IT用語の手話アニメーションのWebでの公開 筑波技術短期大学電子情報学科情報工学専攻1) 同卒業生2) 長谷川 洋1) 寺井 梓2) 竹中 佐和2) 要旨:IT用語の手話の開発は、聴覚障害をもつコンピュータ技術者によって行われており、手話の普及は、書籍の形での出版によっていた。しかし、商業出版は採算という壁があり、容易ではない。さらに、現在のように技術革新のスピードが速く、新しい用語が次から次に出てくる状況では、書籍出版では時間が掛かり、間に合わないという問題もある。そこで、本研究では、開発された手話をWebで公開することを試みた。この場合は、書籍の場合と異なり、動画で手話を公開することができる。ただビデオ画像では、ファイルのサイズが大きく、ダウンロードに時間がかかるので、ファイルサイズの小さなアニメーションを用いた。採用したものは、三次元アニメーション作成ソフトMimehandであり、これによって作成されるアニメーションファイルは、サイズが小さく、素早いダウンロードが可能である。さらに三次元であるから、いかなる方向からも手話を見ることができる。約500語のIT用語の手話をアニメーション化し、Webで公開した。 キーワード:IT用語、手話、3Dアニメーション、Web、インターネット、聴覚障害 1. 緒言  専門用語の手話は、その世界で働く聴覚障害者にとって、また筑波技術短期大学のような専門教育の場などにおいても重要である。コンピュータ・ITの世界では、技術の進歩が非常に早く、新しい用語が次々と出現するので、毎年10~20語程度の手話を開発していく必要がある。また「ブロードバンド」のように専門用語と思われていたものが、「新語流行語大賞」に選ばれる(2001年)など、日常語に変化していく速度も速い。そうしたことから、早急な手話の開発と迅速な公開が求められる。  これまでこうした手話は、聴覚障害者でコンピュータ関係の仕事に従事している人たちの会である日本聴覚障害者コンピュータ協会が中心となって開発を進めてきており、開発された手話は書籍の形で公開されてきた。しかし、書籍の形での公開は、出版社を経由する場合は、採算に関する出版社の判断に左右される。こうした特殊な分野の手話の本に対しての需要は低いので、容易に出版できないという問題がある。また、校正を繰り返すなどの手順の関係から、出版まで半年程度の期間を見込まなければならない場合が多い。さらに紙ベースでの公開はどうしても二次元静止画での公開となり、手話のような動きのある手話の伝達としては情報が不足する。これまでこのようにして開発された手話に対する評価が、間違った形で伝わった手話をもとに行われた例があることからも明らかである。手話通訳者から間違った形で伝わった手話で通訳される場合も少なくない。  そこで、手話の公開をWebサイトで行えば、こうした問題が解決されるのではないか? 第一に、迅速な公開が可能であるし、出版社の採算に左右されることもなく、随時公開できる。第二に、動画で公開すれば、静止画と比べより正確に伝達することが可能である。  一方現在Webでの手話動画の公開は、ほとんどビデオ画像という形である。これは、手話を撮影し、編集し、圧縮するだけなので、比較的容易にできる。ただ欠点は、圧縮してもかなりファイルサイズが大きいので、ダウンロードに時間がかかるという点である。もう一つの欠点は、三次元画像ではないので、画面の奥行き方向の動きが明瞭に伝わらないことである。  そこで、本研究では、三次元アニメーションでの公開を試みた。この場合のメリットは、1)動画での公開であるから、書籍の場合と比べて、動きが明確に伝わる。2)三次元動画であるため、ビデオ画像と比べて、奥行きなどの動きも自由に確認することができる。3)ファイルの容量が小さいので、ダウンロードが非常に迅速に行えることである。  こうしたWebサイトを利用すると予想されるのは、1)コンピュータ関係の仕事をしている聴覚障害者、2)IT関係の講演会などの通訳を依頼された手話通訳者、3)筑波技術短期大学、身体障害者職業訓練学校、ろう学校などのように手話を使って、聴覚障害者に教育をしている教官、学生、4)まだわずかと思われるが、一般大学などで手話通訳のサポートを受けている学生や手話通訳者、などである。 2. 背景  30年前の1970年代では、聴覚障害者の仕事としては、ろう学校に職業科のある木工、印刷、デザイン、被服、機械などが多く、コンピュータ関係の仕事をしている聴覚障害者は非常に少なかった。しかし、その後急激に増えて、非常に多くの人が携わるようになってきた。プログラマーなど専門の仕事をしている人でも400人は超えると思われる。この他にコンピュータを道具として使っている人は、企業で働くほとんどの人が該当しよう。そうした人たちにとって、コンピュータ用語の手話は仕事の上でのコミュニケーションや、手話通訳のサポートを受ける際に重要となる。また筑波技術短期大学のような専門教育の場で、手話による教育を行う際にも重要となる。  筑波技術短期大学が設立され、最初の入学生を迎えるにあたり、1989年同大教授の小畑修一は、アメリカで出版された当時唯一のコンピュータ用語の手話辞典”Signs for Computing Terminology”[1]を翻訳し、「コンピュータ用語の手話」[2]として出版した。これは日本で初めて出版されたコンピュータ用語の手話辞典である。ただ出版された時点で、すでに原著の出版から7年を経過していたため、含まれていないコンピュータ用語がかなりあった。また手話はアメリカのものをそのまま紹介したものであるから、日本で用いるには無理なものも含まれていた。日本とアメリカの手話(American Sign Language, ASL)は、語彙としてもかなり異なる。例えば、saveの手話は、日本の手話では「小」という意味の、installの手話は「主」という意味の、enterの手話は「しまう」という意味の手話となるなど、日本の手話と一緒に使うと混乱を持ち込むことになる。またアメリカの手話表現では、指文字をそのまま使うものも少なくない。FORTRAN、BASIC、CPU、CODEなどのコンピュータ用語として基本的なものが、指文字で表される。アメリカの指文字は日本の指文字と異なっており、当時の日本の聴覚障害者のほとんどはアメリカの指文字を習得していなかった。このようにアメリカで開発された手話をそのまま日本で使うのは、無理があることが分かった。  日本聴覚障害者コンピュータ協会(当時は「聴覚障害者コンピュータの会」と称していた)では、会が創立されて、3ヶ月後に手話研究部を立ち上げ、手話の開発に着手した。5年後の1996年に、開発した約600語のコンピュータ用語の手話を「コンピュータ用語の手話」にまとめ、出版した[3]。これは、日本で開発されたコンピュータ用語の手話辞典としては、初めてのものである。  その後も、新しい用語に対応する手話を開発し続けていたが、なかなか出版できずにいた。一方2000年から2001年にかけて、政府の後押しもあり、各地で聴覚障害者向けのIT講習会が開かれた。講師を担当する人たちから、日本聴覚障害者コンピュータ協会にコンピュータ用語の手話についての問い合わせが相次いだ。そこで、時間をかけずに出版するために、版下までを会で作成し、印刷・製本のみを外注する形で2001年末に「コンピュータ用語の手話 入門編」を出版した[4]。これは、前に出版した「コンピュータ用語の手話」の中から、今もよく使われる基本的な用語を約130個選択し、それに新しく開発した手話を約140個付け加えて、全部で約270語の手話を掲載した。新しく開発された手話は、コンピュータ用語だけではなく、携帯電話、放送用語関係の語彙も含み、いわゆるIT用語の手話辞典となっている。 3. 目的  書籍での出版は、出版社の意向など種々の問題があることを既に述べた。出版社が引き受けない場合は、自費出版とならざるを得ない。この場合は、広く全国の書店に展開することはできないので、どうしても販路が狭くなり、一部の人にしか広まらないことになる。  できるだけ多くの人に知ってもらい、同時に素早く広めるためには、インターネットのWebの利用が考えられる。この場合の手話の画像データについては、いくつかの種類が考えられ、それをまとめたのが、表1である。  最初の「イラスト」は、書籍などにある静止画のことであり、「パラパラ漫画」というのは、本をパラパラとめくると描かれた静止画が動いているように見えるのと同じ原理で、静止画を何枚か用意してタイマーで動かす形で、動画を実現するものであるが、どちらもイラストを描く必要があるので、一定の描画技術が必要であり、また手間もかかる。最後の列にある「Web」の適否は、単にファイルの大きさで判定したものである。あまり大きなファイルは、ダウンロードに時間がかかり、アクセスされにくいという意味で適当でないとした。「ビデオ画像」は、作成手間もかからず、作成技術もほとんど不要であるが、ファイルサイズが平均350KBと大きい。一方、「3Dアニメ」は作成技術も少し必要で、手間もかかるが、一旦作ってしまえば、ファイルサイズも平均70KBと小さく、公開に適しているとした。  そこで、本研究では、比較的ファイルが小さく、三次元での表現が可能なMimehandでのアニメーションを採用した。 表1.手話の画像データの特徴とWebでの公開の適否 4. 手話アニメのWeb公開へ向けたシステム構築 4. 1 三次元アニメーションを含む電子手話辞典  最初はスタンドアロンのパソコンで使用する手話辞典として開発を始めた。濱野ら[5]が、まず静止画、パラパラ漫画、ビデオ画像を見ることができる手話辞典を開発を試みた。Visual Basicでのプログラミングで、用語の50音順での検索ができ、その画像を表示する電子手話辞典を構築した。静止画は、書籍「コンピュータ用語の手話」からコピーし、ビデオ画像は撮影により比較的容易に作成できたが、パラパラ漫画は、それなりの技術を持った人に依頼する必要があり、10語程度しか辞書に入れることはできなかった。  続いて、寺井ら[6]が、Mimehand Iによる三次元アニメーションによる動画をこの辞書に付け加えることを試み、成功した。竹中ら[7]が、その後300語程度のアニメーションを作成し、付け加えた。 4. 2 三次元アニメーションのWebでの公開  こうした電子手話辞典では、広範な頒布は難しいし、新しい手話の辞典への追加なども簡単ではない。そこで、Webでの手話アニメーションの公開を検討した。アニメーションの場合、1)三次元アニメーションであること、2)比較的容易にアニメーションを作ることができること、3)ビューワが無料でダウンロードできるものであることが、条件となる。Mimehand Iはこの条件を満たしている。しかし、Mimehand IIは無料でダウンロードできるビューワがない。Mimehand Iは、すでに電子手話辞典のために作成したものがあるし、これに新しい手話を付け加えることで、公開が可能になると考えた。 4. 2. 1 Webサーバの構築  将来的には、1000語を越える手話アニメーションを掲載することになり、かなりの領域を必要とするので、独立したサーバを置くことにした。Dell社の無停電電源装置付きのPowerEdge 1600SCをそれに当てた。PowerEdge 1600SCの仕様は、下記の通りで、ハードディスクを2個保有し、クラッシュに備えている。 CPU:Xeon 2.0GHz 512kBキャッシュ メモリ:512MB×2 HDD:36GB+73GB SCSI OSとしては、Red Hat Linux 7.3を採用した。 4. 2. 2 Webプログラム  50音順で検索する場合、手話数は500程度なので、全ての用語を表示するのは煩雑となる。そこで、あ行、か行、・・・、わ行、英語・特殊文字に分けて、それぞれの一覧を表示することにした。こうしたWebは手話通訳者などコンピュータ用語に馴れていない人も利用すると考えられるので、単に手話を示すだけではなく、その用語の意味や解説を示す方がより親切であろう。そこで、その用語にマウスポインタがかかれば、用語の意味を表示するようにした。  手話アニメーションのファイルは、1,2秒でダウンロードできる。そのファイルをクリックすると、ビューワが立ち上がり、手話アニメーションを見ることができる。キャラクターは回転させることができるので、いずれの方向からも手話を見ることが可能である。  Mimehand I用のビューワは、かつては日立製作所のホームページから無料でダウンロードできたのであるが、2003年にはダウンロードを停止していた。そこで、日立製作所に、ダウンロード用のMimehand I用のビューワの提供を求め、それを筆者のホームページから無料でダウンロードできるようにすることについても認可を得ることができた。 5. 結果と考察 5. 1 手話アニメーションの作成  Mimehand Iでの手話アニメーションの作成は、ある程度の技術が必要である。ただVRMLのようにプログラムを作成して、アニメーションを作るのとは違い、キャラクターを見ながら作成できると言う利点はある。それでも、腕や指を曲げるときに角度を指定したりする必要があり、全ての関節に適当な値を指定するのは、かなり面倒ではある。また別の手話の腕や指の形をコピーすることができないとか、右と左の腕の動きが異なる手話などを作るときは、かなりの工夫が必要である。補間などは可能なので、この点は非常に便利である。 5. 2 Webサイトでのダウンロードと問題点  Webサイトには約500語のIT用語の手話のアニメーションを搭載した。ブラウザとして、Internet Explorer V6.0、Netscape V4.78以上なら、対応している。 (図1-1,1-2参照)  しかし、問題が一つ発生した。それは、ビューワの設定の関係で、ブラウザに表示されている用語をクリックすれば、そのままビューワが立ち上がって手話アニメーションを見るという使い方ができないことである。一般にブラウザでダウンロードしたファイルは、例えば、C:¥WINDOWS¥Temp¥Temporary Internet Fileなど「Temporary Internet Files」に格納される。しかし、今回のビューワは、自分で決めた特定のフォルダにファイルがある場合のみ、正しく作動するように設定されており、ファイルが上記のフォルダにある場合は正常に作動しない。そこで、現在は、一旦ビューワが定める所定の場所にアニメーションのファイルを格納し、しかる後に、格納したアニメーションファイルをダブルクリックして、ビューワを立ち上げ、アニメーションを見る形で使用している。  これで手話アニメーションを見ることは可能ではあるが、ダウンロード、ファイルの立ち上げと二段構えで使う不便さが残る。現在ビューワの提供者である(株)日立製作所にこの改善を申し入れており、近いうちに改善される予定である。 図1-1.WebサイトをInternet Explorer V6.0で開いたときのトップページ 図1-2.図1-1の用語リストの部分の拡大図。マウスポインタで用語解説がみられる。 図2.ビューワでの手話アニメーションの表示 6. 結論 1) IT用語の手話アニメーションを約500個作成した。 2) Webサーバを立ち上げ、その手話アニメーションを 公開した。 3) アニメーションのファイルは小さく、素早いダウンロードが可能である。 4) 用語の解説も、マウスボタンで読むことが可能である。 5) これによって、開発したIT用語の手話をすぐに、 広く公開することが可能となった。 6) ただ現在ではビューワに問題があり、ダウンロードとファイルの立ち上げと二段階の処理が必要である。 7.今後の課題  今後は、開発された手話を素早くアニメーション化する体制を作り、このサイトを充実させる予定である。  またビューワの問題については、(株)日立製作所が改修を行っており、webページで用語をクリックするだけでアニメーションを見ることができるようになる見通しである。  一方、このMimehand Iでのアニメーション開発は、かなり高度の技術と経験を必要とするので、もっと容易に三次元アニメーション手話を作成する方法を開発していく予定である。 *本研究では、Webサーバの立ち上げでは、本学電子情報学科情報工学専攻の西岡 知之助手の協力を得た。またホームページの作成では、日本聴覚障害者コンピュータ協会・手話研究部のメンバーの協力を得た。記して、謝意を表する。 参考文献 [1] S. L. Jamison: “Signs for Computing Terminology”, The National Association of the Deaf, 1983 [2]小畑 修一訳:「コンピュータ用語の手話」筑波技術短期大学、1989 [3]長谷川 洋監修:「コンピュータ用語の手話」第1版、聴覚障害者コンピュータの会編集、中央法規出版、東京、1996 [4]長谷川 洋他:「コンピュータ用語の手話 入門編」第1版、日本聴覚障害者コンピュータ協会編集、東京、2001 [5]濱野 賢一、長谷川 洋:「種々の画像ファイルを用いた手話辞典システムの構築とその比較」、筑波技術短期大学電子情報学科情報工学専攻1998年特別研究,1999 [6]寺井 梓、長谷川 洋:「3Dアニメを用いた手話辞典の作成とWWW上での公開」、筑波技術短期大学電子情報学科情報工学専攻1999年特別研究,2000 [7]竹中 佐和、長谷川 洋:「3Dアニメを用いた手話辞典の作成とWWW上での公開」、筑波技術短期大学電子情報学科情報工学専攻2000年特別研究,2001 Publication on Web of 3D-animations of Signs for Computing Terminology HASEGAWA Hiroshi1) TERAI Azusa2) TAKENAKA Sawa2) 1) Information Science Course, Department of Information Science and Electronics, Tsukuba College of Technology 2)Graduate of the Above Course, Tsukuba College of Technology Abstract: The signs for computing terminology have been developed by Japanese Computer Association of the Deaf and published in the form of books. However the publication in the form of books is not so easy because of the economic judgement of publishers. In addition, slow publication in the form of books is not able to catch the high speed of technological innovation and successive birth of new technical terms. The publication on web is, therefore, tried in the present study, where display of video and animation are possible. The average size of video files for signs is considerably large, 250KB, and these files are not downloaded so lightly. So, the authors have adopted 3D-animation, Mimehand I, which produces animation files of signs with about 70KB in average. In addition, the signs are looked from any direction as they are 3D. The authors have published about 500 signs for computing terminology on web in the form of 3D-animation. Key Words:computing terminology, signs, 3D-animation, web, internet, deaf and hard of hearing