PENインターナショナルの親善活動 筑波技術短期大学聴覚部一般教育等1 ) 同デザイン学科2 ) 同電子情報学科情報工学専攻3 ) 同建築工学科4 ) 松藤 みどり1) 生田目 美紀2) 西岡 知之3) 田中 晃4) 要旨:2001年6月に設立されたPENインターナショナルの活動の一つとして、2002年4月から5月にかけて行われた学生の国際親善活動について報告する。この活動で筑波技術短期大学は、中国の天津理工学院の聾人工学院から学生と教官を受け入れ、日本での5日間の日程のあと、6名の学生と4名の教官をアメリカに送った。アメリカでの活動内容に対する筑波技術短期大学の学生の評価は、楽しかったが、アメリカの学生との交流が少なかった点では満足とは言えなかった。毎回の経験を検証し、日本も意義のあるプログラム作りのために積極的に発言すべきであることが感じられた。 キーワード:PENインターナショナル 国際交流 高等教育 1.はじめに  筑波技術短期大学の姉妹校、アメリカ合衆国のNTID(ナショナル聾工科大学)と、NTIDが所属するRIT(ロチェスター工科大学)は、日本財団からの基金提供により、聾の学生を教育している大学の国際的な高等教育ネットワーク、PENインターナショナル:Postsecondary Education Network International を2001年6月に設立した。NTIDの前学部長、James DeCaro博士が本部事務局長となり、NTIDの一室にある事務局には、通常の事務業務の他、各国の音声通訳や手話通訳のできる職員が配置され、聾者もスタッフとして働いている。  この組織は、各国の教育機関が連合することによって、新しい技術を取り入れた教授方法、学習方法を開発し、聴覚障害者の社会的自立をはかることなどを目的としている。[1]  筑波技術短期大学は設立時からこの組織の一員として参画し、これまでに米・中とのテレビ会議、日米の学生による俳句コンテスト、中国・フィリピンの教員のための研修、米・中・日の三国による文化交流を目的とした学生の親善大使としての活動等を行ってきた。 2.PENインターナショナルの親善活動大使とは  PENインターナショナルの活動の中で、とりわけ学生の親善活動は、これまで筑波技術短期大学が実施してきた研修旅行とは異なり、渡航費や滞在費等の一切が支給されるので、学生の関心の高い活動である。派遣される学生数が限られているので、応募者の中から代表としてふさわしい学生を選び、時間をかけて準備に取り組ませている。同行する教官は、自らの研修の準備をする傍ら、学生の活動の効果を高めるさまざまな指導を行わなければならない。普段、教室内で専門教科の指導をしている教官にとって、学生の国際交流をサポートするのは骨の折れる仕事でもある。  PENインターナショナル設立第1年目にあたる2001-2002年度には、筑波技術短期大学と天津理工学院(中国)がネットワークに参加し、選ばれた学生を親善大使として派遣することにより三国の交流を深めた。[2]  その第一弾として2001年の秋には筑波技術短期大学から3名の学生と2名の教員がNTIDの学生らと共に天津理工学院を訪問した。  第二弾は2002年の春、天津理工学院の6名の学生と4名の教員を筑波技術短期大学に迎え、共にNTIDを訪問するという親善活動を行った。ここでは2002年の春に行われた親善活動について詳細な報告をする。 3.2002年春の活動 3.1 2002年の活動の概要  天津理工学院からはアメリカに渡る4名の教官の他、聾人工学院の鮑国東学長と英語通訳の張 青健先生も日本に滞在し、親善大使と行動を共にした。また、本部事務局長のデカロ博士も中国の日程に合わせて来日し、日中合わせて20人の集団をユナイテド航空機に乗せてロチェスターに運び、アメリカでの日程を終えてロチェスター空港で別れるまでの2週間、プログラム全体の指揮を執った。日本財団表敬訪問を始めとする日本における活動は、学生の交流だけでなく、いわば三教育機関の首脳会談の場でもあった。  日本財団には筑波技術短期大学の大沼直紀教授もPENインターナショナル日本事務局長として同行した。  中国の学生たちが日本を経由してアメリカに渡り、中国に帰国するということは、通常では、なかなかできにくいことである。天津の学生と教官は全員北京にある外務省に当たる機関に出頭して面接を受け、出発の一週間前にようやく渡航の許可が下りたそうである。また、日本滞在中は、大沼教授が中国人一行の身元引き受け人として外務省に届けを出す必要もあった。  筑波技術短期大学は次のようなスケジュールでこのプログラムに取り組んだ。 ・2002年1月:学生募集開始 ・2002年2月:学生募集締め切り ・2002年3月:選考と結果通知 ・3月末から4月末:合計5回のオリエンテーション実施 ・4月30日~5月3日:日本国内での交流会(天津理工学院聾人工学院の親善大使受入) ・5月4日:聾人工学院からの親善大使とともに渡米 ・5月13日:帰国 3.2 学生の募集と選考  聴覚部の160余名の学生全員に募集要項を配布した結果、10名の応募があった。書類選考と面接を経て、2年生男子2名、2年生女子1名、3年生女子3名の学生親善大使が決定した。3年生の1名は、前年秋の活動で天津を訪問しており、一年前には研修旅行でNTIDにも行った経験があった。双方の国で過ごした経験があり、学生たちとも面識のある彼女は、日本チームのリーダーとして積極的な役割を果たしてくれた。  書類選考の資料として、成績書類、所属学科の教官2名からの推薦状のほかに、2000字以内の作文を提出させた。作文に盛り込む内容は、a.研修に期待すること、b.意見交換において、どんなことを発表したいか、c.親善大使として学んだことをどう生かすか、であった。  面接では学生の積極性や協調性を見た。 3.3 オリエンテーション  親善大使に選ばれた学生はオリエンテーションへの出席が義務づけられた。このオリエンテーションは、PENインターナショナル親善大使としての役割を自覚したうえで、学生自らが積極的に活動する事を促すように工夫したものである。  オリエンテーションでは学生が主体となり、日本での歓迎交流プログラム企画や各担当の割り振り、渡米時のパネルディスカッションの内容、出し物やお土産についても計画が立てられた。教官側は親善大使の心構えの指導から始まり、企画に対する助言、ASLの学習方法、日程の詳細説明などを行った。  その他、オリエンテーション以外の時間を使い、発表用提示資料の指導、歓迎お茶会の指導、出し物とした民舞の指導、記念品としての本学オリジナル・クリアファイルの制作指導をはじめ、親善活動ホームページ(http://sphynx.info.a.tsukuba-tech.ac.jp/PEN/)の立ち上げ、メーリングリストや学内ネットを利用したASL学習環境の整備など、各教官の専門を生かし親善活動のサポートを行った。  日本での活動に関わる宿泊施設や食事、チャーターバスの手配、宇宙開発事業団(NASDA)筑波宇宙センター見学の手配などは教官親善大使が行った。  こうして、中国天津聾人工学院親善大使の受け入れからはじまり、共に渡米し米国での親善活動を展開するという、フルコースのPENインターナショナル親善活動に学生教官全員が全力で取り組んだのである。 3.4 親善活動の内容  今回の親善活動では、前半は技短側がホストとなり中国側親善大使に技短や日本文化についての理解を深めてもらうこと、後半は日本側・中国側大使がNTIDに赴き、アメリカ文化についての知見を深めることが主な目的であった。具体的な活動内容は以下の通りである。 3.4.1 日本国内での活動 ・4月30日(火)中国側親善大使来日(日本側親善大使は成田空港にて出迎え) ・5月1日(水)日本財団表敬訪問・都内観光(浅草・東京タワー) ・5月2日(木) 技短内見学・学生主催歓迎会 ・5月3日(金・祝日)宇宙開発事業団筑波宇宙センター見学・買い物・お茶会 ・5月4日(土)アメリカへ出発  日本滞在中は、交流を促進するため、朝昼晩すべての食事を、教官を含む親善大使全員が同じ場所でとった。 筑波技術短期大学滞在中の中国語と日本語の間の通訳は、筑波大学心身障害学研究科に留学中の王 一令氏が担当し、特に学生間のコミュニケーションを支援してくれた。  国内での親善活動について、活動終了後の中国側親善大使のアンケートによる評価(4段階評価。4が最高点)によると、活動内容に関しては技短内見学とお茶会についての評価が高かった(3.6点)一方で、浅草見学・NASDA見学・買い物の評価がやや低かった(3.0点)。また、活動環境に関しては移動をすべてバスで行ったことについての評価が高く(3.6点)、技短食堂での食事についての評価が低かった(2.5点)。 3.4.2 アメリカでの親善活動 ・5月4日(土)ロチェスター着 ・5月5日(日)ピーターパン手話劇の観劇・歓迎会 ・5月6日(月)公式歓迎行事・NTID/RIT学内見学・プレゼンテーション ・5月7日(火)NTID/RIT学内見学・ショッピング ・5月8日(水)NTID/RIT学内見学・寄宿舎見学 ・5月9日(木)技短とのTV会議・ロチェスター市内観光(Strong 博物館・High Falls・George Eastman宅) ・5月10日(金)Genesee Country Museum見学・学生(Asian Deaf Club)主催パーティ ・5月11日(土)ナイアガラの滝観光・野球観戦 ・5月12日(日)ロチェスター発 ・5月13日(月)帰国  5月5日に観劇したピーターパンは、NTIDにおけるperforming artsの授業の中で教官によって指導された手話劇で、切符は一般市民にも販売され、せりふには音声通訳がついた。  5月6日の公式歓迎行事では、日中両親善大使ともにNTIDと贈り物の交換を行った。中国側は掛け軸、日本側はオリジナル・クリアファイル(plastic sleevesと呼ばれた)を贈呈した。アメリカからは記念のプレートが両大学に贈られた他、親善大使全員にNTIDのTシャツ、帽子、アメリカの国旗、地元コダック社のインスタントカメラなどが渡された。プレゼンテーションでは、日本側は技短や日本の聾者の歴史などを、アメリカ側は今年度の俳句コンテスト上位入賞作品を、中国側は伝統舞踊の発表を行った。  NTID/RIT学内見学においては、CADラボやレンズ製作ラボなどの実習室、学習センターや図書館などの施設、授業の見学を行った。RITのマイクロ・エレクトロニクス・ラボでは専用の防護衣を着用した上で見学させてもらった。  5月7日のショッピングは、郊外にあるショッピングモールで、夕食も含めて3時間の自由行動という形で行った。  5月10日に見学したGenesee Country Museumは、19世紀の町並みを再現している屋外型博物館で、当時の田園生活がそのまま展示されていた。学生主催のパーティでは日本人学生も、持参した法被を着て民舞を披露した。 アメリカ側にはアジアの他にヒスパニックの聾学生、黒人聾学生のクラブがあり、それぞれのグループがダンスや寸劇を見せてくれた。  アメリカでの活動中は、アメリカ手話と日本手話・日本語通訳としてRITのコンピュータ部門に留学中の吉田 稔氏がついてくれた。彼は京都聾学校の幼稚部を出たあと、一般校で教育を受け、大学からアメリカで過ごしている。PENインターナショナルの活動には大学で課せられたインターンシップ(職場体験実習)の一環として、現在も取り組んでいる。音声も明瞭で、大変助かった。 写真1 技短学内見学風景 写真2 NTID/RIT学内見学 4.活動に対する日本の学生の評価 4.1 アンケートの内容および結果  PEN親善活動は、ただ、楽しい時間を学生に提供するだけでなく、人生を考える機会、もしくは国際的なリーダーを目指す意欲が生まれる機会を学生に提供できたかどうかで、評価が決まると思われる。  また、今後の活動に対する筑波技術短期大学のビジョンを示すには、学生のニーズを把握する要がある。2002年春の活動に参加した6名の学生に対して、簡単なアンケート調査を行った。その内容および結果は、以下の通りである。 ――― 1.今年度で行われたもののうち、これからの親善活動でも必ず実施して欲しい事項を3つ選んでください。 なお、最も重要と思われる点に◎を1つ、あとは○を2つ選んでください。 a.観光→(結果:◎0名・○6名) b.ショッピングセンターで買い物→(結果:◎0名・○1名) c.学生と交流→(結果:◎5名・○1名) d.学内見学→(結果:◎1名・○4名) e.その他→(結果:◎0名・○1名) 2.今年度で行われたもの以外、これからの親善活動で新たに実施して欲しい事項を3つ選んでください。なお、最も重要と思われる点に◎を1つ、あとは○を2つ選んでください。 f.本学もしくはPEN に加盟している聾大学で議論する時間を設けて欲しい。→(結果:◎2名・○3名) g.一定期間の交換留学制度を設けてNTIDなど海外の聾大学で講義を受けてみたい。→(結果:◎2名・○4名) h.聾大学の近くの聾学校に行って、聾学校の現場の様子を知りたい。→(結果:◎0名・○1名) i.PEN加盟の大学学生および関係者が発展途上国の聾学校に行って交流が出来るようにしたい。→(結果:◎2名・○4名) j.その他→(結果:◎0名・○0名) なお、上記f.の議論のテーマの内容は、2名が聾文化・手話、他に聾者の為の大学の必要性、発展途上国の聾教育システムのバックアップ方法などがあげられた。 ――― 写真3 技短学生によるプレゼンテーション 写真4 学生(Asian Deaf Club)主催パーティ 4.2 アンケート結果についての考察  PENインターナショナル親善活動は、海外の学生と交流がしたい・重要だという本学学生のニーズ・希望と一致している。今後この親善活動を続けていく意味はあると思われる。  しかしながら、参加学生の多くに、学生交流の時間がもっと欲しいという不満があった。プログラム全体を見ると、後半はほとんどが観光で、アメリカ人学生との交流にもアカデミックな内容が盛り込まれていなかった点では、教官側としてもやや不満であった。  今回はホスト側も務めたので、受け入れプログラム作りの大変さは良く理解できる。シラバスに沿って展開されている授業をむやみに親善活動に提供するわけにもいかない。学生の交流は夜しか設定できないのである。宿泊先がキャンパス内の寄宿舎ではなく、徒歩で15分ほど離れたホテルであったことも大きいかもしれない。短期間の学生交流では、学生がさまざまな文化の違いについて理解を得ることは難しいと思われる。  多くの学生が交換留学制度を求めており、発展途上国の聾学校に行って交流をしたり、議論したりする機会を望んでいる。 交換留学制度ができれば、より自立性の高い生活態度が学生に求められるのであろうし、学生の計画実行力・コミュニケーション能力を伸ばす機会となる。将来、技術関連情報のグローバル化が進み、語学力が求められるようになることを考慮すると、交換留学は、学生の将来性を伸ばすことに直接的な寄与ができる。  これからの国際交流において日本は、欧米から学ぶだけでなく、発展途上国の様子を知ることが必要になる。発展途上国の聾大学・聾学校での交流は、様々な国内外の聾教育の問題を意識した国際的なリーダーを育てるきっかけになるであろう。  交換留学制度および発展途上国の聾大学・聾学校への派遣事業は、学生側のニーズやPENの目的ともマッチしていると思われる。どちらかというと初めて渡米する中国側を意識して計画された今回の活動であったが、将来的にはこのように発展することを願っている。 そのためには共通のコミュニケーション手段として英語やASL、もしくは国際手話、あるいは別の言語の学習が一層必要になるであろう。 5.おわりに  筑波技術短期大学が聴覚障害者のための高等教育機関として世界で三番目に設立され、その後、タイ、ロシア、中国、フィリピン、韓国にも一般大学の中のカレジとして聾者のための高等教育機関が設立された。同様の機関が各国で準備されていると聞く。1国にある1機関だけで、ごく少数の学生に対するサービスを行うのみであれば、教育方法に関する情報も乏しく、学生の視野も広がらない。  PENインターナショナルは、国際交流によってこうした問題を解決し、先端技術を取り入れた教育を推進することによって、社会の一員として十分な役割を果たす学生の育成を目指している。[3]5ヶ年計画の1年目には米・中・日三国の学生の交流が二度実施された。  活動内容は本部事務局のあるアメリカの主導で行われているが、一般大学に付設されているのではなく、障害者のための独立した教育機関として、またアジアで最初に設立された教育機関として、今後のPENの活動には、日本がもっと積極的な役割を果たすべきであろう。  学生はどんどん代わってゆくので、毎回のプログラムの成果は、関わった教官が十分に検証して、次年度の担当者や、海外の機関の担当者に伝え、よりよい活動になるよう経験を積み重ねて行かなければならない。 参考資料 【雑誌等】: [1] 大沼 直紀:聴覚障害者のための国際大学連合(PEN-International)と聴覚障害教育の国際会議(2006年APCD).ITUジャーナル32-4:48-51,2002 [2] 松藤 みどり:三国学生国際交流,PEN-International親善大使の中国訪問.聴覚障害57-11:40-47,2002 [3] PEN-Internationalのホームページhttp://www.pen.ntid.rit.edu 写真5 PENインターナショナル2002年 親善大使 前列左から:田中 晃・西岡 知之・生田目 美紀・松藤 みどり 後列左から:佐藤 裕司・佐知 樹一郎・田中 陽子・武本 育枝・吉島 麻美・平林 裕子 写真6 本学記念品オリジナル・クリアファイル (教官と学生による共同制作作品) Ambassador of Goodwill Student Exchange by PEN-International MATSUFUJI Midori1) NAMATAME Miki2) NISHIOKA Tomoyuki3) TANAKA Akira4) 1 )General Education, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 2 )Department of Design, Tsukuba College of Technology 3 )Department of Information Science and Electronics, Tsukuba College of Technology 4 )Department of Architectural Engineering, Tsukuba College of Technology Abstract:Ambassador of Goodwill Student Exchange is one of the activities conducted by PEN-International, which was founded in June 2001. A delegation of 20 students, faculty and staff from Tsukuba College of Technology (Japan) and Tianjin Technical College for the Deaf of Tianjin University of Technology (China) participated in the second PEN-International Ambassador of Goodwill Program between April 30 and May12, 2002. The Chinese delegation visited Japan and conducted a study tour of Tsukuba College of Technology before the Chinese and Japanese delegation visited NTID in the USA. The 12 Japanese and Chinese students and their 8 faculty leaders participated in cultural events, visited classes and engaged in discussions with their colleagues. Though the Japanese students enjoyed the stays in America, they were not satisfied with the program because the time of socializing with their peers in America was too short. To make a better program, evaluation and discussion from the viewpoints of hosts and guests are important. Key Words:PEN-International, Exchange, Ambassador of goodwill