視聴覚重複障害学生に対する講義情報保障― 無線LANを用いたノートテイクについて ― 筑波技術短期大学情報処理学科1 ) 産業技術総合研究所2 ) 筑波研究学園専門学校3 ) 宮川 正弘1) 関田 巌2) 犬井 千明3) 要旨:高度の弱視難聴の重複障害を持つ学生に対して、授業にパソコンによるノートテイクを導入して情報保障を行った。その概要と経過を記し、成果を分析した。今回はノートテイクのすべてをパソコン入力とし、複数の要約筆記者のパソコンと利用者のパソコンを無線LANによりつなぎ遠隔支援を試みた。無線LANは、ケーブルによる配線が不要なため、(1)情報保障者が利用者と離れて情報保障を行えるため、その他の学生が利用者学生の回りに来ることができ、学生同士の協力関係が自然にとられていた、(2)目の不自由な学生がネットワークケーブルに躓く心配が不要、の利点があった。長期にわたる支援の中で、利用者と要約筆記者との間に信頼関係が生まれ、授業だけではなく、利用者が社会に目を向けるきっかけを提供することも出来たように思う。 キーワード:弱視難聴、重複障害、ノートテイク、パソコン要約筆記 1.はじめに ― ノートテイクを行うまで ―  2002年2月、筆者たちは筑波技術短期大学での弱視難聴学生への講義保障としてノートテイクのボランティア活動をしておりその学習会も行っていた。当時の利用者であるA君から、後輩に自分と同様の弱視難聴の学生(以下B君と言う)がいるので、ノートテイクを体験させて欲しいという申し出があった。B君の聴覚障害は、FM補聴器を使用していたが、マイクを使ってゆっくり大きな声で話すと理解する程度の聞こえだった。利用者B君によれば、講義の内容を理解するには、教科書の予習を行い、ある程度理解してから授業に望むという方法をとっているということであった。当初、情報保障の方法としてA君の場合と同様に、拡大読書機の下で手書きによるノートテイクを試みた。A君に対してこれまで行ってきた手書きの要約筆記の方法は、ワンステージ(1ページ相当)を5×6㎝として、この範囲内に20文字程度を書いて、これを拡大読書機を用いて拡大して供用した(この方法によりA君からは、授業に参加している実感が得られたということを後の感想として得ている)。  B君に対しても、同様な方法で試したところ、要約筆記された文章は次々と送られてしまうので、読んでいる余裕がないということを指摘された。事実、弱視のためB君が判読できる拡大文字は17インチのモニター画面に15文字程度であることがわかった。このため、利用者が自らのペースで読む速さが手書きの要約筆記者の書き進む速さについていけないことに気づいた。代替案として、拡大読書機にリアルタイムで表示するのではなく、別な場所で要約筆記者によって書かれた文章を、拡大読書機で読むという方法で試した。この方法は効果的ではあったが、手書きによる文字はくせ字、略字などもあり弱視のB君には判読できない場合もあったように思う。  このことから拡大読書機によるノートテイクは諦めざるを得なかった。そこで、以前A君に対して手書きの要約筆記と併用して行っていたパソコンによる情報保障を提案した。パソコンの文字を画面拡大ソフト(Zoomtext)を使って利用者の一番見やすい文字に拡大して、スクロールも利用者が動作できるようにした。このような方法によれば、B君は、PC上の文字は、A君よりも早く読むことができた(A君に対しては、かなり要約する必要があったが、B君に対しては、ほとんど要約する必要はなかった)。このような経緯で、パソコンでノートテイクをして欲しいとの要望を受け、今回の視覚聴覚重複障害学生へのパソコンによるノートテイクが実現した。  当初は、利用者の隣席と直後の席を要約筆記者が取り囲むようにして互いのパソコンを有線LANで結んでノートテイクをしたが、現在は無線LANを利用した遠隔からの情報保障に移行している。 2.情報保障としてのノートテイクの実現  B君からのパソコンによるノートテイクの要望を受け、パソコンによるノートテイクが実現するまでにはいくつかの要件が満たされなければならなかった。 1)利用者にもパソコン要約筆記の知識を持ってもらう。 2)情報保障としてのパソコン要約筆記技術の確立。 3)複数人の継続的な要約筆記者の確保。 1)について  2002年4月から、週一時間のみの講義保障を始めた。この時期、利用者は鍼灸学科の学生であったためパソコンの知識はあまり持っていなかった。そのためパソコンの立ち上げ、環境設定なども要約筆記者が行った。その後利用者自身もパソコンの講習会に参加するなどしてパソコンの知識を深めていった。 2)について  パソコン要約筆記は数台のパソコンでネットワークを構成し、複数人が連携入力を行う方法を取る。人の話す速度は一分間に350から400文字といわれている。どんなに速い入力者が2人で連携入力してもすべての言葉を入力することは不可能と言われている。このことから、話し言葉を要約して入力する技術が要求されている。また、依頼を受けた講義内容も専門科目であるため、予備知識の習得にも時間を要した。予備知識を得るために: ・担当講師のレジメを予めいただいた。 ・授業に配付される資料を借用した。 ・教科書・参考書があれば、予め教えていただいた。  ただし、きちんとした情報保障を行うためには、情報保障者は学生並に勉強する必要を感じた。しかし、ボランティアとしては、そこまで行う時間的余裕がなく、学生B君には、情報保障者の知識レベルを考慮した上で、情報保障内容を解釈してもらうという協力も必要であった。  また、漢字についても、特別なフォントを用いないと表現できない術語が多く、この点についても、学生B君には、協力してもらう必要があった。これらの点を了承してくれた学生B君には、感謝したい。 3)について  情報保障を依頼された時間が、一学期に週1~2時間だったものが、二学期には週4時間になった。また、現在も継続中であるが、三学期には週6~7時間に及んでいる。また、依頼された時間には定期的なものと不定期なものとがあり、特に後者は複数の要約筆記者の確保に困難がある。 3.パソコンによるノートテイクの方法  利用者のパソコンを含むすべての入力者のパソコンは無線LANによるネットワーク接続を行った。無線LANにすることにより、教室内での遠隔支援が可能となった。  入力者は2人を一組とし連携入力をした。例として、ある講義の場合を述べたい。例:講義が始まる前に利用者のパソコンの環境設定をし、当日の入力者のパソコンをネットワークでつなげる。→モニターのパソコンを立ち上げ講師の目につくところに配置する。→講義が始まると入力者が2人で連携入力をする。→10分経過したところで、交代の入力者が交代の合図を送り交代する。(1人はそのまま打ち続ける)→次に10分経過したところで、休んでいた入力者が続けていた入力者と交代する。この過程を続ける。 4.ノートテイクの問題点  パソコンによるノートテイクは、発話中心の講義形式では非常に有効な情報保障といえる。しかしながら今回の特に三学期に入ってからの「特別講義」の部分では、利用者の専攻する学科が鍼灸学科ということもあり手技実習の形式によっている。この場面での情報保障はどのようにしていくか研究の余地がある。また、授業中にパソコンのネットワークにトラブルが生じた場合の緊急処置としてどのような方法を取っていくことが適切かを今後も検討をしていかなければならない。特に、無線LANの場合、利用者に見てもらう文章をプロジェクタで表示していない場合、なんらかのトラブルで、入力した文章が届いていなくても、情報保障者が気づかない。このような問題も、今後の情報保障ソフトウェアの課題になりそうである。 謝辞  授業を担当された先生から情報保障に必要なさまざまなご協力を得ました。ここに感謝します。情報保障はNPO法人PC要約筆記つくば(PCY298)が担当されました。参加されたボランティアにお礼を申し上げます。 フリーソフトiptalk[2]の作者栗田 茂明氏にもお礼を申し上げます。 参考文献 [1] 宮川 正弘,関田 巌,犬井 千明:視聴覚重複障害学生に対する講義情報保障 ― ノートテイクについて―,筑波技術短期大学テクノレポート,9(1)1-5,2002,3月 [2] 栗田 茂明:http://iptalk.hp.infoseek.co.jp 1.B君からの書簡 「パソコンによるノートテイクを受けて」  私の難聴は混合性難聴で、伝音性と感音性難聴が共に認められるそうです。そのため、難聴を自覚するのがずいぶん遅れてしまったようです。私が難聴だと自覚したのはこの大学に入ってからなので、もちろん過去にパソコン要約筆記を受けた経験はありません。入学して間もない頃というのは、まだ周りの状況に慣れていなかったこともあり、何をどうしたらいいのかわからず、特に対処なしで通り過ぎていました。もちろん、授業がまったくわからなくても、出席やレポートや試験を通れば単位はもらえますので、卒業が危ういとは考えられませんでした。そのこともあって、対処が不十分なまま1年が過ぎました。しかし、一度終えた講義は二度と戻ってきませんので、取り返しがつかないままになっていました。 2年になると補聴器を実用的に授業で使うようになりました。これにより、少しは授業の理解度が向上しました。 しかし、私の聞こえ方は人によってずいぶん差があるようで、担当教官によって聞こえ方がまちまちでした。聞こえやすい先生では、話の内容の8割ぐらい理解できる場合もありましたが、わかりにくい先生では、2、3割しかわからないこともありました。この頃はだいたい平均的に5割ぐらいの理解度でした。しかし、5割といっても半分わかっているような半分分からない、とても中途半端でした。こういうことが長く続くと、非常に精神的にストレスが多くなり、しかも2年生は授業が多いこともあって、私は精神的にかなり厳しい状態に陥ってしまい、体にも現れてきました。ちょっとしたことで気にしていると体によくないと気付いてきました。  そこで、まず、テープ起こしを希望して、それによって授業の内容を理解するという形になったのは2年生の3学期からでした。このテープ起こしは非常に大変な作業なため、1週間に数コマを絞って依頼していました。 このテープ起こしは非常にわかりやすく、よい勉強になりました。しかし、テープ起こしはその授業が終わってからテープ起こしが終わるまでに時間がかかり、授業の内容を確認するのが遅くなるという欠点がありました。 そこで、それを補うため、ノートテイクを実際に依頼し、始めたのは02年の年が明けた頃でした。その時はノートテイクに当たってもらえる人が1人だけだったのでテープ起こしと併用し、週1コマから始まり、徐々に2コマへと増えていきました。その後、パソコンを使った方が、より速く伝わるだろうとのことで、パソコンを使ってのノートテイクを希望し、開始しました。しかし、この時は、iptalkのソフトを使っていたわけではなく、1台のパソコンで行なっていました。このように2年生の3学期からではありましたが、徐々にその体制ができていきました。幸いなことに、1つ上の先輩でパソコン要約筆記を受けておられる方がいたため、技術短大でのパソコン要約の体制が整っていたことはよい追い風になりました。  そして、本格的にパソコン要約筆記が定着したのは3年生になってからでした。この時、以前と何が変わったのかというと、即座に授業を理解しやすくなったと言うのはもちろんありましたが、それ以上に精神的な落ち着きをもてるようになったことは非常に大きいことだと思います。パソコンによるiptalkを使っての情報保障は、はじめの頃は充分なペースでついていけませんでした。 それまでともう一つ変わったこととして、以前は、教科書や資料中心の授業だったのに対し、パソコン画面からの情報が中心の授業になっていったことです。これにより、授業中に先生が話している内容はある程度分かるようになったものの、一方で教科書などを読む機会が少なくなったと言えます。つまり、授業の内容が教科書から外れていたりすると、教科書の内容がわからなくなってしまい、国家試験対策には不都合な状況になってしまうこともありました。この場合、教科書とパソコン画面を同時に確認できれば良いわけですが、どちらかだけで精一杯になっていました。また、良い面でも悪い面でも予習・復習の手間が省けたと言うことがいえます。それまでは、予習・復習にかなりの時間をかけていましたが、パソコン要約筆記により、日常生活にゆとりをもてるようになったといえます。しかしそれだけ日常的な学習力は落ちたかもしれません。いずれにしても、パソコン要約筆記は授業のみならず、日常生活にも大きな影響を与えていることは確かでした。  パソコン要約筆記者との人間的な関わりも私の日常生活に良い影響を及ぼしたと思います。以前はコミュニケーション手段を獲得しようという気はまったくなく、孤独感そのものでしたが、ある要約筆記者と知り合ってから、手話を覚えたいと思い、非常に大きな励みになりました。また、盲ろう者関係の交流会として、茨城や他県の交流会においてのパソコン要約筆記は非常に助かり、良い思い出にもなりました。パソコン要約筆記の皆さんには本当に感謝するばかりです。ありがとうございました。 2.無線LANの導入  筆者らは、2001年9月より、筑波技術短期大学視覚部で弱視難聴学生A君への講義保障としてノートテイクのボランティア活動を開始した[1]。情報保障に最初に無線LANを使用したのは、2002年3月の卒業式であった。三浦賞の受賞者として選ばれたA君の卒業式に情報保障の依頼が来た。卒業式の最前列にいるA君を多数(4名)の情報保障者が取り囲む図は好ましくないという判断から、当時普及しだした無線LAN を利用し、要約筆記者4名を講堂の最後列に配置し、確認のための一人をA君の隣席に置き、情報保障を行った。会場全体の聴覚障害者のために、手話通訳の他に演壇中央の大スクリーンの映像にはプロ速記入力者による実時間字幕の挿入があった。それと同等の文字列が、私たち4人の要約筆記者の前のPCのモニター上に、私たち自身の手で打ち込まれていった。パソコンとLAN以外に特別な資材もなくプロとしての訓練も受けていない筆者らにとり、それは、高度の技術が必要とされる支援作業においてボランティア活動がプロによる支援に遜色なく実用的であることを示す感動の場面であった。 3.情報保障実績  パソコン要約筆記者のボランティアを確保することは必ずしも容易ではない。平成14年2学期(9月~12月)の情報保障に協力されたボランティアの活動実績を表1と2に示す。これは NPO法人PC要約筆記つくば(PCY298)の現在の動員可能人数を示していると考えられる。 表1:平成14年9月から11月まで(2学期)の情報保障実績 表2:平成14年9月から11月まで(2学期)の情報保障担当人数 Information Ensurence for Classes of a Visual-Hearing Doubly-Impaired Student - Note-Taking by Computer Using Wireless LAN - MIYAKAWA Masahiro1),SEKITA Iwao2),INUI Chiaki3) 1 )Department of Computer Science, Tsukuba College of Technology 2 )Center for Semiconductor Applications, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology 3 )Tsukuba Institute of Science and Technology Abstract:For a visual-hearing doubly-impaired student we introduced note-taking for his classes as information ensuring. The methods, activities and devises used are described. The user's weak sightedness is to such degree that he can read 15 characters on 17 inch monitor and that he barely recognizes hand-written characters with hardness, we are resort to use computer display where enlarged fonts by Zoomtext were presented to the user (hand-written summarizing scription was hardly effective for him).All computers (5 including user's one) are connected by wireless LAN and scrolling of the user's display is controlled manually by the user himself. The note-taking inputs were done by four summarizing scriptors (volunteers) who sit in the opposite side of the class room, thus far apart from the user. The 4 scriptors worked in two teams alternatively with 10 minutes intervals. Key Words:Note-taking, Information Ensuring, Summarizing Display, Summarizing by PC Display, Volunteer