動画像を利用した個別対応型学習支援教材の開発 筑波技術短期大学聴覚部一般教育等1 ) 同機械工学科2 ) 新井 達也1) 米山 文雄2) 齊藤 まゆみ1) 要旨:[1][2][3][4]において、動画像教材のもたらす学習効果を示唆する結果が示されている。本研究では、聴覚に障害を持つ学生を対象とした体育や数学の授業を念頭に置きながら、動画像を利用した教材の開発をおこない、実験を通じてその効果を検証した。実験後のアンケート調査から、扱う教材の難易度が高くなるに従って、動画像を用いた説明を要望する学生が増える傾向にあること等が示唆された。また、モニター画面上で動画像を利用する際の課題とも言うべき意見が多数挙げられた。 キーワード:動画教材、聴覚障害、個別対応 1.はじめに  ろう学校や高等学校における数学の履修状況の差異や各学生の特性などによって、本学(筑波技術短期大学)聴覚部に入学してくる学生の習熟度には大きな開きがあることが多い。障害の性質に配慮して、本学の授業の多くは1クラス10人程度の少人数制が採用されているため、各学生の特性に比較的目が届き易い状況にあるといえるかもしれない。そのため、個々の学生の持つ特性に配慮すべき場面を通常の授業等の中に見出すことも容易であるように思う。例えば、内容の説明を試みる際に、各学生の理解の仕方や早さなどはそれぞれ異なることが常である。文章化された説明を望む学生もいれば、図やグラフ等を用いたイメージによる説明を好む学生もいる。このような諸特性に応じるためには、内容の説明として可能な限り多種多様な伝達方法を考え、提供することが望ましいことであると思われる。これまで、個に応じた学習支援を目指してスポーツ科学や数学などの授業を念頭に、聴覚に障害を持つ学生を対象としたいくつかの教材の作成を試み、実験及び評価を重ねてきた([3][4][5])。[3]では、モニター画面上で図形を動かすことによって、その図形の連続的な変化を観察することができるソフトが開発された。コンピュータを用いているため試行錯誤が容易であり、学習者は繰り返し図形を動かすことによって、本来不可視な箇所に対する想像力を働かせる契機になることなどが実験によるアンケート結果から指摘されている。また、こうした結果を受けて、本研究においては、動画のもたらす学習効果を考慮しつつ、学生からの個別的な要望を満たすことを可能にするような教材・教具の試作をおこなった。具体的には、数学の演習問題を題材にして、動画像を用いた教材の作成を試み、それを実験によって評価した。本教材は、数学科の一斉授業の中において聴覚に障害を持つ学生への個別的な対応を支援し、かつ授業全体の流れを損なわないようにすることを目標に作成された。 2.システムの概要  ネットワークの高速化やデジタルビデオ技術の進歩に伴い、インターネット上の動画像配信の利用が広がっている。教育の分野においてもストリーミング技術によりインターネットを用いた遠隔授業が可能になった。視覚情報に敏感な聴覚障害者が情報を得る際に、映像の果たす役割は非常に大きい。そこで、本研究においては、ストリーミング技術による動画像を用いた学習支援システムの開発に取り組んだ。開発を行う際に、WWWブラウザの上に表示するHTML文書の他にCGIプログラムを使用した。本システムを用いた学習場面の流れは下記の通りである。  まず、今回試験的に扱う数学の演習問題を過去の授業等において用いた問題を中心に選択し、適当と思われる順序でデータベースを作成し、それらを用いてWeb上に提示されるようにCGIプログラムを作成した(図1)。  そして、各問題に関するいくつかのヒント動画を用意した。このヒント動画を提示する際にストリーミング技術が利用されている。  学習者は、表示された問題に取り組み、終わった段階でモニターに表示されている所定のボタンを押し、次の問題に進む。その問題に対する理解が不足していると感じた学習者は、モニター上の質問ボタンを押し、ヒント画面に移る(図2)。  各自参考にしたいヒントを選択することによってヒント動画を観ることができる(図3)。ヒント動画には再生機能を持たせてあるので、何度でも繰り返し確認することが可能である。ヒント動画によっても理解が難しい場合は、学習支援者の協力を得ることになる。  一方、次の問題に進んだ学習者は、その新しい問題に取り組み、ヒント動画によって理解が進まなくなった段階で学習支援者の援助を受ける。各学習者は自分の習熟度に応じた問題に時間を重点配分して取り組むことができる。ここで、文章や数式のみで提示されたヒントによっては理解しにくい事柄であっても、動画によるものを提示することにより、学習者の関心が高まる効果が期待される。  また、本学習支援システムには学習経過自動保存機能が具備されている。そのため「誰が、いつ、どのヒント項目を何回見たか」ということが自動的にファイルに記録される(図4)。本システムを継続的に使用し、データが蓄積された段階で適切な分析を加えることにより、各学生の傾向を知ることができる。今後、それらのデータを元にして随時システムの改善を試みる予定である。 図1 問題提示画面 図2 ヒント選択画面 図3 ヒント動画 図4 学習経過保存ファイル 3.実験について 3.1 概要  今回は数学(初等関数とそのグラフ)の演習問題を題材にして、本システムの評価をおこなった。被験者1人に対して一台のパソコンを準備した。 3.2 実施時期と被験者  平成14年4月、本学聴覚部機械工学科に在籍する12名を対象に実施した。 3.3 アンケートの質問項目  実験終了後におこなったアンケートの各質問項目を下に略記する。 (1) 各問題について、次の中から選んでください。 ①難しすぎる ②少し難しい ③ちょうど良い ④少し易しい ⑤易しすぎる (2) ヒント動画は役に立ったと思いますか?使いましたか? (3) わからない問題があったときに、どのようなヒントが欲しいですか。次の中から選んでください。 ①文章や式によるヒント ②動画によるヒント ③その他 (4) ヒント動画について気付いたことを自由に書いてください。 (5) この教材について使いやすかった点と使いにくかった点を自由に書いてください。 3.4 アンケートの結果 3.4.1 アンケート項目(1)(2)について  各問題に取り組む際に、ヒント動画を用いない学生が大半を占めた。特に、提示された問題が「易しすぎる」「少し易しい」と感じられた場合に、ヒント動画を利用した学生は1人のみであった。一方、問題が「少し難しい」と感じられた場合には、ヒント動画を参照にする学生が4人いた(表1)。 表1 アンケート項目(1) (2) の結果 注)表内の数字は人数を表す。空欄は「選択者なし」を意味する。 3.4.2 アンケート項目(3)について  今回の実験において、ヒント動画を利用しなかった4人の学生が、アンケート項目(3)に対しては動画によるヒントを欲している(表2)。 注)表内の数字は人数を表す。空欄は「選択者なし」を意味する。 3.4.3 アンケート項目(4)について 代表的なものを列挙する。 ・「わかりやすい」(類似意見が他に3件) ・「ちょうどよい」 ・「動画が長すぎる」(類似意見他に1件) ・「口が見えない」 ・「少し暗い」 ・「文字をもっと入れて欲しい」 ・「声が入ってない」 ・「フリーズしやすい」 3.4.4 アンケート項目(5)について 代表的なものを列挙する。 ●「使いやすかった点」に関して ・「ページをめくる時間がいらない」(類似意見が他に2件) ・「自分のペースで勉強できる。いつでも暇なときに」・(類似意見が他に1件) ・「順序よく作られていたので使いやすかった」 ・「次々と問題が解ける」 ・「たくさん問題をやってもあまり疲れなさそう。楽しくできる」 ・「ヒントや解答があるので使いやすかった」 ●「使いにくかった点」に関して ・「図が見にくい」 ・「答えをもっと詳しく解説してほしい」 ・「ボタン式やチェックマーク式の問題にしてほしい」 ・「マウスやキーボード操作になれていないのであつかいにくかった」 ・「いろいろとメモするのが面倒くさい」 ・「エラーとかミスとかあるとやりにくい」 ・「フリーズしやすい」 4.考察  今回の実験においては、ヒント動画を使わずに提示された問題を解決した学生が大半を占めた(表1参照)。 新学期始まって間もない時期に本実験がおこなわれたため、問題提供者の各学生の数学に関するスキルの見極めが甘く、提供した問題群が不適切であったことが主たる原因であると思われる。従って、表1に示された結果が本システム内におけるヒント動画の有効性を疑わせるものであるとは考えにくい。アンケート項目(1)(2)の結果より、問題が「少し難しい」と感じられた場合には、ヒント動画を参照する学生が4人いたことがわかる。問題の難易度が高くなるにつれ、ヒント動画を求める学生が増加すると考えても不自然ではないように思われる。現に、表2より、ヒント動画を利用しなかった学生のうち4人が、文章や数式による説明のみならず動画によるヒントを求めている。より適切な問題群を用意できれば動画によるヒントの提示が効力を発揮することは十分に期待できると我々は考える。さらに、アンケート項目(4)(5)に対する意見においても、今後の課題を特定するための示唆が多く含まれている。視覚情報への依存度の高い本学聴覚部の学生にとって、「動画が長すぎる」と目に対する負担が大きすぎる。また、「口が見えない」いう意見からは、小さいモニター画面内の説明者の口から意味を汲み取ることの難しさがにじみ出ているように思う。説明者の口形の見えにくさは、手話等の熟達度によって補えるかもしれないが、入学して間もない学生の中には、手話を使わない、あるいは使えない学生もおり、「声が入ってない」と説明を十分に理解し得ない場合がある。音声に大きく依存している学生に対しては、明瞭な発音と同時に文章や式による詳細な説明を用意する必要が感じられる。 5.おわりに  今回用いたヒント動画については、学生から「口が見えない」「動画長すぎる」「声が入ってない」「文字をもっと入れて欲しい」等の指摘を受けた。今後、本教材を改良する際には、 ・動画画面を大きくすること ・短時間な動画像を多数用意すること ・声も一緒に入れること ・文章や式による説明も併記すること 等を考えていく必要がある。また、「マウスやキーボード操作になれていないのであつかいにくかった」等、コンピュータに不慣れな学生に対する技術的なケアも考慮しなければならない。さらに、提示する教材そのものに対する配慮を別途考える必要がある。今回は、提示した問題群が大半の学生にとって容易すぎたように思われる。扱う問題群が学習する側に適したものでなければ、ヒントや説明等が効力を発揮しないのは当然である。今後は、提供する問題群の質に関するより詳細な分析も重ねておこなっていく予定である。  [3]において指摘されているように、動画像は学生の興味を惹きやすい傾向があるように思う。今回開発したシステムにおいては、学生側は動画像を受け取るのみであった。[3]では、学生がモニター画面上で自ら図形を動かすことができる。学生側から意志を発信することができる方がより関心を惹きやすいように思われる。個に応じた学習支援教材を考えていく際に、こうした視点も考慮していきたい。 謝辞  本研究を進めるにあたり、本学聴覚部機械工学科の学生のみなさんには、被験者としてご協力いただきました。ここに記して深謝いたします。  なお本稿は、平成14年度筑波技術短期大学教育推進改善経費「WWWを用いた個別対応型学習支援システムの開発-聴覚障害学生を対象として-」による研究成果の一部である。 参考文献 [1] 米山 文雄,中村 好則,森本 明:数学の学習指導における動的教材の活用とその効果。第34回全日本聾教育研究大会研究集録:133-134,2000 [2] 米山 文雄,中村 好則,森本 明:聾学校の授業における動的教材の活用とその効果。第38回日本特殊教育学会大会発表論文集:222,2000 [3] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:動画教材の利用による数学的思考力育成の可能性について。第35回全日本聾教育研究大会研究集録:135-136,2001 [4] 齊藤 まゆみ,新井 達也,米山 文雄:スポーツ指導におけるメディア利用の試み。筑波技術短期大学第7回講演・研究発表会プログラム抄録集:18,2002 [5] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:WWWを用いた個別対応型学習支援システムの開発 ― 覚障害学生を対象として ―。日本特殊教育学会第40回大会発表論文集:489,2002 [6] 加藤 伸子,真壁 明日香,岡田 直樹:聴覚障害学生のためのストリーミング・サーバーの構築。筑波技術短期大学テクノレポートVol.8:105-109,2001 [7] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:数学のコミュニケーションにおける構造的意味の正当化の類型 ―聴覚障害学生へのインタビュー調査に基づいて―。ろう教育科学,投稿中 [8] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:聴覚障害学生における数学的概念への意味づけに関する考察。第43回ろう教育科学会資料集:47-50,2001 [9] 米山 文雄,新井 達也:インターネットを介した文字伝達による双方向コミュニケーションの試行。筑波技術短期大学テクノレポート8(2):5-10,2001 Development of teaching materials which aims at the realization of the learning support suitable for personality ― A experiment for practical use of animation in class in ― ARAI Tatsuya1) YONEYAMA Humio2) SAITO Mayumi1) 1 )Department of General Education, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 2 )Department of Mechanical Engineering, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology Abstract:References [1][2][3][4] suggest possibilities of promoting learning effects by the use of teaching materials using animation. In this study, we developed teaching materials using animation and verified the availability of the materials by an experiment. The questionnaire in the experiment shows the tendency that students require explanations using animation when presented subjects are difficult. Moreover in the questionnaire, we gathered students’ opinions about some problems to be solved. Key Words:Teaching material using animation, Hearing impaired, Learning support suitable for personality