新しいOSに対する視覚障害補償 筑波技術短期大学視覚部一般教育等 村上 佳久 要旨:LinuxやWindows Xpをはじめとして新しいOSが登場しているが、これらのOSに対して、視覚障害者が利用する環境を整えることは重要な問題である。ここでは、特に利用率の高いWindows系の視覚障害補償は、どのように行われるのか、また、全盲者の利用は可能なのかなどについてその課題を調査・検討する。 キーワード:視覚障害補償 WindowsLinuxOS 1.はじめに  視覚障害者がコンピュータを利用する際には、視覚障害を補償する画面読み合成音声ソフトウェア(以下合成音声ソフト)や画面拡大ソフトウェア(以下画面拡大ソフト)などを利用する。  しかし、これらの視覚障害補償ソフトウェアは対象となるOSに対して開発するため、新しいOSが出荷されたときには対応が出来ないことが多い。  特に、今後主流になると考えられるOSは、既にパソコンにインストールされて出荷されるため、購入後に視覚障害補償が出来ないことが判明するなど、視覚障害者にはパソコン機器購入時のリスクもある。しかし、古いOSは次第にOSメーカのサポート停止などの問題もあり、パソコンなどの機器購入や更新の時期も含めて検討不可欠な問題である。  盲学校や視力障害センターなどの視覚障害者教育機関では、パソコンなどの購入が4年のレンタル契約を行うところも増えてきているが、買い取りと言う所も少なくない。したがって、購入時のパソコンの選定と視覚障害補償ソフトウェアの選定などが大きな検討課題となるが、OSと視覚障害補償ソフトウェアに対する十分な情報を得ることがなかなか困難なため、現場の教員では難しい課題となる。  最近、「MS-DOSの時代と違ってコンピュータの設定が簡単になってきたから、視覚障害補償の設定などすぐ出来る。」等と言う声も聞かれるが、前述のように購入してから動かないでは話にならない。そこで、本稿ではこれらの新しいOSと視覚障害補償ソフトウェアなどの問題点について検討し、その課題を精査する。 2視覚障害補償ソフトウェア 2.1画面読み合成音声ソフトウエア  ー般的に、視覚障害者が利用する合成音声ソフトは大まかに言って、画面に表示される情報を解析する部分と合成音声エンジンからなる。したがってこれらの部分がOS対応できるかが問題となる。  画面情報の取得(画面情報やGUI(Graphic User lnterface)の解析):各々のOSのGUIエンジンに依存 合成音声エンジン:各々のOSに依存、Speech API(Application lnterface)に対応していること 以上から、対応できるOSがある程度限定される。 2.2 画面拡大ソフトウエア  画面拡大の方法は幾つかあるが、近年はハードウェア的に拡大せず、ソフトウェア的に拡大するのが一般的である。その方法としては、次のようなものがある。  グラフィック・アダプタ出力に対する割り込み(ハードウェア割り込み) GUI出力割り込み(OS割り込み) GUI出力割り込み(アプリケーション・ソフトウェア割り込み)  ハードウェア割り込みは、対応できるグラフィック・アダプタが制限されるため近年はこの手法が用いられることは少なくなった。  GUI出力割り込みには幾つかの方法があるが、一般的にはOSに割り込みを掛ける。この手法では汎用性があり、多くのOSで対応できる。 3.様々なOS Windows系とLinuxを取り上げる 3.O Windows95以前  本来、MicrosoftはIBMと共同で、OS/2というMS-DOSに代わる新しいOSの開発を目指していたが、両者は袂を分かち、WindowsとOS/2に分かれて開発が進むこととなる。しかし、CPUの性能が充分ではない時期のOSはメモリ制限など問題が多く、本当にOSとして本格的に利用されだしたのは、1990年のWindows3.0以降である  CPUの性能とOSの相互作用により本格的に利用されるようになったOSは、1992年のWindows31以降である。その後マイナーバージョンアップでネットワーク能力を身に付けたバージョンがアメリカでは販売されたが日本では販売されず、日本での本格的なネットワーク時代は、Windows95以降である。  視覚障害補償としては、合成音声ソフトがWindows3.1用として登場したが試作的なもので実用的とは言えなかった。  画面拡大ソフトはアメリカ製の幾つかのソフトウェアが登場したが日本語化されだしたのは次のOSであるWindows95以降の事である。以下にOSの出荷時期とその当時のCPUの出荷時期を示す 表1 OSとCPUの出荷時期 3.1 Windows95/95 OSR2(1995/1997)  Windows95は、Windows3.1に引き続いて販売されたWindows系の32ビットOSである。GUIとして新しい設計となり、Windows3.1時代のものとは大幅に異なる仕様となっている。また、カーネル部分もMS-DOSに依存せず、デバイスドライバなどもWindows3.1のものとは別物となる。しかし、非プロテクトモードで、UNIX系のOSに比べて不安定さは否めない。その後マイナーアップを行い、OSR2で安定動作を行うようになった。  文字コードは、Shift-JISを利用している。  視覚障害補償としては、合成音声ソフトがWindows95用として登場し、その後、数種類のものが販売されるようになった。  画面拡大ソフトはアメリカ製の幾つかのソフトウェアが登場し、日本語化されたものが市場に出回るようになった。また、視覚障害者向けではないが画面拡大ソフト数種類が市場に出るようになった。 3.2 Windows NT3.51(1995)  Windows NTは、開発担当者のチームからDEC社のVAXシリーズのOSを基にして作られたと言われるMicrosoftにとっては、プロテクトモードの新しいOSであった。カーネルをはじめとして多くの部分が32ビットプロテクトモードで作成されたが、Windows NT3.1がNTシリーズの最初のリリースでGUIの部分は、ほぼWindows3.0と似た構成であったが、WindowsNT3.51にマイナーアップされるまで非常に不安定なものとなった。カーネル部分は安定していたが、その他の部分が不安定で、また、Windows95と互換性がないことが問題となった。 3.3 Windows NT40(1996)  Version4.0は、上記NT3.51のGUI部分と異なり、Windows95相当のGUIを有するプロテクトモードのOSでカーネル部分も安定しており、非常に安定したOSとなり、業務関連のサーバとして本格的に稼働したOSである。特にデータベースサーバとして利用されるServerとクライアントに特化したProfessionalの連携は非常に安定している。本格的にインターネット関連のサービスも行えるようになったOSでもある。  このOSから文字コードがUnicodeとなりWindow95のShift-JISと異なるようになった。 3.4 Windows98/98 2nd Edition(1998/1999)  本来、Windows97となるべきはずが1年遅れて98となり、またWindows99の代わりにWindows98 2nd Editionが出荷された。これらのOSではWindows95のカーネル部分を非常に安定化させ、非プロテクトモードにしては非常に安定な動作を行う。更にOSのGUI部分もリファインされたものを利用し、比較的安定したバージョンである。  文字コードは、内部ではUnicodeとなり、表示などはShift-JISを用いているため、一部のOffice製品などでフォントが文字化けするバグが出ることがあるのでパッチを当てることが必要である。  視覚障害補償ソフトウェアとして最も多くの種類が出荷されているのがこのシリーズである。合成音声ソフトや画面拡大ソフトなどが数種類出荷されている。また、OSにも障害者対応機能があり、ある程度の対応が可能となる。 3.5 Windows 2000(2000)  Windows NT系列のVersion5として非常に安定したOSとして現在主流のOSである。カーネルはNT4.0を更に安定化させ、GUIは、次のWindows Meと同じようなやや新しいGUIを採用している。但し、インターネット関連のサービスにセキュリティ的に問題が多く、多くのパッチを当てる必要がある。  文字コードは、Unicodeで、英文フォントはこのOSからTrueTypeFontからOpenTypeFontとなった。但し日本語フォントは標準ではTrueTypeFontを使用しておりOpenTypeFontも利用可能である。(但し、アプリケーション・ソフトウェアがサポートしていること)視覚障害補償ソフトウェアについては、Windows98とほぼ同様である。 3.6 Windows Me(2000)  Windows 98 3rd Editionと言うべきOSである。基本的な部分は、Windows98と同じであり、カーネルは、非プロテクトモードとしては非常に安定したものとなっている。  但し、GUIが新しいものとなり、合成音声などの利用には注意が必要である。  文字コードは、Unicodeで表面的にはShift-JISで利用する。  視覚障害補償ソフトウェアについては、Windows98とほぼ同様である。 3.7 Windows Xp(2001)  現在、Windowsの最新OSである。このOSから、Windows NT系列とWindows98系列が統合され、全てプロテクトモードのカーネルを使用しており、事実上はWindows NT6.0である。GUIはlunaと呼ばれる最新のもので、視覚的な依存性が極めて強いGUIであり、視覚障害者が利用するためには、クラシックと呼ばれるWindows2000相当の画面表示を利用する必要がある。  文字コードは、Unicodeで、英文フォントは、OpenTypeFontである。日本語フォントはWindows 2000と同じくTrueTypeFontであるが、OpenTypeFontも利用できる。  視覚障害補償ソフトウェアについては、現在対応できないソフトウェアが多く、2002年第二四半期以降でないと対応できないものと思われる。 3.8 Linux(1991 Ver0.02/1994Ver1.0)  フィンランドのヘルシンキ大学に在籍していたリーナス・トラバルソ(Linus.B.Tbrvalds)氏が-から作り上げたUNIX(POSIX)互換のOSである。現在は、同氏がカーネル部分を担当して、責任をもって維持している。その他のGUIや他の様々なソフトウェアについては多くのフリーソフトウェアや商用ソフトウェアを組み合わせて、各デイストリビュータがパッケージ化して販売している。 従って、GUI部分が各デイストリビュータ毎に異なるため、統一的な視覚障害補償に対するソフトウェア開発は難しいものと思われる。  文字コードも、UNIX系は一般的にはEUCコードが利用されるが、Linuxの場合、GUIによっては、Shift-ⅡSを利用するものもあり、EUC・Shift-JIS・Unicodeと様々である。  視覚障害補償は、画面読み合成音声としては、Linux上のGUIで動作するL-Voice(ゼータピッツ(株))がある。  これ以外にも、日本語音声合成ライブラリーが数社から販売されている。  Linuxは、デイストリビュータ毎にGUI構成が異なるため、これというものがあまり見受けられない。 4設定上の問題  ここでは、OSや視覚障害補償ソフトウェア、アプリケーションソフトウェアなど設定上の様々な問題点について列挙する。これらの問題点の多くは、経験値に基づくものであり、全てこのようになるとは限らない。パソコンではよく見受けられる「相性問題」は、視覚障害補償ソフトウェアでは、よく起こる問題である。それ故に設定は単純ではなく、OSやCPU、搭載メモリ量によって利用できる視覚障害補償ソフトウェアには制限がある。  また、現在では合成音声出力を行うために、通常サウンドボードを利用することが主流であるが、そのサウンドボードも設定上の問題となる。  例えば、合成音声ソフトと画面拡大ソフトを同時に利用する場合には、より多くのメモリが要求され、安定度も悪くなるため、OSの安定度を向上させる工夫が必要となる。  一般的に視覚障害補償ソフトウェアと様々なアプリケーションソフトウェアを同時に利用する場合には下記のようなメモリを搭載した方が、安定度が高まる。  以下は経験値によるメモリ必要量である。  OSの種類によっては、視覚障害補償ソフトウェアが対応できない場合もある。  最も注意すべき事は、複数の合成音声ソフトが導入されるとOSの動作が極めて不安定になることがある。特に合成音声ソフトウェアとサウンドボードのデバイスドライバの安定度に問題が出る場合が多く、出来るだけ合成音声ソフトウェアの種類を少なくすることが求められる。 例えば、 OS用の画面読み合成音声ソフト OCRソフトに含まれている合成音声ソフト WWW閲覧ソフトに含まれる合成音声ソフト と3種類の合成音声ソフトがインストールされると、安定度の評価が必要である。  また、多くのアプリケーションソフトウェアを導入すると同様に不安定動作を行うようになる。更に、利用するフォントの数によっても動作に影響を与える場合がある。 一般的にフォントの数は、 日本語フォント 15種類以下 英文フォント 150種類以下  程度にすることが望ましい。特に日本語フォントを20種類以上にしないことが求められる。  フォントメーカが異なり同じ種類に属するフォント(例えば平成書体)が多数存在する場合は、統一を図るべきである。  一方、様々なソフトウェアや修正ファイル(サーピスパックやパッチファイル)についてもそのインストール順番が問題となる。 OS用のサービスパックやパッチファイル web閲覧十メール用ソフトウェアのサービスパックやパッチファイル 各種ソフトウェアのバージョンやリピジョンアップ 日本語入力ソフトウェア 視覚障害補償ソフトウェア 各アプリケーション・ソフトウェア 特に各種ソフトウェアのバージョンやリピジョンアップにより安定動作のメモリ量などに変化が起こる。場合によっては、バージョンアップやリピジョンアップをしない方が、安定動作が確保できる。  例えば、Windows95でメモリが96MB程度の場合、IntemetExplorerは、Versionが4程度の方が安定であることが多い。(セキュリティに問題はあるが)  セキュリティ確保のために無理にバージョンアップを行うと、逆に不安定動作をもたらすので最適なバランスを確保することが求められる。  最近のIntemet Explorerでは、セキュリティ対策のため多くのパッチファイルを必要とするが結果としてファイルサイズが大きくなり、視覚障害補償ソフトウェアとの相性問題が発生することがある。この場合、OSを再インストールして、各種ソフトウェアの導入をはじめから最新バージョンで行う方が安定度が高まることがよく知られている。  このような問題は、Windows系だけでなくLinuxやUNIX系でも同じである。Windows系だから不安定なのではなく、現在はどのようなOSであっても多くのセキュリティ対策や不安定対策のためのパッチやサービスパックなどのインストールが必要であり、システム管理上、その作業量は増加する傾向にある。また、より高度な知識が要求され、現場の教師の力量を越えることも少なくない。商業科や工業科などの情報技術専門の教師でもこのようなシステムを管理するのは日常業務とは言えないと思われる。したがって、現場の教師にとって、経験的な知識が優先される視覚障害補償としてのパソコンの設定はかなり困難であることが理解されよう。 5おわりに  最近、「MS-DOSの時代と違ってコンピュータの設定が簡単になってきたから、視覚障害補償の設定などすぐ出来る。」等と言う声がよく聞かれる。しかし、実際には様々な問題が起こり、購入してから動かないと言うことが非常に多い。更に、サーピスパックやパッチの増加により不安定になるという信じられないことも現実に起こっている。  技術的内容を理解せずに無責任な発言をする人は多いが、視覚障害補償を行いながら情報機器を安定に動作させる技術には非常に「ノウハウ」的な内容が多く、極めて経験的な内容が多い。  ハードウェアとソフトウェアの組み合わせによるベターなバランスを求めるためには、それなりの経験と様々な実験が不可欠で、一朝一夕に出来ることではないことを認識する必要がある。利用者は「ちょっとやれば出来るだろう」と技術的内容を無視した無責任な発言をするが、維持・管理者は日々研鎖を継続する必要があることを再認識する事を切に願う次第である。 参考文献 Microsoft:MSDN Developer News, Microsoft, Seattle, 2001 Modifications to new OS for the visually impaired MURAKAMI Yoshihisa Department of General Education, Tsukuba College of Technology Abstract : Recently, new OS such as Linux and Windows Xp have appeared. It is an important problem for these OS to enhance the environment which the visually impaired use. How are the adjustments of the Windows system for the visually impaired, accomplished? Also, problems such as whether it is possible to be used by the blind is investigated and examined. Key Words : Windows, Linux, GUI