文字盤入力方式の習得用機能と練習方法-百相鍵盤『き』の場合- 筑波技術大学保健科学部情報システム学科 越川 和忠、宮川 正弘 要旨:本字テクノレポート10(2)に紹介した文字盤入力方式を習得するための練習方法について述べる。一般に、文字盤人力方式は、目的字の文字鍵を知っていれば直ぐ入るが、不明の場合には、それを知るために手間がかかり、はじめのうちは人力作業のほとんどがその手間に費やされることが難点とされる。そこで、同方式に実装されている「倣い人力」の機能を応用して、(1)実際の文章を次々打ってみる、(2)「NHK新用字用語辞典第3版」の用例集にある約2万語を例にして、常用漢字を教育漢字1学年配、11表文字から1字ずつ語例と共に習得して行くなど、作者の使用経験に基づいて整理した練習方法を紹介する。この練習過程で、文字の位置を知ることは配列規則を拠り所にすれば容易であり、文字→位置→指で入力に至るこの方式の有用性が理解されると思われる。 キーワード:文字盤入力方式、漢字入力、配列規則、入力練習、百相鍵盤 1.はじめに  和文タイプライタや文字盤タブレットは、使用可能な文字全体を見渡せるので、字形と位置を知っていれば、読みなどを入力しなくても目的の文字を直接指す操作で入力できる。文字は、穂類によって領域に分けて配置され、領域内の文字はそれぞれ分かりやすい順序(例えば漢字は五十音順)に並べられているので、慣れてくるとどこにあるかはすぐ分かるようになる。いいかえると、全体の配置を把握して、配列規則を拠り所にすることで、どの文字も、その位置を知ることはそう難しい問題ではなくなる。ただ、広い文字盤の細かい位置を次々指して文章を入力して行く作業は、必ずしも楽とはいえない。  本学テクノレポート10(2)に紹介した漢字の定打鍵直接入力方式[1]は、パソコン鍵盤をソフトウェア的に階層化した“折り畳み文字盤”の形態で使うことにより、上記の難点を取り除いたものといえる。  即ち、広い文字盤を通常鍵盤の文字鍵配列面に収まる文字数の領域に小分けして、1打鍵目で領域を指定し、2打鍵目で領域内の文字を入力することに相当する。  左右の手の各指に文字鍵を分担させることで、指す操作は定まった指の動作による打鍵になるので、位置の記憶もしやすく、見なくても打てる文字が増え、さらには、それを反射的に打てるようにもなる。  但し、文字鍵に刻まれている文字は英数字であるため、そのままでは、広い文字盤の良さである文字の一覧性が失われてしまう。そこで、画面に、1打鍵目の入力待ちの時は領域を代表する文字の配列、2打目の時は実際に入力される文字の配列を、それぞれ鍵盤図の様式で表示させることもできるようにしてある(図l)。画面ではカラーを用いて、文字鍵の役割を見やすくしている。  逆に、表示がなくても、使用音が位置を随時能動的に確認できるように、下見の機能に音声を利用する試みも、未完成ながら組み込んである。  文字の配列は、使用者が自由に決めることができる。その場合、入力時に目的の文字鍵が分からなくなっても直ぐ対処できるように考えて割り当てる必要がある。 フリーソフトとして公開したもの[2]には、著者の一人である作者自身が長年使っている配列(配列名『き』)を添付している。 この配列は、JIS X O208の文字集合を割り当てたものである。  JISは、文字を集合としてだけではなく、探しやすさを考えた配列も含めて定めているので、基本的にはほぼそのまま並べたが、全角仮名、全角英数字、記号などは、鍵盤での使い勝手をよくするため、並べ替えを施した。漢字の位置を知る時には、第1水準は代表的読みの順、第2水準は部首の順であることが良い手掛かりになる(左右ホームポジション人差指位置文字鍵には指案内の小さな突起が付いているが、その文字鍵を左、右の順に打つと「き」が入ることから、それを配列名にした)。  また、この階層型文字盤機構は、その後、「百相鍵盤」と名付けた。即ち、日本語用として広く使われている106鍵盤には、文字鍵がスペースバーも含めて49あり、シフトの打鍵も含めると、最大98の領域に最大98ずつの文字を割り当てることができる。従って、この階層化した文字盤は、ひとつの鍵盤が、1打鍵で入力する通常の英数字配列、領域代表の配列、文字の配列98種類で合計100の配列中のどれかを現していることになる。そこで「百相鍵盤」とした。 今回、この機構に初歩からの習得に適した練習用機能を内蔵させたので、本稿では、それを利用する練習方法について述べる。 図1 鍵盤図を表示させて文章を入力している様子 2.字引で学習できる機能-倣い入力 2.1倣い入力  百相鍵盤は、入力を助ける機能のひとつとして、目的の文字鍵が分からない時、あるいは、入力しようとする語句などの表記自体が分からない時に、字引を使って、それを知る機能も備えている[1]。  即ち、目的の文字や表記の手掛かりとして読みなどの文字列を入力して、字引から該当する表記を表示させることができる。その時、表記を構成する文字の文字鍵も1字ずつ順に鍵盤図で示されるので、ひとまず、それに従って打つことで入力を果たし、次回からは、今知った文字鍵で直接入力して行けばよい。 この機能を「倣い入力」と呼ぶ。 2.2書写モード 倣い入力で目的表記の最後の文字が入ると、通常は、そこで直接入力に戻るが、今回戻らずに倣い打鍵を続けることもできるようにした。  この機能を使うと、あらかじめ用意した文章や語句類を表示させて、それを書き写して行く感じで入力の練習ができる。この使い方を「書写モード」と呼ぶ。  即ち、適当な文章や語句集を字引の様式に収めておき、テキストエディタを開いて、字引に収めた内容に対してこのモードで倣い入力を続けて行けばよい。  次章でこの書写モードを利用する練習例を紹介する。いずれも、百相鍵盤を実際に使ってきた作者の経験から習得練習の方法として整理したものである。 3.倣い入力の機能を利用する練習方法 3.1書写風練習  表示されている文章をその通りに人力してみる例を図2で説明する。  図2-(a)で、例文の先頭字「日」は、画面では緑の下線付き赤い文字で示されている。鍵盤図は青い文字の配列になっているが、中段右小指位置の右にある「董」だけ緑の下線付き赤い文字で示されている。これは、「目」が「董」を先頭とする文字配列にあることを知らせている。この文字鍵を打つと、鍵盤図は黒い文字の配列に変る(図2-(b))。しかし、この配列に「日」はないので、シフトを押すと、鍵盤図はその続きの配列を示し、右薬指下段に「目」が緑の下線付き赤い文字で示されている(図2-(c))。この「目」の文字鍵を打つと、本文に「日」が入力され,例文で次の文字である「本」が赤い文字に変る(図2-(d))。  このようにして、鍵盤図に案内されながらではあるが、とにかく実際に文字を次々入力して行くことができる。ただそれに従うだけでは進歩は遅いが、該当鍵の位置を配列規則に照らして理解しながら進めると覚えは早い。  例えば、この配列は、読みの五十音順になっている。青い字の配列にある「董」は、「トウ」から「とどく」、さらに、シフトを押すと続きとして現れる「とび」から「ニュウ」までの文字酢を代表している。その続きは、図2-(a)の鍵盤図で左小指下段に見える「如」(ニョ)以下にある。“従って、文例で次の「本」は、その少し先に並んでいるであろうし、国は両者より少し前の方にある、などの見当がつく。  ぎっしり並んでいる文字群を順に見てゆくと大変であるが、このように配列規則を拠り所に、予測しながら見て行くと、探すというより、確認のために見る感じになり、労力を減らせる。  また、文字の位置は固定しているので、打ったことのある字は、その記憶が(特に指に)多少なりとも残っていて、初めて打つ時よりは手間がかからずに済むものである。  例えば、少し先にある「国会」の「国」は、「日本国民」で打った“「国」の指”の記憶を期待できる。  こうして、直ぐ打てる文字が増えてくると、それらは、新たに位置を知ろうとする文字との手掛かりにもなって、直ぐ打てる文字の密度が濃くなって行く。記憶に混乱があっても、配列規則を拠り所にすれば修正もしやすい。  このことから、同じ文章を繰返し打ってみると、鍵盤図に頼らずに打てる文字が増えてきて、全体を打ち終る時間も少しずつ早くなる。同じ文章の繰返しであっても、使われている文字が打てるようになっているので、語句としては打ったことのないものでも直ぐ打てるようになっている。  例えば、「本日」「本当」「当国」の語は、例文にないが、既に打てることになる。  この方法を参考にして、使用者自身がよく使う短文を自分で集めたもので行うと、実用的な練習ができる。 3.2 文字本位の集中練習  1つの文字を中心にして、その文字を使ういろいろな語句を打ってみる。  図3は、「音」を含む語句(の表記)の例である。  「足音」、「音」、「音」、「五十音」と打って来て、次に、これから5行目の「子音」の「音」を打とうとしている。この場合、「音」の読みは、「イン」であるが、鍵盤図は「オウ~カ」の配列を知らせている。「音」は「オン」を読みの代表にして、それに該当する位置に並べてあり、語句として3か所に出ている「音」(おと、オン、ね)も、この同じ位置で入る。  これらの語句を次々打ってみると、主役の「音」は、何度も打つので、少なくともこの場では覚えられる。  他の文字については、今無理に覚えなくてもよいことにして、配列規則に照らした位置関係だけ理解して先へ進む。例えば、「足音」の場合、「足」は、オン一ソクの順序で、「音」より後の方にある、という具合にである。  カーソルキー(↑←→↓)で任意の文字に移動できるので、同じ文字や語句を何度も練習することができる。  文字相互にこのやり方を適用することで、表記と共に位置の記憶がしっかりしたものになって行く。  百相鍵盤も、英文タイピングと同様に1字ずつ打鍵で入れて行く様式になるが、語句としての字列を滑らかに打つように心掛けると打ちやすくなり、打ち間違えた時に指の違和感でそれに気がつくようにもなる。 この練習用に、「NHK新用字用語辞典第3版」[3]の用例集にある語句表記を参考にして、約2万語を選び、その中から漢字の語例を集めて、字引を作った。  即ち、同書で使用を定めている常用漢字と若干の表外漢字を、教育漢字学年別配当表に合わせた形でいくつかの段落に分け、漢字ごとに、それと同段階までの漢字を使う語句表現を集めて、それぞれを項目にした。  図3に出ているのは、その中の「音」の項目である。「音」は第1学年配当表にある漢字なので、同配当表の80字だけを使う語例を集めたものになっている。  従って、この字引で「一」から順に練習すれば、漢字を基本的なものから少しずつ語例の中で習得して行くことができる。これらが楽に打てるようになってくると、そのほかの文字の入力も、使用者自身の工夫で苦にならなくなり、直ぐ打てる字の範囲が広がって行く。 図2-(a)鍵盤図は「目」がある配列の文字鍵を知らせる 図2-(b)「目」がある配列の前半(この面にはない) 図2-(c)シフトを押すと右薬指下段にある 図2-(d)「目」が入ると次の字「本」に移る 図3「音」の練習 4.おわりに  独自の文字盤入力方式である百相鍵盤『き』の習得について、作者の使用経験に基づいて整理した練習方法を述べた。  この練習過程で、文字の位置を知ることは、配列規則を拠り所にすれば容易であり、文字→位置→指で入力に至るこの方式の有用性が理解されると思われる。即ち、 (1)字形を知っていれば、読み(音韻)に依らなくても入力できる。 (2)位置を知っていれば、見なくても入力できる。 という大きな利点がある。  百相鍵盤は、現在、Fedora CoreおよびWindows XP用入力ソフト(インプットメソッド、1M)として具体化してあり、1Mに対応した応用ソフトであれば、実際に使ってみることができる[2]。  ただ、入力方式としてはローマ字から変換する方式が定着していることから、応用ソフトによっては、それを前提にして、1Mを使う際に定められている処理の一部を省略している場合もある。その結果、例えば、鍵盤図が変化しないなど、必ずしも百相鍵盤プログラムの不備が原因とは限らない不都合を生じることがある。  そのため、一般向きの1Mというより、文字盤方式の具体例として公開しており、本稿も、実際に使っている作者が行った事柄を紹介した。 謝辞  福井 郁生教授からは快適な環境を提供していただき、小林 真助敦授ならびに永井 伸幸助手は、「百相鍵盤」のホームページを本字公開フリーソフトのひとつとして作成して下さった。各位に感謝の意を表します。 参考文献 [1]越川 和忠、宮川 正弘:漢字の定打鍵直接入力方式について。筑波技術短期大学テクノレポート10(2)、61-67,2003. [2](公開ソフトウェア) 越川 和忠:百相鍵盤http://www.cs.k.tsukuba-techacjp/download/ki.html [3]NHK放送文化研究所編:NHK新用字用語辞典第3版、日本放送出版協会、2004. A Guide to Practice at Virtual Multi-Character Keyboard for Kanji Input- In Case of "Keyboard Integration (Kl)" - KOSHIKAWA Kazutada, MIYAKAWA Masahiro Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: : A practice guide is described for the previously reported nonconversion kanji input method with a virtual multi-character keyboard, which is named "Keyboard Integration (KI)". Nonconversion kanji input is generally considered to be far from practical because the beginner will be required to keep the key sequences for numerous characters in mind, although the method itself might be straightfoward. For overcoming this difficulty, KI is equipped with the "learn-after" function. This report introduces two effective practice examples, which make use of this function. The examples are- (1) A practice with sample texts. The beginner inputs a sample text, character by character, by stroking the proper character keys, each of which is sequentially displayed in the guiding character keyboard image. (2) An intensive practice of a kanji among its word usages for the Daily Kanji Character Set (Joyo-Kanji), beginning from the Primary Education Kanji subset, such as "^". During this learning process, the beginner will find it easy to know character potitions by using the arrangement rule of characters on KI as a clue, and will increase the number of characters that can be input without a key-guide. Since this input method is based on character-position-finger strategy, it has two alternative advantages- (1) Less reading-dependency because of directly pointing out ideographical characters. (2) Less sight-dependency because of touch method typing with proper auditory assisting fuctions. KeyWords: Nonconversion input method, Kanji input, Input practice, Touch method typing, Keyboard Integration