盲導犬の切手 大沢秀雄 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:盲導犬の切手について概説した。世界で最初の盲導犬の切手はザールより1926年に発行された。近年は,働く犬切手の1種として発行されることが多い。 キーワード:盲導犬,視覚障害,郵便切手 1.はじめに 1840年,イギリスから最初の郵便切手が発行され,我が国では 1871年に発行された。切手の本来の目的は郵便料金の前納の証紙であるが,国家が発行していることから,発行する国や地域の歴史・地理・自然・文化,そしてその時々の政策や経済情勢が強く反映されることが報告されている[1]。 筆者はこれまで,史料としての郵便切手(その他の郵便物を含む)を分析し,視覚障害者及び聴覚障害者教育の歴史や現状について調査研究を行い,その成果を障害者教育の専門雑誌 [2],郵便関係の専門雑誌 [3,4]に報告すると共に,単行本 [5],国内外の切手展 [6,7,8],オープンキャンパスや学園祭などの機会を通して広く公表してきた。 2018年 11月3日,筑波技術大学春日祭(学園祭)において,盲導犬のなお一層の普及・啓発を図る目的で,筑波技術大学盲導犬切手展を開催した(後述)。そこで本切手展で展示した盲導犬切手(郵便物も含む)について,盲導犬の歴史,犬種,役割などにしたがい解説する。 2.盲導犬の歴史[5~ 8] 人間と暮らし始めた最も古い動物は犬である。犬が視覚障害者を誘導する歴史は古く,ポンペイの壁画には視覚障害者が犬に導かれて市場を歩く様子が描かれている。1819年に,オーストリアのヨハン・ウィルヘルム・クライン神父がウィーンに盲学校を設立し,盲導犬の研究を行った。 第 1次世界大戦中,ドイツ枢密顧問官ゲルハルト・スターリングを会長とするオルデンブルク軍用犬協会で軍用犬を訓練していたが,戦争の進展に伴い失明軍人の増加する状態をみて,スターリングは犬を盲人の手引きと使用することを考えつき,盲導犬として犬を教育する訓練方法を案出した。1916年に盲導犬の訓練のみを目的としたオルデンブルク盲導犬学校が設立され,系統だった訓練が行われるようになった。第1次世界大戦後の 1923年には,ドイツのポツダムに国立の盲導犬学校が設立され,第一次世界大戦で,失明した軍人の社会復帰に貢献した。図 1は 1921年(通信面の消印による)当時のオルデンブルク盲導犬学校の盲導犬の絵葉書である。1927年頃には,ドイツ国内で 4000人もの盲導犬ユーザーがいたと言われている。 図1ドイツ・オルデンブルク盲導犬学校の盲導犬の絵葉書(50%)。 ハーネスは使用されておらず,リードのみである。通信面に1921年の消印がある。(筆者所蔵) 図2 ザール(1926) 図3 アメリカ(1979) 最初の盲導犬の切手は 1926年にザールから 4種の寄付金付きの切手のうちの 1種として発行された(図2)(注;ザールは現在のドイツ・ザールラント州に相当。第 1次大戦後のベルサイユ条約に基づき1920~1935年の15年間,国際連盟が管理した。その後,住民投票によりドイツに帰属した)。さらに 1927年にも同一図案の加刷切手としても発行されている。この盲導犬の切手にはハーネスは描かれず,リードのみである。 アメリカでは 1925年,軍用犬訓練事業研究のためにドイツを訪れたドロシー・ユースティスはドイツにおける盲導犬の活躍を1927年 11月5日のイブニング・ポスト紙に紹介した。これに刺激を受けたモリス・フランクという盲青年がドイツについで盲導犬事業を行ったスイスに渡り,犬と一緒に訓練を受けた。1929年 1月にニュージャージー州モリスタウンに,The Seeing Eye(盲導犬訓練学校)を設立した。このSeeing eye 50周年の記念切手が 1979年に発行されている(図3)。 イギリスでも欧州各国における盲導犬事業の発達に関心を寄せ,1930年に盲人の事業関係者と犬の事業関係の代表者によって盲導犬委員会が組織され,1931年にウォレセイに盲導犬訓練所が開設した。国際障害者年に当たる1981年は,盲導犬訓練センター開設の 50周年にも当たり,切手の発行と合わせてその所在地のウォレセイで初日記念印が使われた(図 4)。 図4 イギリス(1981),国際障害者年 日本では 1939年にドイツのポツダム盲導犬学校より4頭の盲導犬を輸入し,日中戦争で失明した軍人が使用したが,その死亡後は途絶えた。現在,このうちの1頭の剥製が,日本盲導犬協会富士ハーネスに展示されている[9]。 国産の盲導犬は1957年に塩谷賢一氏により,盲導犬チャンピーが誕生した[10]。 名古屋桜郵便局の風景印には1982年1月25日に交通事故から主人を守ったことで,全国に大きな反響を呼んだ盲導犬サーブとその供養碑が描かれている(図5)。 図5 名古屋桜局・風景印盲導犬サーブと盲導犬供養碑 3.盲導犬の犬種[5~ 8] 盲導犬に使用される犬種としては,ジャーマン・シェパード,ラブラドール・レトリバー,ゴールデン・レトリバーである。盲導犬切手に登場している犬種はジャーマン・シェパードとラブラドール・レトリバーが殆どである。 3.1 ジャーマン・シェパード 初期の盲導犬からジャーマン・シェパードが用いられた。ドイツ原産の犬種で,知的で,忠誠心と服従心に富み,訓練を好む性格から種々な作業犬として訓練が容易である。このため,救助犬・軍用犬・警察犬・麻薬探知犬など,特殊訓練を必要とする作業犬として使われている。ジャーマン・シェパードを描いた盲導犬の切手は,これまで 12種類発行されているが,1980年代までの盲導犬切手に多い。図 6・7に代表的なジャーマン・シェパードの盲導犬切手を示す。 図6 ルーマニア(1982) 図7 ハンガリー(1986) 3.2 レトリバー・ラブラドール ラブラドール・レトリバーは,イギリスの上流階級の人達の狩猟犬として,水陸両用の射撃後の獲物を捜索して,主人のもとへ運搬してくる犬として発展した。作業に対する忍耐強さ,優れた判断力,忠誠心,攻撃性が少ないなどの観点から,盲導犬などに使用されるようになった。ラブラドール・レトリバーを描いた最初の盲導犬切手は 1971年にオーストラリアから発行された(図8)。1926~ 2008年で 24種類発行されており,近年発行されている盲導犬の切手の殆どはラブラドール・レトリバーである。 図8 オーストラリア(1971) 4.ハーネス[5~ 8] 盲導犬が体につけている白い胴輪をハーネスといい,ハーネスを通して盲導犬の動きが盲導犬ユーザー(使用者)に伝わり,安全に歩くことができる。 盲導犬と共にハーネスが描かれたのは最初の切手は1964年にオランダから発行された寄付金付き切手である(図 9)。また,白杖を描いた最も古い切手でもある。 図9 オランダ(1964) ハーネスの色は様々である。図 10のイギリス(2008)の切手は白・黄色,図 11のカナダ(2008)の切手(額面の点字エンボスあり)は黒である。国により規則が異なると思われる。わが国ではハーネスの色は白杖と同様に道路交通法施行規則によって白色又は黄色と定められている。 図10 イギリス(2008) 図11 カナダ(2008) 5. 白杖を使用しない・併用する [8] 1926~ 2008年に発行された盲導犬切手のうち,盲導犬とユーザーが一緒(手のみ描いた 4種も含める)に描かれている切手は 30種,盲導犬のみを描いたものが 5種である。 盲導犬とユーザーが一緒に描かれている切手 30種のうち,白杖を使用していない切手が 26種,白杖を併用している切手が 5種ある。これはそれぞれの盲導犬訓練施設の訓練方法の違いによるものである。 6. 盲導犬の役割[5~ 8] 盲導犬の使用によって盲人は行動範囲が拡大する。盲導犬は道路の端を歩き,通常,盲人ユーザーの左側を歩く。図 12はこの状況を描いた切手である。 盲導犬は歩道上に障害物がある場合は回避する。盲導犬は横断歩道の渡り口まで行って停止し,そこでユーザーの指示に従う。図 13のオーストリア(1995)は,このような状況を描いた切手で,さらに信号機からの音を描いており,盲人用の音声信号機であることを示している(額面の点字エンボスあり)。アルゼンチン(2004),ベルギー(1998)の盲導犬切手にも横断歩道の渡り口を描いた図案が採用されている。 図12 スウェーデン(2001) 図13 オーストリア(1997) 家庭内での盲導犬はユーザーの心を和ませたり,安心させたりする。さらに,盲導犬を飼う事によってユーザー自身の生活が規則正しくなる,自立心が生まれてくるなどの効果もある。盲導犬切手のほとんどは野外での歩行を描いたものであるが,家庭内の盲導犬を描いた切手も3種発行されている。図 14のフィンランド(1954)は,盲人男性がカゴを編んでおり,傍らに盲導犬が描かれている(2番目に古い盲導犬切手)。図 15のオーストラリア(1995)にはヴァイオリンを演奏する盲人女性と盲導犬が描かれている。南アフリカ(2004)は録音テープを聞く盲人女性の傍らに盲導犬が描かれている。 図14 フィンランド(1954) 図15 オーストラリア(1995) 7. 働く犬としての盲導犬[5~ 8] 人間と暮らし始めた最も古い動物は犬である。愛玩動物としての存在だけではなく,人の暮らしを助ける警察犬,麻薬捜査犬,牧羊犬などの働く犬(Working Dog)としても重要である。盲導犬も働く犬をテーマとした切手の 1種として数か国で発行されている。図 16はマン島(1996)から発行された働く犬をテーマとした小型シートで,中央の切手には盲導犬が描かれ,シート余白に警察犬,狩猟犬,聴導犬が描かれている(初日記念印付き)。 図16 マン島(1996),働く犬,小型シート,70% 8.筑波技術大学盲導犬切手展の開催 2019年の全国障害者スポーツ大会(茨城県)2020年の東京パラリンピックに向け,盲導犬に対するなお一,層の啓発を図る目的で,2018年 11月3日,春日祭(学園祭)において筑波技術大学盲導犬切手展を開催した。盲導犬を中心に,視覚障害,聴覚障害に関する切手コレクションを展示した。主要な盲導犬切手は拡大提示した。 本切手展に合わせて,つくば作谷郵便局(石塚 誠局長)の臨時郵便局が会場内に設置され,小型印が使用された(図 17)。意匠は盲導犬(ラブラドール)を描き,墨点字で「もーどーけん」を記載した(意匠デザイン:公益財団法人日本郵趣協会土浦支部会員・大沢知子)[11]。 図17 筑波技術大学盲導犬切手展・小型印台切手は本切手展で作成したフレーム切手 謝辞 小型印の使用に関し,日本郵便つくば作谷郵便局・石塚 誠局長に心より御礼を申し上げます。 本文中に掲載の切手画像の縮尺は等倍です(図 16を除く)。紙の媒体にカラーで印刷した場合,郵便切手類模造等取締法に触れる恐れがありますので,ご留意下さい。 引用・参考文献(切手展作品を含む) [1]内藤陽介.切手と戦争 もうひとつの昭和戦史.新潮社.2004. [2]大沢秀雄.視覚・聴覚障害に関連した切手.筑波技術大学テクノレポート.2007;14(2):p.281-287. [3]大沢秀雄.視覚障害に関連する切手.切手の博物館研究紀要.2007;4:p.3-25. [4]大沢秀雄.聴覚障害に関連した切手.切手の博物館研究紀要.2009;6:12-41. [5]大沢秀雄.切手が伝える視覚障害-点字・白杖・盲導犬-.彩流社,2009. [6]大沢秀雄.視覚障害(切手展作品).全日本切手展2015,金賞,東京,2015年 7月. [7] Hideo Ohsawa. The Blind(切手展作品).マレーシア国際切手展,大金銀賞,クアラルンプール,2014年 12月. [8]大沢秀雄.盲導犬(切手展作品).スタンプショウ2012・第 13回トピカル切手展,金銀賞,東京,2012年 4月. [9]日本盲導犬協会のホームページ(cited2018-11-27) https://www.moudouken.net/ [10]アイメイト協会のホームページ(cited2018-11-27) https://www.eyemate.org/ [11]日本郵便,小型印公示のホームページ(cited2018- 11-27)http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/kogata/.  Postage Stamps Featuring Guide Dogs Hideo Ohsawa Department of Health, Faculty of Health Science, Tsukuba University of Technology Abstract: This study examines and collects postage stamps associated with guide dogs. The first stamp that depicts a guide dog was issued in the German territory of the Saar in 1926. A guide dog (a German shepherd) and the user were depicted; a harness was not yet used. A large number of guide dog stamps have been issued, usually as one stamp within the theme of working dogs. Keywords: Guide dog, Blind, Postage stamp