筑波技術短期大学の四年制化に当たっての諸課題 筑波技術大学理事・副学長 森澤 良水 要旨:本学の長年の悲願であった四大化がこの度実現の運びとなり平成17年10月1日筑波技術大学が開学となり、10月13日には開学記念式典が挙行された。  この四大化を盛り込んだ「国立大学法人法の一部を改正する法律案」が国会に上程され、衆議院・参議院の審議を経て、平成17年5月に全会一致で可決・成立し、87番目の四年制の国立大学法人となった。なお、いずれの委員会においても附帯決議が附された。この国会の審議過程などで、明らかになった短大時代と四大時代の差異、今後残された課題などについて分析、研究した。 キーワード:四年制にする理由センター試験入口・出口論一般大学支援大学院 1.はじめに  本学は短大発足当初から、本来ならば四年制が望ましいという議論は当然のごとくあったが、何せ障害者のための大学というのが、我が国で初めてのことであり、出だし短大で助走をつけて(1)聴覚や視覚障害の学生の学習に配慮された施設・設備の整備(2)聴覚や視覚障害学生の大学教育を行える教員の確保(3)視覚や聴覚障害学生の卒業後の就職・進路の確保、の三つの条件をクリアーした時点で四大化に進むということが関係者の暗黙の了解事項となっていたが、その後の国立大学は、新設というよりは、統廃合を進めるという社会・経済情勢の変化もありなかなか実現しない状況が続いたが、関係者のご尽力によりやっと今回それが現実のものとなった。  筑波技術短期大学の四年制化を含めた国立大学法人法の一部を改正する法律案は、平成17年3月1日の閣議決定を経て、第162回通常国会に提出された。  衆議院文部科学委員会では、この法案について、平成17年4月20日と4月22日の2回にわたって審議が行われ、4月26日の衆議院本会議において全会一致で通過した。また、この審議の参考とするため、4月18日には、同委員会の委員7名による本学の視察が行われた。  参議院文教科学委員会では、この法案について、5月12日と5月17日の2回にわたって審議が行われ、5月18日の参議院本会議において全会一致で成立し、5月25日に公布された。また、この審議の参考とするために5月10日には、同委員会の委員14名による本学などの視察が行われた。また、翌5月11日には、中山 成彬文部科学大臣の視察も行われた。今年8月24日に開通した「つくばエクスプレス」も計画から約20年の歳月を経てやっと現実のものとなったが、本学もそれとほぼ同様の歳月を経て四大化が実現の運びとなった。  これらの国会審議や視察などを通じて浮かびあがった諸課題について私なりに整理、分析してみたい。 2.諸論点 2.1短期大学から四年制にする理由  元々4年制大学の設置は、筑波技術短期大学関係者にとって、1987年(昭和62年)の開学以来の夢であった。ところが、開学当初は、国内唯一の視覚、聴覚障害者のための高等教育機関として、国内初の試みということで、3年制の短期大学としてスタートを切った。  最近は、四年制大学を目指して、教師の話を支援者が同時文字通訳提示するシステム、点字の教科書などの教材開発、手話など特殊教育ができる教授陣、卒業後の進路確保などに努めてきた。  近年、科学技術あるいは医療技術が著しく発展する中で、これらの変化により柔軟に対応し、かつ実践的な能力を有する職業人の養成を図ることができるよう、学生、学校関係者、障害者団体、企業関係者などの要望にも対応し、四年制大学に転換したものである。 2.2大学の名称について  法案では、4年制大学の名称を「国立大学法人筑波技術大学」(National University Corporation Tsukuba University of Technology)としたが、これに関して、「~聾大学」とか、障害者の大学と分かるような名称にすべきであるとの議論がある。  この大学名については、関係諸団体、保護者、卒業生などの意見を聴取したところ、様々な意見があった。障害という言葉がつくことを不利に感じている方を優先し、障害に関する文字は大学名にいれなかったという経緯がある。  筑波技術短期大学の名前が一般に浸透してきたので、それを生かしたいという面もある。また、アメリカのギャローデット大学は、あえて、「聾」という文字を大学名に入れていないが、聾者の大学であるということは、有名であるので、それと同様にあえて入れなくても障害者の大学と分かることを目指していきたいということである。  本学は、国内的には、まだまだ知られておらず、広報活動をいかに積極的に展開していくかが今後の課題である。これまで広報誌のなかった本学は、四大の開学に合わせて季刊の広報誌「筑波技術大学ニュース」を新たに創刊した。  また、新たに学章を公募し、制定した。 2.3受け入れ対象障害者の拡大について  受け入れ対象の学生を視覚・聴覚障害者だけでなく、他の障害者も受け入れる大学とすべきであるとの論点がある。  本学が何故視覚・聴覚障害者のみを対象とするのかというと、視覚・聴覚障害のある学生は、能力があるにもかかわらず、目や耳から情報が入らない。情報の入口の障害である。よって、特別な方法による情報保障が必要である。しかし、視覚・聴覚障害以外の障害のある学生は情報自体は普通に入る。情報が入れば、一般の大学であっても熱心な指導により学生の能力を発揮させることは可能であると思われるからである。 2.4入学資格者の障害程度の基準の変更について  本学においては、アドミッション・ポリシーを掲げ、求める学生像を明示している。  視覚障害の入学資格者の障害の程度については、筑波技術短期大学に係る基準と同様とすることとしている。  聴覚障害者については、両耳の聴力レベルがおおむね60デシベル以上のもののうち、補聴器の使用によって通常の話し声を解することが不可能なもの又は困難なものと定めていたものを、このいずれかに該当するものに変更している。つまり、60デシベル以上のもの、あるいは補聴器等(等とは人工内耳をさす。)の使用によって通常の話し声を解することが不可能又は困難なものに改めている。 2.5大学入試センター試験の利用について  短大時代は、大学入試センター試験を利用していなかったが、この度の四大化に伴い、国立大学協会の正会員になることから、同試験を平成19年度入試から利用することとした。  ところで、平成18年度入試から利用しないのは、入試要項は2年前には公表しなければならないことになっているが、これに間に合わないからである。  なお、推薦選抜、AO入試(従前これに相当するものを、短大時代は「相対話入試」と呼んでいた。)、社会人選抜には、この大学入試センター試験は、課さない。 2.6編入学について  編入学は、三年次とし、欠員が生じた場合、実施することとしている。これは、編入学のための定員枠を設けるためには、大学設置・学校法人審議会(以下「設置審」という。)に書類を出す必要があり、今回は、設置審に申請しなかったので、4年間は、今のまま行くこととなる。  なお、大学への編入学が認められるためには、その者が終了した教育課程が学校教育法の体系上、高等教育の一部に相当する水準を有すると認められることが必要である。  現在、盲学校・聾学校の専攻科については、その教育課程に係る基準が存在していないので、その水準が不明であることなどから、大学への編入学は認められていない。大学への編入学が認められるためには、まず、盲学校などを含めて初等中等教育機関における専攻科の基準をどう考えるかなどについて、今後検討していく必要がある。仮に、この盲学校専攻科などについて基準が設けられた場合には、同専攻科における教育の内容が大学教育に相当すると認められるべきかどうか。また、大学への編入学が認められるべきかどうかについて中央教育審議会の審議を経て検討されることになると思われる。 2.7四大化に当たっての財政措置について  今回の四大化に当たっては、基本的には現有の施設と教員スタッフを有効活用することとしているが、平成17年度予算においては、2名分の教員の人件費相当額が措置されている。国会における附帯決議もあり、平成18年度以降においても財政措置を要求していきたい。  また、施設面では、1学年分の学生寄宿舎の増築(平成20年度)も必要となる。その際には、障害の特性に配慮した施設整備が望まれる。 2.8授業料について  筑波技術短期大学の授業料は39万円であったので、四年制の授業料の標準額53万5800円と比較すると、年間14万5800円高くなる。  また、入学料は、短大が16万9200円で、四年制のそれが28万2000円であるので、11万2800円高くなる。  検定料は、短大が1万8000円で、四年制のそれが1万7000円であるので、逆に1千円安くなる。  短期大学から四年制大学になることによるトータルの負担増額は、108万5千円増となる。  これらへの対応としては、授業料免除制度の拡充、日本学生支援機構奨学金、東京海上各務記念財団奨学金、筑波技術大学教育研究助成財団などの活用が考えられる。 2.9入ロ・出ロ論  四年制大学になることによって、いままでの卒業生に授与される「準学士」(学校教育法の一部を改正する法律の成立により、平成17年10月1日からは「短期大学士」に変更された。)という称号から「学士」という称号が取得できるようになる。受験生の数は、短大時代より増加することが、予想される。(平成17年11月23日に行われた推薦選抜と社会人選抜の志願者数が、産業技術学部で106名(前年度83名)、保健科学部で27名(前年度16名)と大幅に増加している。)  しかし、出口の就職状況については、他の四年制大学との競合が予想され、短大時代のような好調さを維持するためには、更なる努力が必要になるものと思われる。(幸い、四大化後の平成17年11月に実施した「企業向け大学説明会」の参加企業数が76社と前年度より22社増え、また参加者数も101名と前年度より31名増加している。)  現在の若者は、「コミュニケーション能力」や「考えるということ」に弱い面がみられるので、在学中にこの面での能力を高めるのが課題である。 2.10学科から学部へ  短期大学の時は、学科で構成されていたが、四年制大学になると学部(「産業技術学部」及び「保健科学部」)で構成されている。名称の変更を除いて専門分野の変更は、あまりないが、入学定員面でいうとデザイン系学科の入学定員が5名増加して、工学系学科の入学定員が5名減少して、文系の学生も応募しやすくなっている。総定員は、1学年分増えるので、90人分の増加となる。  なお、就業年限は、3年から4年に、卒業所要単位数は「96単位以上」から「124単位以上」に、学期は「3学期制」から「2学期制」へ、授業時間は「80分」から「90分」になる。 短 大時代は学習時間の制約などから受け身の学習であったが、四大では能動的な、創造的な学習が求められる。 2.11一般大学等への支援について  本学が我が国唯一の障害者のための大学ということで、従前も「障害者高等教育センター(相談・支援室)」を設けて、他大学の授業支援や学会支援などを行ってきたが、今回新たに「障害者高等教育研究支援センター(支援交流室)」を設置して、一般大学等への支援を大幅に拡充しようとしている。  従前のセンターは、そのような支援を行っているということが一般大学にあまり知られて無い面があり、あまり活発な活用がなされていなかったが、新たなセンターについては、ぜひ、活発な活用をお願いしたい。  これまで、実験的な要素もあり、依頼機関と本学との経費負担の割合について明確なルールがなかったが、永続的にこの事業を推進していくためには、ルール作りが肝要と思われる。  また、日本学生支援機構と連携して、障害者を受け入れている大学等の事務系職員を対象に研修会などを開催している。 2.12附属診療所から附属東西医学統合医療センターヘ  本学における医科学の教育研究に係る診療の場として機能するとともに、より西洋医学と東洋医学を統合した診療及び施術を通して、地域医療に貢献する。  課題としては、経営努力の問題と本学の学生が学習の過程において病気の進行に悩むといった事態もみうけられるので、学生が身近に診療を受けられる「眼科」「耳鼻科」といった診療科の開設が望まれる。 3.今後の課題 3.1大学院の設置  今回の短期大学の四年制化に伴い、全ての国立大学は、四年制大学になり、大学院が設置されていないのは、本学のみとなる。また、国・公・私立の四年制大学709校のうち72%に修士課程が設置されている。これからの「知識基盤社会」に的確に対応していくためには、大学院の設置が日程に上ってくる。大学院の設置については専門学部の上に設置するか、あるいは障害者支援のための教育・研究課程を設置することが考えられる。  文部科学省担当者が国会において「筑波技術大学におきます大学院の設置につきましては、まずは四年制化後の教育研究の状況、あるいはその成果等をきっちり踏まえていくことが大切であろう」と答弁しており、本学においても、個々の教員の教育・研究指導面での能力を高める努力や優秀な教員の確保などの自助努力も求められている。 3.2理療科教員養成課程の設置  現在、理療科教員養成は、100年の歴史を持つ「筑波大学理療科教員養成施設」のみで行われている。ここへの入学条件は、高卒後3年課程のはり、きゅう、あん摩・マッサージ・指圧師養成学校を卒業していることで、2年の課程で行われている。  当該施設に卒業後入学可能な学校は、1筑波技術大学、2盲学校高等部理療科(62校、文部科学省所管)、3視力障害センター(6校、厚生労働省所管)、4専門学校(68校、晴眼者対象、厚生労働省所管)の4種である。  当該施設の入学定員は20名である。(実際は、20年近く、24名を入学させている。)  入学資格に視力の制限はなく、これまでのところ、晴眼者の占める割合は、入学者の1~2割程度である。  四年制化になった筑波技術大学もこの課程を当然待つべきであるとの議論があるが、この問題については、本学と筑波大学理療科教員養成施設、筑波大学附属盲学校の三者で検討が進められているところである。 3.3学部、学科の増設、見直し  社会のニーズや受験生の希望等に対して、現在の学部、学科がマッチしたものであるかどうかについて継続的に見直しを進めていく必要がある。 参考文献 [1]衆議院文部科学委員会議事録(平成17年4月20日及び4月22日) [2]参議院文教科学委員会議事録(平成17年5月12日及び5月17日) [3]大沼 直紀:障害者の潜在能力開発のために困難を覚悟して4年制大学を用意する、10-15、文部科学教育通信NC82,2003 [4]大沼 直紀:四年制大学への夢、16-24、ろう教育の"明日,,NC44,2005 [5]村上 芳則:筑波技術短期大学の4年制化、15、情報と文化GRAPEVINENo51 [6]藤井 亮輔:筑波技術大学開学新大学の課題と展望一視覚障害者と共に歩む大学をめざして、1-10、視覚障害No20920050ctober Some Questions of Tsukuba College of Technology with Transition to University Morisawa Yoshimi Tsukuba University of Technology Executive Vice President Abstract : Tsukuba College of technology (TCT) had hoped the transition to the University for a long time. At length, National University Corporation Tsukuba University of Technology (NTUT) was established on October 1st in 2005. NTUT had an opening commemorative ceremony on October 13th in 2005. The Law of revising a part of the law of National University Corporation, which contained this transition, was passed and approved unanimously in The House of Representatives and Councilors on May in 2005, and NTUT was approved as 87th National University Corporation. On the way of the discussion, all committees resolved incidental resolutions. This report describes the differences of the system between College and University and the future works that were shown on the way of to the parliamentary deliberations. Keywords : a reason of transition from college to university, National Center Test, entrance and finding employment, supporting another university, graduate school