聴覚障害特性を活かした製品デザイン企画の教育 筑波技術短期大学デザイン学科 金田 博 木村 戦太郎 要旨:近年、バリアフリーデザインやユニバーサルデザインに対する関心の高まりと社会的な要請が顕著になっている。本学の聴覚障害学生の特性を活かし、自らが聴覚に障害をもつユーザでありデザイナーを志している学生が考える「聴覚障害者に配慮した製品デザイン企画」を本学3年生1学期の専門教育「生産デザイン特別論・演習」で実施した。自らの事を考えることをとおして学生の主体性を育て、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインの理解を深め本学学生ならではのデザインに対する質的特徴を育成することを目的とした。 キーワード:聴覚障害者 デザイン専門教育 デザイン企画 バリアフリー・ユニバーサルデザイン 1.はじめに  近年、バリアフリーデザインやユニバーサルデザインに対する関心の高まりと社会的な要請が顕著になっている。社会の中でこれらのデザインを実現するためには障害者の立場を理解することから始める必要があるが、障害者の実体を把握することは容易ではない。特に聴覚に障害をもつ人は外見では一般の人との違いがわかりにくく、特性や要望も分りづらい事が多い。  本稿は、本学の聴覚障害学生の特性を活かし、自らが聴覚に障害をもつユーザでありデザイナーを志している学生が考える「聴覚障害者に配慮した製品デザイン企画」をテーマに行った授業をとりあげる。自らが自らに関係するデザインを創ることで学生の主体性を育て、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインに対する理解を深め本学学生のデザインに対する質的特徴を育成することを目的とした。  なお、本稿はテクノレポート2001年8巻2号の「聴覚障害学生デザイン教育の成績評価方法の試行」の対象授業である。 2.授業概要  授業の対象は3年生1学期の専門教育「生産デザイン特別論・演習」である。2年次の専門教育を終え卒業特別研究に向け最後の専門実習課題である。受講生は生産デザインコース3年生7人(男4、女2)授業時間45時間である。内容は、聴覚に障害をもつ学生自身が日常生活のなかで、朝おきてから夜寝るまでの一日を観察し、聴覚障害者の不便さなどさまざまな問題を発見し問題解決・企画提案を行う製品デザイン企画である。  自らのことをデザイン対象とし、自らの現実的な問題を観察し顕在化してゆくことで自然に主体性をもちながらデザイン的解決に取り組んでゆく内容である。同時に聴覚障害者の解りにくいバリアを学生自身がどのように解決してゆくかという経験をとおしてバリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインの理解を深め、デザイン技術の向上と本学学生ならではのデザインに対する質的特徴を体質化してゆくものである。また、自らの発意と興味のもてる卒業特別研究テーマ選定への準備段階の狙いももたせている。 3.デザインプロセスと授業内容  デザインプロセスは5ステップをふまえて展開することとした。概要は下記である。 1.観察/自分の1日の生活行動や環境状況の観察 2.問題発見/イヤなコト不便なコト困るコトを発見 3.調査/発見した問題の詳細状況や情報収集・分析 4. 解決/問題に対する解決デザイン案の作成・評価 5.まとめ/検討プロセスと解決案を企画書にまとめる  このデザインプロセスの検討と展開を行うために10回の授業を下記のように計画した。 1回/課題説明、自己デザイン能力診断 テーマの構想について教官との話し合い テーマ案を3~5案抽出する 2回/各自のテーマ案についてグループ討議および教官ヒアリング、テーマ決定、進行計画書の作成 3回/決定テーマに関して調査分析(問題点を明確にする、事例調査など)ザインコンセプトの立案 4回/ザインコンセプトにそったアイデア展開1 5回/ザインコンセプトにそったアイデア展開2 6回/アイデアの具体化展開1 7回/アイデアの具体化展開2 8回/プレゼンテーション資料作成1 9回/プレゼンテーション資料作成2 企画書、最終デザイン案を3案作成 10回/発表と講評、再自己デザイン能力診断、課題自己評価、最終制作物の提出  各学生の作成したテーマの概要説明シートをもとにテーマ案について教官も参加し、テーマの背景や選定意図、デザインの可能性などの説明と討議を行った。1つのテーブルを囲んだ意見交換は、自然な雰囲気でテーマの暖昧さや有用性・発展性などが確認できる。(図1)  聴覚障害者のためのさまざまなデザインテーマがあげられたが、内容的にはコミュニケーション、情報受発信、エンターテイメント、など情報補償に関する内容が多い。以下がテーマ構想案例である。(図2)  乗用車内コミュニケーション機器、音声文字翻訳器、公衆テレビ電話、乗用車内用おしゃべりツール、トークブック、レストラン注文システム。  乗用車内用緊急通信システム、情報受発信ユニバーサルブレスレット、交通安全周囲確認センサー、動画情報転送器、移動情報提供器、交通情報システム、歩行誘導ロボット、アウトドアライフ情報サポート機器、安全運転サポート機器。  バーチャル旅行ゲーム、ユニバーサル公園、ユニバーサルカラオケ、聴覚障害者用ウォークマン。  聴覚障害対応水道蛇口、補聴器、ユニバーサル浴槽、さわやかお目覚めベット、聴覚障害者のための家具、など。テーマ選定後に各学生はデザイン進行計画書を作成し、計画に基づき自主的にデザイン展開を行った。(図3)  デザイン展開では授業時間の使い方を各自の自主性にまかせ、教官は適宜進行チェック指導を行った。(図4)  最終提出物のデザイン企画書をもとに教官と受講学生全員によるプレゼンテーション講評を行った。説明方法はパソコンソフトパワーポイントを使用した。(図5) 図1 テーマ案のグループ討議 図2 各学生のテーマ構想案 図3 学生の進行計画書例 図4 デザイン展開状況 図5 プレゼンテーション講評 4.デザイン企画作品例  各学生はテーマに対して最終デザイン案を3案作成した。 各学生のデザイン案を1案づつ紹介する。 ①聴覚障害者のための情報端末器(図6) 聴覚障害者は街中や宅内の音声情報や緊急情報の把握が困難である。車のクラクションや案内放送、来訪者や火災報知などの情報を振動や文字・色表示などの情報手段で認知するリストバンドなどのウェアラブルな情報端末。 キーワード:ウェアラブル・振動・アイコン・色情報・解りやすさ・直感・自分認識時間 ②音声一文字翻訳情報端末器(図7)  聴覚障害者は聞き取りや発語が困難であるため健聴者とのコミュニケーションが充分に行い難い。情報交換のための音声骨文字を変換表現できる携帯情報端末。 キーワード:コミュニケーション・携帯性・音声⇔文字・変換表現・情報受発信受容時間 ③ユニバーサルカラオケ(図8)  聴覚障害者もカラオケをするが、現行カラオケでは充分に曲を楽しめない。曲のメロディやリズム・声の強弱などをモニター画面上に視覚的に表示し楽むカラオケ。 キーワード:生活を楽しみたい・ノーマライゼーション・音の視覚情報化 ④乗用車の緊急通報システム(図9)  車の使用時に病気や災害・事故などに遭遇した場合、聴覚障害者は連絡の受発信が困難である。トラブル内容を4段階に分類しボタン1つで無線緊急連絡するシステム。 キーワード:危険性への不安・情報の受発信・簡単操作・音の視覚情報化・乗用車 ⑤公衆テレビ電話(図10)  聴覚障害者は携帯電話の普及で情報伝達の方法は広がったが、現在の公衆電話の使用は困難である。顔などの画像と文字表示のできる公衆テレビ電話。 キーワード:情報の受発信・映像・文字・解りやすさ・公共性 ⑥聴覚障害者用アウトドアライフ,情報端末器(図11)  フィッシングやキャンプなどのアウトドアライフの際、聴覚障害者は気象や危険情報などが得難い。情報を文字や光りで知らせるアウトドアに特化した携帯情報端末 キーワード:危険性への不安・振動・光・文字・携帯性・屋外・遊び ⑦聴覚障害者のための家具(図12)  聴覚障害者は住宅内での聴覚情報が得にくく不安を抱えている。振動や光りなどで情報伝達できる機能をそなえた椅子や机など高齢者も使えるユニバーサル家具。 キーワード:聴覚情報不安・振動・光・文字・色情報表示・解りやすさ・室内家具 5.考察  2年次までの演習課題は「○○○のデザイン」というような具体的なデザイン対象物を提示し、デザインプロセスやデザインスキルなどを細かく指導し習得する授業内容である。しかし、本授業では自分でテーマを探して決めることとデザイン展開も自主的に進めるという主体性を重視した方法であった。  結果としてテーマ案は各学生から複数案が提示され、グループ討議では活発な意見交換ができた。また、デザイン企画書の作成とプレゼンテーション、最終提出物も当初の計画の時間内でできた。作品内容は教官の予想以上のまとまった結果であった。進め方の指導としてはテーマの決定までは教官が緊密に対応し、アイデア展開と具体化展開、プレゼンテーション資料作成の段階では時間の使い方を自主性に任せ教官は適宜対応した。そのため展開段階では授業への出席はルーズな面もみられ内容の検討も遅れがちであり、後半の資料作成段階では時間的な負荷がかかった。しかし、学生間でパソコンソフトの使用方法や資料作成内容の情報交換が行われ、作品に対する良い意味での競争意識もみられた。これらのことは学生自身の能力や計画性の自覚経験として自主性を持つうえで必要なことと考えるが、自己管理と計画性について個別指導の充実が今後の課題である。  作品の内容についてはデザイン案の実現のための技術的な裏付調査は希薄であったが時間的な制約もあり、デザイン企画の演習としては発意創造することの成果が得られた。また、3人の学生は今回の企画が卒業特別研究のテーマとすることができた。  バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインへの理解という点では、バリアフリーデザインについては「聴覚障害のため」という特定対象を考えることで理解はできたと考えるが、ユニバーサルデザインについては正確な理解が浅く、バリアフリーデザインとユニバーサルデザインが同義であると考える学生が多い。ユニバーサルデザインは「障害者と健常者の全ての人が平等に環境を享受できることを目標とする」理念であり、バリアフリーをできるだけ拡げてゆく考え方といえる。今後はこのことを理解するための指導も課題である。 6.おわりに  本授業は、学生が自分自身のことを考えることで感情移入がしやすく取り組みやすいデザイン的アプローチであったが指導課題も残った。今後も社会の動勢にそった同様の授業を行い本学学生ならではのデザインに対する質的特徴の向上と主体性の育成を目指したい。また、学生作品の具体例蓄積のなかから聴覚障害者のニーズに基づいた生活環境のバリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインの視点も探ってゆく予定である。 Education of Product Design Planning Making Use of the characteristics of the Hearing Impaired KANEDA Hiroshi , KIMURA Sentaro Department of Design, Tsukuba College of Technology Abstract : Society is highly concerned with barrierfree-design and universal-design recently. Students of this college are users of that design have an impairment of the sense of hearing, and aim at becoming designer. Making use of students' characteristics, " product design planning for the hearing impaired person" was done for professional education under the them "the practice of production design is special" for third year 1st term students. Students' independence was raised by thinking about the relations with themselves. And the understanding of barrierfree-design, and universal-design was deepened, with the aim of training using the characteristics of design typical of the students of this college. Key Words : Hearing impaired person, Professional education of design, Barrierfree-design, Universal- design