教科と連携を図る。 ⑤については,他の教科内容について調査し,重複する要素は省くなど整理することと,④の導入やノート型PC,周辺機器の設備を整え,効率化することで教室内での作業時間を短縮することができる。 図1.エディトリアル・デザイン課題の例「ZIBUNSHI」(菊池樹理さんの作品) 3.4 授業計画の具体的な検証  前節の結果から,エディトリアル・デザインの分野ではDTPオペレーションという技術の修得についても,より高度なデザイン課題をおこなう中で発展的に取り込んだほうが,自主的な制作態度と高い意欲の維持につながり,習熟度が高まることが期待できる。(a)(b)の連続性がもたらす教育効果は,学生がその後もエデイトリアル・デザインに高い関心を示していることからもうかがえる。学生の授業評価や感想からは,学生にとって高度な内容と感じられたがγむしろそのことが積極的に取り組もうという意欲に繋がったことがわかった[10]。おそらくそのため多くの時間を費やしているが,この点は上述のことに加え,教材・教育システムの充実により改善することができる。 4.将来的な課題への取組みについての考察  1985年以降の出版業界の制作システムは著しく変化してきており,エディトリアル・デザインにおいても絶え間ない技術革新が求められる。しかし,新技術への対応だけを教育の課題とするのではなく,より高度な教育,すなわち表現性の基となる創造性を開発し育成することがより一層強く求められるのではないだろう力もそのための教材・教育システムへの取組みについて考えたい。 4.1 DTP実践教育の必要性と問題点  エデイトリアル・デザインを職業としてとらえた場合,企画編集と制作技術の2つに分けられると述べたが,後者の職能であっても前者に対する理解は不可欠であり,経験的に習得した知識をもっていることが,デザイン技術に生かされる関係であることは前章からも推測できる。  職業としてDTPをとらえると,求められる技能や知識は主に商業印刷を中心とした編集・レイアウト作成の能力とソフトウェアのオペレーション技術である。この技術が速く正確におこなわれることが要求される。しかし,実際に制作された印刷物が社会的に機能するためには,制作技術者には次の要素が求められる。まず,表現される誌面そのものに表されるデザインの創造力と,情報内容についての理解力である。これらのより高度な能力を修得するためには,オペレーションの問題を解決するという教育目標では不十分である。そこで必要とされるのが総合的な意味でのデザインの基礎力といえるだろう。 4.2創造性の開発育成と学生の特性についての理解  それでは,エデイトリアル・デザイン能力の向上につながる,総合的なデザインの基礎力を充実するためにはどのような教材・教育システムの計画にむけての基盤研究が必要であるかについて考察したい。 4.2.1 将来的な教育の基盤構築にむけて  これまでデザイン教育において,デザイン創造者の主体性を中心にするデザイン方法論への取組みは充分におこなわれてはこなかった。これはデザイン研究が産業としての枠組みの中でとらえられがちであったことに起因する。しかしデザイン行為を人間の普遍的な能力としてとらえ返す研究がおこなわれ,その成果をふまえた新しいデザイン基礎教育の構築がなされることが期待できる[11]。さらに,表現性を重視する視覚伝達デザインの領域においては特に,表現,創造を結果としてとらえるのではなく,プロセスとしてとらえることが重要であり,デザイン行為者の創造性を開発育成するために思考過程の構造についての研究が必要であることが指摘できる[12]。 4.2.2 他の授業科目との連携の必要性  一方で本学のデザイン教育においては障害への配慮や,情報のやり取りに関する問題についての視点から,教育の実践が計画されている[13]・自己と他者との関係を理解していく情報デザインとしてコミュニケーションデザインをとらえる教育と,本研究で述べた表現の主体である学生個人の倉慥性を開発育成し表現性を高めようとする教育は,相互に連携することでより一層の教育効果が期待できる。またエディトリアル・デザインにとっては視認性』や認知心理学を基盤とした研究との連携も欠かせない。将来的にはこのような連携を図るためのデザインにおける「共同・協調」に関する研究と「参加型」の教育計画が必要であり,そのためにも大学における教材・教育システムの計画とそのモデルが求められるだろう。 5.まとめと展望  「伝達デザイン論・演習B」を例に,エデイトリアル・デザインの教案と教育計画について考察をおこなった結果,「自分史」という表現者の主体性を重視する観点での教育が学生の表現性を向上させることに寄与していることが分かった。このことからもデザイン行為者の主体的な表現と創造性の開発を基盤とする教育モデルの必要性がみとめられる。今後,創造性の開発育成という側面に焦点を当てさらにデザイン教育を検証していきたい。  本学における教材・教育システム研究の起点として,従来のエディトリアル・デザイン教育実践を対象に考察し基本的な構造を把握することができたが,理論的な構築をおこなうためには個々の授業の検証では不十分である。本論をふまえ今後は従来の伝達デザインコースにおける教育について総合的にとらえ直すとともに,共通の問題点を抽出したい。そのうえで,デザイン行為者の主体性を中心としたデザイン教育のための教材作成・教育システムについて詳細に論じてゆく必要があると考える。  本研究でデザイン学科におけるエデイトリアル・デザイン教育に関する概要を述べたが,これに続いて本学での教育活動に関して「伝達デザイン論・演習B」及び他の授業の実践例を取り上げるとともに,テクノレポート誌等で教育活動について公表をおこないたい[14]。  なお,平成13年度教育改善推進費(学長裁量経費)の採択を得て,教育基盤設備充実費研究種目「障害教育教材・テキスト作成支援DTP編集システム」について,研究を開始したことを報告するとともに,感謝の意を表すものである。今後一層の教育研究活動の充実を図りたい。 参考文献・注 [1]平成5年度本学デザイン学科卒業生である羽田 恵理氏の第5回国際アビリンピック英文DIP部門銀メダルを受賞(2000年)などb [2]筑波技術短期大学(聴覚障害関係学科)デザイン学科 平成13年度授業計画(シラバス)参照。 [3]ElJiiI技術の中で製版技術が1950年代に,それまでの機械作業から光学作業に切りかわり,グラフィック・デザインの領域が拡大していた。 [4]河野 鷹思監修:エデイトリアル・デザイン,BSSデザイン講座3,第1版,美術出版社,東京,1990 [5]絵本,マンガ,アーティストブックなど,いわゆる文字中心の書籍としての機能や情報伝達の機能性にとらわれないものが少なくない。 [6]視覚伝達デザインの分野と特長,分類については下村 千早:ヴィジュアル・デザイン,記号としての芸術,勁草書房,p212-236,東京,1992参照。 [7]「伝達デザイン論・演習B」における課題「自分史」は平成11年度石川重遠教授・安田 輝男教授が担当し,平成12年度以降は安田教授が(a)の主として企画・編集に関わる部分を,永井が(b)の制作に関わる部分を担当(過去に平成2年より嘉悦女子短期大学で編集デザインの授業で同様の内容の「自分探しの旅」という課題を実施)。 [8]DTPとはデスクトップ・パブリッシングの略で,アルダス社のブレイナードが用いたとされる用語。 [9]1年後同じ学生を再調査したところ,実際の就職活動においては,企業側から高度な技術水準の要求があったわけではなく,「自分史」の内容とデザインの独自性を評価されたとの報告があった。 [10]平成11年度学生による授業評価アンケート結果「伝達デザイン論・演習B」(永井担当分)他 [11]Noguchi,H:How do Material Constraints Affect Design Creativity? Proceedings 3rd Creativity and Cognition Conference,U、K・pp82-87,1999. [12]永井 由佳里・野口 尚孝:ドローイングに表れたデザイン専攻学生の思考タイプと創造性の関係,デザイン学研究,48(8),148,ppl31-138, 2001. [13]生田目 美紀,他:聴覚障害学生がコミュニケーションデザインを体感できる教育実践と展開,テクノレポートVbL8(2),p27-33,筑波技術短期大学,2001. [14]平成13年度の「自分史」作品の発表会はデザイン学科114教室において平成14年3月5日に実施された。 Study of Education System and Materials for Editorial Design in Visual Communication Design Course of Tsukuba College of Technology — Approaching to Design Education Based on Development Creativity and Expressions of Students themselves (1) — NAGAI Yukari Department of Design, Tsukuba College of Technology Abstract : For the purpose of planning to educate by suitable educational systems and materials for the development of students creativities and expressions on 'Editorial Design' in Visual Communication Design Course of Tsukuba College of Technology, it was needed to examine one of the exercises we had. Based on this examination, several important points were found which should contribute to our consideration of an educational model of design for building curriculum of this course. Key Words : Design education, Education for the impaired, Editorial design, Visual communication design, Creativity