盲ろう(視覚・聴覚重複障害)学生の教育・日常生活支援方法に関する研究 佐藤 正幸1)・岡本 明1)・渡部 安雄2)・佐々木 健3) 中瀬 浩一1)・米山 文雄2)・深間内 文彦4)・中澤 惠江5) 筑波技術大学障害音高等教育研究支援センター1) 筑波技術大学産業技術学部2) 筑波技術大学保健科学部3) 筑波技術大学保健管理センター3) 独立行政法人国立特殊教育総合研究所5) 要旨:本研究は、本学に在籍する盲ろう(視覚・聴覚重複障害)学生の教育、日常生活支援方法について検討したものである。実際の支援活動を通じて、夜間時における歩行訓練、歩行にあたっての設備面での配慮、コミュニケーションにおける支援が課題として出された。これらの支援活動を基に、本学で旨ろう学生を受け入れるための提言を行った。 キーワード:盲ろう学生、歩行訓練、コミュニケーション支援、アッシャー症候群 1.はじめに  近年、障害のある学生の高等教育機関への進学は増加の一途を辿り、視覚及び聴覚に障害を併せ有する盲ろう学生(以下盲ろう学生)も例外ではない。単一障害のあると芋生の受け入れについては各大学など高等教育機関が積極的になってきてはいるが、重複障害のある学生(とくに盲ろう学生)についてはごく少数の大学に限られている。その背景には盲ろう学生に対する支援に関する情報が僅少であるという現状があるものと思われる。このような状況のもと、本学には平成16年度、視覚・聴覚に障害(最重度の聴覚障害と進行性の視覚障害)を併せ有する学生が入学し、教育・日常生活支援について構築をする必要が出てきた。  そこで、我々は、この学生に対する支援方法および、今後の盲ろう学生の受け入れについての研究を開始した。本稿では、盲ろう学生が在籍する高等教育機関において実際に行ってきた支援活動及び今後の盲ろう学生受け入れ、支援に関する提言について報告する。 2.学生のプロフィール  平成16年度、入学の男子学生。本学生は、最重度の聴覚障害があり、人工内耳を装用している。併せて進行性の視覚障害で、視力0.4、夜盲、視野狭窄がある(アッシャー症候群*)。 *アッシャー症候群 典型的なアッシャー症候群とは、以下の症状を併発する疾患である。 ①聴覚障害 生来的に最重度の聴覚障害がある場合が多い。 一部では、生後10年以上たって聴力の損失が進行する場合もある。 ②平衡機能障害  生来的に平衡機能の障害があるか、または進行性の平衡機能の障害がある。 ③網膜色素変性症(進行性視力・視野低下)  生来的に夜盲があるか、十代、成人期になって視機能低下が進行する場合がある、後者の場合は、視野狭窄などの視機能低下よりも先に夜盲が出現することが多い。 3.本人に対する支援経過 3.1入学時における支援 ・寄宿舎の居室変更  本学入学直前に、本人及び家族からの話で聴覚のみではなく視覚にも配慮が必要な状況であることが判明し、まず生活基盤となる寄宿舎について見直しを図った。  当初、本人が入る予定だった居室は入り口から最も離れた奥の部屋であった。前述の状況を受け、急遽入り口に最も近い居室に変更した。 3.2入学後の本人のニーズと対応 ・夜間の歩行訓練(寄宿舎-共用棟)  昼間時と比べ、夜盲及び視野狭窄のため、単独かつ支援のない状態ではかなり歩行が難しい状況である。夜間歩行のための訓練をして欲しいという本人からの申し出があり、夜間歩行訓練を実施した。本人が要望した移動区間は、寄宿舎から校舎及び生活共用棟(浴場)、さらには寄宿舎から公道を挟んだコンビニエンスストアまでの区間であった。歩行訓練は、まず寄宿舎から生活共用棟(浴場)及び校舎の夜間時の移動について、1年次の1学期に1ヶ月1回の割合で、著者らの1人が立ち会う形で行った。その歩行訓練に合わせて、懐中電灯及び段差における黄色いテープを用意した。 ・懐中電灯の用意  懐中電灯は、比較的輝度の強いものを中心に3種類を用意し、本人に使用してもらった。図1にそれらの懐中電灯を示す。4種類のうち、その1種類である照明範囲が直径2m、照明距離約5~6m(Gentics社製)の懐中電灯については、夜間歩行にあたって使いやすいと本人からのレポートがあった。但し、これは寄宿舎の自分の居室から共用棟までの使用に関してであった。 ・段差のテープ(黄色)の設置  本人が所属する学科のある聴覚系キャンパスは聴覚障害のある学生に対する設備面での配慮はあるものの、視覚障害のある学生に対する配慮はまだなされていない。特に問題とされるのは本人の視覚の状況(視野狭窄、夜盲)からくる段差つかみにくさである。今回、共用棟(浴場)への移動訓練にあたって段差にテープ(黄色)を設置した(図2a,図2b)。これらのテープと、前述の輝度の高い懐中電灯を併用することによって、寄宿舎と共用棟との移動がある程度改善されたようである。しかし、段差はここだけではなく、階段などあらゆるところにも考えられるので、本人のニーズに合わせて順次設置する必要があるものと思われる。 ○夜間の歩行訓練(寄宿舎-コンビニエンスストア)  親元を離れ,単身で大学生活を送る上では、生活面での単独移動は必須である。寄宿舎の近隣にはコンビニエンスストアなど店舗はなく、交差点を渡って500m,歩かなければないのが現状である。さらに交差点及びコンビニエンスストア周辺は十分な輝度の街灯設備がなくかつ交差点は自動車などの往来が激しいところである。視覚障害のみであるならば、ある程度、その場における環境音などで危険を感じ自分の身を守ることも可能である。しかしながら、本学生の場合、人工内耳を装用しているとはいえ、環境音を感じ、それがどのような状況を表しているのかをつかむことは難しい。そこで、著者らの1人が懐中電灯に加えて、歩行の感覚をつかむために左右方向の指示、さらに安全性碓保を行うためのワイヤレス振動子を用いて歩行訓練に立ち会った。しかしながら、夜間歩行のための支援者がいる場合は、可能であったが、単独では困難な状況であった。 ○講義演習時における支援  まず、講義演習時については、本人のニーズに合わせて机を定位置にした。また、必要に応じて、図面などを本人にわかりやすいような大きさに拡大して提示した。学生が所属する著者らの一人である学科主任は、本人の講義・講習時の状況について以下のように報告した。 「最初のころは慣れないせいもあったためか、講義についてくるのが大変そうな時期もあった。このところ慣れてきて、また、講義開講が昼間時であることから、夜盲などの影響はないようである。しかしながら、細かい文字などは時々ルーペを使用した。一方、本人とのコミュニケーションは、人工内耳、読話、手話皮び筆談の併用で行っていた。」 図1 輝度の強い懐中電灯 図2a 段差のテープ(黄色)の設置(設置前) 図2b 段差のテープ(黄色)の設置(設置後) 図3 交差点 図4 コンビニエンスストアへ行く道(夜間は街灯もなく暗い) 図5 コンビニエンスストア周辺 4.今後の支援における課題  高等教育機関では、環境、教育活動の特徴から設備面での支援、本人に対する支援に留まらず、本人を取り巻く周囲の者に対する支援が必要となってくる。本人に対する人的支援及び本人を取り巻く周囲の者に対する支援における課題について検討した。 ○本人に対する人的支援 ・夜間の歩行訓練  寄宿舎-共用棟間の歩行については懐中電灯及び段差を示すテープで、幾分か改善された様子である。しかしながら、コンビニエンスストアなど学外への夜間歩行については、安全性の確保などまだ困難な点が多く、今後盲ろう者の歩行訓練を担当している専門家を招聘し、歩行訓練を行う必要があるものと考える。 ・コミュニケーション  現在、人工内耳・読話・手話及び筆談の併用で行っているが、今後、視野狭窄が進むにつれて視覚によるコミュニケーションが困難になってくることが考えられる。人工内耳、FMの補聴ユニットによる聴覚補償及び段階的な触手話の導入も一つの方法として考えられよう。 ○本人を取り巻く周囲の者に対する人的支援 ・理解啓発・盲ろう疑似体験の実施  盲ろう学生を支援するにあたっては、本人を取り巻く教員、学生及び関係職員の理解啓発が必要である。そのためには本人の状況に合わせてキャンパス内の移動における疑似体験のワークショップの機会を持ち、理解を深めてもらうことが肝要である。 5.盲ろう学生の受け入れ、支援等に関する提言  本研究では、盲ろう学生の高等教育支援について基本的な研究を行ない、現在の在学生への支援とともに、今後の重複障害のある学生の受け入れに充分なノウハウ,体制を構築することを目的に活動を行なってきた。その成果を基に、盲ろう学生の受け入れ、支援に関する提言を以下のように行った。 5.1大学としてのポリシーの確立,方針の決定,体制の整備 ・視覚・聴覚重複障害のある学生を受け入れる、そのためのいろいろな整備を行なうという全学の意思決定と,具体的方針決定を行い、周知させる必要がある。 ・産業技術学部、保健科学部、障害者高等教育研究支援センター、事務局、外部教育研究機関との連携体制を強化する必要がある。 5.2在学生の実態調査 ・Demchak and Elquist(2004)1)によれば、聴覚障害のある人の3~6%はアッシャー症候群になるといわれている。本学に在籍する学生についても他の在学生にも、既に発症しているか、今後発症する可能性もあるといえる。  まずは現状を把握するために聴覚障害学生の眼科検診を行なう必要がある。同時に視覚障害学生も聴力検査を行なう必要がある。 5.3受験生への支援の拡充 ・受験時に重複障害等を把握:高校からの調査書の健康状況欄が削除され、疾患について把握困難になっている.試験時の健康診断等で状態を把握する必要がある. ・受験生への対応の統一:受験生に対する入試の対応が視覚系と聴覚系で異なることで受験生にとって不利にならないよう、事前に両学部で連携体制を整えておく。どちらの部を受験するのがよいか、などの検討。相談も必要である。 5.4視力・聴力検診の定期的実施 ・聴覚障害学生については視力検査、視覚障害学生については聴力検査を定期的に実施する必要がある。 5.5環境整備(寮,学内,校舎) ・聴覚系キャンパスにおいては、次のような環境整備が必要である。 (1)適切な明るさの確保 寄宿舎内部、寄宿舎から共用棟、校舎棟への街路、林道、教室内 ②マーカー設置 主要歩行コース、階段の段鼻 ③危険箇所の排除 頭上突起物、転落危険箇所 5.6支援機器整備 ・学生の状況に応じ、必要な支援機器を整備する。 拡大読書機、補聴援助装置(FM補聴器など) 5.7講義方法への工夫 ・聴覚障害学生及び視覚障害学生に対するこれまでの講義方法、支援方法を情報交換し、互いに共有できるようにする必要がある. 5.8日常生活訓練の実施体制確保 .必要なときに夜間歩行訓練等を実施できるようにする必要がある。このために、随時依頼できる近隣の専門の歩行訓練士を確保すると共に、学内に歩行案内のできる人材を養成することが必要である。 5.9就職、進路 ・盲ろう学生の就職、進路に適切なアドバイスができるようにする必要がある. ・新たな職域を開拓する必要がある. 5.10卒業生支援 ・現在就職や進学している本学の卒業生および今後の卒業生に対して,フォロー,アフターケアの体制を作る必要がある。  本研究は、競争的教育研究プロジェクト「視覚・聴覚重複障害のある学生の教育、日常生活支援方法に関する研究」の助成を受けたものである。 参考文献 [1]Demchak,M. and Elquist.:M、:The importance of screening for vision problems in children with hearing. Nevada Access, Fall, 12-13, 2004. [2]Hammett, R:Deaf-blind students on campus. HEATH National Clearinghouse on Postsecondary Education for Individuals with Disabilities, 13,(3),1994 [3]佐藤 正幸・寺崎 雅子:アメリカ合衆国における盲ろう学生の高等教育支援.独立行政法人国立特殊教育総合研究所「世界の特殊教育」19,57-61.2005. Post-Secondary Educational and Daily Life Support for the Deafblind College Student SATO D.S.Masayuki,1) OKAMOTO Akira,1) WATANABE Yasuo,2) SASAKI Ken3), NAKASE Koichi,1) YONEYAMA, Fumio2), FUKAMAUCHI Fumihiko4) and NAKAZAWA Megue5) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology1) Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology2) Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology3) Health Service Center, Tsukuba University of Technology4) The National Institute of Special Education5) Abstract :The purpose of this study was to examine post-secondary educational and daily life support for the deafblind college student. Issue which have been recognized are; evening walking training for the deafblind college student, the maintenance of path for walking training and support for communication through actual support for him. We have proposed to advance for the acceptance for deafblind college students to enter Tsukuba University of Technology. Key Words : Deafblind college student, Walking training, Support for communication, Usher syndrome