視覚障害教育におけるバーコード利用の試み(その1)― 基本プロトタイプの提案 ― 筑波技術短期大学情報処理学科1 ) (有)ファーストタイム2 ) 神奈川工科大学情報工学科3 ) 巽 久行1) 宮川 正弘1) 小高 泰陸2) 村井 保之3) 要旨:視覚障害者が、情報を獲得する手段としてサーバーを扱う場合、ボイスリーダーに案内される面倒で時間のかかる作業となるので苦手である。そのとき、バーコードを利用すれば、操作がスムーズになり情報伝達のアクセシビリティが高まるであろう。例えば、電子機器に貼られたバーコードを読み取り、ポケットコンピュータを介してサーバーから、機器を扱うための音声版操作マニュアルを得るというような使い方である。我々は、このようなバーコードシステムを用いた視覚障害者の情報保障環境を、特に大学生活での環境を、整備するのが目的である。本報告では、バーコード読み取り操作は、視覚障害を伴っていても可能であることを簡単な実験で示す。また、掲示板の知らせを得るというような情報獲得も含めて、様々な用途に開発できるバーコードを使った情報保障支援システムの設計方針を示す。 キーワード:バーコードリーダーシステム、視覚障害、情報保障、情報獲得 1.はじめに  計算機をスクリーンリーダーで扱う視覚障害者にとって、操作が直接的であるワープロ等は比較的容易のようである。しかしながら、ファイルのダウンロードや情報検索のような、サーバーを介した間接的な操作は苦手である。情報を獲得するという行為は、特に視覚障害者にとって簡易となるべき重要な作業である。もしも物品流通のように、ネットワーク上の情報資源を塊り(パッケージ)として捉えて、それを獲得するのにバーコードを使うことができれば、音声頼みでのキーボード作業に比べて簡単で正確であり、アクセシビリティが高いものになる。  現在、1次元バーコードは多くの商品管理情報として利用されている。最近では2次元バーコードが普及し始めており、「スピーチオ」の名称で商品化された視覚障害者用活字文書読み上げ装置[1]や、携帯電話のサービス等に利用されている[2]。スピーチオは独自の18ミリ角SPコードに約800字の日本語テキストデータが記録できるので、普及次第では印刷文書の音声情報保障の標準と期待される。しかしながら、1次元にしろ2次元にしろ、商品化されたバーコード読み取り専用端末は、付属プログラムのソースや開発環境が公開されていないために、汎用性が低くて独自のシステム開発には不向きである。  本報告は、著者らの学科の授業その他において、独自のバーコード利用環境を構築することが目的であり、そのための様々な用途に開発できる汎用的なプロトタイプを提案する。教育現場での利用を目指す意味から、ソフトウェア会社が提供する、一般的な開発環境やSoftware Developer's Kit(以下、SDKと略す)の下に、作成したプログラムをすべて公開する予定である。 2.システム設計のための準備  本研究は視覚障害学生に対する情報保障整備の一環として行っているので、バーコードを利用した教育支援システムに絞って、開発の構想を述べる。  計算機を介した情報獲得手段として、キー入力の代わりにバーコードを利用すれば情報保障が格段に改善される。底辺にある考えは、ネットワーク上の情報資源を、塊り(パッケージ)と考えてバーコードで扱うというものである。本システムの概要を、図1に示す。  図1において、情報を蓄えているサーバ(AやB)内のデータベースは、全ての情報に1対1のバーコードを発行して管理している。ある情報をやりとりしたい場合、バーコードから該当情報を検索し、バーコードリーダーを制御するパソコンから何をしたいかの命令を送信する。例えば、バーコードが付いた資料からサーバA内に存在する情報をマシンSに送付したり、バーコードが付いた掲示板からサーバB内に存在する掲示情報をマシンTに送付したりするなど、バーコードで管理されている情報をネットワーク上で動かすのが本システムである。これにより視覚障害学生が随時に、簡単・正確に必要な情報にアクセスできるシステムの構築を目指す。これは授業等での電子ファイルの提出や配布支援、掲示情報の伝達支援に留まらず、機器に貼られたコードからその使用法を得ること等、多岐に渡る利用が考えられる。これを開発するにあたり、構築すべき前提は次の通りである。 1)バーコードリーダーシステム 2)情報管理システム 3)命令通信システム  本報告では、上記に挙げた開発すべき3点のうち、1)のバーコードリーダーシステムと、2)の情報管理システムの一部について、これまで行ってきた概要を述べる。 2.1 バーコードリーダーシステム  本研究で使用しているバーコードリーダー機器は次の通りである。 a)バーコードリーダー本体(約4万円):Pocket Scanner PLS-5000、(株)IBS Japan製[3] b)上記リーダーの制御パソコン(約6万円):iPAQ Pocket PC H3970、(株)hp製[4] c)上記a)とb)との接続ジャケット(約4千円):IPP CF拡張パックCF TypeⅡスロット内臓拡張ジャケット、(株)hp製[5] 図2に、購入したa)、b)およびc)の、概観を示す。  装置a)の、CF(コンパクトフラッシュ)カード型バーコード・レーザースキャナ(Pocket Scanner)には、キーボードエミュレーションソフト(iSCAN)が付属されており、さらに、独自アプリケーションソフトウェアの開発を可能とするSDK(iSCAN SDK)が添付されている。 このSDKは、装置b)のOS(Pocket PC 2002)上の開発ツールである、マイクロソフト社のeMbedded Visual Tools 3.0(無償)の eMbedded Visual C++で記述されている。特別なスキャンニングをする場合を除いて、Pocket PC(iPAQ)の CFカードスロットにPocket Scannerを装着して、付属ソフトの iSCANをインストールすれば、Pocket PCが即座にPocket POSとして使用できる。  装置b)のPocket PC(iPAQ)は、Pocket PC 2002で動作しており、開発環境のeMbedded Visual Tools 3.0は、eMbedded Visual C++ 3.0とeMbedded Visual Basic 3.0からなる。どちらも、Windows上の開発環境であるVisual Studioの開発経験があれば、多少の機能は落ちるものの簡単にプログラミング開発ができるので[6,7]、汎用性・互換性ともに良い。さらにeMbedded Visual Tools 3.0はエミュレータとして動作実験ができるので、生産性の高い開発が可能となる(両者間でのプログラムのやりとりは、Pocket PCをクレードル経由のケーブルでパソコンに接続して行う)。購入した1次元バーコードリーダーは、我々が要求した既存のソフトウェア環境下で動作し、必要なプログラムも公開されて使いやすいものである(最近では2次元バーコードも普及し始めているが、本研究で購入したような、安価で SDKを公開している2次元バーコードリーダーは、著者らの知る限りは無いようである。但し、読取装置として携帯電話を利用したプログラムは幾つか報告されている[8])。 2.2 バーコードリーダーの機能評価  バーコード・レーザースキャナ(Pocket Scanner)は、クラス2の赤色半導体レーザーを使用しており、エラーのない読み取りが実現されている。Pocket PCとの接続やデバイス等のインストールは、CDに添付されたPocket Scanner取扱説明書[9]を参照されたい。添付ソフトウェアのiSCANをインストールすると、カーソル上、もしくは任意アプリケーション(Pocket PC はWord、Excel等が内蔵ROMソフトウェアとして添付されている)のアクティブフィールド上に、スキャナ(PLS-5000)で読み取られたバーコード情報を自動出力できる。本研究ではiPAQの第5ボタン(通常はボイスレコーダーに使用)を、レーザートリガーボタンに割り当てた。第5ボタンを押すたびにレーザーが照射され、バーコードを読み取るか、タイムアウト設定秒(3秒に設定)を経過すると、自動的にレーザー照射が停止する。読み取り可能なバーコードを全コード対応として、32㎜×11㎜のJAN Codeを用いて、バーコード読取が可能なレーザー光の走査角度と法線距離を測定した。図3に、バーコード読み取り実験で使用した機器を、表1に、読取可能な走査角度θ(図3(a)内の白抜き左右方向)と法線距離α(図3(a)内の白抜き上下方向)の結果を示す。図4は、表1を平面グラフにしたものである。  バーコードリーダーの認識はレーザー光であるから、距離xではなくて走査角度θが重要である(但し、レーザー光がバーコードの両端まで当たっていることが前提である)。実験結果は図4が示すように、走査角度50度が限界であった(文献[9]の取扱説明書では45±3度が限界範囲)。走査範囲が-50度<θ<50度では、32㎜×11㎜のバーコードが5㎝~25㎝という、広い範囲の法線距離で読み取ることができる。この冗長性で読み取り終了時(正確に読み取ったとき)にチャイムがなるので、バーコードが添付されている場所に適当な印をつけておけば、視覚障害学生でも不自由なく利用できると思われる。  実験結果から、使用したバーコード・スキャナ(Pocket Scanner)は実用十分な性能を持ち、エラーのない読み取り率であった(図4から、受光部側に10度程度傾けるとバーコード認識率が最大となる)。 図1 視覚障害学生への情報保障ネットワーク 図2 iPACにジャケットを装着(写真内下)、およびPocket Scanner(写真内上) 図3 バーコード読取実験 表1 読取可能な走査角度と法線距離 図4 読取可能領域(淡)と不能領域(濃) 3.情報管理システム  現在、バーコードは情報管理の様々な場面で使用されているが、視覚障害学生の主たる要求を考えると、それは情報の保障用途であろう。我々は、情報保障の成否の鍵は、一に情報管理、二に情報通信と考えている。  最初に情報管理であるが、情報をファイルとして蓄えるデータベース(以下、DBと記す)が必要である。汎用性があり、安価で操作性が高くてパソコン上で簡単にプログラミングやシステム設計できるものが良く、本研究では次の2つのアプローチを採用している。  一つは、 FileMakerを使用するものである。FileMakerはネットワーク上での情報共有に優れたカード型リレーショナルDBであり、Pocket PC(iPAQ)側とサーバー側にFileMakerを搭載させて、両FileMakerの機能設定をシステム設計の中心とさせる。もう一つはMS-Accessを使用するものである。MS-Accessを選択した場合、iPAQ側にバーコード入力処理用プログラムとネットワーク通信プログラムを作成する必要があり、サーバー側にもネットワーク通信プログラムと、MS-Access処理用プログラムを作成する必要がある。通信プログラムは、ウィンドウズソケット(Winsockと呼ばれる)という、Windowsのためのネットワークプログラミングインタフェースに準拠して記述しようと考えている(Pocket PC上のOSでWinsockが動作することは確認済みである)。  本研究を開始したとき、Pocket PCとして当時最新のiPAQ H3970を購入したが、現在、無線LAN(IEEE 802.11b)内臓の製品が発売されているので、クレードル経由の通信実験は中断して、今後は無線LAN内臓を前提とした通信プログラムを開発する予定である。  Pocket PC上のOSで、本研究のような情報保障や情報獲得を行うシステムを作成した例を知らないので、すべて試行錯誤の開発となっている。以下に、ごく簡単な情報管理プログラムをeMbedded Visual Basic 3.0で開発したので、その概要を示す(情報通信プログラムは、第二報以降で報告する予定である)。 [試作プログラム] 「教材に表示されているバーコードを読みとり、データベースに登録してある情報を検索し提示する(教材タイトル判別プログラム)」市販の商品には予めバーコードが貼附されており、音楽CDなどは本プログラムを使うことで、実際に聞かなくとも自分の聞きたい曲の有無を判別できる。教材データを入れたFDやMOなどもバーコード貼附することで同様の利用が可能となる。試作プログラムは、その内容を画面に表示するだけであるが、読み上げソフト[10]やデータを音声として登録しておくことで、音声による提示が可能である。また、MS-Accessのデータを予めiPAQにダウンロードしておく必要があるが、最終的にはLAN経由でMS-Accessにアクセスすることを考えている。商店で買い物をする場合には、事前にデータを提供して頂く必要はあるが、価格や商品名はバーコードから読み取ることが可能である(商品名は一般にJAN Codeで決められている)。図5および図6に、試作プログラムの開発・実行画面を示す。  我々が最終的な目標にしているのは、図1のような、ネットワークを介した様々な情報保障支援である。このためには、学科独自のバーコード体系、Pocket PCの命令群、各命令に対する情報管理システムの処理法、マシン間の通信処理等を設計・開発しなければならない。 4.あとがき  視覚障害を持つ学生に対する情報保障整備の一環として、バーコードを利用した教育支援システムのための基本設計を提案した。本プロトタイプは、ネットワークを介した情報提供に関する様々な用途に応用が可能である(例えば、視覚障害者の商品購入を支援する研究[11]にも転化可能である)。本研究は、平成14年度から開始された情報処理学科内のバーコードを利用した教育支援プロジェクトの第一報である。当初はプログラミングを外注することを考えていたが、学外の第三著者および第四著者の協力のもとで、研究を着実に進めることができた。 謝辞  有益なコメントおよび丁寧な校閲を頂いた査読者に深謝致します。 図5 eMbedded Visual Basic のプログラム開発画面 図6 エミュレータ実行画面(左)と実機の実行画面(右) 参考文献 [1] KOSAIDO:http://www.sp-code.com/,2003. [2] 大和哲:http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/keyword/7588.html,2001. [3] IBS Japan:http://www.ibsjapan.com/,2003. [4] hp:http://www1.jpn.hp.com/products/handhelds/pocketpc/h3900/feature.html,2003. [5] hp:http://www1.jpn.hp.com/products/handhelds/pocketpc/options/genuine/jacket.html,2003. [6] おっき:http://www.char.ne.jp/ppc2002/,2003. [7] KAGE:http://www.jtw.zaq.ne.jp/kage/,2003. [8] 和田山 正:http://vega.c.oka-pu.ac.jp/~wadayama/barcode/barcode.html,2003. [9] IBS Japan:Pocket Scanner 取扱説明書 第1版(pdfファイル),2002. [10]クリエートシステム:http://www.createsystem.co.jp/dtalkerCE.html,2003. [11]村上,黒田,眞鍋,千原:バーコードを利用した視覚障害者用商品案内音声ガイド.ヒューマンインタフェースシンポジウム2001:97-98,2001. Incorporation of Barcode Reader System in the Education for the Visually Impaired (Part1)― Proposal of a Prototype ― TATSUMI Hisayuki1) MIYAKAWA Masahiro1) KOTAKA Yoshimichi2) MURAI Yasuyuki3) 1)Department of Computer Science, Tsukuba College of Technology 2)First Time Co., Inc. 3)Department of Information and Computer Sciences, Kanagawa Institute of Technology Abstract:For the visually impaired, an interactive transaction with server system is complicated because it should be conducted under voice-reader and therefore it is laborious and time consuming. Use of barcode reader system simplifies the interaction and therefore increases such accessibility. For example, you let your pocket computer read a barcode on an electronic equipment to get an instruction manual (voice version) for using it. We intend incorporation of such barcode system in the environment for the visually impaired, especially in the college life. We show by experiment that barcode reading is reliable under the use by the visually impaired. As an example, we also present a prototype of our barcode system for the use of delivering announcement on the announcement board, which is usually a very complicated task for the visually impaired. Key Words:Barcode Reader System, Visually Impaired, Information Ensuring, Information Obtaining