個に応じた学習支援を目指すコンピュータ利用に関する一考察 筑波技術短期大学聴覚部一般教育等1 ) 同電子情報学科電子工学専攻2 ) 筑波大学数学系3 ) 国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センター4 ) 筑波技術短期大学機械工学科5 ) 同電子情報学科情報工学専攻6 ) 同教育方法開発センター(聴覚障害系)7 ) 新井 達也1) 大塚 和彦2 ) 高橋 邦彦3 ) 飛田 英祐4 ) 米山 文雄5 ) 小林 庸浩1) 新井 孝昭6 ) 内藤 一郎2 ) 加藤 伸子2 ) 三好 茂樹7 ) 要旨:[1]においては、聴覚に障害を持つ学生に対する動画を利用した学習支援教材の開発がなされている。そこでは、動画利用の有効性が示される一方、各学生の特性に合わせた教材を提供することの難しさも指摘されている。本稿は、本学(筑波技術短期大学)聴覚部の学生を対象として、個々の持つ特性に応じた教材を提供するための方法に関する考察をおこなったものである。課題提示ソフトを利用した実験を通して収集されたデータに基づき、教材の分析をおこなった。実験において提示した各課題はいくつかの項目に分けられているが、課題に対する正答率の高い学生ほど項目間の関連が強く、構造的な理解が進んでいること等が示唆されている。 キーワード:個に応じた学習支援、グラフィカルモデリング、つまずきの原因の特定 1.はじめに(背景と目的)  ろう学校や高等学校における数学の履修状況の差異や各学生の特性などによって、本学(筑波技術短期大学)聴覚部に入学してくる学生の習熟度には大きな開きがあることが多い。障害の性質に配慮して、本学の授業の多くは1クラス10人程度の少人数制が採用されているため、各学生の特性に比較的目が届き易い状況にあるといえるが、それでも個々の学生からの個別的な要望に応えることは容易ではない。授業における説明を一度聞いて理解し、問題を解決することのできる学生にとっては、同一内容の説明を二度三度受けるよりは、むしろ別の課題に取り組むことの方が望ましい。一方、授業における説明のみでは十分な理解が難しい学生に対しては、時間をかけて繰り返し説明を試み、本質的な理解を促す必要がある。通常、提示された課題や説明等の飛躍がつまずきの原因となりやすい。これを回避するためには、提供する課題の連続性が保たれている必要がある。本稿では、そうしたつまずきの原因を特定し、それを解消するための方法について考察をおこなう。今回作成された課題提示・データ収集ソフトにより集められたデータを元に、課題同士の関連性・類似性等を分析する。それによって、学生がつまづき易い箇所を特定し、課題間の飛躍等を見つけ連続性を創り出すヒントとする。分析手法として、グラフィカルモデリングを利用する。この手法により、分析の対象同士の直接的な関わりの様子が図によって表示される。課題全体のつながり具合と個々の課題同士の関連の強さを同時に考察することができる。[1]においては、動画を利用した教材の開発が試みられている。そこでは、本学の学生に対して動画を用いることの有効性が示唆されている一方、扱われた課題同士の関連に関する理解の不足により、各学生に適した課題群を提供することの難しさが指摘されている。本研究の結果に基づき、課題同士の関連の様子を詳しく知ることができれば、[1]において開発された動画教材を、聴覚に障害を持つ学生に対するよりきめの細かい教材として改善することが可能となる。 2.データ収集ソフトとグラフィカルモデリングについて 2.1 データ収集ソフト  数学の演習問題をWebを用いて行うことにした。しかし、現在Webを作成するためのHTML(Hyper Text Markup Language)は、主に普通の文章を作成するためのものであり、数式を表示することは非常に困難である。現在数式記述のためのMathMLの標準仕様も策定されているが、現行のブラウザではMathMLに対応していないのが現状である。そのため、Java アプレットを用いた数式表示ツールを使う方法や数式エディタで作成したものを画像として問題文中に組み込む方法が取られている。しかし、数式のみを画像化して問題文中に入れる手法は、問題文と画像の調整や画像作成時に専用ソフトを使用するなど、作業が非効率的になる。そこで、今回我々は、各問題を1つの画像ファイルとし、通常の演習問題作成のプロセスと共有化をはかることによって作業の効率化を目指した。具体的な手順としては、数式などが効率的に作成可能なTeXを使用して、各問題文の全体を作成する。しかし、TeXで作成したファイルは、そのままではブラウザで表示することが困難であるので、それをブラウザで表示可能な画像ファイルに変換し、HTML で画像取り込みや演習の流れをコントロールするための記述を行った。 また、運用時には最初にユーザー認証をおこなうことで、同時に多人数で使用した場合でもWebサーバーが記録するログとして各ユーザーが実際にどのファイルをいつ参照したかを区別することができるようにした。これによって、特殊なツールを使用することなく各ユーザーの演習履歴、各問題の成否が分かる。 2.2 グラフィカルモデリング  グラフィカルモデリングは、多変量データの関連構造を表す統計モデルをグラフによって表現する多変量解析法の一つである。グラフィカルモデリングにおいては、「条件付き独立性」を基本的概念としているため、任意の2変数間の関連を他の変数の影響を受けずに直接調べることができる。さらに、その関連の様子をグラフを用いて視覚的に捉えることが可能である(図1)。このグラフは、偏相関係数が0か否かに基づいて作成されており「偏相関係数=0」が「条件付き独立」を意味することから「独立グラフ」と呼ばれる。独立グラフにおいて、直接辺で結ばれている変数間には、他の変数の介在しない直接的関連があると考えてよい。一方、辺で結ばれていない変数間の関連は、間にある変数を介した間接的関連を意味している。例えば、図1において変数AとB、及び変数BとCは一つの辺で結ばれているので、他の変数から独立して直接的な関連があることがわかる。また、変数AとCとは、変数Bを間に挟んでつながっている。 これは、変数Aと変数Cとの間には直接的な関連はなく、変数Bを介することによってのみ間接的に関連していることを表現している。 図1 独立グラフ 3.実験 3.1 概要  数学の演習問題を題材に、2-1において紹介したソフトを用いて実験をおこなった。各学生は自分に割り当てられたパソコンを用いてモニターに提示された演習問題に取り組む。各学生が取り組んだ内容はログとしてサーバー内に残し、それらに基づいて実験結果の分析をおこなった。分析にはグラフィカルモデリングの手法を用い、問題同士、項目同士、グループに分けたのちの項目同士の間の関連のそれぞれについて考察をおこなった。 なお、ここで用いたソフトウェアは、G-GM21 for Windows である([3])。表3~8及び図3~8はこのソフトウェアによる解析結果をそのまま表示したものである。 3.2 実施時期と被験者  平成14年12月、本学聴覚部機械工学科及び建築工学科に在籍する25名を対象に実施した。 3.3 提示された問題について  今回の実験で用いられた問題は、初等関数のグラフを描くものである。問題数は4つであり、各問題はグラフ正確に描くために必要と思われる6つの項目に分けられている。各項目の得点を1とし合計24点とした。問題とその項目を以下に略記する。 【問題A式】 【問題B式】 【問題C式】 【問題D式】 項目1:定義域 項目2:導関数 項目3:傾きが0になるときのxの値 項目4:増減表 項目5:定義域の端の極限値 項目6:グラフ 3.4 結果 3.4.1 度数分布  図2は資料を5つの階級に分け、その階級幅を5としたものである。 図2 度数分布 3.4.2 各問題の平均点と標準偏差  各問題ごとの得点の平均値と標準偏差を表1に示す。 表1:問題の得点の平均値と標準偏差 3.4.3 各項目の平均点と標準偏差  各項目ごとの得点の平均値と標準偏差を表2に示す。 表2:項目の得点の平均値と標準偏差 3.5 考察 3.5.1 問題同士の関連について  各問題同士の関連の様子を調べるためにグラフィカルモデリングを用いる。表3は、問題A~Dの偏相関行列であり、図3はそれらに基づいて作成した独立グラフである。  問題Aと問題Dの平均値にはかなりの差があるが、相関は強い(表1、表3)。元のデータを調べてみると、授業において扱った両問題の類似問題に的をしぼって復習したように思える解答が2件あり、それらが原因と考えると理解し易い。 問題Cと問題Dにおける関数式には無理関数が含まれているため、相関が強くなることを予想していた。しかし、実験の結果はそれに反してほとんど無相関である。 通常の授業において、根号に苦手意識を持つ学生が多いように見受けられるが、根号の有る無しのみで関数式を見ていないことがわかる。  共分散選択をおこなうことによって、よりシンプルな関連構造モデルを求めた(図4)。問題B及びCと問題Dとの間には直接的な関連がないことがわかる。 表3 問題A~Dの偏相関行列 図3 問題A~Dの独立グラフ 表4 選択したモデルでの偏相関行列の推定値 図4 表4に対する独立グラフ 3.5.2 項目同士の関連について  各問題の中に用意されている6つの項目同士の関連について分析を試みる。通常の授業においては、増減表を用いて正確なグラフを描くよう指導した。しかし、表2において、項目6(グラフ)の平均値よりも項目4(増減表)の平均値の方が低い値になっている。これは、増減表を利用せずにグラフを描いた学生がいることを意味している。こうしたことが可能であるのは、主に問題Bと問題Cの関数式の構造によるものと考えられる。両問題とも比較的簡単な2つの数式の和で表されている。そのため、各項の数式に対応するグラフを描き、それらを図上で足し合わせることによって増減表を利用せずに正答を得たものと思われる。現にそれを暗示する答案が数件あった。  表5は、項目1~6の偏相関行列であり、図5はそれらに基づいて作成した独立グラフである。  図5から各項目のつながり具合がわかるが、直接的な関連の強い項目を調べるために、共分散選択をおこなった。それに基づいた独立グラフが図6である。  項目4(増減表)は項目6以外の項目と直接的な関連がほとんどないとみなすことができる。つまり、増減表を書くことを暗に目的としている項目1~3と増減表が別個の問題として取り組まれていることになる。この独立グラフに刺激され、標本データにおける増減表とグラフに関する正誤を調べたところ、増減表は書けなくてもグラフを描くことのできる学生はいるが、逆に増減表が描けてグラフが描けない学生は皆無であった。増減表(項目4)と他項目との関連付けに注意しながら指導することの必要性が強く感じられる。また、項目1と項目3の偏相関係数は-0.341であるので、項目6に正答した学生、つまりグラフを描くことのできた学生の中には、定義域を求めるのが得意な学生と方程式を解くのが得意な学生とが背反の関係で存在することが示唆される。  項目5は定義域の端の極限について問うものであるが、各課題を通して正答率が高い。そして、項目4や項目6と直接的な関連を持たない(図6)。多くの学生にとって、項目5はグラフを描くこととは関係ないものとして扱われている可能性が高いことがわかる。 表5 項目1~6の偏相関行列 図5 項目1~6の独立グラフ 表6 選択したモデルでの偏相関行列の推定値 図6 表6に対する独立グラフ 3.5.3 グループ別に見る項目同士の関連について  グラフを正確に描くことのできる学生とそうでない学生との間にいかなる違いがあるのかを調べるために、2つのグループに分けて分析を試みた。グラフを3つ以上描くことのできた学生群をグループαとし、2つ以下の学生群をグループβとした。グループαは9人、グループβは16人で構成されている。表7はグループαにおける各項目の偏相関係数、図7はそれらに基づいて作成された独立グラフである。  グループβにおける各項目の偏相関行列とそれによる独立グラフを次に表示する。  図7における独立グラフおいては、各項目同士のつながり具合が強いことが一目でわかる。グループαに属する学生群においては、各項目同士に意味のある関連付けがなされており、構造的な理解が進んでいると考えることができる。一方、図8においては、各項目間の関連が比較的弱い。特に、項目4(増減表)と他項目とのつながりの弱さが目立つ。項目4を介さずに描けるような比較的容易な関数のグラフは描けても、より複雑な関数に関しては手も足も出ないことになりかねない。従って、グループβに属する学生に対しては、各項目同士のかかわりについて重点的に詳細な説明をおこなうことが不可欠であるように思う。 表7 グループαにおける項目1~6の偏相関行列 図7 グループαによる項目1~6の独立グラフ 表8 グループβにおける項目1~6の偏相関行列 図8 グループβにおける項目1~6の独立グラフ 4.まとめ  実験を通して、各項目同士の関係をいかに伝えるかということがグラフを描くために大事な要素であることが明らかとなった。特に、項目4と項目1~3とのつながりの強弱が、正確なグラフを描くための要となることがわかった。本実験の結果より、グラフを描く際に目標とすべき項目同士の関連の様子は図9のようなものであると予想することができる。このモデルを演習ソフトの作成や通常の授業の際に参考にしたい。  今回の実験においては、提示した課題数が少ないため、問題同士の関連の強さを分析することによる課題のグルーピングをおこなうことが難しい。しかし、類似の調査を継続することによるデータの蓄積によって、類似課題のグループ化が可能となる。一般に、表面的特性が少しずつ異なる例を多く示すことが学習の転移を容易にすることが広く知られている。グループ化された課題の中から適切なものを選択・提示することができれば、個々の学生のつまづきの原因となっている箇所に対する処方となり、学習の転移を引き起こす契機となり得ることが期待できる。また、上と同様の理由により、各学生の得手不得手や好悪等々の特性を分析することが困難であった。このことに関しても継続的に実験を繰り返し、データを蓄積することによって、各学生の持つ数学学習上の癖や傾向などをつかむ手がかりとすることが可能であると考える。本学に入学して間もない頃に各学生の諸特性をつかむことができれば、その後の学習支援に多大な好影響を与えることができるはずである。今後は、今回得られた知見を参考にしながら、[1]において開発された動画教材との連携により、聴覚に障害を持つ学生にとって理解し易い個別対応型の学習支援教材の作成を目指したい。 図9 目標とする項目同士の関連 謝辞  本研究を進めるにあたり、本学聴覚部機械工学科及び建築工学科の学生のみなさんには、被験者としてご協力いただきました。ここに記して深謝いたします。  なお本稿は、筑波技術短期大学平成14年度教育改善推進プロジェクト「聴覚障害学生の専門基礎教育カリキュラムに関する基礎的検討」における経費援助によっておこなわれた研究成果の一部である。 参考文献 [1] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:WWWを用いた個別対応型学習支援システムの開発 ― 聴覚障害学生を対象として ―。日本特殊教育学会第40回大会発表論文集:489,2002 [2] 宮川 雅巳:グラフィカルモデリング,第1版,朝倉書店,東京,1997 [3] 日本品質管理学会テクノメトリックス研究会編:グラフィカルモデリングの実際,日科技連出版社,東京,1999 [4] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:動画教材の利用による数学的思考力育成の可能性について。第35回全日本聾教育研究大会研究集録:135-136,2001 [5] 齊藤 まゆみ,新井 達也,米山 文雄:スポーツ指導におけるメディア利用の試み。筑波技術短期大学第7回講演・研究発表会プログラム抄録集:18,2002 [6] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:数学のコミュニケーションにおける構造的意味の正当化の類型― 聴覚障害学生へのインタビュー調査に基づいて ―。ろう教育科学,投稿中 [7] 米山 文雄,新井 達也,森本 明:聴覚障害学生における数学的概念への意味づけに関する考察。第43回ろう教育科学会資料集:47-50,2001 [8] 米山 文雄,新井 達也:インターネットを介した文字伝達による双方向コミュニケーションの試行。筑波技術短期大学テクノレポート8(2):5-10,2001 A study on computer use which aims at the learning support suitable for personality ARAI Tatsuya1) OTSUKA Kazuhiko2) TAKAHASHI Kunihiko3) HIDA Eisuke4) YONEYAMA Humio5) KOBAYASI Tsunehiro1) ARAI Takaaki6) NAITO Ichiro2) KATO Nobuko2) MIYOSHI Shigeki7) 1 )Department of General Education, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology 2 )Department of Information Science and Electronics –Electronics Engieering Course–, Tsukuba College of Technology 3 )Institute of Mathematics, University of Tsukuba 4 )National Institute of Health Sciences Pharmaceuticals and Medical Devices Evaluation Center 5 )Department of Mechanical Engineering, Tsukuba College of Technology 6 )Department of Information Science and Electronics –Information Science Course–, Tsukuba College of Technology 7 )Research Center on Educational Media, Division for the Hearing Impaired, Tsukuba College of Technology Abstract:In this report, we considered a way to provide teaching materials in mathematics suitable for a particular personality. We analyzed properties of the materials used in this study on the basis of data gathered by the experiment, in which we used the software for presenting practice problems. These data were analyzed by graphical modeling. Each of these practice problems is divided into some items. It suggests that students having higher percentage of correct answers are sensitive to the relationship between each item. This implies that they are able to understand practice problems structurally. Key Words:Learning support suitable for personality, Graphical modeling, Causes of stumbling