医療と癒しのアート―􀀕附属診療所ギャラリー開設に寄せて􀀕― 筑波技術短期大学保健管理センター1) 同デザイン学科2) 同機械工学科3) 同附属診療所4) 深間内 文彦1) 永井 由佳里2) 荒木 勉3) 青柳 一正4) 要旨 : 本学附属診療所は、東洋医学と西洋医学を統合し、病める人それぞれの視点に立ち最も効果的な医療が提供できるようにスタッフ一同努めている。平成14年6月、診療所待合室や廊下の壁を利用してギャラリーがオープンした。本稿では、絵画や音楽などのアートがこころや身体に及ぼす影響やホスピタル・アートについて概説した。 キーワード : 附属診療所ギャラリー、こころと身体、芸術療法、ホスピタル・アート 1. 「附属診療所」と「ギャラリー」  本学附属診療所は、平成3年に理学診療科(リハビリテーション科)として設置され平成4年4月より診療を開始した。視覚障害系鍼灸学科の学生のための臨床実習の場であり、教官研究の場として機能するとともに、東洋医学(漢方・鍼灸)と西洋医学を統合したユニークな医療機関として地域医療に貢献してきた。スタッフ一同、常に「病める個人」全体を視野に入れた「全人的医療」の実践を心がけている。現在、専門医師による診療部門として、内科一般、漢方、整形外科、神経内科、小児科、精神科、心療内科の各外来診療とともに鍼灸診療部門として鍼灸の外来施術が行われている。他に画像診断部門、機能検査部門、薬局、看護部、事務部門により附属診療所は構成されている。  平成14年、当時の会計課長であった松澤 登氏の発案で附属診療所内にギャラリーを開設することが決まり青柳 一正診療所長をはじめとするプロジェクトチームが組織された。このギャラリー開設の目的は、患者さんやご家族の方々に少しでも心なごめる雰囲気を提供し、よりよい医療の向上に寄与することであった。附属診療所は本学と地域住民との数少ない接点の一つであり、このギャラリーを通じて地域の患者さん方が附属診療所に親しみを抱き、本学に対する理解を深めていただければ望外の成果といえよう。具体的には診療所待合室、廊下等の壁を利用し、本学教職員・学生が自主的に制作した絵画・写真・イラストなどを一般に公開する手作りギャラリーとした。本学教職員や学生にとっては自分の作品を積極的に公開する場としても利用できる。ギャラリーは平成14年6月26日にオープンし、その後平成15年11月に入れ替え作業を行い、さらに平成16年4月には2回目のリニューアルに至っている。治療に訪れる患者さん方からは「明るいイメージになった」「心が安らぐ」と概ね良い評判をいただいている。中には熱心に展示物一枚一枚時間をかけて鑑賞されている方もいてプロジェクトメンバーとしてはうれしい限りである。  なお、このギャラリーは、本学ホームページの「TCTウェブギャラリー紫峰」をヒントにプロジェクトを立ち上げた。筆者は「TCTウェブギャラリー紫峰」が開設されるにあたり以下のようなコメントを掲載した。  “この展示館は、筑波の四季折々の風景や人々の営みをテーマに開設されました。あなたの疲れた心と体を癒してくれるやさしいギャラリーです。  メンタルヘルスでは、「1/fのゆらぎ」という言葉を目にします。これは、ろうそくの炎、小川のせせらぎや木々の間を通り抜ける風の音、早春のそよ風に揺れる窓辺のレースのカーテンなどの心地よいゆらぎを指します。体のリズムと同じリズムである「1/fのゆらぎ」の刺激を与えることにより、人は快適になれるのです。  私たちは、美しい筑波の自然の息づかいに触れ、ともすれば乱れがちな心と体に、本来の生命(いのち)のリズムを取り戻したいと思います。ボランティア活動を通じて、新しい自分を発見し、思いやりの心を育(はぐく)んでいきたいと思っています。”  快適なアメニティの中で暮らすこと、あるいは感動的な絵画や音楽を鑑賞し気分が癒されることは、健康にもよい影響を与えることがこれまでもイメージとして理解されてきたが、今や心理状態や性格が健康状態と深い結びつきがあるという科学的事実が蓄積され次項で紹介するような新しい学問分野が確立されている。 2. 「こころ」と「からだ」  こころの状態が神経系や免疫系・内分泌系と連関して身体疾患の発病や経過に複雑に関与していることが科学的に検証され、「精神神経免疫学」という学問分野が打ち立てられた。「病は気から」と言われるが、ウイルスや細菌などによる感染症、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、ガンの発病などにおいてもこころの状態が大きく影響していると言われる。  生体に備わっている免疫系はご存じのように外部から侵入した病原微生物や異物に対して防御作用を発揮する。その機構は何重にも調節された複雑なフィードバックシステムである。一方、人がさまざまなストレスを受けると脳の視床下部-下垂体系を中心に自律神経系と神経内分泌系の反応を介して数多くのホルモンやサイトカインの産生・放出が変化し免疫機能の抑制や破綻をきたし、その人にとって脆弱とされる器官に病気が発生する可能性がある。注目すべきは、細菌やウイルスのような外部からの異物の侵入に対するものであれ、心理的なストレスを受けた場合であれ、生体がそれに対して応ずる免疫システムには共通点があるということである。例えば重度のうつ病の患者では免疫細胞の機能が有意に低下しているという報告があるし、ガン発症の危険率を高める性格傾向として、不安や悲哀などの不快な感情をこころの奥に抑圧し心理的に孤立しがちなタイプや対人関係に敏感で自己主張が苦手なタイプなどが挙げられる。もちろん、ガンが心理的要因だけで発生するものではないことは言うまでもないが、ガンも生体にとっては異物であるからには複雑な免疫システムをすり抜けて増殖していく過程において心理的要因による免疫監視機構の動態は無視できないと思われる[1]。  他方、ガン患者に対する心理的支援やストレスの軽減は予後を大きく左右する。患者のガンに対する前向きな姿勢が、日々の生き方を変えていくだけでなく、ガンの転帰を変えうるということである。医療者と患者の出会いと信頼が時に常識を超えた奇跡を生むこともありうるのである。 写真1.附属診療所ギャラリー 3. 「こころ」と「アート」  精神医学や心理学では、カウンセリングという「言葉」に依拠した治療が主体であると思われがちであるが、言語以外のものを媒体とした精神療法や心理療法も見過ごせない価値をもっている。言語以外の重要な要素として、感覚、感情、イメージ表現などを媒体として利用する「芸術療法」と言われるものがある。これは患者や相談者が主体となって行うものであるが、「医療と癒しのアート」というテーマに関わることであるので簡単に触れておきたいと思う。芸術療法(アートセラピー)は、数ある心理療法の中の一つの分野であり、絵画療法、音楽療法、箱庭療法、陶芸、粘土、彫刻、コラージュ、演劇、詩歌、俳句、ダンスなどが含まれる。深層心理や人格を知る手掛かりとして精神分析的側面をもつものからレクリエーションとして組み込まれているものまでその応用のされ方もさまざまであるといってよい。その中でも絵画療法は歴史が古く、膨大な研究成果の上に評価が定まっているといってよいだろう。  芸術療法というと「美」や「芸術性」を希求し、いかに完成度を高めるかというような誤解が生じやすいために「表現療法」と呼ばれることもある。アートセラピーの起源は古代ギリシアのアリストテレスまで遡り、心の奥底に抑圧されていた感情を絵画や音楽で表現することによって心の浄化作用(カタルシス)がもたらされると記録されている。  絵画療法には自由画法といって題材を自由に選んで描いてもらう方法と課題画法といって何らかの指示を与えて描いてもらうやり方がある。絵画療法にしぼるとその特徴を次のようにまとめることができる。 (1)誰でも比較的抵抗なく取り組むことができる。 (2)五感を通して感性を活性化し、自分のもつ能力の新たな発見につながることがある。 (3)作品が形として残るので経時的変化をあとから振り返ることができる。 (4)言葉によるコミュニケーションが苦手な子供や高齢者、心身の障害により言葉によるコミュニケーションが困難な人にも適している。 (5)もともと自分の感情を言葉で面と向かって他人に伝えることが苦手な人でも緊張を強いられることなく自由な表現をすることができる。 (6)言葉による日常表現や行動の裏に隠された意外な一面が一枚の絵に象徴的に表れることがある。 (7)創造や制作の喜び、達成感、開放感が得られると生活全般へプラスの波及効果を及ぼす。 (8)作品を通して他人とのコミュニケーションを拡げるきっかけがもてる。  以上のような絵画療法の利点が理解され、病院や老人養護施設、スクールカウンセリング、終末期医療(ホスピス)の現場などでアートセラピーの適用は拡大している[2]。例えば、筑波記念病院の痴呆老人デイケア施設では絵画、音楽、陶芸などに触れ、患者自身の過去の記憶や体験を呼び覚ますことで脳の機能を高めるための治療プログラムを実践している。あくまで技巧を問題にするのではなく、自由な雰囲気の中で思いのままに自己表現ができることが大切である。  また、子供たちが描く絵には、言葉にならないこころの叫びや痛みが無意識に投影されるケースがある[3]。筆者も絵画療法や箱庭療法をカウンセリングの補助的手段として用いてきたので別の機会に紹介したいと思っている。どのセラピーであれ限界をしっかり認識した上で適用されるならば、さまざまなジャンルにおいて効果が期待できるであろう。 写真1.附属診療所ギャラリー 4. ホスピタル・アート  一昔前の病棟の風景といえばどうであったろう。高い天井から垂直に下がった蛍光灯、ところどころヒビがはいりシミのついた白壁、窓の下には銀色のスチーム暖房、消毒薬の臭いのするベッド、ガラガラと音を立てて台車が通り過ぎていく廊下、古びたビニール張りの長いすが並んだ外来待合室、名前を呼ぶ大きな受付のアナウンス、どこまでも続く殺風景な廊下、壁の張り紙。無機的な構造物は患者の不安をより一層増幅させる。  「癒しと安らぎの環境」フォーラム(実行委員会名誉会長: 日野原重明・聖路加国際病院理事長)は、医療施設等にアート(美術・音楽など)をとり入れることにより、患者の方々にとって、快適で安らぎのある環境、癒しの環境になることを目指して平成14年に設立された。この目的を促進させるため、「癒しと安らぎの環境賞」を創設し、アートをとり入れた斬新な活動をしている医療施設等を顕彰している。 聖路加国際病院 (東京都中央区明石町9-1) 「第一回 癒しと安らぎの環境賞」の特別賞を受賞している。明治35年、米国聖公会の宣教師で内科医であったルドルフ・トイスラー博士によって創設され、創立以来の目標は、キリスト教精神の下に、患者中心の医療と看護を行うことにある。基本方針には、キリスト教精神の「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」の黄金律を日常の診療・教育・病院管理の活動の中に具現し、人間としての尊厳とQOL(いのちの質)を重要視し、全人的医療を行うこととある。院内の礼拝堂は入院・外来の患者、家族、病院関係者の祈りの場として活動を続けている。日曜学校を含めると毎週約100人前後の人々がチャペルに集まり祈りを捧げるという。 青梅慶友病院 (東京都青梅市大門一丁目681番地)  病院とは思えない広々とした清潔な生活空間、家具や調度品への気配り、四季の移ろいを見事に彩る遊歩公園、定期的なコンサートの開催や各種レクリエーションなどのソフト面での工夫、痴呆患者に対しても尊厳をもった職員の接し方など、すべての入院患者が豊かな晩年を過ごせるようきわめて高いクオリティーをもった老人介護施設である。エントランスホールの田村能里子氏の壁画「春秋遊々」が圧倒的な輝きを放ち、生きる希望を与えられる。 国立成育医療センター (東京都世田谷区大蔵2-10-1)  成育医療(小児医療、母性・父性医療)の高度専門医療センターとして平成14年3月に開設された。当センターの「こどもと家族の憲章」の中で、「こどもたちは、不必要な入院、医療的処置や検査からまもられること、こどもたちには、いつでも親または親に代わる人が付き添うことができること」と謳われている。  エントランスホールの受付後ろにあるシースルーエレベーターが印象的で、高い天井からは色とりどりのオブジェが吊り下げられている。プレイコーナーや機関車など、さながら遊園地のようである。威圧感を一切排除し、白衣を身につけた職員がホールを歩く姿は見られない。  米国においては病院の壁に描かれた絵が心と体に癒しをもたらし、治療に望ましい効果をもたらすと提案するNPOの活動が80年代からある。ホスピタル・アート財団が84年に設立され、世界60カ所、250を超える医療機関に絵を送る活動が展開されている。日本においても病院の雰囲気は医療技術と同様に治療上重要な要素であると考える医療機関が増え同様の取り組みが拡大している。  現代医療は2つに大別されると思う。遺伝子治療や臓器移植に代表される最先端医療と呼ばれるものでいわば「攻め」の医療である。もう一方は、医療の限界を知り後遺症や障害を「支える」医療であろう。今は健康を誇っている人もいつか必ず癒され援助が必要となる時が来る。医学の祖と称されるヒポクラテスから2500年を経て医療は混迷を増すばかりである。本学附属診療所が全人的医療の見本として新たな展開を迎えることを願ってやまない。 写真2.青梅慶友病院・壁画 写真3.青梅慶友病院・遊歩公園 写真4.国立成育医療センター・エントランスホール 写真5.国立成育医療センター・プレイコーナー 参考文献 [1]神庭 重信: こころと体の対話, 第1版, 文春文庫,東京, 1999. [2]山中 康裕: 表現療法, 第1版, ミネルヴァ書房, 京都, 2003. [3]絵で分かる子供の心, Yomiuri Weekly, 2004年1月18日号:90-92. Art in Hospital- Gallery in College Clinic - FUKAMAUCHI Fumihiko1) NAGAI Yukari 2) ARAKI Tsutomu 3) AOYAGI Kazumasa 4) 1)Health Service Center, Tsukuba College of Technology 2)Department of Design, Tsukuba College of Technology 3)Department of Mechanical Engineering, Tsukuba College of Technology 4)College Clinic, Tsukuba College of Technology Abstract : The gallery of clinic in Tsukuba College of Technology was established in June 2002. The long term goal of the project was to demonstrate the positive role which the arts can play in the quality of care for patients in the health service. Mind plays an important role in controlling our immune system. Stress can affect the immunity and the susceptibility of catching diseases by means of the mind-body connection. The central nervous system may coordinate both behavioral and immunologic adaptation during stressful situations. The implication is that mind-body interventions can be used to our advantage in improving our immune system. What all previous research observation shows is the importance of keeping a positive outlook on life in order to have an effective immune system. We also need to learn to relax and keep stresses to a minimum. Art, music, relaxation, and other stress management therapies have been found to be useful in modulating immune response and preventing diseases. Key Words : Gallery in clinic, Mind and body, Art therapy, Hospital art