鍼基礎実習における効率的な教育手法-技術能力向上のための試み- 保健科学部保健学科鍼灸学専攻1)障害者高等教育研究支援センター2) 森 英俊1)上田 正一1)村上 佳久2) 要旨:鍼基礎実習において幾つかの手法を利用して効率的な教育を行うための試みを行った。鍼実習手帳や刺鍼練習機、更には多方向撮影システムなどが試みられた。特に鍼実習手帳と多方向撮影システムに大きな教育効果が認められた。 キーワード:鍼、基礎実習、マルティメディア、教育手法 1.はじめに  筑波技術短期大学鍼灸学科では、鍼、灸、あん摩・マッサージ・指圧の実習で多くの基礎実技実習が行われてきた。この基礎実技実習では、学生同士が対になって行うのが一般的である。本学でも、ほぼ同様の形態を踏襲しており、20名の学生に対し1~2名の教員で指導を行っている。  ここで問題となるのは、他の教育機関に比して、1教員に対する学生数が多いことであり、それが教育上の大きな課題となっている。それは、視覚障害が多様なことと、個々の学生に対する物理的指導が困難なことに起因している。  鍼実技における評価は、教員の観察により行われてきた。それらは試験結果により学生にフィードバックされてきたが、その後の教員のきめ細かい指導が必要不可欠である。しかしながら、依然として十分に評価できているとは言いがたい。  そこで、本報告ではこの問題解決の為に今年度行ってきた鍼基礎実習(1年次1.2学期)における効果的な教育手法の試みについて報告するものである。 2.鍼実習のカリキュラム 鍼基礎実技実習は、 1年次 1学期(2時限連続):片手挿管・切皮を中心とした基礎実習 2学期(2時限連続):刺入を中心とした基礎実習 2年次 1~3学期(1時限):身体各部への刺鍼および低周波鍼通電療法を中心とした基礎実習の授業である。  なお、1年次3学期(2時限連続)は灸基礎実習である。  この中で1学期当たりの授業回数は10回で、1時限80分の授業が、2時限連続なので20時限となる。この中で20名の学生が2名の教員によって指導される。  従来、盲学校や視力障害センターなどと同様の授業を実施しているが、従来型の教育手法では、全ての学生に対して十分な教育効果が得られない可能性があるため、教育手法の改善が求められていた。 そこで、3つの教育手法の改善について検討した。 3.鍼教習手帳を用いた教育手法の改善 3.1鍼教習手帳の導入 鍼基礎実技実習を行う上で、評価すべきポイントを幾つか列挙すると、 1)片手挿管 2)切皮 3)刺入 の各項目において検討すべき問題となる。1年次の実習では片手挿管と切皮および刺人が鍼実技実習上対象となるが、学生数に対して教員が少ないため、学生の技術の把握を教官が十分に記憶しきれない問題がある。そこで学生個人の現在の進行度を把握する手段として、自動車教習所で発行される教習手帳のようなものを利用して、「段階式学習法」を採用した。  「鍼教習手帳」は0段階から5段階まで全部で6つの段階を通過しないと合格とならない。それぞれの段階で合格判定を行い、その段階で合格しないと次の段階に移行できない。 各段階と目標は、次の通りである。 第0段階:はり施術前準備 鍼施術者としての心構えと態度、服装、手洗い、消毒が正しくできる。 第1段階:刺鍼前準備 前消毒、器具の配置、姿勢、前操狸、押手が正しくできる。 第2段階:片手挿管 正しい片手挿管が素早く円滑にかつ手際よくできる。 第3段階:切皮 安全で正しく、無痛の切皮が円滑に出来る。 第4段階:刺入 安全で正しく、無痛の刺入が円滑に出来る。 第5段階:刺入 安全で正しく、無痛の切皮と刺入が迅速にかつ円滑に出来る。  それぞれの段階でさらに幾つかの項目があり、更に細部項目がある。細部項目について合格するとその部分について印を押す。それぞれの項目の細部項目が全て合格すると、項目の部分に合格印が押される。そして、その段階の全項目について合格すると、段階修了印が押される。  例えば、第0段階には、1)心構え、2)態度、3)服装、4)手洗い、5)消毒の5つの項目があり、それぞれに細部項目がいくつかある。  なお、たとえ段階が進んでも、前の段階の項目がおろそかになってくると、段階合格認定取梢処分が行われ、再認定を受ける必要がある。  この「鍼教習手帳」を活用することで、各段階に履修学生を分けて個別指導をよりきめ細かく行うことが可能となった。 3.2鍼教習手帳の効果  鍼教習手帳は、それぞれの到達段階を明白としたため、鍼実技における学生の到達度がより分かりやすくなった。1~2時限でその段階を修了する学生もいれば、相当数の時間をかけないと段階を修了できない学生など、個人の能力差による習熟度が明らかとなった反面、より時間のかかる学生に対する新たな対応が必要となった。各段階を早期に修了した学生には自主練習を勧め、その間により時間のかかる学生に対する指導を行うことが可能なため、様々な段階の学生が混在することも含めて別の対応が必要となってきた。 鍼基礎実技実習の1年次の基礎実習では、銀鍼を用いて実習を行っている。その理由は銀鍼を用いた方が学習効果が高いからである。ステンレス鍼と銀鍼とを比較すると様々な違いがあるが、技術の向上に直接影響を与える特徴としては硬度、反発力、切れ、曲がりの4つの特徴があげられる。まず、硬度であるが、硬度はステンレスの方が高く、銀の方が低い。硬度は高いほど刺入はしやすいのである。次に、反発力であるが、反発力はステンレスの方が高く、銀の方が低い。反発力は刺入の際、生体内を鍼が進行していく原動力であり、一時的にひずんだ鍼がもとの形状に戻ろうとする反発力により、圧力のかかった竜頭側ではなく、鍼先側が刺し込まれることによって、刺入は進行するのである。三つ目に切れであるが、切れとは鍼先の切れ味のことであり、切れ味とはすなわち鋭利さ度合いによる効果のことである。切れ味は、ステンレスの方が良く、銀の方が悪い。切れ味が良いと、切皮や刺入が容易であるが、悪いと切皮や刺入に技術を必要とする。最後に曲がりであるが、ここでいう曲がりとは、鍼体の非可逆'性の変形のことである。曲がりやすさは、ステンレスの力が曲がりにくく、銀鍼の方が曲がりやすい。鍼が曲がってしまうと刺入に著しい困難が発生する。よってステンレス鍼を先に使用してしまうと、技術が上達する前に、鍼が刺せるようになってしまうため、技術が未熟なはり師を育ててしまうことになるのである。  銀鍼で正確な技術を身につけた後に、ステンレス鍼で実技実習を行うと容易に切皮や刺鍼が行えると言った特徴があるが、逆にステンレス鍼で実技実習を行ってから銀鍼で実習を行うと鍼が曲がったり、きちんと切皮や刺鍼が出来ないと言った問題が発生することがよく知られている。そこで、私達は1年次の鍼基礎実技実習では銀鍼から指導している。そのために鍼教習手帳は、非常に細部まで項目分けを行って評価している。 図1音声式刺鍼テスター 4.刺鍼練習機を用いた教育手法の改善 4.1刺鍼練習機とは  切皮と刺鍼は、鍼基礎実習では重要な課題である。先述の鍼実習手帳の導入により様々な実技段階の学生が混在するため、切皮や刺入の練習用として音声式刺鍼テスター,(日進医療器製、AST-101V)を「刺鍼練習機」として導入した(図1)。  この「刺鍼練習機」は刺鍼の深さに合わせて何ミリ刺鍼したかがLEDと音声で表示される。もしも斜めに刺鍼すると斜め刺鍼と表示される。刺鍼の練習は学生個人でも可能であるが、実際に正確に刺鍼が出来ているかどうかについては自分自身で評価できない。そのために教員の評価が必要であるが、鍼基礎実習では教員数に対して学生数が多いために十分に行き届かない場合がある。そこで、このような「刺鍼練習機」を活用して、刺鍼練習が行える環境を整えた。 4.2刺鍼練習機の効果  鍼基礎実習時間以外に刺鍼評価が行える機器を導入したことで、学生が自主的に刺鍼練習を行えるようになったことは、一定の効果があったものと思われるが、教員の指導が行き届かないところで、自己流のやり方が横行し、逆に「鍼教習手帳」で段階認定を取り消さざるを得ない状況があったことも認めざるを得ない。 そこで、なるべく教員の指導が行き届く授業時間中に刺鍼練習機を利用するか、授業時間外に教員の部屋で刺鍼練習機を利用することで、この問題を修正することとした。 5.4方向撮影システムを用いた教育手法の改善 5.1多方向撮影システム  鍼実技実習を行っている最中に、その模様を撮影するためのシステムを検討した。  最も必要なのは手の動きを捕らえることである。そこで、多方向から鍼実技実習の模様を撮影し、その模様を同時に表示することにより手の動きをより分かりやすく捕らえることとした。図2はその模式図である。はじめは、鍼実技実習を上部・左右・手元・正面・斜め左右など7方向からの撮影を目指した。これは、7方向からの映像を同期させ、9分割画面(映像は7画面)で同時に表示させることによって、鍼実技実習をあらゆる方向から一目で観察できることを目指したものである。この9分割画像データをデジタルレコーダーで録画してモニタに接続し、弱視の学生や教員が観察できるように設計した(図3)。 5.2鍼実技実習における利用方法  このシステムでは、モニタに多重出力を用いて、別の大型画面などに映像を出力できるように設計しているため、利用方法として、次のような運用計画を作成した。 1)手順書の作成  実技実習における手順や手法などを解説した、映像教材を作成し様々な視覚障害の状況に合わせた解説(音声解説、字幕解説、拡大字幕解説)を導入するためのワークシートを作成する。 2)映像教材の作成  ワークシートに従って、実習の手順や実技などを実際に撮影し、映像教材を作成する。今回の研究では、刺鍼部の手指の動きや姿勢などを多方面から撮影する。実際には手指の動きを手前側、反対側、右側、左側や身体を前面、後面、側面から同時に撮影し、映像として提供する。 3)解説の導入  多方向撮影(マルチ・チャンネル映像)により、今まで理解しづらかった細部の実習の手捌きなどを、特に手前側からの映像を加えることにより、わかりやすく提示する。さらに全盲や強度弱視、軽度弱視などの視力や視野の状況に合わせて解説を導入する。 4)実習での試行  これらの映像教材を選択し、授業前に導入することにより、実習の全体の流れを学習し、実習授業における解説を最小限にとどめ、教官が学生の個別指導に時間を多く費やせるように活用する。実習後は復習や自学自習にも活用する。また、学生自身の実技を撮影して学生指導に活用する。 5)多方向観察型映像システムおよび教材  上記について盲学校及び教育機関(鍼実習を担当している教諭等)との意見交換および共通の鍼基礎実技実習評価法を作成・検討する。 5.3実際の運用例  前述のシステム設計によって実際に運用されたのは、予算的な関係から7方向撮影システムではなく、4方向撮影システムとなった(図4)。手元・正面・左右の4方向から撮影し、モニタに4方向の同期した画像が表示され、デジタルレコーダーで記録される。また、このデジタルレコーダーでは簡易な編集機能も可能で解説の導入などは、デジタルレコーダーで直接行った(図5)。  実際に鍼実技実習を4方向撮影システムで録画した画像で評価すると、 1)鍼の切皮の傾きが一目瞭然 4方向からの撮影なので、切皮時の鍼の傾斜が角度的に測定可能なレベルで記録できる。押手の様子などが明白である。 2)刺鍼時の手の動きが一目瞭然刺鍼時の手の動きについて、またどの程度刺鍼されているかも判断可能である。 1)2)などの評価が可能である。また、弱視学生には実際にモニタからの出力を別モニタに転送して、自分で鍼実技実習の様子をフィードバックすることが可能となった。 全盲ではさすがに画像を得ることは困難であるが、同一実習中の学生から助言を受けることが可能となった。また、教員がいなくとも、利用は可能で鍼実技における自身の欠点を明白にしつつ、修正を行うことが容易になった。 図2 多方向システムの模式図 図3 9分割イメージ図 図4 4方向撮影システム 図5 モニタとレコーダー 6.3つの教育手法改善の評価と意義 6.1学生の評価 1)鍼教習手帳の導入 2)刺鍼練習機 3)多方向撮影システム の3つの新しい教育手法について学生の評価では、1)と3)について評価が高く、特に1)のようなステップアッブ式の評価方法は、自分の到達目標がはっきりとしている点で最も評価が高かった。次いで、多方向撮影システムでは自身の欠点が明白な証拠として提示されるため、その意義を評価してくれるが、手元のカメラが鍼実習撮影中に邪魔になりやすく、もう少し小型化してほしいという要望があった。2)の刺鍼練習機はあった方がよいが、なくても差し支えないという消極的な評価に止まったことは少し残念なことである。 6.2映像教材システムの意義  4万向撮影システムのような映像教材に様々な方法で解説を加えることにより、活用する試みは、視覚障害教育機関でも、ごく最近になって試みられるようになってきた。従来は、一方向からだけのビデオ映像教材で利用してきたが、多方向(マルチ・チャンネル)映像を利用し、特に手指の動きを左右側と手前側、反対側および身体の前面・後面・側面からの映像を同時に同期させて一画面に表示し、視覚障害補償の解説を行うことにより、視覚障害者が実習の練習が川能なレベルの映像教材を活用させることができるような試みはこれからの課題である。  この研究では向き合った学生と教員の手前側と反対側という学生側と教員側の両方向からの映像を同時に同期させて提供することにより、より細かい実習前指導や実習後の反復練習に役立つものと期待される。 7.おわりに  鍼実技において、3つの教育手法の改善を試みたが、鍼教習手帳の導入と多方向撮影システムの2つについては、今後とも採用し、教育に役立てていきたいと考えている。このような試みは、実技実習においては非常に有効なものと思われるので、今後、鍼実技のみならず、あん摩・マッサージ・指圧実技や様々な実技実習などでも活用し、さらにシステムの改良などを検討していきたい。 本研究は、平成16年度、平成17年度視覚部長裁量経費および平成16年度鍼灸学科共通経費によりなされたものであることを附記する。 Efficient Educational Techniques in Basic Acupuncture Practice- Attempt at technological ability improvement - MORI Hidetoshi, UEDA Shouichi1) MURAKAMI Yoshihisa 2) 1) Faculty of Health Science, Department of Health, Course of Acupuncture and Moxibustion 2) Research Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract: Some efficient techniques attempt to educate on basic acupuncture practices. The acupuncture practice pocketbook, machine for acupuncture practice, and multidirectional photograph system, etc, were tried. Great education results were obtained by the acupuncture practice pocketbook and the multidirectional photograph system. Key Word: Acupuncture, Basic Practice, Multimedia, Educational Technique