視聴覚重複障害学生に対する講義情報保障-ノートテイクについて- 筑波技術短期大学情報処理学科1) 産業技術総合研究所2) 筑波研究学園専門学校3) 宮川 正弘1) 関田 巖2) 犬井 千明3) 要旨:弱視難聴の重複障害を持つ学生に対して、授業にノートテイクを導入して情報保障を行った。その概要と工夫を記し、成果を分析した。通常のノートテイクと違い、利用者が弱視ということで、拡大読書器を使用した手書き要約筆記とパソコン要約筆記(拡大文字)を併用し、双方の長所を生かしつつ利用者の意見を聞いて改良していった。利用者からは、授業が「楽しく」聞けるようになった、内容の3割把握が7割把握に上昇したという評価を得た。このような成功のためには利用者とノートテイカの間に信頼関係を築いていくことが肝要と思われる。 キーワード:ノートテイク情報保障要約筆記パソコン要約筆記ボランティア 1.はじめに  2000年の4月、弱視で難聴の障害を持つA君がI情報処理学科2年生に進級し、筆者の一人(M)は情報理論の授業を行うことになった。FM補聴器のマイクを持たされて、ゆっくりしゃべるように要請された。情報処理学科の学科会議でも、しゃべり方についての注意と良い発話法の説明を受けていた。自分なりにも努めてみた[1,2]。 しかし、会話による情報の相互伝達を用いた授業は困難を極めた。発話の中身が把握できないため授業がわからないと抗議され、別の時間に分離した「個人授業」を行い、ゆっくりと時間をかけて説明する、という手段を採用するのがやっとだった。  視覚障害の補償で手一杯であるという、それまでの怠惰な態度から一変し、聴覚障害についても、どのような取り組が出来るのか考えてみようとしていた。丁度そのとき、著者の-人(S)からパソコン要約筆記のボランティア活動支援について相談を受け、喜んで参加させていただいた(2000.10月)。  月に2回のパソコン要約筆記の勉強会を行いながら、A君の授業については苦渋の思いは募るばかりであった。 ノートテイクの可能性はいつも頭の隅に有ったが、解決法のわからない困難にすぐに思い至り、要約筆記奉仕員の講習会(2001.5月-7月)に通いながら、解決を模索していた。丁度そのとき、筆者の-人(1)から、要約筆記のボランティア活動の実践としてノートテイクを引き受けるという申し出があり、実験的な試みながら、一気に重複障害者に対するノートテイクが実現する運びとなった(2001.9月)。 2障害の程度と授業における工夫  視覚と聴覚に重複した障害は、全盲聾、弱視聾、全盲難聴、弱視難聴と大きく分けられる。A君は弱視難聴である。文字の見え方は、拡大読書器を用いて1文字をピンポン球大に拡大している。モニターで拡大文字を使うときは、72ポイントのフォントが適している。一方、聞こえ方は、中等度難聴であるが、FM補聴器を使って聞くとき、少量のノイズでも人の声が聞き取りにくくなる。 高音部(女`性の声)は比較的に聞き取りやすい。一方、がさがさとした雑音の中では聞き取りにくくなる。  講義においては、1対1(マンツーマン)方式を含めて、情報の伝達を確保するために、講義内容や人により、多くの工夫がなされている。小型の白板を使って、手軽に筆記することを補助手段とする(実習も含む)。拡大読書器の図面や文字を教官が指でなぞりながら発声する。  式や重要事項をA君に黒板に書かせることにより、伝達を確認する、あるいは、教室全面の固定式の白板に教官が書いていき、A君がそれを単眼鏡で確認するなどである。18倍ルーペを使うこともあるが、教科書は普通には拡大読書器を使っている。パソコン(プログラミング)は、画面拡大ソフトZoomtextにより、上記の程度まで拡大している。画面の背景色を黒に、文字を黄色にしている。拡大された文字を読む速度は速いが、稀に、間違って読んでいることがある。手話は勉強中で-部認識できる。指点字も勉強中であるが、使われてはいない。 図1:ノートテイカの配置図。◎が利用者、Eは拡大読書器、1,2は手書き要約筆記者、3,4はパソコン要約筆記者、M1-M3はモニター画面 3ノートテイクを行った授業と体制  毎週行われる長期間の授業に対する継続した情報保障を行うには 1.情報保障と呼べるに足るノートテイクを行う技術の確保 2.要員の確保 3.財源の確保 が必要とされる。例えば、単発的な講演会などの場合には、特別な装置器具を用い、訓練された要員により情報保障が準備される[3]。ノートテイクに関しては、これらは該当しない。情報保障を行って欲しいという申し出があっても、講演会用の枠組みで前記の体制をつくることは無理である。視覚と聴覚に障害を持つ人にノートテイクを行うという出口を導くまでには、偶然では有るけれども、筆者達のボランティア活動が役立った。  2重の障害を乗り越えるために、手書き要約筆記とパソコン要約筆記を併用することにした(付録3参照)。これはまた、うまく分業することにより、補償する情報速度を上げることにも役立った。講義の速度は、[4]のp24には、ふつうに話す速さ:1分間に約300~350字とされる。同じく、ふつうに書く速さ(手書き):1分間に約60~70字、ふつうに書く速さ(パソコン):1分間に約120~200字書かれている。これは、連係入力の速度についてではない。個人的には、話す速さはもっと速く、PCで書く速さはもっと遅いと言う印象である。複数人の連係入力をしても、手書きおよびパソコン要約筆記共に、その速度は上の数値の2倍にいくことはない[3,5]。ノートテイカーの要員は茨城県要約筆記奉仕員資格をもった方々の快諾を得た。さらに、懸案であった予算措置も、2時間までは2000円/人という、合理的なボランティア活動の報酬の約束[7]があり、教務課と会計課の話し合いで、学生あたり校費から支出できることとなった。ノートテイカーが定期的に校舎内に立ち入ることについては、事前に事務室に通知した。  ノートテイクを行う授業としては、授業のやり方(実習はノートテイクでカバーすることは困難)、内容(専門性が高いと、カバーすることは困難)その他を勘案して、「情報検索」(毎週木曜日3限)とした。講義担当者(三宅輝久助教授)に相談し、許可を得た。また、同じ授業を受講するクラス全員について、ノートテイカーの同席とノートテイクの実行について通知し、了承を得た。  最初の授業の前前日(2001M)の夕刻に、関係者5名が集まりパソコン(3台)、拡大読書器(2台)と利用者用パソコンおよびノートテイカー4名の位置を決めた。  拡大読書器1は、手書き要約筆記者が手書き作業を行う架台(レンズ)部分(E)とモニター部分(M1)に分けてセットした(図1)。  拡大読書器モニターは、手書き要約筆記の内容を拡大するもの(主:M1)、教科書やテキストを拡大するもの(従:M3)を用意し、後者は控えの手書き要約筆記者が操作することとした。  パソコンは利用者(ノートテイクを受ける人)用(モニターM2)、パソコン要約筆記者3用(主)とパソコン要約筆記者4用(従)の3台がネットワークでつながっている。パソコン要約用ソフトiptalkを介して入力者3と入力者4が連携して入力する文字をフオントサイズ72とした画面(1画面につき1行6文字を4行)を、利用者が自分でスクロールしながら視認する(入力の交代要員はいない)。ノートテイク場面の写真を図2に示す。  平成13年度2学期間に、ノートテイクを行ったのは、上記の授業10回と、英語による講演(通訳時の要約筆記+英語を直接翻訳してパソコン入力)1回である。ノートテイク体制は3学期現在も継続中である。 図2:ノートテイクの利用風景 4ノートテイクのやり方とエ夫  授業講義保障としてのノートテイクは、対象となる学生が聴覚障害と視覚障害を併せ持つことから、通常のノートテイクの方法を利用者のニーズに合わせた方法に改良した。  手書き入力とパソコン入力との連携方法についても、双方の長所を生かしつつ利用者の意見を聞いて改良していった。例えば、教科書を読んでいる時や図表の説明については、読んでいる位置や図表の説明部分を直接示しやすい手書き入力の担当とした。教科書本文についての補足説明についてはパソコン入力の担当とした。また、手書き入力画面とパソコン画面のどちらを見たらよいかわからないという問題に対して、教科書を読み始め/読み終わり、図の説明の開始/終了、脚注の説明の開始/終了について、パソコン画面で表示し、主たる入力担当が変わったことを表示した。特に教科書を読み始め/読み終わりについては、机上の札でも明示した。 ノートテイクの方法として 1.利用者は弱視のためパソコンの文字表示フォントは72以上とする。 表示文字が大きいため、パソコンの1画面に表示できる文字の数が少なくなり、スクロールが早くなって読みにくいという問題が生じた。このため、利用者が自分でスクロールをするような方法を試みた。しかし当然であるがスクロールしないと同時性(リアルタイム性)が大きく損なわれるため、結局、利用者の好みの速度での自動スクロールする方法が主に用いられた。 2.手書きは拡大読書器の下で7×6cmの枠の中に書き、これを拡大してモニター画面に映し出した。また、使用した用紙は不要となった電算機用の連続紙を再利用した。 3.教科書を読んでいる部分の指示をしてほしいという要望から、教科書を読み始まったときには、「START***」終了したときは「STOP***」の立て札を作り、利用者が気のつく場所におきノートテイカーが操作した。また、教科書にはあらかじめ行番号を記入したものを準備し拡大読書器に表示した。途中、教科書以外の説明が入ったときには、パソコンで説明を打ちこむことを事前に打ち合わせた。 4.授業では教科書の中の図表について詳しい説明があったので、表に直接説明を書きこむために、事前に拡大を繰り返し書きこみ可能な表を作り、拡大読書器の下で直接書きこみを行った。筆記した文書は本人の希望により渡した。この時に要約筆記は記録ではないことを確認した。 5.ノートテイカーの間では、申し合わせ事項を作成し、集合時間、筆記用具の太さ、略字略号などを統一した。 6.iptalkの機能を有効に使うことが出来た。例えば、リターンキーで自動と手動が切り替えられるスクロールリモコン機能は次のような場面で非常に役立った。参照が必要な表示部まで、手動スクロールで戻り、用済の後は自動モードに切り替えれば、現在の表示部にもどり、自動的にスクロールしてくれる。 5終わりに-ノートテイクの成果-  ノートテイクの結果がどれほど有効かは、開始する前から、利用者もそれから筆者等も大いに懸念した。有効性を数値的に示すことが望まれるが、この指標はいまのところない。利用者の感想を付録1に示す。人と人との直接の相互接触による情報伝達チャネルや、伝達度合いの多様さ実感する者にとって、利用者によるこの感想は控えめに評価される性質のものである。利用者が授業環境の改善を認めてくれていることは、筆者等関係者にとり喜びである。ノートテイカの技量、パソコン入力との連携についても利用者から改善法の示唆を受けている。情報保障の質を高めていくことが課題である。  ノートテイクをつける事により、授業担当者の発話速度も、よりゆっくりとわかりやすくなり、利用者がノートテイクなしで、同じ授業をうけても、以前より理解のしやすさが増すという効果も見られた。 謝辞 ノートテイクの労を取っていただいた、茨城県要約筆記奉仕員の方々、ならびに派遣の労をとっていただいた(社)茨城県聴覚障害者協会福祉センター「やすらぎ」にお礼を申し上げます。情報処理学科の皆様、また三宅 輝久助教授ならびに情報処理学科3年早坂 勇一君にはご協力に感謝いたします。フリーソフトiptalkの作者にはお礼を申し上げます。 参考文献 [l]大沼 直紀:聴覚障害者教育の特徴.全学FD資料、1999.10.27. [2]大沼 直紀:難聴の人と話すときはここを気をつけたい.全学FD資料、2000.727. [3](社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会:第1回パソコン要約筆記指導者養成講座.平成11(1999)年3月。 [4](社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会全国要約筆記問題研究会(編):要約筆記奉仕者養成講座テキスト(基礎課程)、平成12(2000)年3月。 [5](社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会全国要約筆記問題研究会(編):要約筆記奉仕者養成講座テキスト(応用課程)、平成13(2001)年3月。 [6]吉川 あゆみ、太田 晴康、広田 典子、白澤 麻弓:大学ノートテイク入門.人間社、2001年3月。 [7](社)茨城県聴覚障害者協会:福祉センター「やすらぎ」利用の手引き、200L [8](社)全国盲ろう者協会:旨ろう者のしおり1998,1999.3月. [9]http://homepagelnifty・com/iptalk/フリーソフト(2002110最新版はiptalk9g22). 付録1.ノートテイクによる情報保障を受けて  ノートテイクをつけてみて、率直なところ、よかった、と思っています。それ以前の授業は、先生が話す内容が、音の意味を解読する連想ゲームで、授業の内容を理解するというような状況ではありませんでした。しかし、ノートテイクをつけてからは、正確な情報が視覚的な情報として伝わって、授業での先生の話が楽しく“聞ける”ようになりました。つける前までは、授業の内容が良くて3割ほどわかるかわからないかという程度でしたが、ノートテイクをつけることで、6~7割程度理解できるようになりました。  それに加えて、ノートテイカーである方々に、文字表記などの視覚的な配慮、資料的な配慮を頂いたことが、何よりノートテイクをつけてよかったと思えることです。 今後も、いろいろな機会で活用できればと思っています。 付録2.ノートテイクを始めたころの利用者の感想 1.さて、2学期の情報検索講義(3限目)から外部の要約筆記サークルのご協力で私、Aに対してノートテイク(要約筆記)がつくことになりました。これまで、FM補聴器で聞いて講義を受けていましたが、補聴器の限界を感じています。それは、1対1の会話だと話す方と呼吸を合わせることが出来、かつ聞き取れない時には、気軽に聞き返すことが出来ます。しかし、1対10など大勢の授業や会合などでは、話す方と呼吸を合わせることが難しく、聞き返すタイミングが難しいのです。最近は、そのような場での通訳の必要性を感じています。 2.IさんやSさんとの呼吸がだいぶ合ってきたので、とても良いノートテイクになってきました。Iさんには、大変にご苦労をおかけしています。あの教科書の図を説明するための工夫、とてもわかりやすくなりました。Sさんがいないときはまるまる要約筆記をして頂いていたので、かなりの負担ではなかったかと心配しておりました。SさんのPCノートテイクも、スクロールを使用する事で、使いやすくなりました。PC要約筆記を利用する側も、ある程度のPC要約筆記の知識の必要性も感じました。 付録3.ノートテイクとボランティアグループ「PC要約筆記つくば」  要約筆記には、手書き要約筆記とパソコン要約筆記があり、後者は、特別なソフトを使ってキーボードよりパソコンに入力し、利用者に提示します(講演会などではプロジェクターで投影)。手書き要約筆記は、筆記対象により 1)ノートテイク、 2)OHPを使った要約筆記、 3)OHCを使った要約筆記、 4)ホワイトボードを使った要約筆記 のように分類されます。  最近の傾向として、ノートテイクの概念が拡張され、本文のように、授業などでの情報保障は全てノートテイクと呼んで良いようです[6]。  「pc要約筆記つくば」は、つくば市内でパソコン要約筆記を勉強しています。茨城県の手書き要約筆記講座の受講生の有志でつくりました(20009月)。パソコン要約筆記の勉強会を始めて日が浅く、まだ実験的なボランティア経験しかありません。主にパソコン要約筆記を楽しむ活動をしています。勉強会は月に2回、つくば市の情報センターと筑波技術短期大学視覚部で行っています。 E-mail:pcy298@mxnormanetnejp 付録4.視覚障害者と要約筆記(iptalkの音声化課題)  筆者等は、パソコンを利用すれば視覚障害者が聴覚障害者のために要約筆記のサービスを提供できるのではないかと考えた(視覚部でパソコン要約筆記の勉強会を始めた理由の一部である)。視覚障害者がiptalkを音声(ソフトの助け)で使うためには、現在のiptalkに次のような場面での音声対応が出来なければならない。1.入力表示、補助入力などの設定場面の選択を行うメインメニューのtagの切り替えをキー操作により行うようにする(現版ではマウスだけで行うようになっている;設定場面の中に入ればキー操作(tabキー)でボタン移動が出来、音声ソフトが読み上げてくれ、設定は出来そうである)。2.文字入力の訂正時の音声補償がない、3.連携入力時に、連携入力者の入力部分の読み上げがない。これらの問題は、iptalkの音声化課題という事ができる。 Information Ensurerence for the Visual-Hearing Doubly Imapired — Note -Taking by Hand and by Computer — Masahiro MIYAKAWA0 , Iwao SEKITA2) , Chiaki INUI3) l) Department of Computer Science, Tsukuba College of Technology 2) Center for Semiconductor Applications, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology 3) Tsukuba Institute of Science and Technology Abstract : For a visual-hearing doubly impaired student we introduced note-taking for his classes as information ensuring. The methods, activities and devises used are described. As the user is weak sighted, both helping displays of summarizing hand scription using text-enlarger (1st monitor) and summarizing scription using computer input with large fonts (2nd monitor) were presented to the user by total 4 scriptors simultaneously. The methods were gradually tuned to the requests of the user. Finally, the effect of information ensuring is summarized in the user's own words: he came to enjoy classes and his understanding of classes was increased from 30% level to 70% level high. Key Words : Note-taking, Informataion Ensuring, Summarizing Display, Summarizing by PC Display, Volunteer