視覚障害者・聴覚障害者英語語彙サイズ比較-基本2000語レベルの壁― 筑波技術大学障害昔高等教育研究支援センター1)、同保健科学部情報システム学科2) 青木 和子1) 加藤 宏1) マーティン・ポーリー1) 松藤 みどり1) 須藤 正彦1) 三好 茂樹1) 小林 真2) 要旨:大学生の学力低下が問題となる中で英語学習に関連して語彙サイズが注目される。先行研究では基本2000語のマスターが、英語学力向上のため必須要件とされる。視覚および聴覚障害者はともに語学学習において重要なインプット面での障害を持つ。本プロジェクトは両障害者の基本語彙サイズを調べることにより、障害による語学学習への影響等に関する研究のための基礎データを得ることを目的とした。今回の調査では、視覚障害グループの2000語レベル平均が約1500語、聴覚障害グループの平均が約1300語であり、ともに基本2000語に届いていないことが明らかになった。さらにこの結果と総合的英語学力との関連について考察し、概ね英語学力と語彙サイズは対応していることがわかった。 キーワード:視覚障害、聴覚障害、英語学習、語彙サイズ、基本2000語 1研究の目的 視覚障害者と聴覚障害者は語学学習においてともに、インプットの面で大きなハンディを持ち、その事が彼らの現在の英語能力に何らかの影響を及ぼしていると考えられる。しかしながら、両グループともその障害のため総合的な英語能力を的確に確定することが、一般の学生に比べ困難な状況にある。先行研究(Nation,1990,望月他、2003、太田他、2004)および青木のパイロットスタディ(2004.2005)は、英語学力の基礎となる語彙サイズ、特に基本2000語レベルがマスターできているかどうかが総合的な英語力を推定する重要な手がかりになることを示唆している。本研究では、青木・小林等により開発された視覚障害者のためのコンピュータによる語彙サイズテスト(kobaTEST・青木2004)と初級学習者やローレベルの学習者にも対応可能な望月(1998)の「日本人英語学習者のための語彙サイズテスト」を併用し、両グループの基本2000レベルの語彙サイズを測定する。その結果と総合的な英語能力とを比較する事により、視覚からのインプットに障害をもつグループと聴覚からのインプットに障害をもつグループに語彙サイズにおいて特徴的な違いが見られるのか、さらにそれぞれの障害を補償する有効な語彙学習法は何かを検討する資料とする。 2方法 2.1被験者  聴覚と視覚に障害を持つ学生のための短期大学の1年生を対象とした。英語力は、後に英検能力判定テストの結果を示すが、英検4,5級受験レベルと判定される低いグルーブから英検準2級レベル以上で中級の上に相当すると思われるグループまで含まれる。語彙サイズテストは基本的に英語の授業の中で実施されたため、欠席者、どちらかのテストを受けなかったものなどは除外した。 視覚障害学生:38名(内、点字使用者2名、読み上げ回答者2名) 聴覚障害者:50名 2.2テスト方法及び実施形態  両グループとも、英語授業(80分)を使い、kobaTESTと望月テストを実施した。約30分ずつをそれぞれのテストに割り当てたが、被験者によっては学力と障害の重さにより、精神的および肉体的に相当の負荷がかかることが予想されたため、レベルごとのテストに制限時間は設けず、両テストとも2000語レベルまでの実施を義務付けた。余裕がある場合にのみ、さらに上のレベルのテストを行うよう指示した。以下にそれぞれのグループごとの具体的手順を述べる。 2.2.1視覚障害学生 視覚障害学生については、平成15年度より入学当初の英語能力判定の一環として語彙サイズテストを44月末に英語授業の中で実施している。平成16年度も1年生全員に対して実施した。kobaTESTは、「知っている」「知らない」で答える形式のため、まず「知っている」ということの定義について説明した。また、コンピュターを使うため、その操作を習得するための練習問題を課した。入学当初でコンピュータにまだ慣れない被験者もいたが、操作が簡単なため5分程度の練習で実施に移った。500語レベルから始め、1000語レベル、2000語レベルまでは必須とし、余裕があるもののみ3000語レベル、4000語レベルを行うよう指示した。1回各20問を3回行いその平均を得点とした。kobaTESTは、弱視用に開発されたため、点字使用者には対応していない。また、点字使用者2名と中途失明のため、墨字にも点字にも対応できない学生が2名いたため、計4名についてはコンピュータの読み上げにプラスして、本人が希望したときに教員がスペルを読み上げる方法をとった。望月テストについては7000語レベルまであるが、1000語、2000語、3000語、4000語、5000語各レベルの墨字普通文字版(14ポイント)、拡大文字版(18ポイント)に加え、点字版を作成した。さらに、上記中途失明の2名には、読み上げ・代筆による方法をとった。こちらも2000語レベルまでを必須とした。 2.2.2聴覚障害学生  聴覚障害学生については、本プロジェクトのためにはじめて9月に両テストを実施した。kobaTESTは、本来視覚障害者用に開発され、日本語を一切介さず提示された英単語(音声付)についての知識を自己申告的に問う形式の語鍾サイズテストである。聴覚障害学生にとっては、コンピュータの音声補助はまったく意味をなさない。しかし、望月テストと比べ、500語レベルという低いレベルが計れる点、日本語を介さない状態で直感的に知っているかどうかを判断することで被験者の語彙レベルを推定する点(自己申告型)、望月テスト(多肢選択・客観テスト)との比較から語彙サイズを多角的にみることができる点を考慮し実施することとした。PCにはかなり慣れてきていたため、実施上の大きな問題はなかった。望月テストは、視覚には問題がないため一律の問題用紙を使用した。両方とも2000語レベルまでを必須とし、時間的に余裕がある場合はこのレベルに挑戦するよう指示した。 3結果  パイロットスタディ(青木、2004,2005)により、ローレベルの学生は基本2000語に到達していない可能性が非常に高いことが示唆された。そこで、今回の実験では、両テストの2000語レベルまでを基本データとして収集した。 3.1 2000語レベル平均語彙数  両テストの2000語レベルについて平均で見ると次のような結果になった。 視覚障害系・聴覚障害系ともに望月テストの方のスコアが高く出たが、視覚障害系はその差が非常にわずかであった。視覚障害系・聴覚障害系を比較すると、両方とも視覚障客系のスコアが高く、その差はそれぞれ234,204となった。両グループの間には約200語の差があると考えられる。基本2000語には両方とも届いていない。 3.2レベル別通過率  ここでは、両テストのレベル別通過率について検討する。表2は視覚および聴覚障害グループのKobaTEST500語レベル(K500)から望月テスト2000語レベル(望2000)の平均通過率を示した。 3.2.1視覚系  kobaTEST500語レベルは、全体的にほぼマスターできているといえる数値である。1000語レベルでは、kobaTESTより望月テストの通過率が高く、その差は15%と入きい。英語のみの表示でのテスト(kobaTEST)では、発音がヒントとして呈示されるが、日本語による確認ができないため知っていると言い切れない、自信のなさが通過率の低さにつながっている可能性が高い。それに対し望月テストは、日本語が呈示され、後の英単語を選ぶ形式のため、多少知識があいまいでも正解にたどりつく可能性が高まると考えられる。この結果から、被験者群は知識としては1000語レベルに到達していると考えられる。一方、2000語レベルでは望月テストよりkobaTESTの通過率が高い。望月テストの力が低い通過率であるのは、知っているつもりの語のうち10%程度はあいまいな知識にとどまっているという可能性が示唆された。通過レベルは6割から7割の間にあり、2000語レベルには届かないことが明らかになった。 3.2.2聴覚系 kobaTEST500語レベルでは80%を超えたが、500語レベルですでにつまづいているケースがあることが示された。1000語レベルを比較すると、kobaTEST65%に対し、望月テスト85%で、その差は20%近い。1000語レベルの知識はあるが、自信をもって「知っている」と言えないゾーンが20%あるということを示唆している。2000語レベルでは、わずかだがkobaTESTが望月テストを上回った。しかし、両方ともほぼ50%ということで、1000語レベルとの落差が、特に望月テストにおいて大きい。結果として2000語レベルの語の約半数がわからないという状況にある。 表1 2000語レベル平均語彙数 表2 レベル別通過率(%)カッコ内SD 4考察 4.1総合英語能力と語彙サイズ  両グループとも、入学当初に英語能力判定テスト(日本英語検定協会英語能力判定テストTEST C、聴覚障害系はリスニングテストを省略)を実施している。ここでは、上記二つの語彙テストに能力判定を加えた3つのデータを比較する。 表3は、英検能力判定テストkobaTEST 2000語レベル、望月テスト2000語レベルの3つのデータについて、ビアソンの相関係数を求めたものである。  両グループとも英検、望月が最も相関係数が高く、強い相関関係が認められた。Koba、望月については、視覚系ではかなり強い相関が認められたが、聴覚系ではやや弱い相関になっている。 4.2英語能力別グループごとにみる2000語レベル  英語能力と2種類の語彙サイズとの関係をさらに堀り下げてみるために、能力判定の基準により上位から下位まで4グループに分け検討する。4グループは能力判定結果に基づき、以下の基準で分けた。 グループA(英検準2級またはそれ以上) グループB(英検3級レベル) グループC(英検4級レベル) グループD(典検4,5級受験レベル) 表4は、_上記能力別グループの平均語彙数を表す。 グループごとの人数に大きなばらつきがあるため統計処叫は難しいが、両語彙サイズテストの平均値は能力判定結果に対応している。2000語がほぼマスターできていると言えるのは視覚系のグループAのみである。視覚系では、一番低いグループでも1000語を超えた。一方聴覚系では、グループAでも視覚系と比べかなり語彙力が落ちる。また個人差もかなり大きい傾向が見られた。 4.3能力判定テスト結果と語彙サイズ  ここでは能力判定テストの結果と語彙サイズテスト結果をヒストグラムで比較する。 (英検能力判定テストCは570点満点) 4.3.1視覚系  このグループの英検能力判定テストのヒストグラムをみると、非常に低い(100点から250点台)グループが目に付く。このグループについて障害の程度及びテスト方式を検討すると、視覚障害はいずれも軽度であるが、社会人入学の学生が含まれており、英語学習から長く遠ざかっていたという要因が背景にあるように思われた。全体としては、300点から400点台に集中し全体の7割を占めている。  kobaTEST2000語レベル(図2)では、英検能力判定と比較し、ばらつきが大きい。1400語~1500語レベルが最も多く全体の29%を占めた。1000語以下のレベルは4名いた。  望月テスト(図3)では、1600語レベルにピークがきており、kobaTESTと比較すると100語ずつ上にずれる傾向が見られた。2000語に到達している4名は、kobaTESTにおいても同じで、このレベルの学生は実際は4000語、5000語の力があり、ここでの2000沼は十分にゆとりがある。  聴覚系の英検能力判定テスト(リスニングテストは課していない)では、250点台~350点台が全体の7割強を占め、その後急に落ち込むパターンになっている。もうひとつの特徴は250点台以下が0ということで、視覚系の場合と異なり極端に低いケースが見られない。ほぼ全員が学齢での入学で、英語学習の連続性が保たれていることが、ひとつの理由として考えられる。  kobaTESTでは、全体に大きなばらつきがみられ、能力判定テストと対照的に200語~300語台という極端に低いレベルがあることが特徴的である。もっとも頻度の高い1500語レベルが頂点ではあるがばらつきが大きい。  望月テストでは、kobaTESTでみられた極端に低いレベルは400語台の一人に減少している。1200語~l700語までの間に76%が集まっている。一方1800語(2名)、1900語(1名)、2000語(O)と、上のレベルが少ない。視覚系で上位グループは2000語でかなりのゆとりがみられたが、聴覚系では一番上位の学生も2000語レベルに届いていない。 表3 3テストの相関 表4 能力別平均語彙数(SD) 図1 視覚障害系英検能力判定テスト 図2 視覚障害系Koba2000 図3 視覚障害系望月2000 図4 聴覚障害系英検能力判定 図5 聴覚系Koba2000 図6 聴覚系望月2000 5英語能力別グループごとにみるレベル別通過率 5.1視覚系 500パイルベルが計れるのは、kobaTESTのみである。グループCまでは通過率90%を超えており、ほぼマスターできている。図7をみると、各グループともレベルが上がるごとにほぼ一定の割合で通過率が下がる様子がみてとれる。  望月テスト(図8)では、1000語レベルと2000語レベル注目するべきであろう。グループC,Dは、ほぼ半分の通過率に落ち込む。2000語レベルの語彙獲得に大きな課題があることがみてとれる。 5.2聴覚系  聴覚系でも、kobaTESTのグループCまでは、500語レベルでほぼ90%の通過率である。全体的にグループBとCに篭が兄らオ1ない。グループDでは、1000語レベルですでに40%の通過率になっている。 一方、望月テスト(図10)では、グループAとBが非常に接近している。グループC,Dでは、1000語レベルに対し2000語レベルが約半分の過率となり、やはり2000語レベル語彙の獲得の難しさがわかる。 図7 視覚系グループ別通過率KobaTEST 図8 視覚系グループ別通過率望月テスト 図9 聴覚系グループ別通過率KobaTEST 図10 聴覚系グループ別迦過率も望月テスト 7まとめ  本プロジェクトの目的は、視覚障害および聴覚障害をもつ短大生(少なくとも中・高6年間の英語教育経験者)の英語語彙サイズを調査し、まず基本とされる2000語レベルの到達度を調査することにあった。結果として、両語彙サイズテストの平均値は能力判定結果に対応していることがわかった。2000語がほぼマスターできていると言えるのは視覚系のグループAのみであった。視覚系では、一番低いグループでも1000語を超えた。一方聴覚系では、グループAでも視覚系と比べかなり語菜力か落ちる。また個人差もかなり大きい傾向が見られた。2000語レベル到達率の低さはともに深刻に受け取るべきであろう。高校までに少なくとも基本2000語を完全マスターできる学習法の確立が急がれる。しかしこの結果から一概にそれぞれの障害との関連を明らかにすることはできない。聴覚系では日本語能力の問題が背景にあると考えられ,今後の検討課題となった。 (本研究は、筑波技術短期大学平成16年度 教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクト事業)により行われました) 参考文献 [1] 青木 和子、視覚障害者のための単語認知テスト及び語彙サイズテストの開発、平成13~15基盤研究C(課題番号136800337科学(研究費報告書、2004 [2] 青木 和子、視覚障害音のための単語認知テストおよび語彙サイズテストの開発、外国語教育メディア学会Language Education &Technology 第42号、169-185.2005 [3]太田 洋、金谷憲他:英語力はどのように伸びていくか、第1版、大修館書店、東京、2004 [4]望月 正道、相澤 一美他.英語の指導マニュアル、第1版、大修館書店、東京、2003 [5] 望月 正道、日本人学習者のための語彙サイズテスト、The lRIT Bulletin Vol.12, 1998 [6]Nation. L.S.P Teaching and Learning Vocabulary, Newbury House Publishers, 1990 English Vocabulary Size of Visually and Hearing Impaired Japanese Students -How Much Have They Mastered Basic 2000 Words?- AOKI Kazuko1) KATO Hiroshi1) MATSUFUJI Midori1) SUTO Masahiko1) PAULY Martin1) MIYOSHI Shigeki1) KOBAYASHI Makoto2)3) 1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2) Department of Computer Science, Faculty of Health Science, Tsukuba University of Technology Abstract: The problems of low English abilities of Japanese college and university students is often discussed. Some researchers focused on their vocabulary size. They insisted that mastering the basic 2000 words is essential to improve their English levels. However, both visually and hearing impaired students apparently have problems of inputting new words and phrases. This study was intended to search vocabulary size of visually and hearing impaired college students. We found that average vocabulary size of visually impaired students was about 1500, and that of hearing impaired students was about 1300. It shows that both groups have not mastered the basic 2000 words. We also looked at the relations between the students' English levels and their vocabulary size. Key words : Visually impaired, Hearing impaired, English learning, Vocabulary size, Basic 2000 words