イギリスの視覚障害者高等教育機関におけるチューターの役割― The West of England College のケース ― 筑波技術短期大学附属診療所1 ) 同理学療法学科2 ) 山下 仁1) 石塚 京子2) 要旨:イングランド南西部の視覚障害者高等教育機関であるThe West of England College(WEC)のチューターの役割について紹介する。41名の学生に対して4名のチューターがおり、それぞれのチューターに3~5名の学習支援補助者がついている。チューターはWEC学生の学問的、社会的、情緒的、身体的、道徳的な成長を目指すために、個別の学習プログラムを組んでそれを実施する。最も印象的なのは、彼らの職務内容のすべてと職位が実際に「チューター」として(研究者や講師としてではなく)位置付けられている点で あった。 キーワード:チューター、視覚障害、高等教育、短期大学、イギリス 1.はじめに  南西イングランドの視覚障害者をもつ学生の高等教育[1]機関であるThe West of England College(WEC)については、その概要[2]および学生たちとのインタビュー内容[3]を既に紹介してきた。WECは近隣のcollegeにおいて学生を晴眼者とともに学ばせ、そこで障害ゆえに生じる問題を克服するための高等教育サポート施設であり、WECと近隣のcollegeとを合わせたユニットで「短期大学」として機能している[2](図1)。学生は16~21歳のあいだ在学することが許され、その間に職業能力を証明する資格や大学(university)入学資格[4]を身につけ、勉学および生活の自立を目指して巣立ってゆく[2]。  WEC方式の教育システム下では学生は学外のcollegeに学びに出かけるため、専攻コースが多く、したがって相対的に多彩な進路が選択できるという利点をもっているようである[2]。つまりWEC は学内に専門科目の教授陣を置かず、そこにいる教員は学生の学習サポートの専門家であるチューター(tutor)としての役割に徹している。我々はこのようなイギリスの視覚障害者高等教育機関WECにおけるチューターの具体的な職務と役割について、直接チューターと面接して調査する機会を得たので報告する。なお本稿はWEC三部作のひとつとして執筆したため、前報で既に述べたことは重複して説明していない。WECの全容を知るためには前2報[2,3]も合わせて参照されたい。 図1 The West of England Collegeのキャンパス 2.チューター、学習支援補助者、および学生の比率  2002年12月現在、WECの学生数は41名、チューター数は4名である。我々がインタビューをお願いしたチューター、Crome女史のチームは10名の学生を担当している。3年前には一人のチューターが4名の学生を担当すると聞いていた[2]ので、数字的には今のほうが当時よりも負担が増えているように見える。しかし一人のチューターに3~5名の学習支援補助者(learning support assistants)がおり、障害や能力に応じて一人の学生あたり1名のチューターと0~4名の学習支援補助者が割り当てられているので、実際にはかなり手厚いサポートが行われているようである。  これだけの人材確保にはかなりの経費が必要であると思われる。実際、WEC学生一人あたりの授業料は自立能力によって異なるものの、年間22,000~32,000ポンド[5]にも及ぶという。両親がこれを負担することは困難に近いが、既に述べたように[2]、これらは国や自治体から支払われる場合がほとんどである。いずれにしてもWECがマンパワーに多額を費やしているという事実は、イギリスにおける視覚障害者高等教育環境整備の基本的姿勢であると読み取ることができよう。 3.チューターと学習支援補助者の任務  チューターになるには学校教員の資格が必要であり、WECに赴任してからここ特有の教育方法および学習支援方法を習得・開発している。彼らの職務は、学生の学問的、社会的、情緒的、身体的、道徳的な成長を目指すことを目的として、視覚障害をもつWEC学生たちの能力や障害に応じて個別の学習・生活プログラムを作成して遂行することである。そこには勿論、勉学だけでなく安全で健康に暮らすための配慮や、学生が授業を受けるcollegeの教員との密接な連絡と問題解決など、WEC学生が快適な学生生活を送るためのあらゆる場面に全力を傾注することが、チューターの義務として明記されている。  学習支援補助者は、チューターの作成した学生個別の学習・生活プログラムにしたがって、より実際的・具体的で、直に手を差し伸べるような(hands-on)援助を行っている。学生は専門科目については学外の別のcollegeに出かけて授業を受け、そこで与えられた資料や課題をWECに持ち帰って自宅学習およびレポート作成を行う。そこで墨字の点字変換やコンピュータを用いた文書作成が必要となる。ここで障害やIT能力に応じて学習支援補助者が具体的な援助を行っているのであろう。 4.学習・生活プログラムの設定  WEC学生の在学中の基本となる個別の学習・生活プログラムを作成し、それが適切に実施されているかを評価しながら調整するのがチューターの重要な役割のひとつである。そのプログラムの設定は、基本的に学生の障害あるいは能力に応じて決定されている。入学時に基本的計算力(numeracy)、識字能力(literacy)、IT(information technology)という3つのスケールで学生の能力を判断し、これにもとづいて最初の個別プログラムが設定される。  Crome女史に学生資料の記載例を見せていただいた(図2)。そこには学生の写真や視覚障害の程度を含む詳細な履歴書はもちろんのこと、同級生や職員たちとのコミュニケーション行動の特徴や、習得(または取得)目標としている知識・技術・資格とその達成度といった通信簿のような書類(Progress Report)、さらには学生が授業に出かけているcollegeのコースの概要まで、一人分に目を通すだけでもかなりの時間を費やすような記述がしてあった。Progress Reportについては、3学期をさらにhalf termに分けて(すなわち年に5~6回)更新している。学生の両親へのレポートは年1回であるので、Progress Report更新の目的は学内における学習・生活プログラムの評価と修正のためのものであろう。 図2 学生資料の一部(週間スケジュール、Progress Report など) 5.チューターの一週間  Crome女史の一週間の行動表を見せていただいた(図3)。毎日8時45分までに出勤し、月・火曜日は夜9時頃まで、水・木・金曜日は夕方4時半まで決められたスケジュールが詰まっている。週の後半の夕方以降は時刻の設定がされていないが、学生が授業のために通う近隣のcollegeに出かけて、先方の教員とミーティングを行っているという。会議や学内授業[6]などについては日本の高校や短大の教員にも共通しそうなスケジュールであった。一方、毎週月曜日にすべての学生たちとの通信・相談の時間(Liaison Time)を設けてあり、各学生個別に一人30分~2時間を費やしていることは驚きである。 図3 チューターの週間行動表 6.おわりに  以上に述べた内容から、WEC学生は手取り足取りの援助を受けて過保護であるように見えるかもしれない。しかし学生たちがチューターらのサポートに甘えきっているとは思えない。実際に話してみると彼らはかなり精神的に成熟し自立しており[3]、多くは常に自分の能力が向上して目標が今以上に高く設定されてゆくことにやり甲斐を感じているようである。寄宿舎も学生の自活能力が向上するにしたがって積極性・活動性の高い部屋に割り当てられてゆくという。意識的か無意識的かは不明だが、寄宿部屋のステップアップのような近い目標と、就職・進学のような遠い目標とを幾つか設定していることは、学生たちが日々の生活や学習に退屈感よりも達成感を多く味わえるような工夫、すなわちインセンティブ(incentive)として機能している。  チューターは、学生個別の学習・生活プログラムが適切に遂行されているかどうかを頻繁に評価しフィードバックしたり、個々の学生とコミュニケーションをとったりするために相当な時間を確保し、実際に費やしている。学習支援補助者がかなりサポートしてくれてはいるものの、平日寄宿制のなかで過ごす思春期の学生たちは、学習だけでなく生活上の悩みや問題も多く抱えていることであろう。これらの多方面にわたる課題を分割しないで、個別的・包括的にとらえながら問題解決の援助を図るという任務を遂行するには、チューターという専門の職位が保証されていることが必須であろう[7]。その「代償」としてWECは専門科目の研究・教育を行う教員を置いていない。言い方を変えれば、障害者の学習支援の専門家[8]であることがWECの教員でいられる条件なのである。ここにはチューター側にとってのインセンティブが存在する。  以上のように、WECにおけるチューターの職務と位置付けは、視覚障害をもつ学生の教育システムを考える上で、我々が普段抱いているのとは違った観点から貴重な示唆を与えてくれている。 Acknowledgement  We wish to thank Ms Peggy Crome, who kindly accepted the interview and provided us with many useful documents.  本稿における取材は、平成14年度教育研究特別経費(学長裁量費)によるイギリス視察出張の一部として2002年12月に行われたものである。 文献および注釈 [1] “further education” は直訳すると「継続教育」であり、この日本語は例えば医学部卒業後免許取得者の知識更新などには適している。しかしWECの場合、実際には短大あるいは専門学校レベルの教育ということになるので、ここでは「高等教育」という日本語訳のほうがふさわしいと判断した。 [2] 山下 仁,津嘉山 洋:イギリスの視覚障害者のための短期大学 ― West of England College の場合 ―.筑波技術短期大学テクノレポート7:181-186,2000. [3] 山下 仁:イギリスの視覚障害をもつ学生たち ―The West of England Collegeにおけるインタビュー―.筑波技術短期大学テクノレポート8:223-226,2001. [4] 最短2年で大学(university)に入学できる。16歳でWEC学生になれば最年少18歳で大学生になるので、晴眼者と基本的には同じ機会が与えられていることになるだろう(進学の制度については文献[2]の注釈を参照のこと)。 [5] 2003年2月末の英ポンドと日本円のレートは、£ 1 =\ 186。 [6] 国語、体育、野外活動などの基本的な授業は学内に設けてあるので、それを行うのもチューターの仕事らしい。 [7] 念のため述べておくが、ここでは他国の施設(例えば筑波技術短期大学)との観点の違いに注目しているのであって、優劣を論じようとしているのではない。 [8] 実際、彼らチューターは感覚障害系の学会活動で活躍しているようである。 Role of Tutors in Further Education College for the Visually Impaired in the UK ― The West of England College ― YAMASHITA Hitoshi1) ISHIZUKA Kyoko2) 1 )Tsukuba College of Technology Clinic 2 )Department of Physical Therapy, Tsukuba College of Technology Abstract:We introduce the role of tutors in The West of England College (WEC), which is located in the southwest of England, UK. In WEC, four tutors work for 41 visually impaired students. There are also learning support assistants (between three and five per each tutor). The tutor has a key role in the intellectual, social, emotional, physical and moral development of students. The tutors deliver and monitor the individual learning programs of each WEC student. The most impressive point for us was that their duties and position are truly recognized as a “tutor”, not as a researcher or a lecturer. Key Words:Tutor, The United Kingdom, The visually impaired, Further education, College