手話学習法に関する検討その1-手話単語検索システムの開発- 筑波技術短期大学教育方法開発センター(聴覚障害系)1)同デザイン学科2)同機械工学科3)同電子,情報学科4)同聴覚部一般教育等5) 石原 保志1)三好 茂樹1)伊藤 三千代2)米山 文雄3)村上 裕史4)皆川 洋喜4)松藤 みどり5)高村 真理子5)内野 權次1) 要旨:主に学内の手話学習者に供するための手話単語検索システムの開発を、①日常会話における日本の手話単語データベースの作成②専門教育で用いる日本の手話単語データベースの作成③日常生活における米国の手話単語データベースの作成④検索アプリケーションの作成、という手続きで実施している。本研究ではこのうち①の語彙選択、表現映像の収録、ファイル化された映像の評価結果について報告する。 キーワード:手話 検索 動画データベース 日本手話 アメリカ手話 1.はじめに  手話の習得を目指す者にとって、その個人が聴者であれ聴覚に障害のある者であれ一般的にはまず日常生活における会話のスキルを学ぼうとする。これは一般言語としての手話が、話しことば(speech)と同様に会話様式を基盤とした言語であることから考えるときわめて自然なことであるが、ごく基礎的な対話スキルを獲得した手話学習者が次の段階に直面するのは、音声からの手がかりが僅かしか得られない相手とオープンセットで行われる会話における意思疎通の困難性である。すなわち発音の明瞭度が低い、あるいは音声を発しない聾者と文脈的な手がかりがほとんどない場面で会話をしたときに、何を言われているのか分からず、またどのように伝えて良いのか分からないという状況である。このような状況を手話学習者の言語的なスキルの問題として捉えると、手話の統語法やモダリテイといった会話文全体(あるいは文脈)に関わるスキルと、語彙のスキルに分けることができる。むろん語彙の問題は意味論や語用論的な立場からは文全体に関わる事柄になるが、何れにせよ語彙力が不十分であればその内容や使用にも支障をきたすことは間違いない。  ところで母国語以外の音声言語を学ぶ場合と同様に、手話においても語彙力は必ずしも実際の会話からだけでなく自学自習によっても拡充することが可能である。音声言語の単語を学ぶ方法としては図書を教材として用いるのが簡便であるが、手話は空間上で時系列的に表現されるため紙面では十分に表現できないという問題がある。  また動画映像で表現される手話学習用のビデオやコンピュータソフトも市販されているが、語彙数が不+分であったり合目的使用に適さないといった問題があり、例えば本学図書館におけるこれらの教材の利用頻度も高いとはいえない。  このような背景から、我々は筑波技術短期大学学生及び教職員の手話学習に供するための手話単語検索システムを構築することにした。これまでに開発されている手話単語の検索システムと異なる特徴として、本システムでは「基本的な単語」に加えて「本学学生に固有の表現及び学生間で多用される単語」「本学の専門教育で用いられる単語」の検索ができることとした。さらに本学が米国ナショナル聾工科大学と姉妹校の関係にあり両大学学生間の交流に米国手話が用いられていていることから、日本の手話のみならず「米国手話の単語」も検索できるものとした。  また、システムの開発に際して特に手話映像の作成(表現・撮影・ファイル化)の作業にはできるだけ多くの学生の関与を求めることにした。これは本学学生の手話表現の特性を把握するということだけでなく、卒業後に社会において手話の指導を担うであろう学生の手話表現の研鑛を図ったためである。また学生がプロジェクトに参加することにより、他の学生を含めて、本システムを利用するモチベーションを与えるという効果も期待される。 2方法  手話単語検索システムの開発には以下の手続きを要する。 (1)日常会話における日本の手話単語データベースの作成 (2)専門教育で用いる日本の手話単語データベースの作成 (3)日常生活における米国の手話単語データベースの作成 (4)検索アプリケーションの作成 これらの事項は必ずしも順序立てて行われるものでなく、現在でもいくつかの作業が同時に進行しているが、本研究では主に(1)の日本の手話単語データベース(基本単語)の作成について報告する。なお(2)の専門用語手話及び(3)の米国手話に関しては、これまでに学内で行われている他プロジェクトで作成されたデータベースを転用することが可能である。 2.1 曰常会話における基本的な手話単語データベースの作成 2.1.1手話単語のリストアップ  全日本ろうあ連盟監修の「An English Dictionaly of Basic Japanese Signs」を基に手話単語に対応する日本語単語のリストアップを行った。この図書には466の基本的な日本の手話単語表現が英語と日本語との対応で記載されている。ただしこの段階で作成したリストはあくまで日本の手話及び米国の手話の単語表現を想定した日本語の単語リストであり、各単語に対応した手話表現は本学学生に固有の表現を含め後述の2.1.3において別途検討した。 2.1.2手話表現者の人選  筑波技術短期大学聴覚部に在籍する学生の中から手話表現者を募った。先ず聾学校出身の学生のうち日常会話の様子から手話のスキルに堪能であると思われる者を選出し、これらの学生を通して一定以上の手話のスキルがあると思われる者を募った。また併せて手話映像の撮影に関心を持つ学生の参加も呼びかけた。この結果12名の学生がこのプロジェクトに参画することとなった。 2.1.3 手話表現の検討と表現映像の撮影  上記2.1.1でリストアップされた日本語の単語を「挨拶に関する表現」等の19の語彙分野に分類し、分野ごとに日本語に対応した手話表現を検討した。この検討は本プロジェクトの教官と学生が共同で行った。ひとつの日本語単語に対して複数の手話表現がある場合は、原則的に各プロジェクトメンバーから示された表現の全てを撮影することにした。これは全国的に用いられている標準手話においてもひとつの日本語に対して複数の手話表現が存在すること、ひとつの日本語単語に対しても文脈に応じて対応する手話表現が異なる場合が多いこと、学生の出身地は多様であり標準手話とは別に地域に固有の手話表現があること、そして標準手話とは別に本学に固有の手話表現があること等を考慮し、まずはこれらの手話表現を全て網羅することが肝要であると考えたためである。ただし協議により当該する日本語の単語に対応していないと判断された手話表現(別の日本語の単語に対応していると思われる手話表現)は除外した。  手話映像の撮影、収録に際して映像撮影の専門家を招聰し撮影のための実技講習を実施した。この講習ではライティングの技術、手話表現者の位置と角度、撮影条件に即したビデオカメラの設定等について指導を受けた。またこの講習を通して撮影環境を整備し表現者の立ち位置等の諸条件を決定した。  撮影は学内のCATVスタジオで行われた。撮影にはソニーDCIWXlOOOを用い映像はDVテープに収録した。当初は教官と学生が共同で撮影作業を行ったが、学生が撮影技術に習熟した後は撮影、表現とも学生のみで行った。手話表現は語彙分野ごとに異なる学生が担当した。表現者が異なっても映像に一貫性を持たせるため、表現者用に統一規格の上着を用意した。 図1撮影のための実技講習の様子 2.1.4 動画映像のファイル化  ビデオテープに収録された手話表現映像はDV motionによりファイル化された。この作業も概ね学生の手によって行われた。 2.2 日常会話における基本的な手話単語データベースの評価  撮影、収録された手話表現の妥当性を検証するため、手話のスキルに熟達した学外者の評価を得ることにした。 評価者として招聰したのは、つくば市社会福祉協議会主催手話講座講師である聾者2名と茨城県内に在住する手話通訳士1名であった。聾者2名は5年以上の手話講習会講師の経験を持つほか聴覚障害者協会の役職を担っており全国各地の聾者と交流がある。また手話通訳士はこれまでに関東以外の複数の地域に居住し通訳活動を行ってきた経験を持つ。  ファイル化された手話単語表現を大型テレビモニターで映像を一つずつ提示し、表現の一般性と日本語との対応における妥当性という観点から評価者に対して以下の判別を求めた。事前に判別作業について説明し、特にCについては適切でない理由が日本語との対応の問題なのかあるいは表現上の問題(手の形、位置、動き表情等)なのか等を具体的に記述するよう教示した。 A:日本語の単語に対して適切な手話表現である B:日本語の単語に対して他の手話表現がある C:日本語の単語に対して適切でない手話表現である(理由を記述) 表1ファイル化された手話単語の数 3.結果と考察 3.1 曰常会話における基本的な手話単語データベースの作成  表1は動画映像としてファイル化された基本手話単語の数を語彙分野ごとに示している。リストアップされた日本語の単語に対して平均して約2倍の数の手話表現が収録された。ほとんどの手話単語表現はいわゆる標準手話として一般表現に分類され、本学固有の手話表現であると思われる技短表現、いずれかの地域に特有であると思われる地域表現に分類された単語表現は僅かであった。これは分類作業をプロジェクトメンバーのみで行ったため、何れに分類されるのか特定できない手話表現が数多く存在し、暫定的にそれらを一般表現として扱ったためである。それでもこれらの手話表現は本学学生の間で使用されていることから、学内の手話コミュニケーションに役立つデータベースを構築するという当初の目的に沿って、表現された全ての手話単語をファイル化した。  地域表現に分類された手話単語は、主に北海道及び九州出身の学生から提案された表現である。これらの表現についても、どの範囲の地域で用いられているのか等が特定されていないが、少なくとも提案した学生の出身地区の聾者コミュニティで用いられている表現であることから、検索用アプリケーションの中でこれらの手話表現に関する属'性情報を付加することで対応することにした。 図1 怒る(5種の標準手話のひとつ) 図2 怒る(技短表現) 図3 悪い(技短表現) 図4 久しぶり(地域表現:北海道) 図5 仕事(標準手話:日本) 図6 Busness(標準手話:米国) 表2 手話表現の評価の結果 3.2 曰常会話における基本的な手話単語データベースの評価  評価は手話表現映像の収録とファイル化の作業の進捗に合わせて実施していく予定であり、現在も進行中であるため、本研究では途中経過として第1回目の評価の結果を報告する。  第1回目の評価実験では「挨拶に関する表現」「人物に関する表現」の二つの語彙分野に属する50の手話単語表現についてその妥当性、一般性を検証した。表2はこの結果を表している。  評価区分A,Bは提示された手話単語表現が適当であるという評価結果を示しており、評価cは妥当性、一般性に欠くという評価結果を示している。評価Cの数は評価者によりばらつきがあり、また各評価者がcとした単語表現は必ずしも一致していない。またcと評価した理由に関する具体的記述をみると、評価者1は表現技術に着目した記述が多いのに対して、評価者2及び評価者3は主に日本語と手話表現の対応に関する問題点を指摘している。  このような結果に鑑み、今後も継続して評価を実施し妥当性に問題があると思われる手話表現映像については、以下の検討が必要となろう。 ・日本語との対応関係に問題があると評価された手話単語表現は、妥当な対応関係にある日本語単語を選択する。 ・手話表現自体に問題があると評価された手話単語は、あらためて映像の収録を行う。 謝辞  本研究の実施に際して、映像の撮影、収録にご協力をいただいた以下の学生の皆さんに御礼申し上げます。  山田 倫子さん、糠 武夫君、太田 武彦君、三杉 寛文君、中田 剛君、大竹 裕子さん、楡田 真由美さん、佐木 勇一郎君、平井 伸雄君、狐塚 健君、金井 弥淑さん、鈴木 麻夕さん  また撮影のための実技講習にご協力をいただいた(社)聴力障害者情報文化センターの松井 孝夫氏には伏して感謝申し上げます。  なお本研究は、平成12年度~平成13年度筑波技術短期大学教育推進改善経費「日米手話単語検索システムの開発」による研究成果の一部です。 文献 [1]Japanese Federation of the Deaf: An English Dictionary of Basic Japanese Signs, 全日本ろうあ連盟出版局,東京,1991 Development a Retrieval System to Study Sign Language Vacabulary Yasushi ISHIHARA 1) , Shigeki MIYOSHO 1) , Michiyo ITO 2) Fumio YONEYAMA 3) , Hiroshi MURAKAMI 4) , Hiroki MINAGAWA 4) Midori MATSUFUJI 5) , Mariko TAKAMURA 5) , Kenji UCHINO 1) 1) Research Center for Educational Media, Division for Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 2) Department of Design, Division for Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 3) Department of Mechanical Engineering, Division for Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 4) Department of Information Science, Division for Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 5) Department of General Education, Division for Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology Abstract : We are developing a retrieval system to study sign language vocabulary. This system is available for not only JSL basic vocabulary but also for technical terms, local signs used only in TCT and some ASL vocabulary. This paper reports on the first stage in the project i.e., to take a sign picture of the reflection and convert it into the file of the computer, available for a database. 817 JSL words expressions were saved as MPEG files and evaluated by deaf people who are skilled in JSL. Key Words : Sign language vocabulary, JSL basic vocabulary, Technical term, ASL vocabulary