スペインにおける障害者教育・支援に関する調査研究(1)― 大学の障害者支援プログラムの現状 ― 筑波技術短期大学デザイン学科1 ) 同建築工学科2 ) 伊藤 三千代1) 藤澤 正視2) 要旨:スペインでは現在、障害者への高等教育の支援が政府、大学、研究機関、関連団体、企業の連携で機能し、教育の機会均、支援プログラムと技術の研究等が急ピッチで進められている。本研究ではスペイン国内の大学での障害者支援プログラムの内容を調べると同時に、教育現場での情報保障と人的支援、教材や環境設備の現状を把握することを目的とし、障害者の教育・支援と研究に力を入れているマドリード自治大学、カルロスⅢ大学、バレンシア大学内支援研究機関へのインタビューと施設の視察を行った。  調査内容は(1)大学での障害学生支援制度と現状。スペイン全大学における障害学生支援担当者、センターの有無。(2)マドリード自治州の国立・私立大学(主にマドリード自治大学、カルロスⅢ大学)での障害者学生数、受入れに関するガイドライン、講議での情報保障と学習支援の現状。(3)バレンシア大学の障害者学生数、受入れに関するガイドラインと実践。大学研究機関における支援プロジェクトと支援室の働き。(4)3大学の教育支援に関する学内の情報保障環境整備の事例、である。 キーワード:障害者支援プログラム スペイン 高等教育 1.はじめに  ヨーロッパEU諸国では1990年の「万人のための教育」世界会議、1993年の「障害者の機会均等化に関する国連の標準規則」、1994年「サラマンカ宣言」等後、「特別なニーズ教育」へのアクセスの改善に政府、権利擁護団体、コミュニティー、障害者とその集団の活動が拡大している。スペインもこれらの国々の教育事情とあわせ、障害者に対する教育支援と高等教育へのアクセスの改善が急速に進められている。  本研究ではスペインにおける大学での障害者受け入れと教育支援の方法の文献調査と同時に、教育現場での情報保障や教材や環境設備の現状を把握することを目的とし、主に障害者の教育・支援に力を入れているマドリード自治大学、カルロスⅢ大学、バレンシア大学の支援室担当者のインタビューと施設の視察を行った。 2.大学制度と就学率  現在スペイン国内には68大学が設置され、大学に入学するためには全国一斉統一入学試験を受験しなければならず、その成績と高校での最終成績とを総合して算出された点数によって入学できる大学・学部が決まる。大学は学部と専門大学に分かれており、専門大学は3年制で看護、体育などの学科がある。大学学部は通常5年制で前期2年、後期3年と分かれて、前期で一般教養、後期で専門課程をそれぞれ学ぶ。  大学の管轄はスペイン教育文化省と、大学が設置されている17の各自治州の管轄下に置かれている。この国の大きな特色は、各自治州が地域の独立性を強めていく傾向にあり、障害者に対する教育や保障の制度も異なる。しかし基本的には大学運営は大学内の自治によって組織されている。  1999年の社会保障省の調べによるとスペイン国内の10~64才の障害者のうち、身体または精神障害で読み書きが出来ない障害者は4.95%、他の理由で読み書きが出来ない5.17%、教育を受けていないが23.61%、最終学歴でみると小学校卒37.89%、中学校卒14.06%、高等学校卒5.56%、中等職業学校卒が3.54%、高等職業学校1.57%、短大・大学卒および同等の教育卒は3.57%である。[1] 3.大学における障害者支援 3.1 大学入学試験  1994年の勧告で文部省は障害者の高等教育の就学を発展させるために、障害者には入学試験のための願書と一緒に調査書と障害診断書を提出するよう定めた。1999年法令第10条では、大学の入学試験において各大学の入試担当者は障害者が入試を希望する場合、その障害に応じて受験しやすい環境を作り支援を行うようガイドラインを打ち出し各大学へ働きはじめた。[2] 3.2 入学定員の障害者枠  法令2000年69条では、各々の大学は33%以上の障害レベルを持つ障害者に対して入学定員の3%を確保しなければならない。入学願書提出と同時に証明書と専門医師による診断書を提出するよう定められた。[2]  大学教育課程での障害学生に対する無償教育は大学によって異なり、アンダルシア州内の大学とUNED、ムルシア大学では授業料免除が行われている。 4.大学の障害者支援プログラム 4.1 支援プログラムの始まり  1992-93年に最初の試行期間としてマドリード総合大学が「障害者支援プログラム」を、バルセロナ自治大学が「大学インテグレーションプログラム」を先駆け、1995年に幾つかの大学が同時に「スペイン国内大学の障害者特別支援プログラム」を始めた。1997年カステジョンのハウメⅠ大学、マドリードのカルロスⅢ大学がパイオニアとなり始めた。バレンシア大学、アリカンテ大学、ホアン・カルロス王大学が障害を持つ学生のインテグレーションに関する規準を打立て、規範的なガイドラインを作成した。[3] 4.2 支援プログラムの内容  障害者の為のこれらの特別な支援プログラムは大学側が直接運営するものと、学内の支援センターが組織運営するものがある。以下のように要約される。 1)入学受け入れの情報と相談 2)大学共同体をまとめる意識向上の実現 3)社会ボランティア・プログラムの実施 4)キャンパスのアクセシビリティの確保、移動の交通の提供 5)文化スポーツ活動の支援 6)学生寮や宿舎の適応 7)学習指導、教育的な作業の支援 8)機器等の技術支援 9)適応したカリキュラムの適応 10)就職、職業のインテグレーションの推進 11)障害者支援団体との協力 5.各大学の支援センターと障害学生数  バレンシア大学の研究報告書[4]をもとに1999年までに障害者のための支援担当者やセンターを持つ大学とその開講年度を表1にまとめた。95年の「大学の障害者特別支援プログラム」開始と時期を同じくする。68大学中半数の32大学で障害学生支援センターを配置している。  また、マドリード自治大学、カルロスⅢ、マドリード総合大学、バルセロナ自治大学、バレンシア大学、マドリード自治州内の大学の障害別学生数の調査結果を表2にまとめた。これは各大学の支援センターに障害学生が自己申告した集計で、実際には申請していない何らかの障害を持つ学生が多数いると、各大学担当者は説明している。 表1 支援センターの開設年度 表2 大学の障害学生数 6.マドリード自治大学 6.1 支援状況と設備環境  マドリード自治大学では1997-98年から聴覚障害者のためのインテグレーションプログラムを開始、大学の予算で希望する学生には専門の手話通訳をつけることができる。調査をした2002年度は手話通訳を必要とする学生は2人で、実際話を聞いた情報工学の学生は実習や演習以外の週16時間ある全ての講義に同じ手話通訳者をつけている。講議の始めに聴覚障害学生と手話通訳者にスクリーン投影される講議内容の資料が渡された(写真1. 2)。  情報工学系の校舎は新しく1階は階段式の講義室で正面に大型スクリーンが設置されている。2階には演習・実習室と研究室があり2階渡り廊下からは1階の各講義室の中が窓を通して見渡せる。床材の工夫と柱の位置で講義室の出入口が分りやすく視覚障害者への配慮がされ(写真3)、廊下全体がエントランスから講義室へ緩やかなスロープ状で車椅子でのアクセスが良く、また車椅子用トイレ、エレベータが設置されている(写真4)。カフェテリアや講堂の位置等含め校舎棟全体が分りやすいデザインとなっている。 6.2 聴覚障者支援プログラム  支援室長、クラスコーディネーター担当者、ボランティア担当者から現在進められている聴覚障害学生支援プログラムの説明を受けた。  大学で勉強したまたは勉強している聾、難聴者を対象に 1)個人的にカウンセリングサービスを提供 2)オリエンテーションコースの授業を手話のできる教師が担当 3)補習を担当し、その内容と経過を授業担当教官に報告 4)生活一般の相談、進路の指導、進級試験の支援 5)大学アクセスコース開設 6)生徒や成人聴覚障害者に対する指導と支援 7)データベース、図書、ビデオ視聴覚資料の作成 その他様々な支援を進めている。 7.カルロスⅢ大学  カルロスⅢ大学Getafeキャンパスは校舎が新しく建築面で障害者に配慮した整備がされている。教室までエスカレータで移動できる無料指定駐車場、利用駅は障害者を配慮した整備がされていた。  校舎の建築面ではエレベータ、自動ドア、身体障害者用トイレの配置、車椅子為のスロープ(写真6)、レストランとカフェテリアのテーブル予約、寄宿舎には障害者専用個室がある(写真12.13)。  学習面では、各講義室とコンピューター実習室に優先席を置き(写真8)、技術支援、学習面の相談、健康管理、カウンセリングサービス、教材やテキストの適応、リーディング、ノートテイク、ボランティア等のサービスが受けられ、学習面と生活面を指導する支援プログラムがある[5]。図書館も自動ドア、スロープ、エレベータが整備されている。エレベータ近くには優先読書席を設け、図書の検索、貸出返却の配達、貸出し期間の優遇、無料コピー、視覚障害者協会ONCE の協力によるリーディング等のサービスがある(写真9.10.11)。  2001-02年の障害学生数は肢体19名、聴覚2名、視覚8名、その他障害8名、計37名である(表2)。 図1 マドリード自治大学の学習支援・設備環境 図2 カルロスⅢ大学の学習支援・設備環境 8.バレンシア大学  2001-02年の障害学生数は269名(表2)。バレンシア大学では心理、教育、テクノロジー専門の教官と支援センター技官で研究ユニットが1994年につくられ障害者の教育と就職、社会とのインテグレーションを目指し研究が進められている。支援センターでは障害別に学習支援担当者が学習指導とカウセリング、特別カリキュラムが必要な場合にカリキュラム全般を計画する。障害者学習支援室は自習室としても使え大型スクリーンと各障害に合わせた学習支援器機が整備されている(写真1.2.3)。  教材の作成やPC の貸出、その他必要な技術援助や情報保障や介助者など障害のケースによって解決し支援する。  調査年度では手話通訳を希望している学生はいなかったが、ボランティアによるノートテイクサービスがある。  また、在学生の他、州の児童生徒、一般障害者の為のカウンセリングや研究が進められている(写真5.6.7)。  大学入学を希望する学生の学習トレーニングとしてCD-ROMやインターネットを通じて自宅学習できる手話解説付学習プログラムを研究開発している。 9.まとめ  マドリード自治大学支援センターでは障害学生のアクセスとインテグレーションのガイドブック(Web公開)が作成され、大学入試に関する支援内容、州内の大学全ての交通アクセス、校舎設備、支援団体等の情報が詳細に記載されている。  今回視察した3つの大学では、障害学生に対する支援プログラムが年々拡大し、各々特徴を持って様々な活動が進められている。スペインの大学は歴史が古いため、施設・設備環境面での整備が十分とは言えないが、新校舎の場合はきちんと各障害に配慮した設計がされている。  また、特に障害者の受入れに力を入れているバレンシア大学の支援研究チームやマドリード自治大学は、国内外の大学、主にヨーロッパ諸国との共同研究を意欲的に進め、多くの成果を上げていることがうかがえた。 図3 バレンシア大学の学習支援・設備環境 図4 バレンシア大学支援研究チームと共に 参考文献 [1] INE : Encuesta sobre Discapacidades, Deficienciasy Estado de Saludo, 1999 [2] Acceso e integración de Estudiantes con Discapacidad de la Comunidad de Madrid :Cnosejería de Eduación :2001.11 [3] Programa de Integración de Estudiantes con Discapacidad Marco de actuación : Blanca Leyva Sanjuán: Universidad Carlos de Madrid [4] La Integracíón de Estudiantes con Discapacidad ne los Estudos Superiores :Acceso2 Universitat de València Estudi General:2000 [5] Guía deEstudios Superiores en Madrid,Universidad Carlos deMadrid: Direccíón General de Universidades Cnosejería de Eduación Education and Support for Disabled Students in Spain Special study support in University Michiyo ITO1) Masashi FUJISAWA2) 1 )Department of Design, Tsukuba College of Technology 2 )Department of Architectural Engineering, Tsukuba College of Technology Abstract:The purpose of this research is the investigation of the education and support for disabled students of each university in Spain. I investigated how these universities would support them in lectures, examinations, and university life. I conducted interviews and inspected how some universities are educating and supporting the disabled students. Especially Madrid Autonomous University, Carlos Ⅲ University and Valencia University , have many actual results in support. Our reseach was based on the following criteria: (1)The obstacle student support system of the university. (2) The guidelines about acceptance. Information support in a classroom, and study support. (3) The person or section supports disabled students. Existence of the center. (4) The number of disabled students in national and the private universities of Madrid autonomous state. (5) The contents of support projects and work of the support room in the research organization of Valencia University. (6) Technology about educational support, such as adapted teaching materials, apparatus, etc. Features of the educational environment. Key Words:Support Program, Spain, University, Disability,